表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/13

1話 昼休みとMTYLとノートと俺


それは本当にありふれた日常の一幕だった。


睡魔と空腹感に苛まれる午前授業。

高校1年の冬休みを終えて、迎えた3学期。


まだ、冬休みの生活習慣が戻ってないらしく無意識に出るあくびを噛み殺し、眠たい目をこすりながらサーッとシャーペンを走らせていく。


ーーこの快適さがいけないんだ。


ウトウトしながらも、俺――三末(みまつ)幸成(ゆきなり)は、左側2メートル先にある暖房器具あくまを睨み悪態を吐いていた。


ここはいわゆる雪国で冬になると10センチくらいの雪が積もる。


雪が積もるくらいだから、外の平均気温はだいたい一桁前半台。


常時、極寒の風が吹き荒れる。


いくら室内であったとしても窓の隙間から冷たい空気が入ってくるため暖房等を点けていないと非常に冷え込むのだ。


そこで設置されたのが、この暖房器具あくまこと電気ストーブだった。


生徒の勉強に支障をきたさないため――という名目で置かれたこの電気ストーブは、適切な距離に座している者からすれば快適なのかもしれないが、その距離が2メートルしかない者からしたら快適を通り越し一種の拷問。


極寒の冬に暖かいことは決して悪いことではない。



むしろ、寒さで身を震わせることがないのはメリットまである。


だが、常時容赦なく熱風が顔面に直撃する環境というのはいささかどうなのだろう?


言っておくが、俺は燻製になりたいわけじゃない。

蒸したところで美味しそうな匂いがしたりもしない。


ただ汗ばんでフレグランスの柔軟剤が教室に広がるだけだ。


でも、コイツは悪気なくやってるんだからほんとタチ悪いよなぁ……


電気ストーブは室温を上げるという大義名分を掲げ容赦なく熱風を浴びせかけてくる。


言うなれば奉仕活動。

別にそれに対してとやかく言うつもりはない。

ストーブ界隈もきっと大変なんだろうし。

しかし、ひとつだけ言わせてもらえば、キミたちはもう少し手心というものを知ってくれてもいい。ここにその弊害をモロにくらう人間がいることも。


ちくしょう……ぜってえ落ちてやんねぇからな。


電気ストーブの温風はバスの揺れやオーケストラの演奏のようにその場にいる者を落ち着かせ眠りに誘うことが多いとされている。

ソースは俺。

いま、まさにそんな状況に置かれていた。


うう……もう、やばいかも……


抵抗も虚しく机に頭が付きそうな時、前の席からノートの切れ端が渡される。

送り主は手紙を手渡すと何も言わずに前を向いた。


なんだこれ……?


二つに折りたたまれたノートの切れ端を開くと、そこには、きれいな文字で「寝るな!!」とだけ書かれていた。


なんかバレてんだけど……

手紙の送り主は俺の前列にいるため授業中は完全に死角のはず。

それなのにどういうわけか俺が寝落ちしそうなことがバレている。


ま、まあ?寝そうになってただけで寝てなんかないし……寝てなんか……


目を閉じてから6秒以内で寝る――それは気絶しているのと同等だとどこかの著名人が言っていた。

つまり、俺はいま気絶への第一歩を踏み出しているのだろう。


夢という名のお花畑に足を踏み出だしたその時だった。


「う~ん。そうだな。じゃあ、この問題を三末に解いてもらおうか。三末、前に出て解いてくれ」


運悪く指名された。

教室が静寂に包まれる。

無論、気絶してる俺はそれを知る由もない。


しんと静まり返った静寂を切り裂くように一人の少女が俺の名前を呼んだ。


「幸成、呼ばれてる」


「え?」


その冷たくも聞き馴染みのある声で俺は夢から一気に引き戻される。


慌てて頭を上げると、担当教員と目が合った。


「あ……」


やっちまったぁぁあああああああああ!!!


この授業ではこれまでバレずにうまくやり過ごせてたのに!!


