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3章 第23話 俺にできることは

◇◇◇

 「こちら片桐、委員長応答してくれ」



 俺は新開を保健室まで送り届けた後、報告を兼ねて委員長に連絡を入れる。



 「はーい、聞こえてますー。その様子だと保健室には着いたみたいね」



 最初の返事が棒読みな委員長だが、俺の姿をどこからか見ているようで少し安心したような声音になっていた。



 「え、もしかして俺のこと監視カメラで見えてんのか?」



 「あるけど見てないわ。こっちだって忙しいの。あなたを見ているのは私のカラーよ。それで、そっちの状況は?」



 「ああ、そういうこと。こっちは新入生を無事……保健室に送り届けたところだ」



 無事に保健室までたどり着いたと言い切るには見過ごせないこともあった気がするが、当初の目的は達成されたわけだし、よしとする。



 「今の間はなに……? まぁいいわ。これから片桐くんは大階段前に行くのよね」



 「ああ――ん? それは委員長に伝えてなかったと思うんだが」



 「別に、そんなことだろうと思っただけ。早く終わらせて御園くんを手伝ってあげてね」



 「ああ、任せてくれ! ――っとそうだ委員長。1つ頼みがあるんだが……」



 俺は委員長に伝えるべき内容を手短に話して通話を終え、力を貸してくれた卒業生の先輩方へ借りを返すべく大階段前に向けて駆け出した。



 「さぁ行くぜ! どうわっ――っとと」



 意気揚々と駆け出した俺は何かに躓いて体勢を崩すも、毎日の鍛錬によって鍛えられた体幹を活かし、転ばずに踏み止まる。



 「セェーフ」



 無事に踏みとどまった俺は廊下に何が置かれているのだと周囲を確認する。非常灯の頼りない明かりに照らされた暗闇を凝視してみれば。



「誰だよ。こんな場所に物を置いたやつは……っておまえ、黒木か?」



 そこには――壁にもたれかかる形で脱力して座る黒木の姿があった。



 その身にはCEDスーツを装着しているとはいえ、足は無造作に投げ出されていて羞恥の欠片もなく、目はどこか暗闇を彷徨っているように光を失っていた。



 「おい黒木どうした!? 怪我か、何かあったのか」



 仲間の明らかな異変を感じた俺は一旦進む足を止めて黒木の側に駆け寄った。



 「………………片桐か。別に何があったとかじゃない。いや、あったのかな。はは、どうだっけ。もうわかんないや。考えたくもない。そうだ、うん。この世界に疲れていただけだよ」



 黒木は虚ろな目でどこか達観したようにぼそぼそと喋る。



 その様子は明らかにおかしい。



 俺は自分の言葉が黒木を刺激しないように努めた。



 あくまで俺らしく、明るく、仲間への想いを込めて。



 「そ、そうか……休むなら教室に行くか? 動けないなら肩貸すぜ、いまの俺はお姫様抱っこのサービスだって――」



 「ねぇ」



 短い言葉には凄みが滲んでいた。



 黒木を元気づけようと言葉にした陽気な台詞は霧散して消える。



 黒木は拳銃を手の上で弄びながら言葉を続けた。



 「この世界――強者しか生き残れない世界なんて生きていても仕方がないと思わない? あたしは自分のことを強者の側だと勘違いしていた弱者だからさ。現実を見ちゃったら馬鹿馬鹿しくなったんだ。もー死んでもいいかなって考えていたとこ。片桐はさ、御園みたいな天才の隣にいて馬鹿馬鹿しくならないの?」



 黒木の慟哭。



 諦めと悲しみを込めた問いに、俺は気持ちを切り替える。

 


 ここで俺が伝えるべきなのは励ましの言葉でもなければ、労る言葉でもない。



 黒木に本音を伝えること。



 誰から借りた言葉でもなく、俺自身が思い、感じたことをそのまま言葉にする。



 ――それが俺のすべきことだと確信する。



 緊張からか、まずは深呼吸をした。



 そして今まで自分が体験したことを、その時に感じたことを頭の中で反芻し、伝えるための言葉へと変換していく。



 「確かに透はすごいやつだ。あいつの隣にいていつも思うぜ。でもあいつがすごいのは天才だからじゃない。透は自分なりに努力してきたし、失敗もしている。周りのやつらはあいつの上手く立ち回っているところだけを見て評価しているだけだ」



