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3章 第25話 黒き閃光

◇◇◇

 「――――っ」



 それは目の前に、あった。



 頭の中の姿よりも鮮明で、より黒く存在感がある。



 俺がその姿を見間違えるはずがなかった。



 「石土先輩が苦戦しているのは珍しい」



 聞こえた声はいつも通り涼しげで、それは日常生活におけるなんでもない動作の一つのように、軽々と振り下ろされる黒き一閃がそこにはあった。



 黒き一閃は俺の命を救っていた。



 「――黒鉄! お前がなぜ、ここに、いるっ」



 俺は咄嗟に問うていた。



 なぜなら黒鉄がここにいるはずはないのだから。




 「積もる話はありますが、それはこいつを片付けてからにしましょう」




 鬼庭学園現生徒会長――黒鉄刀夜。謳われる異名は――剣鬼。



 そのカラー量は歴代生徒会長の中で最弱といわれている。



 カラーの能力を育成し総合的に測る学園の中において、生徒会長に選ばれるということは、同じ学年の中で最強の称号を得ることに等しい。ゆえに彼は圧倒的な剣技と少量のカラーを機能的に使うことでその座に上り詰めたのである。



 その実力はカラー量に反して歴代生徒会長の中で最強を誇る。



 しかしその最強を誇る男のカラー値は平均以下の数値だった。



 そしてその人気は学園中どころか他校まで響き渡っていた。噂では彼と同じ学園で学びたいという理由から鬼庭学園への入学や転校を検討する者までいるらしい。



 彼は大和十華の一つである黄更家の分家の生まれでありながら、自分の生まれや実力を鼻にかけない誠実さがある。また普段は柔和で人畜無害そうな見た目をしていることも、彼が人に慕われる理由なのかもしれない。



 だが、彼の本質はあくまでその強さにあると俺は思う。



 なぜ彼が剣鬼と呼ばれるのか。



 ――それは同じ戦場に立ったものにしかわからない。



 その圧倒的な強さは、彼自身が幼少より生家の剣道場で鍛錬を積み上げたことによる成果だった。



 そして彼のCEDウェポンである黒き大剣にこそ、彼の覚悟の秘密があるのだ。



 怪物は攻撃を邪魔されたことに苛立ち、その体に纏う色を強く発色させる。



 「極彩色か――手抜きは許されない相手みたいだ」


 《ブラック・カラー・チャージ》



 黒鉄が自らのCEDウェポンにカラーを注ぎ、その禍々しき大剣が鳴動する。



 その武器は、大剣。



 漆黒に染め上げられ一点の曇りもない大剣は使用者の身長と同等の大きさがあった。



 彼は片手で奮っていた大剣を両手で握りなおし、巨大ミミズ型CEMと対峙する。



 剣先から柄の部分まで漆黒に染まる大剣は黒鉄自身のカラーが染み渡っており、それは武器を持って戦うというよりも、もはや拳のような体の一部で戦うような感覚に近いと彼は言う。少量のカラーを毎日注いで作り上げ、使用するごとに強化されていく黒き大剣――それが生徒会長、黒鉄刀夜の武器だった。



 「ギュオオオオオオオ」



 怪物は突如として現れた大剣を振るう敵に対して、即座に攻撃を開始した。



 射出される剛毛――その本数は数千、数万を優に超えている。大剣が俺の大槌よりも振るいやすい武器だとしても、その取り回しの悪さは刀やナイフのような武器と比べるまでもない。



 大槌や大剣のような一撃の比重に重きを置いた武器と、ガトリング砲のような遠距離から手数で攻めてくる攻撃は非常に相性が悪い。



 それでいてこちらが防御に徹すれば攻撃の機会を失い、ただ耐えて削られるだけの消耗戦になってしまう。



 これで本当に相手の武器が銃火器だったならば、弾切れやリロードの隙を狙うこともできる。しかしこの飛んでくる剛毛は体の一部であり、敵の弾数には際限がないと考えるべきだ。



