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その問題は俺が考えてるより遥かに深刻だった。


まさか、未開先輩が好きなのは、福城先輩ではなく猫を被った清楚な福城先輩だったなんて……


「おかえり……なんだか、凄いヤツレ顔ね……」


結局一限にはしっかり遅刻したのが、俺の顔を見た由紀がどこか心配そうな顔を浮かべて声をかけてくれた。


「ま、まあな……」


福城先輩からは、ウソが下手なキタ部長と由紀にはナイショと言われているので話すことができない。


由紀の気遣いに感謝しつつも……自分の席に着くなり机に突っ伏すと盛大にため息を吐くのだった。


「ホントに大丈夫?なにがあったの??」


まだ自習中のため小さい声での会話。

後ろを向いた由紀が顔を覗いてくる。


「えっと……卒業式の後にちょっとな…?ほら、前に由紀に話したやつ」


「ああ、アレね…」


誤魔化すために丁度よく吐いた嘘だったが由紀は納得したように頷く。


「また、とんでもないムチャブリされたの?」


「まあ、そんなとこ」


ということにしておく。


「ふ〜ん。大変ね……頑張りなさいよ」


「由紀も手伝ってくれたっていいんだぞ?」


会場のセッティングに関してはホントに手を貸してほしい。

だって、思い当たる会場が思い当たらないんだもん。


「幸成が頼まれたんでしょ?頑張って」


「え〜〜、冷たいなぁ…」


「轟先輩のお世話したいの?」


「い、いや!ぜんぜん!?」


「であるならそっちは頼むわよ。これも役割分担なんだから」


学級委員でよくある役割分担。

いつも同程度の難易度を受け持っていたが、会場セッティングとキタ部長の世話。

ふっ、考えるまでもないな。


「それなら仕方ないかぁ…はいよ。役割分担ね」


由紀から激励まがいな言葉をもらい、内心の気持ちを隠しながら気だるそうに返事するのだった。



放課後


俺は部室に向かっていた。


「こんちわ〜」


ガラガラとドアを引いて元気よく入室。


「よっしゃ!いちばんのり!!」


まだ、6限終了のチャイムが鳴ってから15分。

こんな早くから部室に来ている人など多分いない。

さすがに一番乗りかと思ったら部屋の片隅に人がいた。


「うっわ……相永。いたのかよ」


既に参考書を開いて黙々と勉学に取り組んでいる相永の姿があった。


「当然でしょう?貴方と違って私は部活をサボったりしないので。というか、貴方こそ早すぎやしませんか?学級委員の仕事は?まさか、また冬峰さんに押しつけ逃げてきましたか?」


「そんなことしてないっての!ちゃんと終わらせてきましたよ〜。てか、《《また》》っていうな、それだと俺が常習的やってるみたいだろ」


「え?常習的にやっていないんですか?毎日サボってるのかと思ってました」


「サボってない!学級委員の仕事《《だけ》》はちゃんとやってる!やらないなんて選択肢は最初からないんだ!やらざるを得ないんだ!」


だって、サボったりしたら次の日が怖いもんネ!