「お~い、三末ぃ?寝るなよ?」


「すいません……」


まだ初犯ということで先生から注意で済まされた。


「じゃあ、えーと、そうだな。隣の桃田。解いてくれ」


「はぁ~い」


俺の代わりに犠牲になった隣席の女子に手を合わせて謝る。

なんとか貸しひとつで許された。


「もう……だから言ったのに」


隣席の桃田が問題を解きに前に出ている間、教室の空気が少しだけ緩む。


その刹那をうまく利用して誰にも聞こえないような声でその手紙の送り主は俺にそう言ったのだ。


「っう……」


ぐうの音も出ない程の正論。

送り主はおろか、もはや黒板すら見れないレベル。

バツが悪そうに目線を逸らしながら授業が終わるのを待っていた。




ようやく、地獄の午前授業が終わり、昼休みという至福の時間が訪れる。


一部のクラスメイトは和気あいあいと教室を出ていくなか俺は蓑虫のようにそのまま動かずにじっとしていた。


すると、友達の高木(たかぎ)一輝(いっき)と、傘先(かささき)亮太(りょうた)が話しかけてくる。


「お〜い、幸成!お昼食おうぜ」


「ん~。いいけど、亮太は購買行かなくていいのか?」


「僕も今日はお弁当なんだ」


2人とも自前のバックを片手に俺の斜め前と隣の席にどっかり座る。


普通なら、「おい、席の主が帰ってくるかもしれないから占領すんなよ」と言うべきところだが、その席の主も一輝、亮太の席を我が物顔で占領しているのでお互い様。


一輝曰く、席シェアだそう。

まあ、この光景も見慣れたものだ。


「てか、幸成。なんでまだノート開いてんだよ?もう授業はとっくに終わってるぞ?」


「いやぁ……それが…さっきまで夢のなかにいたもので」


「おい~またかよ~。そういや、今日も先生に言われたっけ?」


「お恥ずかしながら」


「ったく、懲りねえなぁ…」


「仕方ないだろ?ストーブっていう悪魔にやられたんだって」


コイツらにどれだけ電気ストーブが狂暴なのか前にも熱弁したというのに、一向に理解してくれない。自分たちが当事者にならないとわかってくれないってか。


「そんなこと言ってるけどよぉ。単純に睡眠不足なのもあるんじゃねぇの??」


「いや、学校始まってからは夜更かしも控えてるしそんなことない…はず」


「生活習慣が変わって身体がまだ慣れてないとかも一因としてあるのかもね」


「あ~、それはあるかもなぁ……」


亮太の言葉に納得したように頷く。

そうならさっさと戻って欲しいものだ。

なんてったって俺が困る。


「ったく、軟弱だな幸成は。俺なんて、最近ずっとMTYLやりまくってて睡眠時間ぜんぜんとってないけどこの通りピンピンしてるぜ?」


「一輝ってば、またやってるの?MTYL」


「とーぜん。なんたって俺のマイフェイバレットアプリだからよっ!」


「MTYL?最近よく聞くけどなんなんだそれ?」


「おいおい、まさかと思うが知らないのか?最近ちょーぜつ有名だぞ?」


「まったく。名前しか知らない」


「マジかよ…」


分かりやすく一輝がドン引きする。

仕方ないだろ?最近、ゲームばっかりでSNS見てなかったんだから。


「幸成、MTYLってのは、Miracle Three Years Laterの略で最近人気のアプリだよ」


亮太がそう言って自分のスマホを俺に見せてくれる。

そこには、四角いアイコンのなかに頭文字のMが大きく描かれているものが。


「これがそのMTYLってアプリ?」


「そうだね」


「ふーん。どんなことに使うんだ?アイコンを見るにソシャゲって感じではなさそうだけど」


詳しく聞いてみると、4年前に新興IT企業によって開発されたアプリらしい。

最近のある投稿がバズって爆発的な人気を博してるようだ。


このアプリを分かりやすく言ってしまえば、友達のような気軽な雰囲気で異性と会話を楽しみたい!!という切実な願いから実現にこぎつけた異性とのコミュニケーション向上を目的として作られたチャットアプリのようなもの。


