終章 第5話 キミに呪いを、彼に願いを 後編
透くんの中の彼に願いを伝える暇もなく、私の人生は終わるのだ。
だからせめて。
透くんが生き残ることだけを強く祈る。
自分の存在が終わる前に透くんの役に立って死にたい。
消えていく意識の中で透くんへの祈りをカラーに込める。
私のカラーが透くんの標になることを願って。
魂だけの私は声にならない祈りを捧げる。
消えゆく私の祈りは、届かないのかもしれない。
そもそも魂だけになった者の祈りは届くのだろうか。
ああ、最期だというのに。
弱い私には困ったものだ。
弱い私は願うことさえ許されない。
弱い私は祈ることさえ許されない。
そう思いながらも、自業自得だと諦観が私を支配する。
全ては後の祭り、いまさらどうしようもない。
そう思って閉じる意識に身を任せようとしたとき、色が広がった。
それは黒き神と同質でありながら、その反対にある色だった。
その色は――白。
私の世界に白が広がっていた。
そして――終わるはずの私に、次が訪れる。
理由はわからない。
なぜか自分を自覚することができたのだ。
白が与えた奇跡だろうか。
しかし。
奇跡は長く続かない。
私はそれを知っていた。
自分に残された時間が少ないことを理解していた。
ただ直感的に理解していた。
私は――終わる、と。
だからやるべきことを実行する。
その時、その瞬間、白き世界にいて。
目の前には透くんがいた。
私は透くんの勇気に感謝しつつ、もう1人の彼の願いの話を反芻していた。
叶えられる願いは1つ――何を願うのかは決まっている。
迷っていた願いの内容も神父様の行いに気づいた時に覚悟は決まっていた。
私がやるべきことは決まっている。
ならば願う内容は簡単だ。
私がやるべきこと――私の願い。
私の願いは――魔女の乗っ取りから守ってもらうこと。
私は大和の闇を暴き、世界の悲しみを和らげる。
だからどうか、私に時間をください。
闇を暴き、悲しみを和らげる時間を与えてください。
私は願った。透くんの中の彼に。
――その願い、このオレが聞き届けた。
彼は教室で交わした約束を守る。
――お前に1年間の時間をやる。これがお前を魔女から守ってやれる時間で、同時にお前が魔女に乗っ取られる刻限だ。その時間が過ぎれば透明の効果は失われ、お前は魔女に完全に支配される。魔女は再びその悦楽のために行動を開始するだろう。
私に与えられた1年という時間。
――先に言っておくが自分の力で魔女の支配から抜け出すのは不可能だ。それから補足しておくが、この1年間で魔女の力の制御はできても、自殺はできない。自殺しようとすれば、魔女は自身の自己防衛のために反射行動をとるだろう。それはオレのカラーでも制御できない。本能的な行動や自己防衛の反射行動などは抑えることができない。まぁ死にたいなら誰かに殺してもらうことだ。
誰か、か。
そんなの任せられるのは1人しかいない。
――じゃあ、精々頑張れよ。哀れな女。
こうして私は魔女の魂に乗っ取られることなく、逆に魔女の力を手に入れた。
1年間という期限付きで、その時間は私という存在のデッドラインでもあったが、望みを叶えられるならば自分の命くらいはどうでもよかった。
この世界は等価交換で出来ている。降って沸いたように手に入るものはない。
何かを手に入れるならば、相応の対価が必要になる。
大和の闇を暴き、世界の悲しみを和らげる。
それが実現できるなら、私の命など安い。
でも、透くんと一緒に過ごせないのは残念だ。
最後の1年間を好きな人と一緒に過ごしたい。
最後の1年間を透くんと一緒に過ごしたい。
透くんとたくさんの時間を共有したいという思いが溢れそうになる。
だけど、最期には会えると知っていたから。
その機会を作るために、私が殺してほしいと彼に呪いをかけたから。
最後の最後まで面倒な女だと自分でも思う。
それでも透くんは、頷いてくれた。
必ず私を殺してみせると約束してくれた。
大粒の涙を流しながら、私の呪いを受けてくれた。
