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3章 第28話 赤い輝き、黒い覚悟

 「別に、いいだろ? 誰を庇おうが、俺の、自由……」



 虚勢を張る俺の背中には怪物の針が突き立てられていた。



 仲間の窮地だと反射的に駆け出した俺は黒木の前へと出たのはいいものの、その実完璧な対応策を持っていなかった。怪物の針を全て叩き落とすには俺の拳速では足りず、火球を飛ばして狙いを逸らすのも失敗、大火球を生成するにはカラーも時間も足りなかった。



 ――ならばどうする?



 そんな時に思い出されたのが、黒木の銃弾を手の平で受けたときのこと。赤のカラーが発生させた炎が銃弾を溶かして威力を軽減させたことだ。その時は黒木を止めることで頭がいっぱいになっていて、カラーのコントロールができていなかった。



 だがいまこの瞬間は背中に炎を展開するだけで黒木を傷つける心配はないし、炎の出力を調整する必要もない。



 いま俺に出せる全力を。



 最悪、黒木が守れるなら。



 それで、いい。



 俺は自分の背中を赤いカラーが生み出す炎で覆って炎の鎧を生み出し、黒木の盾になることを選択した。運がよければ炎の熱が怪物の針を溶かしてくれることに期待したが――まあ結果は見ての通り。




 俺の背中には無数の針が突き立てられている。




 「ぐっ――がはっ。威力はかなり殺せたはず、なんだが。ちと、カラー、不足、だった。針は、弾丸みたい、いかない、みたい、だ……」



 針の先端、突起部分は完全に溶かした。何か毒のようなものがあっても蒸発させているはずだ。



 まぁ、長い棒状の武器を完全に溶かそうとするのは無謀だったな。



 それでも体が動いちまったんだから仕方ないだろ。



 馬鹿に思える行動も、なぜだが誇らしい。 



 それは、きっと――



 「がっ、ごふっ」



 吐血した俺は平衡感覚を失って、膝を突き地面に倒れた。



 それを黒木が支えているらしい。硬い地面とは別の柔らかい感触がした。



 視界は不鮮明でぼやけている、残り時間は少ない。



 自己満足の感傷に浸っている場合じゃない。





 いまの俺にやれることは、なんだ?





 「バカバカバカ――あんた馬鹿よ……あたしたち長く話したのなんて今日が初めてじゃない! 友達でもなんでもないのにここまでする必要ないでしょっ!」



 「ハハハ……どんな関係、かって? 俺は黒木と、ダチだと思って、たが、片想いとは、悲しい、ぜ……。1回、腹を割って話せば、そりゃあ、ダチだろう、よ」



 やべぇ……身体の感覚が無くなってきやがったな……。



 俺にできることは、そうだ。



 腕は……手は動くか?



 俺は今の自分にできることを、やるべきことを実行するために体を確認する。どうやら腕だけは動いてくれるらしい。手の感覚はあやしいところだが、気合いでどうにかしてみせる。



 「……黒木」



 俺は自分にできる限りの本気と誠意と――戦場で抱いた判別できない感情を言葉に込めようと努力して、口を開いた。



 黒木はそれを察してか何も訊かずに耳を傾けてくれる。



 「げほっ、がはっ。現状……卒業生は、大階段を、守るのが精一杯で、怪物を一掃するだけの、力は、残されていない。だから……黒木、それをお前に、任せたい」



 血を吐く俺を心配そうに見つめる黒木を目で制して、なんとか言葉を続ける。



 「そんなの、あたしには無理――」



 「そう、かもな……でもよ……やるだけやって、できないもんは、仕方ない。全力を尽くしたやつを……誰も咎めない、だろ……」



 何もかもがぶっつけ本番、黒木が弱気になるのは仕方ない。



 透と一緒に息を合わせて戦えるのも、日頃から訓練している成果なのだから。



 積み重ねが人を強くする。俺はそう思う。



 でもさ。



 現実は俺たちが満足に成長するまで待ってくれなくて、どうしようもなく残酷なときがある。



 まるで神様が俺たち人間を試しているかのような、どうしようもない現実。



 だけどさ。



 人間ってすごいんだよ。



 俺はそれを1年前に見た。



 体験した、人間の凄さを。



 だから。



 いまそれをやれるのは黒木しかいない。



 たとえぶっつけ本番だとしても俺は黒木を信じる。


 自分の弱さを理解している黒木を――信じる。



 「だけど……でも、あたしなんかが……」



 黒木の瞳には涙が溜まっていた。



 そうだよな。あんな怪物の大群を相手にするなんて、人生たかだか十数年のガキにやらせんなよって思うぜ。だから――



 「見せて……やろうぜ。黒木が、どんなに、すごいやつかって……ことを、よ」



 だからそのために、俺ができることをやる。



 黒木を1人で戦わせたりしない。



 これが俺にできる精一杯で、黒木に向けて託す、覚悟だ。



 「――ッ」



 「片桐!? そ、それって。ダメよ、そん、な……」



 今からやろうとしていることを察した黒木が俺を止めようとする。



 それはそうだろう。

 

