3章 第31話 翡翠の誓い
「この程度ッッッ――負けるかああああああ! カラーコアオーバードライブ!」
《グリーン・カラー――オーバードライブ・バースト》
生成した鎖を高熱に溶かされながらも、私はひたすらにカラーを込め続けた。
鉄壁の旋風が亡者の手を押し返していく。わかりやすい単純な力技だが、高熱に直接触れるよりも風で押し切る方がこちらの被害が少なく、戦闘を継続できる。
合理的な判断だった。
だが――熱を奪われ続けてなお、地獄の釜は赤黒い手を生み出し続けていた。
こちらが力技に切り替えたことで一時的に押し返したものの、完全に押し切ることはできていなかった。
やはり赤黒い手を発生させている穴自体をどうにかしなければ決着がつかないか。
「だが、この段階で全ての力を解き放ってしまえば、戦闘を継続することができなくなってしまう。穴を破壊できる確証もなしに切り札を使うわけにはいかない……」
私は赤黒い手を足止めすることには成功しつつも破壊することはできず、その発生源たる穴の根源を見つけられぬまま決定打を打てずにいた。
泥沼の様相を呈する戦いは、カラー量の面から明らかにこちらが不利だった。
「く、何か……。何か、アレの根源を探る方法は――」
私は焦る心を必死に押さえつけながら、穴の根源を探る方法を思案していた。
その時、足元からぴちゃりと音がした。
――大階段前で水の音?
私はその音に過去と対峙する男の姿を思い起こし、その相手のカラーが起こした技のことを思い出した。
水の発生源に当たりをつけた私はすぐに戦略を組み立てる。
これを運命がくれた好機と捉えて、鎖を強く握りしめた。
「使えるものは使わせてもらうぞ、御園」
学園の反対方向から流れてくる水を鎖が巻き起こす旋風が吸い上げる。
風と水が合わさったそれは――竜巻。
熱を奪うための最適解が地獄の釜の入り口にぶつかった。
高熱の物体に水をぶつけたことで発生した蒸気が穴から空へと立ち昇る。
その際に発生した音は、さながら浄化される亡者の声のように聞こえた。
亡者の手は穴の中から這い出ようとするも風と水の勢いに押されて動けず、ただその奥へと押し込まれていき、熱を奪われ続けた。
「このまま押し切るっ!」
やがて空に穿たれた穴から漏れるのは蒸気のみとなっていた。
そしてついに竜巻は地獄の釜の奥底に隠された――この現象の中心たる赤黒き弾丸の存在を暴き出す。
地獄の釜の奥深く、その中心には赤黒く光る弾丸が浮遊していた。赤黒く光る弾丸がこの現象の中心――核だということは、放つカラーの濃さから一目瞭然だった。
あの弾丸を破壊すればこの現象は終わる。
そう確信できるほどの禍々しさがあった。
「見つけたッ――」
私は亡者の手を生み出し続ける赤黒い穴――その核となる部分を見つけ出し、すぐさま最大火力を叩き込むべく己のカラーを集中する。
一切の手加減は考えなかった。
余力を残して勝てる敵ではないと自分の感覚、思考、心の全てが判断していた。
私は1年間で養ってきた自分の判断を、その研鑽を信じる。
あの事件から1年間、私は考えてきた。
これから自分は何を信じて、どう判断していくのか。
また、その基準をどうするのか。
自分の能力の有無に関わらず、その正誤を判断できないままでは再び窮地に立たされた時、同じことが起こると思ったからだ。
過去の俺は自分の目的のために仲間を喪った。その目的の意味さえわからないまま、ただ盲目に家からの指示に従おうとした結果が1年前の事件、その顛末になる。
だから私は――目の前の現実を見誤らない。
すべきことを模索し、それを常に改良改善して、今を掴み取る。
命を尊ぶことを念頭に物事を考える。
権力やプライドにこだわらず、仲間と想いを大切にする。
これが私の1年間の答え。
私は判断を下す。
――目の前の赤黒き現象は一つの判断が死に繋がる。
仲間を守るため、想いを繋ぐため、私が破壊しなければならない。
同時に、私の全てをぶつけなければ倒せない相手だ。
見せてやる。
私の1年間、その研鑽を。
私の想いを。
「世界の理は強者と弱者を生み出した。強者のみが生き、弱者は死に絶える。死は生けるもの全てに平等なれば、生も平等にあるべきだ。弱者が地獄に落ちるのならば、我が鎖で繋ぎ止めよう。強者が暴虐を働くならば、我が鎖で諫めよう。全てのものに選択を。時間を作り、機会を作ろう。私が全てを止めてやる。顕現せよ。自然が紡ぐ鎖縛の鎖――我が意志を束ねし翡翠の槍――エメラルド・チェーン・ランス!」
《グリーン・カラー――オーバードライブ・バーストブレイク》
王から紡がれる祝詞。
その内容は自らの後悔、未来への希望、悲しみを和らげるための誓いだった。
翡翠の誓いは力となり、世界に顕現する。
全ての悲しみを止めるため、世界に顕現する。
緑川は自らが生成しうる全ての鎖を現出させた。
誓いによって編まれた鎖が地獄の釜の中心を狙う。
その数――百本。
幾重にも束ねられた鎖を輪になった鎖が生み出す竜巻の勢いに合わせて射出することで、動きの鈍った亡者の手など意にも介さない。
そのまま地獄の釜の中心へ――現象の核である赤黒き弾丸を目指して直進する。
幾重にも束ねられた鎖の形状はまさに一本の槍のよう。
その武器は一人の男を想起させた。
それは自分が尊敬する男の姿だった。
――洗練されたその動きを、その意志を追ってここまできた。
――その憧れとも形容できる姿を、自分の一撃に重ねて放つ。
