終章 第4話 キミに呪いを、彼に願いを 前編
「透くんはさ。どこまでも真っ直ぐなんだ。真っ直ぐすぎて眩しいくらいに。私はその純粋さに惹かれたの」
自分は恥ずかしいことを言っている。そのせいか顔が紅潮しているのが自分でもわかるくらいに顔が熱くなっていた。
「純粋さ、か。――――くく、くははははははははは」
私の言葉に彼は一瞬だけ目を丸くしてから、笑った。
何か面白いことを言ったつもりはなかったのだが、彼は笑い続けていた。
流石の私も腹が立って、その理由を問いただすことにする。
「そんなに笑うところじゃないと思うけど?」
それは先ほどのような自分を否定されたことへの反発ではない――気持ちの悪い怒りは込められていなかった。彼の言動に悪意がないとわかっているからだ。
「ああ、すまん。前にも同じことを女に言われてな。偶然が連続すると必然になってしまう気がするから、これも運命かと笑ってしまったんだ。オレはもう一人の俺のことを抜きにしても、お前のことを助けたくなってきたよ。なぁ哀れな女、くくっ」
よくわからないところで自分の言葉が彼に刺さったようだ。
これは偽らざる私の本心。
その重なりは単なる偶然、必然でもなんでもない。
全く、彼は人の恋心をなんだと思っているのか。
「それで、願いのことなんだけど」
私は本来の話を聞くために話を戻す。大事な恋心を単なる偶然で笑われたことでムカついたのか、その言葉は少し荒い。
それでも彼の女について訊くのは無粋に感じれた。
女のことに触れた彼の表情はとても寂しそうだったから。
「おう。願いはなんでもいいぞ。オレはお前が望むことなら叶える。オレは嘘をつかない。世界だって壊してやろう。まぁ時間を巻き戻すとかは無理だがな。後は願いを増やしてほしいみたいな屁理屈も勘弁してくれ。オレはランプの精ではないからな。叶える願いは1つだ」
「願い、1つ、うーん。改めて叶えてもらえる状況になると、迷っちゃうね。人生って一度きりで取り返しがつかないからさ」
彼は私の言葉に再び笑った。何が面白くて笑っているのか全く理解できないが、悩む私の姿はそんなに滑稽に見えるのだろうか。
私は頬を膨らまして無言の抗議を行った。
「ふ、そうだな。人間の人生は一度きりだ。まぁせいぜい悩むがいいさ」
「ひ、人事だからって…はぁ」
「オレはもう一人の俺の中にいる。至近距離まで近づけばオレにも声は聞こえる。だから願いが決まったら俺に近づいて話せばいい。願いは透明のカラーによって叶えられる。もう一人の俺がやったように仕向けるから、なんでも願うといい」
「透くんに願えばいいんだね。うん、わかったよ」
私は願いを叶えてもらえるらしい。
この時は半信半疑だったが、それは数時間後に叶えられることになる。
それから教室を後にした私は神父様に呼び出され、邪魔者の始末を命じられる。
その意味を問うても神父様は黒き神のためだとしか答えてくれない。
今日起きることは世界のために必要なのだと、それしか教えてくれなかった。
それでも私は神父様が善意の信徒である希望を捨てられなかった。この邪魔者というのも、大和に蔓延る悪の一部なのではないかと思い込んで、その任を引き受けることにした。
しかし――邪魔者は先生だった。あの姫ちゃんが悪であるはずがない。
私は先生を殺せなかった――当然だ。
あそこまで生徒に真摯に向き合う先生が悪だとは思えない。
たとえ姫ちゃんが悪だとしても、今まさに生徒のために奔走する彼女の姿を見れば、彼女がどのような人間で、どのように行動する人物なのかわかるだろう。
だから私は彼女を昏倒させることにした。
今この場で全てを説明する時間はない。
先生からは後でどのような罰を与えられても受け入れるつもりでいた。
もはや弁解の余地はなく、私は罰される行いをしたのだから。
私は禁止区域に向かった生徒を救出した後で、神父様を問い詰めるつもりでいた。
しかし状況がそれを許さない。
禁止区域に透くんがいる。
その事実だけで私の緊張は張り裂けそうなほどに高まっていた。
その他の生徒たちは透くんと赤い坊主頭の子、青髪の女の子を除き、CEMに対して危機意識が欠如していた。
彼らを守れるのは私しかいない。
それなのに私のミスで青髪の女の子がCEMになった。
最悪だ。
私のせいで命が失われた。
それでもこの時、私はこう思っていた。
これ以上の最悪は起こらないと、勝手に思っていたんだ。
しかし事態は――救いようがないほどに悪化していく。
昏倒させたはずの姫ちゃんがCEMとなって私の前に現れる。
私のせいで恩師が怪物になってしまった。
私は覚悟を決めて姫ちゃんを世界に還そうとするも失敗、透くんに守られ、姫ちゃんは石土さんが溶滅させた。
姫ちゃんが極彩色のCEMに変わった。
これは神父様がやったのだと確信する。
最後にもう一度だけ信じてみようという私の願いは簡単に砕かれ、そこには残酷な現実だけが残っていた。神父様の思惑がどうあれ、私があの日の大階段で神父様によって救われたのは事実。
だからもう一度だけ、神父様のことを信じたいと、そう思ったのだ。
しかし神父様は透くんの中の彼がいうように、私を道具としか見ていなかった。
CEMに変貌した先生が私を襲ってきたことで理解した。
言うことをきかない道具は廃棄するだけ。
生かしておく理由がない。
私は浅はかな自分を呪った。
そして――救いようがないほどに悪化する現実は、ついに私の想像できるレベルを超えて世界を犯し始めた。
私はCEMの脅威度ランク4――魔女に遭遇する。
CEMの頂点たる存在の出現。
こんなことを誰が予想できるだろうか。
魔女の強さはあまりに規格外すぎて、私は死を覚悟した。
これが神父様の仰った世界に必要なことなのだろうか。
神父様は魔女が現れることを知っていたのだろうか。
世界を滅ぼす暴力装置たるCEM。
宇宙からやってきた色の災害。
その頂点――最強の力を持つ魔女。こんな怪物が大和コロニーに現れるメリットなんてあるわけがない。これが世界にとって必要なことだと、私は到底思えない。
それから私は死力を尽くして魔女に挑むも、その圧倒的な力の前に敗北した。
そして私の使った黒に取り憑かれた石土さんにソウルコアを渡す。石土さんは何も悪くない。この時、私はこれが透くんの中の彼が言っていた破滅なのだと理解する。
言葉で石土さんを諌められるわけがなかった。
これは神の力であり黒の持つ魔性の力なのだから。
この結末は私の自業自得。神のもたらした黒は人が使うにはあまりに大きすぎて、使用者は凄惨な末路を辿る。
それからソウルコアを渡して抜け殻になった私は体を乗っ取られる。
魂は体と分け隔たれて、私はこのまま死ぬのだと感覚的に理解した。
魔女が私の体を乗っ取った理由は不明だが、自分の全てが青に染まっていくこと、自分という存在が塗り替えられていくことだけが理解できた。
透くんの中の彼に願いを伝える暇もなく、私の人生は終わるのだ。