公式では、3年続けばみんな仲良しと銘打って配信している。


なんでも、アプリが仲良くなれそうな人を勝手に選んでくれるとか。


「なんだそれ……胡散臭さ。てか、そういうのって未成年はやっちゃダメなんじゃなかったか?」


いくら交友関係チャットアプリとは言え、出会い系目的で利用する人が溢れかえってしまいそうな匂いがプンプンする。


これまでの情報から考えるにかなり――というかほぼアウトラインでチャコールくらい黒に近いアプリだ。こんなものが現役高校生の間で流行ってていいのだろうか。


「安心しなよ。このMTYLはセキュリティーも万全だし、他のチャットアプリと比べると無害なアプリだからさ」


「は?どういうこと?」


「このアプリはあくまでコミュニケーション向上を目的としてるから匿名性が非常に高いんだ。チャットで個人情報を載せることが一切できないんだよ」


「ほ~ん、個人情報をねぇ…」


「あと特定の地域とか個人特定に繋がりかねない情報もね。そして、出会う約束も取り付けないようにAIが常に監視している」


「え、それじゃあ……」


「そう……言ってしまえば、最初に喋る相手が割り振られるだけのただのチャットアプリ」


「なんだぁ……そういう感じかぁ……」


それと似たような通信アプリなら他にも聞いたことがある。

見ず知らずの人と通話やチャットしたりして遊ぶアレだろ?


実際にやったことはないが中学生の頃、友人がそれ系のアプリで遊んでいることを見たことがある。いま考えれば、いたずらに対立を煽るようなものばかりで。


とても高校生がハマるようなものではなかったように思えるけど。


「おい、幸成、そうガッカリすんなよ?このアプリはそこら辺のパチモンとはわけがちげぇから」


そう言って、一輝が目を輝かせて熱弁してきたのはこのアプリのある噂だった。


それは3年間、毎日欠かさずその相手だけとチャットすることで将来その人と結婚できるらしいというもの。


「結婚??なんだそれ、そんなの根も葉もない噂だろ?」


このアプリに限らずそういう噂というものは度々目撃することがある。

どうせ今回だってその一例に過ぎないに決まってる。


「って、お前みたいなやつが人がそう言うんだ」


「は?」


なんか唐突にバカにされたんだが。


ジト―とした視線を一輝に向けるが当の本人はお構いなしに話を続ける。


「ほら、これ見てみろよ。実際にこのアプリで仲良くなった相手と結婚したって人もいるんだぜ?」


そう言って一輝が見せてきたのは、「3年達成おめでとう」という公式からの祝福のメールが表示された2台のスマホと二人分の結婚指輪の写真。


「いや、こんなのさすがに少数派だろ……てか、このアプリ匿名なのにどうやって知り合うんだ?」


個人情報も一切載せられないのに巡り合えるわけがない。

どんな原理なんだ?


「よく気づいたな。そこが、一番の肝さ」


「肝?」


「実際に結婚した人の話によると――」


「よると……?」


「なんか分かるんだとよ」


「なにそれこわ」


「いや、別に怪談話をしようとかそういう意図じゃなくて、ホンキでわかるらしいぜ?」


「へぇ……すげぇんだな」


「だろ?すげぇんだよ」


どうして一輝がドヤ顔するのかよくわからないが、「なんかわかる」みたいな中途半端で根拠も説得力もない話、誰が信じられるか。


それに、そうでなくともそこに到達するまでの条件が厳しすぎる。


「なあ?それ以前に名前すら知らない相手と3年間毎日チャットするとか無理ゲーじゃね?やってる奴ら正気じゃないだろ」


複数人ならいざ知らず、この噂は特定の相手だけと3年間チャットする必要があるとされている。


はやる気持ちを抑え一度、冷静になって考えてみてくれ。

常識的に考えてそんなのできるか?