 このままではやつも俺の二の舞になってしまう。



 いかに最強を誇る生徒会長であっても、この相性不利を覆すことは困難だ。



 「黒鉄ッ! ここは一度引けッ、こいつはヤバい!」



 俺は冷静に自分の中の常識に従って引くことを考えていた。



 ――だが、その心配は杞憂に終わる。



 「やれやれ、数が多いな。合わせるのに苦労する――オーダー・ガンマレイ・グラビティ」


 《ブラック・カラー・ブレイク》



 唱えられた短縮祝詞、黒鉄は異常なほどの剣速でその全てを斬り落としていた。目にも止まらぬ剣裁きは刀でもナイフでもなく、自身の体ほどの大剣によって為されていた。



 それは黒のカラー、彼の得意とする重力制御が可能にした異次元の剣捌きだった。



 細切れになった剛毛が宙を舞う。



 それを淡々と実行する黒鉄は涼しげな表情を変えることはなく、ただ事務的に飛来する剛毛を捌き続けた。



 埒の明かない現状に怪物は剛毛での攻撃を諦めて、水圧砲に攻撃を切り替える。面での攻撃から点の攻撃への切り替え――制圧よりも威力を重視した攻撃が黒鉄を襲う。



 「なるほど、この威力は凄まじい。はっ」



 やつは俺の義手を一撃で砕いた水圧砲を黒き大剣で受け止める。



 それどころか切り返した黒き一閃は、水圧砲を切り裂きながら直進して射出口たるミミズの頭を吹き飛ばしていた。



 「なるほど、その再生力は――驚異的だ。中々に手強いね」



 巨大ミミズ型CEMは再びその再生能力の高さを見せつけていた。頭が飛ばされた次の瞬間には再生が始まり、じわじわと切断された部分が元に戻っていく。



 異様なまでの再生能力に言葉が出ない。俺は多くのCEMと戦ってきたが、ここまでの能力を持った個体はあの魔女くらいのものだろう。魔女に至らない脅威度ランクのCEMがここのまでの能力を保有していることが恐ろしくて堪らない。



 その再生能力は極彩色のカラーが能力を底上げしているのか、力の源泉までは解明できない。



 だがこの青い世界にせよ、何らかの強化がなされているのは明らかだった。



 「黒鉄ッ――そいつのソウルコアは、体の第三接続部にある。そこを狙えっ!」



 「――了解」



 迫り来る剛毛を斬り落とし続けながら、黒き剣士は口角を歪めた。



 俺が防御に徹することを強いられた状況と同じ状況下にありながら、やつは俺が伝えた部位に向けて前進を開始する。



 剛毛を斬り落としながら前進する姿は焦りの影を微塵も感じさせない。



 どこまでも自然体に。


 どこまでも強く。


 勝利に向かって駆ける。



 その姿は希望そのものだ。



 怪物がその希望を摘み取るべく水圧砲を発射しようとすれば、それを切り返して再び頭部を吹き飛ばす。



 相手が再生することなど意にも介さず、ひたすら剛毛を斬って進む。



 水圧砲と頭部を吹き飛ばしながら、目的の場所へと進んでいく。



 そしてついに――黒鉄は怪物の第三接続部へと辿り着いた。



 「オーダー・カラー・スラッシュ――はあっ!」


 《ブラック・スラッシュ》



 一旦呼吸を整えてから、目を閉じた剣鬼の瞳が開かれた。



 その凄まじき剣戟を細く、鋭く、振るう。



 その一撃は周囲の剛毛をまとめて切断しつつ、ミミズの第三接続部をあっさりと両断していた。中で赤い輝きが広がったことから怪物の核を破壊することに成功したことがわかる。それは両断された怪物の傷口が再生しないことからも明らかだった。



