3章 第24話 王の研鑽
◇◇◇
私は御園のクラスの通信担当から救援の依頼を受けて戦場へと向かっていた。
その途中でかつての担任教師、坂村先生から禁止区域の話を聞いて、御園の元へと向かうスピードを早めた。あの男が簡単にくたばるようなやつではないことは確かだ。だからといって強い人間には何をやらせてもいいわけというではない。
人の強さとは個人としてのものと、全体として仲間のバックアップが機能した上で発揮されるものとがある。
1年前の俺は単体として、個人の強さにこだわっていた。
しかし一定の力をつけた今ならわかる。
人間は弱い。
自分を着飾って強くみせたところで、実際は弱い生き物なのだ。
だから人間は結束し、共に手を取り合って戦う必要がある。
弱さを認め、お互いを尊重して。
命を尊ぶ生き方を選ぶべきなのだ。
私がたどり着いた青き戦場は、まさに地獄と形容できる場所だった。
1人の人間に対して複数の蟻型CEMが群がっていた。
さらにその攻撃をひたすらに回避する御園に対して、青きコエが放たれる。
それは御園を襲う蟻型CEMごと全てを押し流す水だった。その形は龍と呼べる姿であり、その大きさは一年前に見たものよりも大きい。また以前よりも精密に操作されていることが一目でわかった。
あれは、あの存在は間違いなく――魔女。
青き戦場を見渡した私は己のすべきことを瞬時に理解した。
思い起こされたのは1年前の光景、失われた命と何もできなかった己の無力感。
共にその当事者である御園と戦場を支配する人型の怪物の容姿は――明らかに1年前の再現だ。
ならば私が横槍を入れるべきではなく、むしろ1年前を知るものとして行動するべきだろう。
「蟻型CEMは私が倒す。おまえは目の前の過去に集中しろ」
私は返事を待たずに蟻型CEMの正面へと躍り出た。
御園は私の行動に驚いていた様子だが、すぐに前へと向き直って槍を振るう。
お前はそれでいい。
連絡をくれた東雲と坂村先生には悪いが、あれは御園の戦い。
私にできるのは――御園の邪魔をするものを排除することだ。
「1年前を共に生き抜いた友として――助太刀する」
感覚を研ぎ澄ませ、射程内の敵を全て捉える。
短縮祝詞が唱えられ、緑のカラーが世界に現出した。
「オーダー・チェーン・バインド」
《グリーン・カラー――バースト》
突如出現した緑の鎖がその全てを繋ぎ止める。
いかなる者も王の許可なしに動くことを許されない。
王の腕と胴に装着されているCEDウェポンから無数の鎖が射出され、怪物の動きを封じたのだ。
鎖に絡めとられた蟻型CEMたちは鎖を引きちぎろうともがくが、緑色の鎖はビクともしない。
強固な鎖は蟻型CEMの行動を許さず、捉えられた個体群の動きは完全に封じられていた。
しかし仲間意識など欠片もない怪物どもは、目の前の仲間が動きを封じられて苦しんでいようと気にも止めない。後続の怪物は仲間の体をよじ登り、乗り越えて、ひたすら前進を続ける。その強力な大顎を獲物の肉へ突き立てるために前進するのだ。
怪物は動くだけで暴力装置と化し、存在自体が破壊をもたらす。こいつらを1匹たりとも通すこと、生かすことは許されない。
「だがこの程度の数、造作もない」
王は敵の物量で動じるような生半可な覚悟で戦場に立っていない。
あの戦いから1年、王は経験を積んできた。
覚悟を伴う経験が王にもたらしたもの――それが証明される。
「自然が紡ぐ鎖縛の網樹、オーダー・チェーン・バインド」
《グリーン・カラー――チャージ・バースト》
王の言葉に呼応して張り巡らせた鎖が発色する。樹木が枝を伸ばすように広がる鎖はCEMの大群を絡めとり、包み込んでいく。
怪物たちは鎖に絡め取られ、そのカラーの全てを吸い上げられる。
絡め取られた怪物は脱力するように弛緩して眠るように動かなくなった。
そして――最後に残ったのは鎖と怪物で編み上げられた巨木のみ。
これが王に歯向かうものへの罰であり、結末なのだ。
「前進するだけの能無しでは頭数を増やそうと無意味だ」
編み上げられた巨木はその役目を終えてCEMとともに溶滅する。
やるべきことは果たしたと、緑川は隣の戦いを見やる。
――御園は魔女に対して互角の戦いを見せていた。
御園透という男の成長は凄まじく、1年前よりも強大な力を扱う魔女を相手に奮戦している。
そこで己のすべきことを今一度思案し始めたとき――地面が揺れた。
この揺れは御園と魔女の戦いによるものではなかった。
微細な振動は次第に大きくなっていく。
先ほど戦っていたCEMは蟻型、つまり地中からの奇襲は得意技の一つになるはずだ。それを瞬時に予測した王はすぐに対応策を巡らせる。
「まだ地中に残っていたか……。しかしこの振動の大きさは一体……」
大きなっていく振動、それは消えた巨木の根本から現れた。
強力な前顎を持った怪物はその姿の青さを増して緑川に襲いかかる。同時――地面の揺れが止まったかと思えば、正面からだけでなく左右後方からも青を纏った蟻型CEMが地中から姿を現して、緑川へと一斉に牙を剥いた。その数は十を超えている。
「前から攻めることはやめたのか? 怪物どもッ」
怪物がいかに緑川の周囲を囲もうとも人間と巨大なCEMとでは体格差の問題がある。よって複数の怪物が1人の人間に対して同時に近接攻撃を行うことは難しい。
飛び出してきた十数体の怪物も、その全てが一斉に攻撃することはできない。
緑川はそれを活かし、接近する個体から的確に鎖で絡め取って動きを封じていく。