「これが地獄の釜の現象核。世界に悲しみを生まないため、私が絶対に破壊する。これで終わりだ――おおおおおおおおおおお!!!」
一本の槍と化した鎖は穴の奥に突入する。
穴の道中では無数の亡者の手が伸び、鎖を掴もうとする。
それを纏うカラーで拒絶しながら、奥へ、奥へと進む。
その深さは思ったよりも深く、溶鉱炉に降りていくような錯覚を緑川は覚えた。
鎖が穴の奥に侵入して、その深淵に潜るほど、熱は異常なほどに上昇していた。
緑川が穴の奥深くに鎖を進ませるごとに、束ねた鎖が端から一本、また一本と熱によって溶かされ、その反動が体を焼いた。穴の奥底で弾丸が発生させる熱量が緑川のカラーで保護できる限界を超えたのだ。
緑川はあまりの痛みに一瞬ふらつくも、まだ倒れるわけにはいかないと歯を喰いしばってなんとか耐える。
「うぉ、ぐっ。ううっ……」
痛みで歪む視界の中で、この1年間が走馬灯のように駆け抜けていく。
至らない自分が、弱い自分がそこにはいた。
家からの指示に従い、盲目的に行動する自分がいた。
そこに――失くした友の後ろ姿を見つける。
その後ろ姿が雪谷のものであることはすぐにわかった。
それほどに一緒の時を過ごした仲間を、私は殺してしまった。
「…………」
死者は何も語ることはなく、その背中からは何の感情も読み取れない。
そこには怒りが、憎しみがあるのかもしれない。
生者が死者の気持ちを代弁することは簡単だ。
死者は何も語らない。
偽りの言葉を否定する者は、すでにこの世にいないのだから。
私は雪谷に赦しの言葉を求めない。
だが、どうか、見ていてほしい。
今の私の行動を、その姿を見ていてほしい。
私にできるのは死者に許しを請うことではなく、雪谷からもらったこの命で何を為すのかだと思うから。
それが私のだった一つの願いで――贖罪だ。
「我が鎖を束ねし翡翠の槍よ! その全てをもって、この悪夢を刺し穿て!」
《グリーン・カラー――オーバードライブ・ペネトレイトランス》
そしてついに――束ねた鎖の先端、穂先の刃が弾丸に届いた。
しかし濃密なカラーを放つ弾丸は硬く、一撃では破壊できない。
超高温の熱に溶かされて本数が減ったとはいえ、束ねられた鎖の穂先は大きい。
それが小さな弾丸の一つすら砕くことができていない。
圧倒的なカラー量の前にした私の鎖は攻めあぐねて、弾丸にその切っ先をぶつけたまま弾かれないようにするのがやっとだった。
「私が1年前とは違うことを、お前がくれた命が無駄ではないことを、ここに証明してやるッッッ。くううううううう、うおおおおおおおおお!!!」
力の差がある。
不利な状況がある。
そんなことはわかっている。
自分が不出来な人間だということくらいわかっている。
「ここで諦めたら、雪谷に顔向けできない。私は! あいつが救ったことを誇れる男でなければ! いけないんだ!!!」
私は瞬時に、束ねた鎖の集合を解除した。
そして持てる全てのカラーを穂先の刃の一点に集中させる。
たった一本の鎖へ――全ての鎖に割り振っていたカラーをそこに掻き集めて集束させる。
「ぐうっ、があああああああああ!」
カラーの供給が切れた鎖が溶けて消える。
体を焼くダメージを叫んで堪え、意識を繋いだ。
これが私の1年間の全てを、その想いを束ねた一撃。
――変わるための覚悟を持って1年間を過ごした私の集大成であり、雪谷がくれた命に恥じない、そう思える一撃を放つ!
「これが私の1年間、その覚悟だああああああ!!!」
赤と黒の空間に緑の線が引かれた。
緑は強大な赤と黒の中でも負けずに一際強く色を発する。
世界を塗り替え食い荒らす赤と黒。
か細くも強く、世界に落ち着きを与える緑。
やがて――その拮抗は純粋に強く発色する緑によって決着する。
一点に収束した緑は――――――赤と黒の混合色を貫いた。
「――ッ」
陽炎のようにゆらめく世界に、緑川は雪谷の後ろ姿を見た。
それは死力を尽くした緑川が見た幻覚なのかもしれない。
だが少なくとも、その雪谷は。
満足そうに、その姿を消した。
何かが軋む音が世界に響き、弾丸は世界に溶けるようにして消えていった。
核を失った穴はぐにゃりと輪郭を歪ませ、地獄から溢れた亡者とともに消滅する。
世界に穿たれた赤黒き穴は核の消滅とともに消え去り、周辺のCEMたちは亡者の手によってすでに溶滅している。
大階段前には静寂が戻っていた。
この静寂は王の奮闘によってもたらされたのだ。
「よし、これで……。御園……いま、たすけ、に――」
第階段前から赤黒い穴が消失して全てのCEMがいなくなった。
ここでの戦いに決着をつけた私は御園の元に足を向けようとする。
しかし足元がふらつき、その場に膝をついて倒れた。
もはやまともに立つことすらできず、固い地面に体を預けることしかできない。
――意識が曖昧になっていく。
それは自身のカラーを限界まで使用したことを意味する状態だった。
この昏睡状態はカラーの欠乏によって引き起こされる。解決方法は時間経過による回復、外部からのカラー補給の二択だ。だが今はどちらも難しい。
どちらにせよ御園の元に駆けつけることはできそうになかった。
すぐにでも御園の元に駆けつけたい。
その気持ちは大きい。
同時に御園が勝つことを疑わない自分がいることも事実だった。
「御園……すまな、い……かて、よ……」
王は友の勝利を願い、その意識を闇に落とした。