俺はそんな命知らずなやつじゃない。

決死の説得に気押された相永が引き気味に「そ、そうですか…」と納得する。


うん、わかってもらえたようでなによりだ。


「と、いうことは冬峰さんも時期に来るということですか?」


「あ?由紀?なんで?」


「だって、貴方と同じ学級委員ではないですか。仕事が終わったと言うなら彼女も来るでしょう?」


「あ〜、それなんだが……」


「どうしたんですか?いつにも増して歯切れが悪いですよ?」


だから、いつも隠し事してるように見せるのやめろって。

してないから。多分…

ツッコもうと思ったが話が永遠に進まないので泣く泣くスルー。

聞かれた通りにさっき起こったことを相永に話す。


「単刀直入に言うとだな、キタ部長に捕まった」


「え?」


「だから、キタ部長に捕まった」


抜けた声をあげる相永に対して、同様の言葉を復唱した。


「ど、どういう意味ですか?」


意図がつかめていない相永は、身を乗り出してそう尋ねてくる。


「そのまんまの意味だ。2日連続ってことだ」


「ふ、2日連続っ!?」


なんのことかはこの際言わずともわかるだろう。

部室に向かう最中に由紀は捕まってしまったのだ。

あの怪物に。


「ど、ど、どうしてですか?」


「俺たちにわかるわけないだろ?だって、キタ部長なんだぞ?」


「そ、そりゃ、そうかもしれませんけど、昨日私たちあれから3時間も拘束されたんですよ?まだ、語りたいんですか??」


驚愕の事実。

まじかよ、3時間か…

俺の想定を遥かに超えていた。


「ま、まあ?キタ部長だし…そんなこともあるさ…」


「そうですか……冬峰さんもお気の毒に……」


「そ、そうだな…」


うっ……ここにきて罪悪感が……


今回のキタ部長による由紀の拉致。

けしかけたのは何を隠そうこの俺だ。

目的は相永と2人きりの時間を作るため。

そのために、キタ部長には「今日だけ部長と由紀は部活来ないでくれませんか?代わりに、溜まってる内職全部やるんで!」と言って交渉したのだ。

「ほ、ほんとぉ〜!?わ、わかったぁ!!やるやるぅ〜!」とすぐに契約成立となったわけだが、俺は由紀の負担というものが頭から抜けていた。


だって、3時間もファミレスにいるとは思ってもみなかったし……


ま、まあ?仕方ないよな?


アイツも今朝、自分からキタ部長のお世話をやるって言ってたし……

これも自分の口が招いた災いということで……


がんばれ…!由紀!


今ごろ死んだ目をしながら連れ回されているであろう犠牲者から目を背けて、俺は座席に腰かけるのだった。



静寂に包まれた部室にシャーペンの走る音だけが静かに聞こえる。

部室に来て早々話し始めるのもアレかと思ったので少しだけ真面目に先輩の内職をやっていた。


30分くらい過ぎてそろそろいい感じの頃合い。

シャーペンを止め背後にいる相永に向かって声をかけた。


「なぁ、相永?」


「イヤです」


「まだ何も言ってないんだが」


ただ、名前を呼んだだけなのに……

まるで、俺がこれから言うことを予知するかの如く、相永はスパッと断ってきた。


「なにか嫌な予感がしました」


淡々とそう述べる相永。

うん、間違ってない。

間違ってないが、キミには俺の苦労を共有してもらわなければならないのだ。


福城先輩に頼まれたのは、チャットの相手が自分であることを含めなんとかして告白を成功させること。

理想は、チャットのことを知らせずに告白してオッケーをもらう事なのだが、それはおそらく難しい。

なんせ、未開先輩はチャット相手(福城先輩(清楚の姿))にただならぬ恋慕を募らせているからだ。そんな状況のため福城先輩がチャットの正体を知らせずに告白したところでおそらく色良い返事は貰えない。

だから、その正体が自分であることをちゃんと伝えないといけないのだ。


もし、福城先輩が猫を被ってチャットしていなければなんの問題も起こり得なかった。そのまま告白するだけでハッピーエンドだったはず。

チャット履歴をちゃんと確認するまでは俺もそうしようと思っていた。


しかし、チャットを覗く限り普段の福城先輩のイメージから掛け離れ過ぎていて……


これは無理かも~という判断に至ったのだ。



告白決行は卒業式後。もっと詳しく言えば合格祝勝会の後を予定している。

それまでになんとか、オッケーがもらえる状況まで土壌を整えないといけない。


だが、こんな大作業、当然ながら俺1人では遂行不可能。

よって、同じ自習部であった相永を巻き込むことにした。


だが、ここで一つ問題が。

相永は俺のことをあまり快く思っていないらしい。

これが仲良しの部活仲間だったらなにも考えることなく頼めばいいのだが、彼女相手にはきっとそうはいかない。

交渉は難航するだろう。てか、もうしてる。


最初っから、イヤという最も直接的な言葉を引き出してしまっていた。

つまり、マイナスからの交渉だ。

いつもなら、こんな面倒なことはしない主義なのだが、俺に残されたカードは彼女しかいない。だから、是が非でも取り込む必要がある。


なんせ、嘘が下手くそなキタ部長と由紀にはこのことを教えられないし協力を要請できないからだ。


はあ…来年はもっと、物腰柔らかい人が来るといいなぁ…と遠い目をしながらも相永と交渉するために彼女の方へ振り向いた。


俺が動いたことを感じ取ってはいるがそんなの気にしないと言うかのように相変わらず、参考書と向き合う相永。

さて、始めようか。


「お〜い、相永。頼み事があるんだが」


「やっぱりですか。イヤです」


「まあ、そう言うなって。俺たちの仲だろ?」


「そんな仲になった覚えはありません。私たち、見ず知らずの他人ですよ?」


「それはないだろ。せめて、知り合いではあれよ」


俺が盛大にツッコミを入れるなか、彼女は変わらず問題を解いている。


「別に、今すぐって話じゃないんだ。定期テストが終わってからでいいから協力してほしい」


冬の定期考査は、1月下旬〜2月上旬に渡って行われる。前回学年2位の相永にとって、是が非でも1位の座を由紀から奪いたいところ。

無論、それを邪魔するなどそんなナンセンスなことをするつもりはない。

卒業式は2月下旬。テストが終わってから3週間も猶予がある。その期間に彼女の手が欲しかった。


「嫌です」


しかし、俺の提案は呆気なく拒否される。

おかしいな、ちゃんと配慮はしたはずなのに。


「なんでだ?テスト後ならよくないか?」


「よくありません。それ以前に貴方に協力する時点でお断りです」


それ以前の問題だった。

あれ?俺に協力が不可ってことは詰んでね?