 逆の立場だったら俺でも止めると思う。



 黒木、ごめんな。



 お前に押し付けちまう弱い俺を許してくれ。



 「片桐っ!!!」



 俺はその静止を聞く素振りすら見せず、やるべきことを実行した。



 「CEDセキュリティ解除、ソウルコアパージ! おおおおおおおお!!!」


 《ソウルコア・レッド――パージ》



 俺は自らの意思でその戒めを解き、自分の胸に腕を突き入れた。そして目当てのモノを掴む。突き入れた腕を引き抜こうとすれば意識ごと消えてしまいそうになる。




 「これが、俺の、覚悟だああああああああああああ!!!」




 最後の力を振り絞り、消えていく意識と共に自身の胸から取り出されたのは赤く発色する不定形の物体――俺のソウルコアだ。




 ソウルコア。




 それは人間が生み出せるカラーコアにおいて一人につき一つしか精製できず、破壊されるもしくは消耗しきった場合、即死することからその名前がつけられている。




 ゆえにソウルコアは真に人間の魂であるとも言われており、それを受け渡すのはカラー使いカラードの禁忌とされている。




 だが今は――たとえそれが禁忌であっても縋るほかねぇんだ。




 1年前に石土先輩が見せたソウルコアを用いた攻撃、あれができればこの防戦一方の大階段前の戦況を打開できる。


 


 大階段前の戦況の打開は、今戦っている全ての戦場に影響を与える可能性が高い。




 ここで勝利を収めることができれば各所の戦力の配置が見直され、いまだ戦い続ける透への救援だって望めるだろう。




 俺はもう動けない。

 



 だから俺が黒木のため、透のためにできることはこのくらいだ。




 新開を送り届ける途中で見つけた、透の槍の子機。その存在からは透が絶対に失わないことを望んでいる、強い意志を感じ取れた。常にあいつの隣にいて知っていることでも、実際に触れることで覚悟の大きさを思い知らされたんだ。




 だから俺にだって、命くらいかけさせてくれてもいいじゃんか。




 共に戦えないことは残念だ。




 だから俺はソウルコア(魂)を黒木に託して戦う。




 黒木なら必ず――大階段前の戦いを勝利に導いてくれるはずだから。




 「後は……頼んだ、ぜ……くろ、き」




 ああ……。




 こりゃ透に怒られちまうな……ハハ。






 黒木にソウルコアを握らせて――俺の意識はぷつりと途切れた。






 あたし、黒木由依は目の前の現実と対峙していた。



 あたしのせいで片桐の到着が遅れ、卒業生は消耗して防戦一方の戦いが続いた。



 そこに途中から参戦したあたしはただ足を引っ張って片桐に守られただけ。



 そして筋肉馬鹿はどこまでいっても馬鹿で、あたしに全てを託して倒れた。



 全てを託された当のあたしは、頭の中で現実逃避のための議論を重ねている。



 「なにやってんだろ……あたし……」



 大階段前、宙空を飛行する怪物たちは、嘲笑うように不快な羽音を響かせている。



 そして続く針の第二射を放とうと、目の前の現実はあたしに狙いを定めていた。



 目の前で浮遊する怪物の大群。



 狙われているのはあたし。



 もう、逃げられない。



 仮に逃げられるとしても、ここに片桐を放置していくことなどできるはずもない。



 あたしは弱い。



 そんなあたしのために倒れ、あたしを信じて全てを託してくれた片桐。



 あたしがどれだけ弱い人間だとしても、助けてくれた命の恩人を見捨てる選択ができる――人間以下の畜生に成り下がることだけは受け入れられなかった。



 そうするくらいなら、今度はあたしが片桐の盾になる。




 でも――その前に。いまのあたしに一体何ができるのか。


 片桐があたしを信じてくれたことの意味を考えるべきだろう。




 あたしは再び現実と対峙する。



 いや、本当はこれが初めての対峙なのかもしれない。



 あたしは自分の中に芽生えた覚悟とも判別できない想いの欠片を握りしめ、目の前の空を見上げる。



 怪物の大群――蜂型CEM。



 やつらは一度針を射出した個体も再度針を伸ばしていて、攻撃の準備を着々と進めていた。針は一本しかないから一度撃ったら撃てませんというような、そういった甘い考えは捨てなければならなかった。