 人は相手の外面だけを見て評価する。それがその人の一部に過ぎないとしても、見る側からすればその一部が全体に見えてしまうものだ。



 人を救えば善人。


 人を殺せば悪人。



 誰もがその裏側にあるものより、目で見てわかりやすい事実で判断する。



 「じゃあ御園はおかしい、壊れてるってことだよ! 努力した? 失敗した? そんなのあたしだってしたよ! 努力だけであんな怪物と戦えるやつは狂ってる……」



 「そうだな。努力しても失敗しても怪物と戦えるようになるわけじゃない。透が狂っているのだって、ある意味ではそうなんだろう。でもな――俺が見てきた透の努力と失敗には、覚悟があった」



 透だって戦うことが好きなわけじゃないし、戦いたいわけじゃない。



 それでも理想を現実にするために足りないものは何かと考えて、あいつは自分に足りないものを補おうと必死に足掻いていた。



 その行動が覚悟を伴っていたから、周りには狂っているとか、異常だとか言われるのだ。



 「御園の覚悟……?」



 「あいつは1年前の今日、大切な人を失った。俺は気絶していたから詳しいことは途中までしかわからない。これは透から聞いた話だ――」



 俺は1年前の出来事を知りうる範囲で黒木に話して聞かせた。途中、外から聞こえる戦闘の音が当初の目的を思い出させたが、それを意図的に意識の外へと追いやって話を続けた。



 大階段前で戦う先輩方に加勢したい、透の元に駆け付けたい、学園を守りたいという意思に嘘はない。



 だからといって目の前の仲間を見捨てる選択なんて――俺にはできなかった。






 「1年前にそんなことが……」


 1年前の体験に黒木は言葉を失う。



 それを言葉にして伝えている自分ですら、これが現実に起きたことなのか不安になるほど、あまりに非現実的で悲惨すぎる内容だった。



 しかし現実に亡くなった人がいて、その人が帰ってくることは永遠にない。



 生き残った人も心に傷を負った。



 決して消えない傷を負ったのだ。



 心の中に秘められた凛歌への想いが結実することもない。



 「覚悟なんていうのは各々が抱くもので他の誰かと比べるものじゃないと俺は考えている。だがよ。学園の生徒の中でその優劣を問うってんなら、俺の覚悟が負けるはずはないって思ってるぜ。これはどっちが凄いとかそういう話じゃない――自分が決めたことを曲げないように頑張れるかどうかってことさ。覚悟の物差しなんて自分の中にしかないんだから、自分が自分の中で決めたことをどこまで貫き通せるか、そういうことなんじゃねぇかな」



 俺は黒木に向き合いありのままの本音をぶつけた。



 言えることは全て言ったし、俺にできるのはこれくらいだ。



 「覚悟か……確かにあたしにはないかも。いや――ない、ね」



 黒木は自分に覚悟がない――足りないではなく、ないと断言した。



 自分の弱さに向き合うことは口で言うほど簡単にできることじゃない。



 少なくとも黒木は自分の弱さを認識して、それを認めることができている。



 「ねぇ片桐……あたしはどうすればいいと思う?」



 「さぁな。俺にはわかんねぇや」



 「さぁって――あんたここまで話しておいて何もないことはないでしょ」



 「俺は1年前のことを話しただけだ。親友が誤解されているのは嫌だったって理由だよ」



 これは半分嘘だ。廊下で1人うずくまっているやつを放っておけねぇよ。



 「だってこれからどうするのかは黒木次第だろ。まだ踏み出すことはできないかもしれない。でもさ、せめてどっちを向くのかは自分で決めた方がいいと思う。それでも立ち止まったりときに誰かを頼るのも黒木の選択だ。俺は黒木がやりたいことなら手伝うぜ。透ほどじゃないが、おせっかいは得意なんだ」



 「それが、どんな内容でも?」


 「ああ――どんな内容でも、だ」



 それからやや一瞬の間があって、じゃあ、と。



 ――黒木は自分に銃を向けた。



 「おいッ――」


 「あんたの覚悟、あたしに見せて」



 静止する俺の言葉を聞くことなく、黒木の指がトリガーを引いた。

 