 巨大な怪物はその質量に見合うように大量の白煙を上げて溶滅する。



 黒鉄はそれを見届けてから、こちらに駆け寄ってきた。




 「お前はすごいよ。黒鉄」



 俺は素直に目の前で見た戦闘の感想を述べた。黒鉄はその言葉が気に入らなかったのか少しむくれて言葉を返してくる。



 「責任を感じて自ら留年する人が言いますか、それ」



 あれだけの戦いをこなしておきながら準備運動を終えたくらいの軽快さで、剣鬼こと――現生徒会長、黒鉄刀夜はツッコミを入れた。



 「おっといけない。先輩は手当が必要ですよね。使用可能なポーターまで送りましょう。肩、貸します」



 「すまん」



 再び大剣を背負った黒鉄と共に手近なポーターへと向かう。最強の後輩に肩を支えられることに甘んじる。俺はもうそのようなプライドにはこだわらない。



 そして無言のまま俺を支えてくれる頼もしい後輩に、俺は疑問を投げかけていた。



 「ところで、どうやってここまで戻ってきた? おまえはコロニー外遠征中のはずだろう。呼び戻しているという話はきいたが、こんなにも早く戻ってこられるはずがない」



 「それが俺にもよくわからないんですが――」



 そんな切り出しの言葉から始まったのは――大阪が占有する二大拠点の一つ、京都要塞に侵攻を続ける大和の内情についてだった。



 現在の大和は、同じく打倒大阪を掲げる天津に一歩遅れをとっている状態だ。



 それは大阪の二大拠点の一つである富士機械化要塞を、天津がすでに攻略を完了していることにある。



 富士機械化要塞という最大の壁を攻略した天津は魔都大阪の攻略準備を着々と進めていることだろう。



 それどころか中華ロシア軍の手を借りて京都要塞に攻め込むこともできるし、崩壊した東京の調査を行うこともできる。



 富士機械化要塞を攻略したことは天津にとって大きなアドバンテージとなった。



 大阪が簡単に魔都を落とさせるとは思えないが、それでも日本統一へ向けて大きな一歩であることは否定できない。



 さらにその影響はすでに大和に現れている。



 天津の富士機械化要塞攻略に危機感を覚える大和首脳部は、撤退を認めない強引な戦略で京都要塞攻めを敢行していた。



 天津が富士機械化要塞を攻略した1年前より開始された学徒を動員してのコロニー外遠征――京都要塞攻めに参加した人間は勝つまで戻ることを許されない状況にあったという。



 1年前は軍勢を半分失ってようやく撤退を決めたらしい。



 無能にもほどがある。



 ところがそのような特攻とも捉えられる方針が今日になって突然変更される。



 大和軍は京都要塞攻めから一時徹底を決断し、攻略用拠点の建造にシフト――遠征に駆り出された学生は大和コロニーへの帰還を命じられた。



 黒鉄はその先駆けとして各地に設置されたポーターを乗り継ぎ、急ぎ大和コロニーまで戻ってきたという話だった。



 「誰かが大和の裏側を刷新したようです。それが誰なのか、権力者と実行犯は別なのか、わからないところが多くて不気味ですが」



 「そうか……1年前、戻ってこられなかったのは」



 「ええ、あれは明らかに不自然な動きでした。そのおかしな命令のせいで前回は戻れなかった。しかし今回はこうして皆の力になることができる。誰がやったのかは不明ですが、その点は感謝しなければいけませんね」



 「誰か、か……」



 俺のように政治に疎い人間が思考を巡らせたところで答えが出るものではない。



 しかし、大和という世界を変えたいと願う人物のことを俺は知っていた。



 あいつにここまで大きなことができるのか、それはわからない。



 でも俺は。



 そうであって欲しいと思った。



 あいつの願いが叶えられることを祈らずにはいられなかった。



 1年前から行方不明の人物、その姿を脳裏に思い描いたとき――先ほど俺が地面に空けた大きな裂け目から大量の何かが這い出してくるのが見えた。



 裂け目から這い出してきたそれらは、俺たちに構うことなく目的に向かって行動を開始する。



 「なっ――」



 視線の先で蠢くのは蟻型CEMの集団だった。



 その集団は学園に向かうのとは別の方角に向けて真っ直ぐに進んでいた。建築物や木々などの障害を破壊し尽くしながら、迷いなくどこかへと向かっている。



 その体は青く、昏く、染まっていた。



 「ここまでの規模の集団を目視で発見するのが最初になるとはな。学園区画の計測機器に対してハッキングが行われているのは間違いない。地震計で計測できたはずの数値は巨大ミミズの存在が目眩しになってしまったか」



 やつらが地下から這い出してきたのは、蟻型CEMが地下を主要な移動経路として使用しているからだろう。だとすれば発見が遅れたのも頷ける。



 「あの方向……禁止区域ですね。む……誰かが一人で戦っているようです。なるほど。大体わかりました。どうやらあの軍団は止めたほうがよさそうです」



 黒鉄がその進行方向から目星をつけたのは禁止区域だった。そしてそこには戦っているやつがいるという。



 そこで俺も感じることができた。



 禁止区域で戦うカラー。



 そのカラーを持つ男のことを。



 ならば。



 この怪物たちを止めるのは俺たちの役割だ。



 「俺のことは気にするな。一人で学園まで戻るくらいはできる」



 そう言って一人、学園に向かって歩き出す。



 俺にできることは黒鉄の邪魔にならないこと。



 それを理解している黒鉄は無言で怪物に向き直って大剣を抜いた。



 視界を埋め尽くすほどの蟻型CEMの軍団に黒き大剣が突きつけられる。



 CEMが狙う場所――禁止区域。人間が密集する学園以外の場所へと向かう怪物の行動、その意図は理解できない。1年前も同じく禁止区域から始まったCEMの発生だったが、結局のところ禁止区域に何があるのかまでは明らかにされなかった。




 果たしてその行動の意味は――俺は空を見上げる。




 そこには暗く青い空が世界を覆っていた。




 1年前と全く同じカラーエリアの発生は何を意味しているのか。




 わからない。




 ただ俺たちがやるべきことははっきりしている。学園から一人離れて戦う仲間のために、この怪物たちを禁止区域に行かせるわけにはいかない。




 それを阻むのは鬼庭学園現生徒会長――剣鬼、黒鉄刀夜。




 敗北はかつて学長に負けた一度だけ、同じ学生相手には無敗。




 黒に染まったスーツに黄色のネクタイを締め、黒き大剣を振るう。




 学生最強の男と、怪物の軍団の戦いが始まった。


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