普通ならやらない。できるわけがない。

達成しようと試みてる人はどんな暇人なんだ?

それともこのアプリに命を懸けているのか?


名前も顔も知らない相手と毎日チャットし続けるとか狂気以外の何物でもない。


ないが…目の前にあるその写真が捏造された真っ赤なウソだとも思わない。

天文学的に低確率かもしれないがそのような事例が起きることだってあるだろう。

……これは、奇跡のような確率で生まれた稀有な例だ。


そうに決まっている。


しかし、俺のそんな反論を予測していたかのように一輝はどや顔でスマホをスライドさせて別の写真も見せてきた。


「ほら、こっちもそうだ。ぱっと見ただけでも同様の写真が5件もあがっている。お前は正気の沙汰じゃないって言うかもしれないがそういう奴もわりといるんだぜ?」


そうか――なるほど。 

これこそ、このMTYLというチャットアプリが高校生の間で大流行している所以。

色恋沙汰に敏感な高校生たちがこの噂に興味そそられこぞって始めているのだ。


「そういえば、幸成っていま彼女いなかったよな?」


「え?ああ、いないけど」


最後の彼女は中二の夏。

それからはずっと独り身。 

もう、かなりの期間彼女がいなかった。


「そろそろ寂しくなってきたんじゃね?」


「いや、別に俺は――」


「おいおい、強がんなよ。俺はいつだってお前の見方だ。ここ最近、亮太たちのラブラブっぷりを見せつけられて内心嫉妬したりしてるんだよな?」


「一緒にすんな。断じてない。それは、お前だけだ」


肩を組んできた一輝をそっと払いのける。

そして、鬱陶しそうな視線を送るのだ。


MTYLにお熱な彼と違い、亮太には既に恋人がいた。

隣のクラスの沢田さん。

ダンス部に所属しているショートカット。

明るい性格で俺たちにもよく話しかけてくれる。


お世辞なんて言うまでもなく可愛い系の女子高生である。


「ほ、ほんとになんとも思ってないのか?羨ましいとかも?」


「まあ。そうだな」


亮太に対しての嫉妬心はまったくない。お似合いのカップルとしか思ってないし。

そりゃ、俺だって一般通過巨乳お姉さんが現れたら思わず視線で追ってしまうくらいの性欲はあるが、別に一輝ほど女に飢えてるわけじゃない。


「へっ、そうかよ。ちっ、これだから枯れ木は…」


「おい、いまなんつった??」


聞き捨てならん言葉が聞こえたぞ?


「なんでそんな平然としてられんだよ!?ふつうはいつだってかわいい彼女欲しいし、女子ともっとお話ししたいだろ!!つよがんじゃねぇよ!俺が惨めだろ!くそ…っ、なんで神様はこんなにも不平等なんだ!亮太にはあんなかわいい彼女がいて……俺には……俺にはわぁぁぁぁあ!」


「醜いな」


「醜いね」


嫉妬を隠しもせず、その場に崩れ落ち思いの丈を叫ぶ一輝。

おそらく、彼に彼女ができない理由がそこに詰まっている気がしたのだが、これは伝えてあげるべきだろうか。

亮太とアイコンタクトでどうするか相談していると俺の肩がポンポンと叩かれた。


「ねえ?」


ん?なんだ?

いま、ちょっと立て込んでるから後にしてくれないかなぁ。


友人のちょっとした危機なんだ。

振り返らずスルーしてるとまた肩が叩かれる。

あ~、わかったわかった。


どうせ、クラスの男子からの遊びの誘いだろう。

後から合流するという意味も込めて、振り返らず手だけでサムズアップして返事する。


よし、これで解決――あだだだだっっ!!!