 乾いた音が響く。



 それは暗く静かな廊下によく響いた。



 その直後。



 「いってぇぇぇぇぇぇぇぇ」


 絶叫が発砲音を上書きしてなかったことにするかの如く、響いた。



 男は赤きカラーを使って自らの手を炎で包み、弾丸を溶かしたのだった。



 しかし超至近距離で放たれた弾丸を完全に溶かすことはできず、赤也の手からは少量の血が流れていた。



 「黒木てめぇ、俺が本気で止めなかったら死んでいたかもしれないんだ。冗談でも笑えねぇぞ」



 俺は命を大切にしない黒木のことがわからなくなった。先ほどの話は無駄だったのだろうか、黒木の心には何も届かなかったのだろうか。



 結局、俺の本音程度では誰も助けられないのか。



 「手で弾丸を受け止めちゃうんだ。あんたみたいなやつも世の中にはいるのね」



 黒木の瞳がゆっくりと開かれる――そこには光が宿っていた。



 「あんたの覚悟は見せてもらった。私――戦うよ。CEMと、それから……自分とも。少しだけ、ほんの少しだけ、この世界に抗ってみようと思えた。ありがと」



 黒木はそんな言葉とともに立ち上がった。



 そこには先ほどまでの自虐的な、どこか鬱屈とした雰囲気は感じられない。



 「黒木が決めたのなら、それでいいと俺は思うぜ。でも今みたいな自分の命を安易に捨てようとするのはやめろ。俺はそんなやつを許せない」



 黒木は立ち直ったように見える。



 しかしそれは見えるだけなのではないかと俺は思う。



 命を捨てられるやつは生き残ってもまた同じことをする。



 死にたがりってのは、病気だ。



 それを俺は、知っていた。





 「わかった、もうしない。約束する」



 「頼むぞ」



 黒木は真剣なのかわからない目つきで俺を上目遣いに見上げていた。元々身長差があるので自然とそうなるのだが、俺はその瞳をずっと見続けることができずに視線を逸らす。



 その先にあるのは大階段前に通じる通路だった。



 「ああ、はいはいわかってるって。てか片桐、さっきから外を気にしてんのバレバレ。あたしに付き合うためにいてくれたんでしょ。御園のほうがおせっかいとか言ってるけど、あんたも大概じゃん」



 黒木は落ち着きを取り戻したように見える。



 ならば俺も切り替えなければならない。


 黒木には対してしっかりと話す必要があったはいえ、いまはすぐにでも動かないと手遅れになることが山のようにあった。



 ならばまずは、大階段へ向かおう。



 「それだけ言えるなら大丈夫そうだな――っしゃ、行くぞ!」



 俺は握り拳を勢いよく掌にぶつけて自分に発破をかける。パシッという乾いた音が暗闇を吹き飛ばすようにして廊下に響き渡った。



 俺は発破をかけたポーズのまま、満面の笑みを黒木に向ける。



 「は? あ、あたしはやらないから」



 なんだよ、ノリが悪いな。



 まぁ冗談は抜きにして、いや……冗談では片付けられないこともあったが。



 それでも自分の言葉が少しでも黒木のためになったのならよかった。



 たとえそれが一時的なものだとしても、繋ぐことができたならそれでいい。



 人間は脆い。



 あらゆる暴力は人間を容易く壊す。



 それを俺は知っている。



 だから本当の意味で黒木のことを救えるやつが現れるまで、その繋ぎになれればそれでいいと思った。



 ちっぽけな存在の俺なんかが、本当の意味で人を救えるなんて思っていない。



 俺なんかがヒーローになれるなんて思ってない。



 かつて凛歌が読んで聞かせてくれた色彩英雄譚に描かれるような、敵味方問わず誰をも救ってしまう英雄なんて存在にはなれないことは、自分がよくわかっている。




 だって俺は――1年前、何もできなかった男だから。




 人を助けたいというこの気持ちはきっと。




 いつも隣にいながら透を救えない罪滅ぼし――なんだろうな。




 頼む、誰でもいい。




 誰かあいつを、透を救ってくれ……。


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