やがて繰り返される鎖縛によって緑川の周囲には怪物の山が築かれ、直進して彼に攻撃することはもはや不可能となる。火力や数の問題というよりも、持ちうる攻撃方法がすでに詰んでいる――そういった類の戦闘だった。
「怪物ども……何を狙っている?」
しかし緑川はそこに不穏なものを感じ取っていた。
蟻型CEM一個体の出力向上に始まり、全方位からの攻撃、そして無意味に見える特攻。
怪物に生じた色の変化が意味するものは何かと緑川は思案する。
怪物の行動を、やつらにそこまで考える頭はないと、そう言って片付けてしまうのは簡単だ。
しかしそこに、こちらが気づいていない別の意図があるとすれば――。
「それは少々厄介だな」
緑川のCEDウェポンと繋がる鎖の強度は高く、怪物を縛っている今もその耐久度として許容範囲ではある。
しかしこれ以上怪物の数が増えることや、不意の一撃を加えられることは不確定要素の発生が避けられない。
目の前の怪物を早急に処理したほうがいい。
そうして早めの決着を考えたとき――緑川の足元の地面が揺れて、怪物の前顎が飛び出してきた。先ほどの大きな揺れは地中に移動経路を作成しておくため。だからこの個体は振動を最低限にして私の真下まで辿り着けた――そういうことかッ。
「――ッ」
緑川の周囲は鎖で繋がれた怪物で埋まっているため、逃げる場所は必然的に上――空中しか残っていない。すでに超至近距離まで接近された足元からの攻撃に鎖で動きを封じることも間に合わず、緑川は跳躍して回避することを選択する。
――だが、その選択はCEMに選ばされたもの。
「なるほど。そういうことかッ」
緑川が空中で無防備になることを、自分たちの体が鎖で縛られることを、あたかも予測していたというように――怪物は動いた。
鎖に絡め取られた怪物たちはその身を小刻みに揺らして発色する。
CEMが青き世界に順応していく。
その身の青さ、カラーを使って青き炎を纏う。
そして怪物の纏った青き炎は鎖を伝い、周囲のCEMの炎と合流しながらその勢いを増し、巨大になって緑川の元へと殺到する。
緑川が怪物の動きを止めるために使用した鎖は一本や二本ではない。数にして数十本、その全てに炎が絡みつき、鎖の生成元である中空の緑川へと襲いかかった。
「やるな怪物ども――だが、私をこの程度だと思うなよ。起こる全てに対応するため、この1年間を生きてきたんだッ! カラーコアオーバードライブ!」
《グリーンカラー――オーバードライブ》
王の言葉によって鎖は消失し、寄る辺を失った炎は鎖に続いて消失していく。
緑川のCEDから射出された鎖は、その実体を使用者の意思によって自由に制御することができる。鎖が消失したことにより拘束されていた怪物の動きが自由になるが、密集しすぎた怪物たちは攻撃以前に緑川を捉えることができていなかった。
自由になった怪物は折り重なるようにして仲間を下敷きに押し潰す。
それに追い討ちをかけるように、王の言葉が放たれた。
「おまえたちの連携による強さは理解した。そろそろ終わりにしよう。オーダー・レイン・ランス」
《グリーンカラー――オーバードライブ・ブレイク》
空から降り注ぐ王の声に怪物たちが反応を見せた頃には――全てが終わっていた。
声と同時に空から降り注いだのは王の鎖。巻きつくでも絡めとるでもなく放たれた鎖の役割は、鋭利な穂先を敵へと穿つためのもの。
鎖が肉を引き裂く音が青き戦場に溢れ、全ては決着した。
怪物は全ての関節の接合部を破壊されて絶命する。中空から降り注ぐ鎖は一本たりともその目標を見誤ることなく、怪物の接合部を貫いていた。
迫る壁の如くひしめいていた怪物たちは王の鎖によって全て溶滅した。
「これで蟻型CEMは全て倒した。これで御園は戦いに集中できる」
緑川は最低限の仕事をこなすことができたと、多少の安堵を覚えそうになった。
まだ戦いは終わっていない。
戦いをこのまま終わらせるため一層奮起して戦わねばならない。
この悪夢に終止符を打つ。そのために全力を尽くすのだ。
しかし、青き戦場が引き起こす悪夢はこれで終わりではないと、青き世界がハッピーエンドを否定するかのように――それは起こった。
「今日という日は本当に呪われているようだな。運命という言葉が嫌いになる」
空気を震わせる衝撃、熱波が戦場を吹き抜けた。
そのあまりの熱量は出来事の重大さを物語っている。
発生源と思われる方向に目をやれば、学園の方向に大きな炎が見えた。巨大な篝火にも見えるそれは明らかな異常だった。
緑川の知る限り、在校生の中にあれほどの炎を使いこなせる者はいない。
一瞬、片桐の顔が思い浮かぶものの、彼の戦闘スタイルが拳を基本とするものであることは緑川もよく知っていた。
これが卒業生の引き起こしたものならば、あのレベルの炎を実現可能な生徒が数名思い浮かぶ。しかしその数名はコロニー外遠征に参加中であり、大階段前で戦っている中にはそのような攻撃に特化した炎の使い手はいないはずだった。
残された可能性は強力なCEMの出現、この悪夢の中ではありえないとか現実的ではないとか、そのような泣き言は現実の暴力に儚く一蹴されるのみ。
この状況で選択を見誤れば確実に死者が出ると己の直感が告げている。
思い起こされる1年前の出来事――自らの過ちと脳裏に焼きついた死。
「御園すまない……私はもう失わないと決めたんだ」
魔女と戦う御園の武運を祈り、鎖縛王は学園へ向けて踵を返した。




