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3章 第36話 決着と選択

 「俺の1年間を、先輩の想いを、その程度で躱せると思うな――魔女おおおおおおお!!!」


 《ハートコア・カラー――スケルティア・ブレイク》



 槍の発色によりもたらされる透明の雷――視認不可の雷撃が、中空の俺目がけて直進する水龍を貫いた。



 俺は水龍を完全に破壊したことを確認してから、中空で次の一撃を放つ体勢を整える。落下する勢いを利用して力を変え、振り下ろす速度の加重を増加させる。



 「なぁっ、空中でここまで――だが!」



 魔女は俺が上空からの攻撃を準備していることに合わせ、両腕を交差させて水鎧で覆った。それを何十にも重ねて一極集中することで、鉄壁の防御を展開していた。



 「だったら、こういうのはどうだ!」



 俺は加速した勢いのまま一回転して、戦斧槍を振り下ろすモーションのまま、何もせずに着地した。眼前には上からの攻撃に備えて両腕を交差させる魔女――防御のために組まれた両腕の隙間から垣間見える顔は驚愕に染まっている。



 「なっ、このっ」



 俺が攻撃を行わなかったことで上側に対する防御はその意味を失う。水鎧を一極集中したことで腕以外の部位は無防備に晒されていた。



 「大事なソウルコアがガラ空きだ」



 魔女は両腕を下げてソウルコアが存在する心臓付近を守ろうとするが、すでに戦斧槍の突きが迫っている。




 魔女にできたのは胸部に数枚の水鎧を展開することだけだった。




 だがその程度の防御では、この一撃を耐えることはできない。


 《ハートコア・カラー――イエロー・スケルティア・ブレイク》



 槍の穂先に込められた透明は黄色から生まれた雷と溶け合いながら魔女の体を――水鎧を貫通して突き抜けた。



 雷撃を受けて硬直する魔女は緩慢な動きでよろめき、胸を抑えて数歩後退する。


 ふらつく体は立っていることもままならず、魔女はその場に倒れた。



 「ぐ、かはっ――我のソウルコアを射抜いただとぉ……」



 そして魔女が両腕に纏っていた水鎧が青きカラーとともに消失した。それはこの時、この瞬間、魔女は全てのカラー制御を失ったことを意味していた。



 それは当人が一番理解しているようで、魔女はこちらを忌々しげに見つめる。



 こちらに向けられる魔女の瞳に宿るのは驚愕、憎悪。



 「これでもうおまえは戦えない。先輩の体を返してもらう」



 「くそっ、なぜだ。我がこんな、こんな下等生物に負けるなど。こんなはずではなかった――嫌だ、嫌だ、嫌だ。我はまだ消えたくない。生きたい、まだ食いたい、食い足りないッ」



 嫌だ、嫌だと嘆き訴える魔女。


 己の欲求を満たしたいと叫ぶ魔女。


 俺はその姿に怒りを覚える。



 「何が嫌だ、だと――先輩は嘆くことさえできなかった! 乞い願うことさえ許されなかった! 苦しいと叫ぶことさえできなかったんだ! お前はそれだけのことをしておいて、自分は嫌だと言うのか。自分だけが大切で他のやつはどうだっていいのかよ。このっ、だからっ……だからお前たちは――」



 槍を握る手に自然と力が入る。



 それは1年前の先輩の姿が思い起こされたからだ。



 選択の余地はなく、ただただ利用された先輩。


 魔女の快楽のために蹂躙された先輩。



 世界の残酷さを、理不尽をその身に受けた先輩の姿が俺の胸を打つ。



 「うっくっ……ううぅ……」



 1年前から待ち焦がれた魔女との決着の瞬間に、理性で抑えていたものがふつふつと漏れ始めているのがわかる。



 「透くん」



 その時――俺の背後から声が聞こえた。


 姿は見えない。幻聴かもしれなかった。




 それでもその声が誰なのかはすぐにわかった。

 



 俺たちはお互いに声とぬくもりだけで触れ合い、通じ合っていた。


 声はぬくもりから俺の考えを汲み取って優しい言葉を口にする。



 「これが君の答えなんだね。透くんは優しい。たとえ殺したいほどに憎い相手でも、命を奪うことを躊躇っている。その心を、その選択を大切にして。私のことは気にしなくていいんだよ」



