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3章 第29話 さようなら。ちっぽけなあたし

 「はぁ……。リロード」



 ガチリと重い金属音を響かせ、ソウルコアが生み出した弾丸が装填された。



 直後――




 「あああああああああああ、うぅ、ぐっ、ぐぅうう。うぁ――」




 体が焼ける、魂が焼ける。




 真夏の空気? サウナ? 


 そんなものは生温いオアシスだ。




 燃え盛る大地の中に1人放り出されたような感覚が、あたしを塗り潰そうとする。




 あたしの中が赤でいっぱいになって、あたしの黒はぽつんとその中で点のように存在している。




 赤が黒を飲み込もうとしている。


 片桐があたしを飲み込もうとしている。




 あつい、あつすぎる。


 焼ける、焼け死んでしまう。




 熱さは痛みとなってあたしを襲った。


 この熱はあたしの魂を焦がしている。


 自分の内側を焦がす痛みからは逃げられない。




 痛い、痛い痛い、痛い痛い痛い!!!



 赤い、赤い赤い、赤い赤い赤い!!!




 赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤カカkカカカカkkkk!!!!!!




  

「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――うわああああああああああああああああああああ」





 あたしは咆哮した。




 体の奥底から、魂の奥底から。


 醜いあたしの奥底から――吠えた。




 できる、できる、できる、できる、できる、できる、できる。


 ――自分に言い聞かせて。



 やれる、やれる、やれる、やれる、やれる、やれる、やれる。


 ――自分を騙して。




 塗り潰されるな、受け入れろ。



 塗り潰されるな、飲み干してしまえ。



 塗り潰されるな、喰らい尽くして糧にしろ。




 「片桐……あんたのカラー、ものにして、やるわ……」




 赤を喰らう。



 片桐を喰らう。



 黒が赤を、あたしが片桐を、喰らう。



 全てをあたしの中に飲み干す。

 



 「はぁ……はぁ……あっ、はっ、ぐうううううう。あああああああ、んっ。はっ、はっ、はぁっ――――――――喰った」




 その時、あたしは赤を取り込んだ。


 その時、あたしは片桐を喰った。




 全ての赤が、全ての熱が、あたしの黒に従う。



 あたしの身体から吹き出す汗が一瞬で蒸発していく。




 「あはっ、あはははははははははははは!!!」




 あたしの笑いが大階段前に木霊する。



 あたしはやったんだ。


 ソウルコアを制御することができたんだ。




 笑わずにいられない。




 あたしは赤きカラーを従え、体中から熱を立ち昇らせながら怪物を見やる。




 怪物はあたしが発生させた熱に含まれるカラーを警戒してか、卒業生の先輩方を攻撃対象から外す。しかしそこで生まれた隙のせいで先輩方の反撃を受け、針を飛ばすために狙いをつけていた準備は無駄になっていた。




 ここにきて、またとない攻撃のチャンスが到来していた。




 「こんなときにだけチャンスをくれるなんて、神様は意地が悪いなぁ……あはっ」



 ここでトリガーを引いてしまえば全てが終わる。



 その全てには当然のようにあたしの命が含まれているのだろうが、なにより片桐を巻き込んでしまう可能性があるのが申し訳ない――いや、それは嘘だ。



 あたしは片桐の想いを無駄にしないと息巻いていた。



 だがそれは思い込みによる自暴自棄に過ぎないのだろう。結局は物語の中の弱者の最後、窮鼠猫を嚙むというような終わり方ができると、あたしは有終の美を飾るために片桐を利用しているだけだ。



 どこまでも自分本位なあたし。



 仮にここで全てを投げ出したとして、片桐は死んで大階段前の戦場は崩壊。これから先の人生は後ろ指を指されながら生きていくことになる。



 そんなのは願い下げだ。



 でもだからといって、あたしを綺麗に終わらせるためだけに、片桐を巻き込んで心中したくはない。



 いくら自分本位のあたしでも、それを進んでできるほど腐っちゃいない。




 あたしはこのまま現実から逃げたい。


 ――片桐は死んで、あたしは生きる。




 世界に全てを捧げ、命を賭けた一撃を放つ。


 ――片桐を巻き込んで、あたしは死ぬ。



 そのどちらもあたしの偽らざる本音だから、さっさと引いてしまえばいいトリガーに力が入らない。



 黒木由依はどこまでも優柔不断で、覚悟がわからない女だった。



 「あ、でも……そうか」



 どちらにせよ片桐が死ぬ確率は高い。



 それでも片桐が生きるためには、その可能性を上げるには。




 これしか――ないんだ。




 いまだけは、傲慢になろうと思った。



 世界にあたしのワガママを通すために行動する。



 そして最後は炎に焼かれ、溶けて死ぬのだ。


 太陽に近づきすぎたイカロスのように。




 ――あたしはトリガーに指を絡ませる。




 「打算と自暴自棄、正と負の全てを含めたこれが――黒木由依の覚悟(傲慢)だ」




 自身のカラーで片桐のソウルコアを制御するためには、偽らざる本音を吐き出して思考を自分の意志で埋め尽くす他になかった。




 あたしのふわふわしたどっちつかずの思考――心の中で揺れる気持ちは正真正銘、自分の偽らざる本音だ。




 生きるも死ぬも、先に待っているのは地獄。




 でも、目の前にいる馬鹿が命を賭けている。




 ならばあたしにできるのは。



 

