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「はぁ……テストまであと1日ですか」


珍しく晴れた夜空を眺めて、相永はふと息を吐いた。

目まぐるしい日々だった。それこそ、休んでいる暇などないくらいに。

もちろん、自分の存在意義である勉学を突き詰めるために年中そこそこ多忙ではあるがここ一ヶ月は特に大変だった。


「それもこれもあの勝負のせい」


彼女はいつも通りに、冬峰由紀が君臨する学年トップの座を虎視眈々と狙っていた。


しかし、冬峰由紀は高校に入学してからというのもこれまで一度も勝てていない相手。今度こそ彼女を超えるという目標をもとに奮起しているが心のどこかで諦観している自分もいた。


そんな時である。

挑発まがいな言葉を並べて勝負を持ちかけられたのは。

自堕落で怠惰の権化。

なぜ勉強が主体であるこの部活に入ってきたのか未だに謎な男子生徒。


「三末幸成……」


相永はそっと彼の名前を口にする。

部長である轟希多を甘やかして、内職を手伝いその対価として報酬を貰うという前代未聞な仕組みを作った人物。

一見あんなに不真面目そうで実は学級委員を任されるほどの人望の持ち主。

ただ人当たりがいいだけの人望頼りの生徒かと思ってみてみれば成績も5段階評価中オール4を叩き出し、テストでも学年25位以内には必ず入っていたりする。

普段の姿からは想像できないほど平均以上の成績を修めている。

真面目が服を着て歩いているような性格をしている相永からしたら一番対応に困る相手だった。


「面倒な人です…」


知り合ってから半年以上経過しているが彼の印象は初めてあった時からまったく変わっていない。

フレンドリーであるもののどこかとっつき難く、苦手とまではいかないが得意な相手ではなかった。

とはいえ、この学校に胸を張って友人と呼べる人物がひとりもいない彼女にとっては周囲の有象無象とさほど変わりはしないのだが。


「なにを私にお願いするつもりだったんですかね」


彼は相永から快く思われていないことを知っている。

だからこれまで、話しかけはするがそれ以上距離を詰めてこようとはしなかった。


もちろん、彼女が本気で気に障るような言動も慎む。

ああ見えて、非常に空気が読める男だ。


それが、今回だけは違った。

彼のいつもの手口と比べたらやや強引だった気がした。

相永は勉強しながらもよく冬峰と三末の会話を聞いている。


三末が冬峰になにかお願いするときは人を煽って勝負を持ちかけたりするのではなく、ただひたすら低姿勢で物事を頼む。

それが、筋が通っていれば例え冬峰が難色を示していたとしても大概は折れることを知っているからだ。無論、それは二人の間での暗黙の了解になっていてこちらから口をはさむつもりは毛頭ない。

では、何故このことばかりが頭に残ってしまうのか。


相永は彼の頼み方で心がつっかえていたのだ。


「私だって、ちゃんと筋が通っているのであれば協力もやぶさかではなかったのですが……」


しかし、彼女は自分がそんなこと言える資格があるとは思っていない。

だって、最初に明確な拒否を示したのは他でもない自分自身だから。



なら、せめて、話くらい聞いてやればよかったと今になって後悔する。

人に頼まれごとをされるなんて彼女自身初めての経験だった。


だから、内心焦って反射的にノーを突きつけてしまったが、振り返るともう少し寛容になっておくべきだったかもしれない。


「でも、今から言ってたところでもう遅いですよね」


もう、勝負は始まってしまった。

引き下がることはできない。


「冬峰さんは、彼が何を頼みたいか知っているようですし」


呆れたような顔をする冬峰の顔。

あれは、三末が自分にどんなことを頼もうとしているのか知っている顔だった。


「仲いいですよね…あのふたり」


窓を開け、無意識に吐く白い息と共に吸い寄せられるように言葉が外に逃げる。


2人が自習部に入ってきたのは彼女が自習部に入った二か月後だった。


博識の氷結姫とその腰巾着学級委員と言われていた二人の自習部入部は校内で大きな話題になった。

当時、いろんな意味で学校の話題を攫っていた二人の入部。

それまでどこかどんよりとしていたこの部活が一気に華やかになった。

それまでは、何のために存在しているのかもわからないというそんなレッテルを貼られていたのに、学級委員で学年トップの彼女が入ってきてから勉強ガチ勢が入るなんか凄い部活へとイメージアップを果たした。


「まあ、それに一役買ったのは彼でしたけど」


自習部に冬峰由紀を誘ったのもサボり気味で幽霊部員化していた轟希多が毎日部活に顔を出すようになったのも自習部に日の目を浴びさせてくれたのもすべて彼の功績。


おかげで教師陣からの評価も相対的に上がり、口には出さないが感謝はしていた。


それなのに、


「あんなことを言われるとは…」


彼は、相永が言われて一番効くことが何なのかを知っていた。

なにより腹立たしいのは安い挑発で乗ってくると見透かされていたこと。


「こうなったら、絶対に勝たなくてはいけません」


易々と勝利を譲り、あのドヤ側を向けられるのは耐えがたい。

あの日のことを思い出して、ますますシャーペンを握る力が強くなる。


「でも、私が勝ってしまったら彼は部活を辞めてしまうんですよね」


どうして、そんなことを言ってしまったのか。

彼女にはわからない。

いくら、メリットをひねり出そうとしても普通はそこまで自分の身を削ることはできない。


「でも、それだけ本気ってことですよね」


彼のこれまでの言動から察するにおそらく本気で挑んでくる。


「なら負けられません」


たとえ、どんなことがあっても手を抜くことは許されない。

だって、それは自分の流儀に反してしまうから。


「もし、私が勝ったとしても彼のことですから、屁理屈言ってのらりくらりして部活を辞めるというのを撤回するでしょう。そうですね、「生意気言ってすみませんでした」と謝罪があったら寛大な心で許してあげましょうか」


そう言って、彼女は窓を閉める。


最後の追い上げをするためだ。

時刻は22時をまわり、いつもなら睡魔が襲ってくるがどういうわけか彼女の頭は冴え渡っていた。


――なんか楽しそう。


勉学に励む彼女を他の人が客観的に見たらきっとこう言うのだろう。

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