「痛ったいな!!なんだよっ??」


サムズアップした方の手から激痛が走る。

なにかに噛まれた?いや、抓まれた痛みだ。


しかも、より痛みが伝わりやすいようご丁寧に手の甲を抓ってくれている。


こんなことしてくるのは奴しかいない――


サッと振り返るとそこには、ミディアムくらいの長い茶髪を後ろでひとつ結びにしてなびかせている少女がノート片手に俺をつねっている。


そのこげ茶色の瞳は冷たいながらも奥底から明確な怒りの感情が溢れていて、それに比例するように抓む力もどんどん強くなっていく。


「ちょ、た、タンマ!!これ以上やられたら俺が傷物になっちゃう!!」


慌てて手を引っ込めるとようやく痛みから解放された。


そこには見るからに不満げでムッと唇を尖らせる少女がいる。

名は冬峰(ふゆみね)由紀(ゆき)

俺と同じこのクラスの学級委員でクラスの大半から冬峰さんと呼ばれている正統派だ。さきほど俺に警告文書を送ってくれた人でもある。


そんな彼女がいったい俺に何の用だ?

被害を受けた手を優しく撫でつつ、俺は彼女に視線を合わせる。


「まったく、さっきから呼んでるのに気づかないから肩を叩いてみればサムズアップってどういうつもり??」


「いやぁ……、てっきり遊びのお誘いかと思ってさ。まさか由紀だとは思ってもなくて」


「そんなの声でわかるでしょ」


「意識して聞き耳立ててないんだから完璧に聞き分けられるわけないだろ?それに竹中だっていう可能性もあるわけだし」


かわいい男子こと竹中。

小っちゃくて声も高い、俺らのなかのアイドルだ。


「ま、まあ、その可能性もある…か」


竹中の声は女子の声音とトーンが非常に近しい。

由紀としてもそれを言われたら反論出来ないのだ。


「だろ?竹中から遊びに誘われることだってあるわけだし。由紀だって決めつけることは出来ないんだよ」


「そ、そうね。ごめんなさい」


「いや、別に謝られるほどのことじゃないけど………どうしたんだ?」


こうやって、昼休みに話しかけてくるとは珍しい。


「えっと、さっき言われた学級委員の仕事についてなんだけど」


「お?学級委員の仕事??なんだそれ?」


「は?まさか……さっきの聞いていなかったの??」


「ひっ…!」


絶対零度の眼差しが俺に突き刺さる。

こ、これはまずい。


「い、いやぁ……内職…じゃなくて……問題解くのに夢中で聞きそびれていたというか?」


「そう?じゃあ、さっきの課題はもう終わってるのね?」


「さっきの課題?なんだそれ?」


「はあっ?!」


「じょ、じょーだんですよ。さっきの課題ね。うんうん、シッテルワカッテマストモ!!」


噴火警戒レベル5だったため慌てて取り繕ったが、なんのことだかさっぱりわからない。


てか、さっきの授業のノートだって今から取ろうと思っていたのに課題とかそんなレベルの高い話をされても困る。


「いいんちょ~、俺のやつはもう机の上に置いといたぜ~」


「僕も置いておいたよ。ごめんね、冬峰さん。毎回学級委員の仕事にさせちゃって」


「別にいいのよ。持って来いといったのは先生なんだし」


あれ~~?

俺を取り残して話がどんどん進んでいくぞ??


