16
いよいよテスト当日がやってきた。
俺はこれ以上逃げることができない背水の陣を敷いてこの一ヶ月間非常に頑張ってきたと思う。
これを落としたら後がない例の3教科の勉強はもちろんだが、他教科もあるのでそればかりに時間を割くわけにもいかない。あの3教科はテストで高得点を取るしか生き残る道がないが、だからといって他教科を疎かにしてたら今度はそちらがドボンする。
俺の線引きは全体通してテストで7割取れれば安定圏というだけ。
つまり、7割以下を取ってしまったら普通にアウト。
地獄の再試or追加講義が待ち受けている。
休日返上で学校で講義とかありえねぇよなあ!
俺にとっての休日は砂漠のオアシス、雪山の山小屋、バイトのまかないくらいQOLを維持してくれるものである。
それを手放すなんてことにならないように全力で死守しなければならない。
「お〜い!ゆきゆき〜!」
登校途中に聞きなれた声と背中に大きな衝撃が。
この独特な呼び名と元気な声音から誰かなんて考えるまでもない。
「キタ部長。おはようございます」
「うん!おっはよ〜!あたしより元気そうだねぇ!」
「そうですか?俺にはキタ部長の方が100倍元気に見えますけど」
「うん、そりゃ〜元気だけど心はちょっぴり曇り空なの!だって、今日テストあるし!」
「そりゃ、ありますけどみんな同じ条件ですよ」
「そうだけどぉ……なんか先生のあたしに向ける視線が人一倍厳しい気がしてぇ……」
「安心してください、それ気のせいじゃなくてたぶん事実です」
「えぇ~?事実なのぉ?」
「残念ながら」
「なんで~。ちょーっと提出物を出し渋ってるだけなのにぃ」
ちょっと――ってなんだっけ。
俺は先輩の言葉を聞いて少しという言葉の意味を忘れてしまった。
ま、いっか。キタ部長の話によると提出物は何とかなったようだし。
「ここで落ちたらって先生も内心ドッキドキだと思いますよ?だって、卒業かかってますし。先生を泣かせないでくださいね」
「むぅ、あたりまえじゃん。あたしだってそんな最低なことしないよ!」
心外だ!と言わんばかりに唇を尖らせるキタ部長。
腕を組み不満だという感情を体いっぱいに表現する。
明らかにこれは何か企んでいる様子。
これまでの経験から、危険信号をキャッチした。
それから逃げるように少しだけ足早になる。
「ねぇ~ゆきゆきぃ~。なんでちょっと速くなったのぉ?ペース合わせてよぉ」
「いやぁ、寒いしちょっと早めに学校着いておきたい的な?ほら、部長だって寒いですよね?」
そう言って、部長の足をチラリと見た。
由紀や相永はこの時期になると防寒対策として決まってタイツを履くが彼女は基本的に一年中ずっと素足を晒している。
寒くないのだろうか?見てるこっちは寒くなるけど。
「あは~!もしかして、あたしに気を使ってくれたのぉ~?ゆきゆき、やっさしぃ~!でも、大丈夫!女の子はかわいいのためならこのくらい我慢できるから」
「へぇ~、凄いっすね」
「そう、凄いの!偉いんだよ?だから、ご褒美が欲しいなぁ」
「そうですか……ご褒美、、ご褒美っ!?」
跳ねるようにして首を振ると、そこにはひっかかったな小僧と言わんばかりニマっとしたキタ部長の顔が。俺が逃げられないように腕を絡まれて離そうとしない。
ほんの数秒の犯行だった。
「な、なにが、欲しいんですか」
逃げ遅れた俺にできることは彼女の話を聞くことだけ。
顔を歪ませながらも彼女の要望を聞きだした。
「別になにかが欲しいとかそういうのじゃないの。あたしもゆきゆきとしょうぶしたいなぁって思っただけ」
「え?勝負ですか」
「うん、だってミコミコも冬峰も参加してるわけでしょ?あたしだけのけ者じゃん」
確かに言われてみればそうだった。
幽霊部員を除けば、キタ部長以外みんな勝負をやっている。
「つまり、キタ部長も参加したいってことですね?」
「ピンポーン!大正解。あたしも参加する。いいでしょ?」
「まあ、いいんじゃないですか?」
正直言って想定外ではあったが、卒業式終わりの合格祝勝会の駒が一人増えると考えれば悪くはない。
キタ部長が由紀たちに勝つとか、まずないだろうし。
「じゃあ、あたしも全教科合計点数でやるね。いやぁ~、これでちょっとやる気でてきたぁ~」
そう彼女は声を弾ませる。
部長のやる気の起爆剤になれたし、よかったんじゃないか?
これでテストで落ちなかったら、先生から臨時ボーナスを貰いたいところ。
そんなくだらない冗談を抱えながら、歩いているとキタ部長が何か思い出したようにポツリと呟いた。
「あ、そう言えば、あたしが勝ったときのことなんにも考えてなかった」
「確かにそうですね」
「う~ん、どうしようかなぁ」
そう言ってキタ部長は悩むそぶりを見せた。
「じゃあ、部長が勝ったら俺がなんかやってあげますよ」
「え?ゆきゆき、それホント?ほんとにしてくれるの??」
「俺のできる範囲ですけどね?」
食い入るように聞いてくるキタ部長を落ち着かせてそう言った。
ただの勝負だとつまらないし、これくらいはあってもいいよな。
まあ、負ける事なんてないだろうけど。
と、ガッツポーズをするキタ部長を横目に俺はそんなことを思っていた。
〇
学校に着きキタ部長と別れて自教室に向かう途中、廊下で見覚えのある生徒とすれ違う。
「おう、相永」
「三末さんですか」
その生徒の正体は、相永だった。
本番前の最後の詰め込みをしていたのか携帯用の英単語帳を手に持っている。
「ようやく、本番だな。今日で全てが決まる」
「そうですね。ようやく、貴方の悔しがる顔が拝めそうです」
過去に俺がやったように軽い挑発を仕掛けてきた。
だが、俺は冷静に言い返す。
「安心しろ。勝つのは俺だ」
「冬峰さんがいるからですか?」
「違う。アイツに頼らずとも俺の力で勝利をもぎ取ってやる」
「ふふっ、できるものならやってみてください」
「ああ、やってやるさ。絶対に付き合ってもらうからな」
「せいぜい、楽しみにしてます」
その言葉が合図だった。
それ以降、俺たちは何も言葉を交わすことなくすれ違う。
テスト開始はもうすぐだ。
◯
「はじめ!」
簡潔かつ、重苦しい声が教室に響き渡る。
窓にはパチパチといって、あられが打ち付けるなか定期考査は始まった。
まるで、100メートル走のピストルが撃たれたかのように一斉にシャーペンを持つ生徒。静まり返った空間に文字を走らせるシャーペンの音だけが響き、旋律を奏でている。
一学年最後の定期考査。
あらゆる人の運命を背負いながらその時間はゆっくりとされど着実に進んでいったのだ。