だから、寂しくない。
後は私が生きた意味を残すだけ。
私という存在がいたのだと。
私という存在に意味があったのだと。
世界にわからせてやるだけだ。
――私は大和の闇を暴き、世界の悲しみを減らすために命を使う。
私は行動を開始した。
1年間の砂時計。
私の命は砂となり、さらさらと落ちていく。
魔女の力を得た私は魔女のカラーを行使して様々な場所を巡り、体験をして、世界の闇と戦った。
そして1年間の期限の日。
あの日から1年後の運命の日――今日。
世界を旅して闇の本質を見極めた私は、この大和コロニーに戻ってきた。
そして――大和の闇を暴くことに成功する。
それができたのは魔女の膨大なカラーのおかげだった。CEMという生物――その頂点に君臨する魔女の力は人間の私が制御するには大きすぎて、持て余して切り離した部分もあったほどに、魔女と人間は異なる存在だと思い知らされた。
それでも人間の肉体の中で魔女の魂と共存できた。
魔女に乗っ取られていないのは彼の透明のおかげだ。
魔女の意識はいまも私の中で眠り、覚醒の時を待っている。
この共存は私の魂と肉体に変化をもたらしていた。
だが、それ以上のことは何も起きなかった。
私は魔女の強大な力を再確認するとともに、改めて彼の透明が起こした奇跡の素晴らしさを知る。
今日、この日の早朝。
透くんへの愛、彼への感謝を胸に、私は目的の最終地点――この大和という一つの世界に蔓延る闇を切除した。
それから制御を失いつつある体で禁止区域にある研究所へ向かう。
最後の力で研究所を破壊することに成功した。
その施設の大半を始末できた。
施設を破壊する最中に研究中のCEMたちが逃げ出してしまったが、その時にはもう私の意識は魔女に乗っ取られかけており、逃げ出したCEMを追う余力は残されていなかった。
1年前と同じこの日に合わせて生産されていた大量のCEM。
その処理は他の人に任せることになるが、学園には優秀なカラードたちがいる。
なんとかしてくれるはずだ。
消えゆく意識の中で私は思う。
ここまで辿り着けたことに感謝する。
本当なら私の命は1年前に終わっていた。
透くんのおかげで守られたことにしておけと彼は言ったが、そういうわけにもいかない。
透くんには愛を。
彼には感謝を。
世界を巡り、魔女の力を振るい、闇を暴いた。
私にできることはもうない。
だからただ、優しき彼の行く末に幸があらんことを祈り、想い人のことを考える。
私の意識が、魂が青に塗り潰されていく。
だが、透くんとの思い出だけは。
絶対に消えないように反芻して。
カラーを、想いを、魂に刻み込む。
自分という存在の制御が奪われていく。
その中で私は自分が死ぬべき場所――約束の場所へと向かう。
その途中で私を避けるように、研究所を逃げ出したCEMたちが禁止区域の外へと出ていくのが見えた。
――ドクン、ドクン、ドクン。
私の中から魔女の魂が、そのカラーが溢れ出して、世界を青で包んだ。
魔女の青きカラーエリアが発生する。発生したカラーエリアのおかげで範囲内のカラーを感じ取りやすくなった。
ああ、そこにいるんだね。
透くん――いま、いくよ。
視覚も聴覚も使えなくなった。
体の機能が魔女に奪われているのだ。
でも、カラーだけは魂で感じ取れるから。
だからわかる。
魂が理解する。
私が向かうべき場所。
私を殺してくれる人の場所が。
怪物のたちの群れに紛れて。
禁止区域の外を目指して――再会する。
透くんだ。
ああ、透くん。
透くん、透くん。
透くんは1年間で見違えるように逞しく成長していて、惚れ直している私がいた。
でも、透くんがこの1年間で変わってしまっていないか心配になる。
私みたいな面倒な女のことを、まだ想ってくれているのか不安になる。
それでも魔女に対する選択や行動は純粋な透くんのままで、私は安堵した。
外見は逞しく、中身は過去から純粋な成長を遂げた透くんに見惚れる。
そして再確認する。
私は透くんのことが――大好きだ。