 いまあたしの手には銃と――片桐のソウルコアが握られている。



 半端者のあたしはここでの失敗がどのような結果を招くのか、このまま何もしなかったらどうなるのか――そんなIFばかりが脳裏に浮かぶ。



 ここで失敗した時の筋書きはおそらくこのようになるだろう。




 あたしの人生はここで終わって学園に怪物が雪崩れ込み、たくさんの人が死ぬ。


 黒木由依は何者でもなくて、ただそこにいた事実があるだけの存在。


 黒木由依はみんなを死に追いやって責任も取らずに死んだやつ。




 ――いやいや重すぎるでしょ。




 あたしはこんな大役を任せられるような人間じゃない。なにもできない弱者に理不尽を押し付けるこんな世界は大嫌いだし、なにより弱い自分が心底嫌いだった。



 「はぁ」



 もう何度目になるのかわからないため息をついたあたしは全てを諦めようとしていた。

 


 せめて片桐だけは生き残ってほしいと、その体に覆いかぶさろうとした。



 その時。



 片桐のソウルコアが輝き、熱く、暖かく――あたしを包み込む。



 「あ、片桐……。あんた……ほんと馬鹿だよ。あたしはもう、諦めようとしてたのに、さ」



 あたしは片桐のソウルコアを強く握りしめる。



 熱く脈打ち熱を発するそれは、紛れもなく筋肉馬鹿の魂そのものだ。



 「片桐……ありがとう。でも、あたしはやっぱりさ。だめだよ。根っこのところからダメな人間なんだ。だから、さ」



 あたしは彼のぬくもりに後押しされて、自分の中に一つの答えを導き出す。



 彼の熱さをありがたく受け入れて、熱に浮かされたように。




 この理不尽な世界に抗うのだ。




 「あたし、あんたの想いだけは――無駄にしないから」



 あたしは決意の言葉とともに自分のCEDへと片桐のソウルコアを連動させた。黒き拳銃と赤い輝きが同調を開始する。不定形のふわふわしたソウルコアは使用者の魂に反応して、CEDウェポンに対応した姿へと変化を遂げた。



 あたしのCEDウェポン――拳銃に納められていた自身のカラーコアであるマガジンを引き抜き、片桐のソウルコアをセットする。マガジンへと姿を変えた片桐のソウルコアはカチリと小気味のいい音を立てて、まるで最初からその場所へと納めるために鋳造されたかのように、しっかりと、嵌まった。



 その、瞬間。




 「あっ、くぅ……ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」




 拳銃が発火した――ように見えるが、これは赤のカラーが発生させた炎だ。


 片桐のソウルコアをセットしたことでCEDに赤のカラーが供給されている。



 しかしそのあまりのカラー量にあたしの制御が間に合わず、供給過多となった赤のカラーが炎となって銃身から溢れ出しているのだ。



 あたしがカラードとして持つカラー制御能力、それを補助するCEDのカラー制御機能、この二つを持ってしても片桐のソウルコアを完全に制御することができない。



 あたしはソウルコアが人の命であり魂と呼ばれることに納得する。



 他人が、機械が、人の魂を完全にコントロールすることなどできない。




 それは――その行為は――神の領域だ。




 「ぐ……」


 銃身が焼けるような熱さを帯びたせいで取り落としそうになるのを必死に堪える。



 あたしは絶対に放すまいとして銃を強く強く握りしめた。手から伝わる熱さを通り越した痛み、肉の焼ける嫌な音と臭いが、これは現実だと教えてくれる。



 この痛みは、あたしが片桐の行為を無駄にしないために命を賭けて向き合わなくてはいけない現実だと教えてくれる。



 「はぁ……はぁ……まだ、終われない。終わるために、終われない……!」



 あたしのパーソナルカラーは黒――全てを吸収する黒だ。



 白または黒のパーソナルカラーを持つカラードは、その他の色のカラードと比較して他人のカラーを受け入れやすい傾向にある。



 それは各国のカラー研究によって証明されているらしい。



 それは人体に例えるならば、輸血を受けられる範囲が広いようなものだろう。



 しかしこの研究で証明されている内容はあくまで通常のカラーコアの話であって、使用するのがソウルコアとなれば話は別になるはずだ。



 血を輸血をするのと心臓を移植するのでは話が違う。



 他人のソウルコアを使用するということは自分の中に他人の魂を受け入れることと同義だ。あたしにその行為を行ったことがあるはずもなく、他人の魂を受け入れるという行為がどのような意味を持つのか、想像すらできなかった。



 「自分がどうなろうと構わない」



 そしてその際にどのような反動がツケとして支払われるのかは、全くの未知数。



 それでも代償に見合った火力を出してくれるなら、もはやリスクなどどうでもよかった。



 「あたしが、やる」



 赤い輝きを灯し、あたしは黒き覚悟を身に宿す。



 「あたしが、終わらせる」



 だってこれは。



 終わるための、一撃なのだから。


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