「で?肝心のノートはどこなの?」


「え?ノート?」


「だから、提出用のノートよ。さっき、先生がしっかり授業ノートをとっているかも含めて点検するって言ってたじゃない」


わーお。そんなの知らないぞ~。

初耳だ。


「さっき問題をやってたって言ったわよね?ほら、ノート出して」


「スゥ――」


どうしよう。


とある方からの依頼で内職をしていた影響で課題どころかノートすら写し終わっていない。

ここで白紙のノートを出したら……どうなるかなんて火を見るよりも明白だよな。


「あのさ、由紀。大事な話があるんだ」


「なに?」


「その当番ってやつ、俺がやっておこうか?」


「え?幸成がやる??急になに言い出すの?」


「いやぁ……いっつも由紀ばっかり率先的にやってる気がしてなんか申し訳ないなぁって思ったり……?」


「ふ、ふ~ん?てことは、私に感謝してるのね?」


「そりゃもちろん!俺と一緒に学級委員やってくれたのが由紀でよかったっていつも思ってるよ」


これは紛れもない本心だ。

学級委員なんて面倒くさい仕事、当然ながら誰もやりたがらない。

男子の学級委員選抜はじゃんけんだった。

それも漢気のほう。


くそ……どうして……俺、最強だったのに……


と文句を垂れても結果は変わらず不本意ながら学級委員になった経緯がある。


どうせ、女子も同じなんだろうと思っていたが違った。

立候補で一人だけぴしっと手を挙げる人がいた。それが由紀。


真面目で責任感が強くてリーダーシップもある。

俺なんかと違ってどこまでも適任者だった。


「ふっ、ふ~ん??そ、そう??……ま、まあ?そこまで言うなら幸成に頼んでもいいけど?」


普段褒めないせいかわかりやすく上機嫌になる由紀。

咳ばらいをしてクールぶっているが俺にはわかる。 

おだてられて内心満更でもないということを。


フッ……これは勝ったな。


きっと普段からゴマをすり、靴を舐め、尻尾を振っていたら成功しなかったであろう所業。本当にピンチな時にこそ飴を出す。

我ながら完璧な采配。

切り札はここぞという時に取っておくのだ。


「じゃあ、俺はさっそく職員室にクラスメイトのノートを置いてくることにするよ」


俺のノートはまだ空白。

今回は未提出となるが致し方ない。

テストで挽回すればいい。


由紀が抱えていたノートを受け取ると教卓の上に山積みになっているクラスメイトのノートを取りに行こうとする。


「え~?幸成行っちまうのかよ~。するんじゃなかったのか~?」


「あとでやるよ。これを置いてきた後でな」


「ほんとかぁ~?約束だぜぇ?MTYL起動して待機してるからな?」


「MTYL?」


まずい、由紀が余計なことに反応した。


「おうよ?いいんちょだってこのアプリの噂、知ってるだろ?」


「ま、まあ……どんなものくらいかは」


意外だ。

 

前に聞いたときはそういうアプリとか一切興味ないとか言っていたのに。


「俺さ~、最近ハマっちゃって幸成にもやらせようとしてんだよ」


「そ、そうなの…?」


「そういえば、いいんちょってそういうのに興味あるのか?」


この場合の()()()()()とは言わずもがな。


「興味なんてあるわけないでしょ?そんなものに現を抜かすくらいなら勉強の時間に充てるわ」


「さすがいいんちょ。ブレね~な。どこぞの残念委員とは大違いw一端の学級委員と学級委員長の差ってやっぱこういうとこだよなw」


「うるさいな~、そんなの学級委員になって初日からわかってることだっつーの」


「だよな。学級委員が要提出のノートを写してすらないとかありえないもんなw」


「お、おいっ、それは――」


一輝が悪い顔をして俺の白紙のノートをこれ見よがしにペラペラとめくる。


くそっ、やりやがったな。


大事な友人を売るとは最低な野郎だ。


「ねえ、ちょっと――」


「は、はい………なんでしょうか?」


俺のいる教卓まで一瞬のうちに到達すると容赦なく肩をがっしり掴む少女がひとり。この際名前は出さないでおく。


「――ちょっとあなたに話があるわ」


「すぅ――……今は仕事があってちょっと手が離せないかなぁ……なんなら昼休みはムリそう」


「そう?じゃあ、放課後にするわ。それならだいじょうぶでしょ?」


「あ、いや……」


「逃げずにここで待っててね?」


「え……でも、放課後は部活があるし――」


「待っててね――?」


「はぃ……ワカリマシタァ……」


この感じはMTYLどころじゃない……


張り付けた笑顔の奥に潜む絶対零度の瞳を見て、俺は観念しガクッと項垂れるのだった。




約2年ぶりの投稿となります。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