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3章 第26話 滅びの代償

◇◇◇

 人気のなくなった校舎の中で二つの音が響いていた。




 かつん、かつんと単調なリズムを刻むそれは人一人分の足音だった。




 かちゃん、かちゃんと金属音を奏でるのは二本の刀の鞘がぶつかる音だった。






 「満たされない」



 ぽつりと漏らした言葉は心の奥底から滲み出した本音だ。



 滅光の剣姫こと黄更一花は戦場での役目を果たした。自分の役割を終えた黄更は一人、教室の連なる学習棟の廊下をあてもなく歩いていた。



 外からは戦闘の音が聞こえてくる。



 だが、ここらの教室はまるで外の世界と隔絶されたかのように静まり返っていて人気がない。



 各クラスの司令室代わりに機能している教室もあるが、ここら一帯の教室は使われていないようだった。



 黄更はそれを事前に知っていたわけではない。それでも人の気配がないことは肌から伝わる感覚で知っていた。



 「こんなんじゃ勝てない。黒鉄刀夜には勝てないんだ……」



 拳を握りしめる。



 先ほど戦場から感じた黒のカラー。学園よりも少し離れた場所から感じられたその黒は紛れもなく黒鉄刀夜のものだった。



 コロニー外遠征に出ているあいつがどのようにして戻ってきたのかはわからないが、それでも私があのカラーを間違うことはない。




 訓練で嫌になるほど感じたカラーを間違えることなど、あり得ない。




 「あいつを倒すには全然足りな――ぐっ、げほっ、ごほっ」



 力量の差に打ちひしがれて拳を壁に叩きつければ、先に悲鳴を上げたのは壁ではなく自分の体だった。私は突然の咳に前傾姿勢となって、口に手を当てる。



 咳き込んで吐き出されたのは、そこにあったのは――血。



 人間の赤い血だった。



 人間の血は赤い。



 そんなことは当たり前の常識。



 でも。



 こんなのは私の色じゃない。



 人間の血は赤い。白と黒のカラーを例外にしても、赤を使うカラードの出力の高さはその身に宿る血液の色が関係していると言われている。



 「私も血液の一滴まで黄色に染まることができたなら、あいつに勝てるのかな……」



 変えられない現実に弱音が出てしまった。在校生最強などと謳われていても、中身はボロボロで壊れかけている。



 私はため息を鼻から抜き、手に付着した赤い血を水で流して、そのまま頭に水を被った。



 蛇口から流れ続ける冷たい水が熱った体には心地いい。



 私のカラーは黄色。



 私の魂が具現化させた色の特性は、全ての生物に死をもたらし滅するガンマ線。



 そしてそれは自分自身の体をも例外なく蝕む。



 ここで自分の体だけはガンマ線に耐性があるとか、そんな都合のいい話はなかった。私はカラーを使えば使うほど、自分の体を傷つけている。




 かつて私の兄だった頃のあいつは言った。


 「お前は自分の体を犠牲に戦わなくていい。お前の分まで俺が戦うから」と。



 なんときざったらしいセリフだろうか。それを無表情で言ってのけるものだから、多くの女がその魅力に惑わされる。



 かつて一緒に剣の稽古をしていた頃のあいつは言った。


 「お前はもっと守りを意識しろ。お前の分まで俺が敵を倒すから」と。



 なんと傲慢なセリフだろうか。それを片手だけで剣を振りながら、私から一本を取って言い放つのだから、余計に腹が立つ。



 かつて一緒にカラーの特訓をしていた頃のあいつは言った。


 「お前はカラーの量が多い。しかしカラーを多用すると体が壊れる。カラーの節約、使い所を意識するんだ。本当ならお前は戦わないほうがいい。お前がカラーを使わなくていいくらい俺が前に出て戦うから」と。



 少ないカラー量で勝利を掴み取るあいつの言葉は的を射ていた。



 言っていること自体は概ねその通りだということも理解している。




 それでも受け入れられない。


 私はあいつの言葉を信じられない。




 私の――を見殺しにしたあいつを許さない。




 黒きカラーを使うあいつの言葉には温度がない。



 心が込められていない理論的な言葉は刺々しく温度がない。



 私はあいつを突き放した。


 私はあいつを拒絶した。



 それでもあいつは「これでもお兄ちゃんだからな」、そんな言葉で私に踏み込んでくる。



 冷たいながらに気遣われるのが嫌だった。


 冷たくするなら放っておいてほしかった。



 自分が弱くて、相手に手を抜かれていると気づいたとき、もう全てが嫌になった。



 そんな行為は優しさではない。



 許せない相手から受ける施しほど残酷なものはない。



 強すぎるあいつのこと、弱い自分のこと、こんなやつと兄弟にされた運命のことも、この世の何もかも――全てが嫌になった。




 だから私は反発する。




 私は率先して戦うことを選ぶ。




 私は授業よりも武器の手入れを優先する。




 私は守ることよりも攻めることを選ぶ。




 私は防御よりも攻撃を重視する。




 私はカラーの消費を厭わない。





 でも――――のは怖い。





 「私は守られるのが嫌い。全てに全力を出す、自分の命が擦り切れるまで、全力で戦って勝利する。私は勝ちたい、勝つことを魂が求めている。籠の中の鳥なんて似合わない。どこまでも羽ばたいて、自由に生きたい」



 水で頭を冷やした私は雑に髪から水分を落とすと、最低限の着衣で廊下に寝そべった。



 戦闘後の気だるさがドッと押しせてくる。


 もう立ち上がれる気がしない。



 流石に学校の廊下で寝たことはなかったが、そのひんやりとした冷たさは私の熱った体の熱を奪ってくれる。熱を奪われた私は心地よく眠ることができた。



 戦場に立ってささくれだった感覚が鎮められていく。私は廊下の冷たさに全てを委ねて、意識を闇の底に誘う。



 その時、平静を取り戻し始めていた肌の感覚でもわかるほどの、強いカラーが発生したのを感じた。



 場所は――大階段前。



 あいつのカラー制御が緻密で繊細だとすれば、それはあまりに野蛮で大胆なカラーの発露だった。



 その直接的すぎる感情を乗せたカラーの発露に、私は羨ましいと感じてしまった。



 いつか、生の感情を剥き出しにしたカラーを振るいたい。



 でもそれは、きっと。



 私が終わる時だろう。




 「あぁ……綺麗だなぁ」



 寝そべった廊下から見上げる窓の外には、禍々しき感情を込められた赤黒いカラーが世界を照らしていた。世界を覆う青を押しのけるように顕現した赤――それは心の中身を直接外に引っ張り出したような光景で、それが黄更にはとても美しく思えた。


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