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3章 第22話 教師の心、研究者の心

◇◇◇

 鬼庭学園地下研究所にて、ダヴィンチは事の成り行きを見守っていた。



 今年もCEMの襲撃が発生したことに驚きはない。1年前の事件、その首謀者はいまだに謎のままで、管理センターは犯人像すら掴めていないからだ。



 管理センターは事件の犯人として行方不明扱いになっている凪沙さんをスケープゴートに仕立て上げた。



 確かに凪沙さんがことの一端を担っていたのは事実だと思われるが、彼女が単独でCEMを呼び寄せることは現実的に不可能だ。



 一人の高校生が大和のセキュリティーを掻い潜り策謀を巡らすことなどできるはずがない。



 これを先入観だと考えるより、彼女の背後でなんらかの組織ないし人物が糸を引いていると考えるのが自然だろう。



 それを踏まえた上でダヴィンチには、戦場の動向よりも気になっていたことがあった。



 「あやしいなぁ……どちらもデータベースに存在しないなんて、ねぇ」



 録画された監視カメラの映像を止めてダヴィンチはニヤリと笑う。



 そこには大柄な男性と女生徒が映っているのだが、その顔をデータベースで検索しても結果なしと表示されるだけ。



 なにか掴めないかと男性が手に持っている本を検索にかけてみる――その結果は。




 大和機密レベル7――閲覧不可。




 「ううむ……閲覧不可ねぇ。レベル7はハッキングで突破できるレベルじゃないかぁ。まぁそれだけの機密レベルの代物だとわかっただけでも収穫かなぁ。お、そろそろ解析結果が出るかなぁ、ふひ」



 情報が存在しない、または閲覧できない可能性は大いにあった。



 それは最初からわかっていたことだ。



 なので表紙から読み取れる情報がないかと解析にかける。



 その結果、カバーに描かれた文字のようなものを解析していくと黒天教会と書かれていることがわかった。



 「へぇ……黒天教会か。あはっ」



 ああ、そういえば。



 ハッキングと教会という二つの単語で思い出すことがあった。






 ――2年前。



 大和コロニー内で病人の失踪が相次ぐ事件が起きていた。



 この事件には様々な憶測や尾ひれがつけられ、真実は闇の中に隠されたままだ。



 事件に関して特に思うところがあったわけではないが、ダヴィンチは禁止区域に連れていかれるという――数多の尾ひれがつけられた噂の一つに興味を示した。



 禁止区域の情報は管理センター側から意図的に伏せられていたが、ダヴィンチは情報屋に依頼することで、この事件がCEM絡みの話だということを独自に調べ上げていた。



 さらにそれがヨーロッパ聖教国を拠点とする色彩教絡みということまで調べがついていた。しかしいかんせん自分は外部の人間なわけで、いくらオーストラリアと大和が同盟国とはいえ他国に干渉すれば研究が続けられなくなる可能性もあった。



 だから好奇心に身を任せるのもここまでにしようと手を引くつもりでいた。



 そんな時、学園で知り合った凪沙という生徒の父親が失踪したことを知る。



 偶然だった。


 情報屋が仕入れてきた失踪者リストの中に、彼女の父親の名前があったことは。



 またそれが自分の生徒だったことも偶然だった。



 彼女は持たない側の人間でありながら必死にもがいてそれに抗おうとしていた。


 その姿に周りの人間たちは惹かれ、自分も教師として応援したいと思っていた。



 そんな彼女は周りから自分がどう見られているのか正しく認識していないようだったので、ボクは助言のつもりで言葉をかけたことがあった。しかし父親を亡くした彼女にその言葉は届かなかったのだとボクは後に知ることになる。



 ダヴィンチという人間は研究者であり優先させるのは当然――研究のはずだった。



 しかしいまの自分は教師でもある。



 一度言葉が届かなかったからといって諦めるのはその職業を放棄したことにはならないだろうか。そんな真っ当な思考が自分の中に残っていることに驚きつつも、教師としての生活が自分を変えたのだろうと冷静に理由を考察する。



 そしてその時にはもうすでに、自分に折り合いをつけるための折衷案が完成していた。

 



 研究者の自分。


 教師の自分。




 優先すべきは研究で、生徒のことなど二の次だ。



 それでも凪沙という生徒の現実に抗う姿には心を動かすものがあった。



 彼女の周りには多くの人がいた。



 ならば短期間で人が変わったようになってしまった凪沙という生徒を見て、この生徒に起きたこと、その先の真実を暴きたいと思う者が現れたならば、その人間に託すのもいいかもしれないと、そう思ったのだ。



 こうして自分が集めた資料をセキュリティの浅い場所にわざと置いておく。



 わかりやすいファイル名、わかりやすい内容。



 事件について調べを進めるものならば、すぐに危険性を把握できるだろう。



 この資料が――凪沙さんを救える人間の元へと、勇気ある人間へと届くといいね。



 そんな考えとともにダヴィンチは考えることをやめ、普段の研究者の顔に戻った。



 さぁ、今日はどのプロジェクトを進めようか。



 そこにある笑みには、生徒を気遣う教師の面影はどこにもなかった。

 




 その後、ファイルはダヴィンチの目論見通りに盗まれることになる。



 ダヴィンチのデータをハッキングした実行犯はともかく、そのファイルの行き先が学園の普通科教師である坂村先生だというのは少々予想外だった。あまりに拍子抜けだったので、こんな結果になるのであればファイルに追跡プログラムを埋め込むべきではなかったと多少の後悔をした。



 それでも資料を有効活用してくれるならよかったのだが。



 ファイルを盗み出した彼はその情報を公開しなかった。



 ファイルを開こうと端末に接続されたことは埋め込んでいたプログラムが教えてくれたが、結局ファイルは開かれなかった。



 おそらく保身のために公開しなかったのだろう。


 まぁそれも仕方のないことだと諦めていた。



 好奇心から少しだけ坂村先生と話をして見た。普通科の教師だというのにカラーのことを案外熱心に勉強しているようだった。



 生徒想いのいい先生なのだなと思った。


 まぁいくら先生といえど、教え子のために自分の命を差し出せるかと言われれば、それはできないと答えるのが普通の人間というものだ。



 普通は自分という存在以上に大切なものなど存在しない。



 それができる人間は往々にして狂っているだけなのだ。



 あとは狂おしい色に当てられて、その人間のために行動してしまう、周りの心を動かすことができる存在に出会ってしまったか、だろうね。



 だがもしも坂村先生が決心してファイルの情報を有効活用できたならば、この状況を変える一手を打つことができるかもしれない。



 1年前は凪沙さんが失踪扱い。青峰凛歌、雪谷陽の2名が死亡扱いになった。


 その他CEMによる負傷者、学園区画の被害。


 あの出来事が多くの人を変えて、今に繋がっている。



 そして1年が経過した――今日、新開水凪という謎の生徒が現れた。



 彼女は大和の記録上、今日になって唐突に現れた。大柄の男と映像に映る彼女は唐突に現れたかと思えば学園の生徒として登録され、御園透架や小金崎灯、御園透と関係を持ち、ふらふらと禁止区域に向かってCEMに襲われる。



 ダヴィンチは監視映像を見つめて笑みを浮かべる。大柄の男の隣に映る女生徒をまじまじと見つめ、ほくそ笑む。



 「さて、彼女は一体何者なのか……ふふ、興味が尽きないねぇ」



 記録しよう。


 見続けよう。


 ――しよう。



 それが、研究者たる僕の役目だから。


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