いつもなら、仕方ない…ここで引き返すが俺には戻る場所がないんだ。

意地でも食らいついてやる。


「お願いだ。俺に貸しができたと思って」


「貴方に貸しができたとしてこちらになにかメリットがありますか?」


「ないな……」


「そうでしょう?」


自分で言うのもなんだが、相永が求めそうなものを俺が用意できる姿が想像できない。これって、取引にすらなってないのか?


「もう交渉は決裂ですね」


「ま、待て。話はまだ終わってない」


「なんですか?そろそろ、口を閉じて欲しいのですが」


「ゆ、由紀に勝つための有力な情報があるかもしれないぞ?」


「冬峰さんの?」


「そうだ。俺は由紀と一緒に行動してることが多い。だから、アイツの勉強方法とかを――」


「不要です。そんなことしなくとも私は彼女に勝てます」


自信満々に彼女はそう言い切った。


「そんなことホントにできるのか?」


「………なにが言いたいんですか?」


それまで動いていたシャーペンがピタリと止まる。

俯いたまま凪のような感情の希薄な声で彼女はそう言った。


「いや、別に否定してるわけじゃない。けど、お前は一年の初期からそう言ってたが、実際に勝ったことなんて一度もないだろ?いつも、トップはアイツだった」


「っ……それは過去の私です。今の私は違います」


「そうなのか?」


「はい」


「なら、ひとつ勝負をしないか?」


「勝負?」


「次のテストで由紀に勝ったらこの話はナシで負けたら俺の頼みに付き合ってもらう。どうだ?」


「自分の言っていることが理解できてますか?それは紛れもなく………他力本願ですよ?」


「ああ、そうだ。他力本願だ。自分で言ってて情けないが俺では、お前に勝つことができないんだからな」


「虎の威を借る狐とは、まさにこのこと。話になりません」


「じゃあ、こうならどうだ?、俺との3教科勝負。教科は指定しない。一番得点の高かったものから3つ選択してその合計で勝負するんだ」


「ふんっ、勝負は全教科でやるから意味があるもの。そんなの許容できません」


「負けるのが怖いのか……?」


「なんていいましたか?」


彼女が動かそうとしていたシャーペンがまたピタリと止まった。

参考書を見ていた顔があがり、俺と目が合う。

その瞳の中には紛れもなく怒りがあった。


「だから、負けるのが怖いのかってそう聞いたんだよ。そりゃ、由紀に勝つなんて無理ゲーだから降りるのは理解できるけど、俺なんかにビビッて降りるとは思ってなかったって言うか」


できる限り白々しく言ってやった。

ずっと、俺の瞳を覗いていた相永が突然ニヤリと不気味な笑みを浮かべると不敵に笑い出す。


「ふっふっふっ………いいでしょう。そこまで言うのならその勝負受けてあげますよ」


「そうこなくちゃな」


「しかし、私が受けるのは貴方と冬峰さん両方です」


「は?なんでだよ。俺と勝負でいいって言っただろ」


「貴方に勝つなんて最低条件。言うなれば、勝負ですらありません。三末さんに勝って喜んでいるようでは貴方の言うように彼女に一生勝つことはできない」


そう言うと、彼女は眼鏡をクイッと上げて高らかと宣言するのだった。


「貴方と冬峰さん両方に勝って自分の価値を証明して見せます」


「お~、それならちゃんと相永が勝った時の報酬も用意しないとだな」


「報酬?」


相永は首を傾げた。


「だって、俺にだけうまみがあるなんて平等じゃないだろ?」


「それはそうですけど、貴方に私が満足できる報酬が用意できますか?」


「ああ、あるぞ?」


実はこの会話の間にずっと考えていた。

相永が望むもので俺が用意できそうなものはなにか…と。

趣味趣向はバラバラだし、きっと物では満足させられない。

だから、俺はたくさん考えた。いっぱい悩んだ。

そして、ひとつの答えを導き出した。


きっと、これが俺の用意できる最大の報酬。


「その報酬だけどな。もし、この勝負でお前が勝てば――



――俺がこの部活を辞めてやるよ」

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