 この残酷な現実に命を捧げることではないのか。




 目の前の無鉄砲な熱血馬鹿のせいで、あたしも命の価値がわからなくなっている。




 「命の価値なんて知らない。だから死ね、このクソッタレの現実。そして現実から生まれた怪物ども――あたしを、舐めんな」




 あたしは現実に反抗する。



 このクソッタレな現実に唾を吐く。




 そのためならトリガーを引くことができる。


 ――後のことなどわからない。




 もう考えるのは疲れた。


 思考を放棄して、ただ、この一瞬のために。





 正と負の混ざった、濁り切った一撃を――解き放つ。





 「そこには現実があった。甘美な虚構は崩れ落ち、純然たる真実が突きつけられる。どうか逃げることを許してほしい、あたしはあなたのように輝けないから。ああ輝けるものよ――あなたになりたかった。あなたの全てが愛おしくて、欲しいと願った。でもそれは叶えられない夢だから、あたしは現実を破壊しよう。破壊の先に甘美な夢を夢想しながら、全てを穢し、全てを消し去れ。ヴォルカニック・バースト!」





 《ソウルコア――ヴォルカニック・バースト》


 歪んだ願いを込めた祝詞を謳う。




 その意味は逃避と羨望、歪みきった――愛。




 歪んだそれは弾丸となって現実を食らうべく、世界に現れた。




 あたしの放った弾丸が空を飛んでいく。


 真上に向かって、怪物を無視して。


 空気を切り裂いて、世界を切り裂いて。




 自由に――空へ、空へ、空へ。




 そして――空に赤黒い穴が穿たれた。


 破滅の願いは巨大な炎となってここに顕現する。




 「やった……できた。あたし、できた。片桐、やったよ。ふふ、ふ、あははははははははは」




 あたしは空に穿たれた穴を見て歓喜に打ち震える。




 こんなあたしでもこのクソッタレな現実に変化を起こすことができた。引っ掻いて傷をつけることができた、それが無性に嬉しくてたまらない。




 これで終わり。


 全てが終わった。




 あたしは直感する。


 あの赤黒い穴は全てを終わらせてくれると。




 怪物たちは危険を察知したのか攻撃目標を空に穿たれた穴へと変更して針を飛ばした。



 放たれた針は穴に飲み込まれて――それから、それから、それから?


 何もない。




 何も――起こらない。




 「そんな攻撃無駄だって。あの穴はさぁ――全部全部、全部全部全部全部、全っっっ部、終わらせるんだから! あっははははははははははは!」




 圧倒的な力で、全てを踏み潰してやる。




 お前たちが――現実があたしにしたように。




 一切の情け容赦なく、無慈悲に。


 おぞましいほどの圧倒的な力で、叩き潰してやるんだ。




 「さぁ、その力を見せて。あたしのカラー」




 空に穿たれた赤黒い穴は汚らしく涎を垂らすように液体を地面に溢した。穴と同色の赤黒い液体が大地にこぼれ落ち、地面はじゅうじゅうと悲鳴を上げて陥没する。




 放たれる熱は熱波となって周囲に吹き荒れていた。




 「うふふふ、あははははっ。あっ、がはっ、ぐ――げほっげほっ」




 ソウルコア込みの大技にあたしの体は悲鳴を上げる。



 視界はぼやけて、平衡感覚が掴めない。




 それでもあたしは満たされていた。自分の体がどれだけ軋み、壊れてしまおうとも、現実に対して一矢報いることができたあたしの心は快楽物質で満たされていた。




 あたしはその薬物を摂取したような充足感の中、そのまま血を吐いてその場に崩れ落ちた。体が言うことをきかない。まるで人形にでもなったかのように、体は自分を稼働させることを忘れていた。




 これがソウルコアを使用した代償か、あたしが次に目覚める保証はない。




 あたしは全てを諦めたような心持ちで、視界に映るものについて考える。




 地面に転がったあたしが見たのは空に穿たれた赤黒い穴だ。




 赤くて、黒くて、汚い穴がぽっかり空いていた。




 あまりに醜いそれは――あたしの心そのものだった。




 「自分を見ているようで嫌だけど、なぜだかすっきりした。カラーを使う、ソウルコアを使って戦うのは、自分という存在を曝け出して戦うことなのかも、なんてね。今更そんなことに気づいたところで、もう遅いんだけど。いや、気づくのが遅いところなんて、すごくあたしっぽい。あたしはいつも気づくのが遅くて、気づいた時にはもう、手遅れなんだ」




 自分の中に溢れた諦念を糧にして、最後に残った心を糧に体を動かす。




 これで終わりだからと全ての力を振り絞って、側に倒れる片桐まで辿り着く。




 気づけば動かない片桐の体を抱きしめていた。


 急速に冷えていく自分の体で精一杯抱きしめていた。




 「あぁ……終わり、か」




 片桐に触れても感触がわからない。


 それを感じる余裕は残されていない。




 あたしは終わりを実感する。




 それでも最期にやっておかなければいけないことをあたしは実行する。




 それはあたしなりの責任、力を貸してくれた片桐への誠意だった。




 あたしは亀裂の入った銃からマガジンを引き抜き、片桐の体に近づける。




 そうすると彼のソウルコアはマガジンの形から元の不定形の形に戻って、持ち主の体へと還っていく。




 これでいい。


 あたしはともかく、片桐だけは。




 片桐が助かる保証はない。


 それでも1パーセント、小数点以下の貢献でいいからと、あたしは片桐の体に覆いかぶさった。




 今度はあたしが盾になるから。


 立派な盾じゃなくて悪いけど、許して。




 視界は黒に染まって何も見えなくなった。




 「そろそろ終わり……だね。片桐、巻き込んでごめん」




 ありがとう――そしてさようなら。




 少しの名残惜しさを噛みしめながら、あたしは片桐の胸板の上で眠る。




 間も無く空から赤黒い液体が降り注ぎ、世界の全てを赤く染めるだろう。




 そして黒木由依という弱者の物語が幕を閉じるのだ。






 さようなら世界、さようなら――ちっぽけなあたし。


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