 そして、これは私の罪だからと、先輩の槍が自ら発色して。



 「先輩っ……先輩っ……」



 先輩のぬくもりを感じて振り返りたい自分がいた。



 でも、振り返れない。


 俺は、振り返らない。



 ここで振り返ってしまえば、俺は1年前の自分と何も変わっていないからだ。



 だからせめて。


 その罪を一緒に背負おうと、ぬくもりを宿した槍を強く握りしめる。




 先輩のカラーに重ねるようにして己のカラーを込める。




 「ああああああああああ」




 俺の中の色んな感情をない混ぜにした叫びが世界に響いた。




 これは取り戻すための一撃で、別れの一撃でもあった。




 槍から放たれた透明が魔女を――先輩の体を突き抜けていく。





 全てを重ね、全てを隔てる透明が出した答えは。





 「ひいっ、あっ、助け――ぐうっ、ああああああああ!!!」



 透明にその身を貫かれ、弾き飛ばされる魔女――先輩の身体には傷一つなく、1年前と変わらない姿がそこにあった。




 先輩の瞳は優しく閉じられ、CEMのように世界に溶けて消えることはない。




 それからぽつり、と戸惑いの声が世界に響いた。


 それは紛れもなく魔女の声で。



 「な、に……こ、れは……。我は、我は生きている……なぜだ、なぜだ人間、我を殺すのではなかったのか?」



 魔女は先輩の体から分離され、その姿は幽霊のようにおぼろげになっていた。



 「俺の目的は先輩の魂と体を取り戻すことだ。その目的は達成した。それにお前はカラーが尽きかけていて、すでに戦う力は残ってない」



 魔女は魂だけになった自分の姿を見て、自分の状態を悟る。



 「俺は戦えないやつを一方的にいたぶる趣味はない。この先、人間に危害を加えないと約束するなら見逃す。これは先輩にも伝えて了承をもらった上で話している。先輩には笑われてしまったけどな、君らしい答えだねってさ」



 俺は怪物を殺す――仲間を守るために。



 だが、同時に殺し殺される世界を終わらせるために行動する。




 その考えは矛盾していると誰かが言った。




 でもそれが最善だと思うから――俺は赦す。


 それが先輩の尊厳を踏みにじった相手でも、これが俺の歩んだ1年間で、その答えだから。




 「馬鹿な。体を乗っ取った相手を、大切な同族を奪った相手を許すなど……そんなことが、あるはずがない」



 確かに魔女の言っていることはその通りなのだろう。



 事実、人間はその理屈で戦争を続けてきた。


 それは人間という生物が歴史で証明してきた悲しみの連鎖。



 だが、歴史なんてどうだっていい。




 俺が出した答えに歴史は関係ない。



 それに一番の被害者である先輩が魔女を赦すことに許可をくれた。


 だから俺は胸を張って手を差し伸べることができるのだ。



 「俺はお前を恨んでいる。これは事実だ。お前のことを赦すとしても、この恨みが消えることはないだろう。でもな――俺は同時に感謝してもいるんだ」



 「お前が我に感謝……だと?」



 魔女はますます意味がわからないと、困惑の表情を浮かべたまま首を傾げた。



 「ああ――1年前の俺は弱かった。世界のことなど何も知らずにのうのうと生きていた。CEMが世界各地で人を殺していても、それはテレビの中の出来事で、暇つぶしに観る映画で人が死ぬのとなんら変わりなかった。お前が何も知らなかった俺に現実を教えてくれたんだ。もしも先輩を失わない世界があったなら、今の俺は俺ではなかっただろう」




 人間が抱く感情は一つではない。


 そこには生と負があって、相反するとしても、二者択一ではない。




 「そして今の俺だから出せる答え――お前たちが人に危害を加えないのであればこちらも攻撃しない。たとえ対話が拒否されても、棲み分けができると信じている――『前に進むための感謝と許す勇気』、これが1年間で出した俺の答えだ」



 1年前、俺は魔女に奪われた。


 自分の無知と、愚かさを知った。



 そこで初めて自分という存在を知り、気づき、考えた。


 俺はこの1年間で多くのことを学び、気づき、考えた。




 『前に進むための感謝と赦す勇気』




 そして先輩から教わったことを土台にして自分なりの答えを出したつもりだ。




 だから俺は赦すことができる。




 それが人間でなく、大切なものを奪った存在であっても。




 きっと自然な笑顔ではいられない。




 そこにあるのは取り繕った不細工な笑顔だろう。




 それでも俺は出した答えの通りに行動する。武器を取るはずの手を差し出して、相手への敬意と感謝を忘れずに、手を取り合うための努力ができるのだ。




 「ああ……ああっ、我を助けてくれるのだな。人間よ、感謝するぞ」




 魔女は縋るように俺の手を取ろうとする。





 その先にあるのは人間と魔女が手を取り合う未来――その、はずだった。





 しかし世界は、俺の選択を踏み躙る。





 ――おいおい。まさかこれで終わりのつもりか? 



 ――敵を殺せよ、俺。




 世界に響いた黒い混沌の声が調和を拒絶する。



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