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3章 第21話 たった1人の友達

 人の消えた校内を一つの影が疾駆する。



 影が進んだ道の後には煌めく粒子が残留していた。



 煌めく粒子の正体は、先刻地下体育館にて新開水凪の捜索に挙手した小金崎灯のカラーである。



 小金崎灯は単身地下体育館を抜け出し、新開水凪の捜索を続けていた。



 彼女にとって新開水凪は世界でたった1人の友だった。親は戦う術を教え込むだけの鬼であり、信頼できる存在を持たなかった彼女が唯一心を開いたのが水凪だったのである。



 出会ったのはつい先日のこととはいえ、新開水凪という少女の善意は小金崎灯の心を満たし、潤した。



 その事実は揺るがない。



 しかしそれが事実であるがゆえに、彼女は今、揺らいでいた。



 自分を満たしてくれる存在の喪失、それは彼女の心を蝕んだ。



 「水凪……どこ……どこですか……」



 学園内の各施設を音もなく疾駆して、水凪の所在を確認していく。



 大階段と校舎裏門の戦いに見向きもせず、ただただ想う少女の姿を探す。



 学園と外部を繋ぐ出入り口を確かめていて、気づいたことがあった。



 それは学園と外部を繋ぐ全ての扉の行く手を阻むように、小さな槍が置かれていることだった。小さな槍に込められた雷に黄色のカラーを感じ取った彼女は、青色のカラーを持つ水凪には関係ないと興味をなくし、踵を返して捜索を再開する。



 「水凪……水凪……はやくでてきて、ですよ……」



 彼女から目を離した自分のミスが悔やまれる。思えばあの時の水凪は少しおかしかったように思う。



 それがなんなのか、その違和感の正体を言葉できない自分がもどかしい。



 しかし、あの教室にいた先輩を見つめる水凪の様子には違和感があったのだ。



 もう少し早くあの教室についていれば、自分の家のせいでまた足を引っ張られた。



 最悪だ。



 それはあのカラー基礎の授業教室に辿り着く前の話だ。



 自分の授業を終えた私は荷物を鞄にまとめてさっさと教室を出ようとしていた。そこで授業担当の先生が何やら神妙な面持ちで通話をしているかと思えば、その視線はこちらに向けられて、何やら手招きのジェスチャーをしているではないか。



 私はそれを無視しようかとも思ったが、周りの生徒に先生が呼んでいると半ば強制されて先生の元に赴くことになってしまった。



 先生からは諸々、家の話をされた。



 だが私の頭の中は水凪と合流することでいっぱいになっていたために話していた内容はあまり覚えていない。



 最後に残ったのは水凪に会うのを家のことで邪魔されたという嫌な気持ちだけだ。



 「もういやです……水凪、私のせい……」



 彼女は学園内の、常識の範囲内で想定できる箇所を全て探し終えていた。



 今まさにその結果から水凪は、この学園内にいないのではないかという結論を出そうとしていた。



 その時――誰かが階段を使って地下へと降りてくる音が聞こえてきた。重い足音は先を急いでいる様子で、階段をテンポ良く数段飛ばしに進んでいた。



 音はこちらに近づいてきている。



 その足音に警戒しつつ、一旦動きを止めて意識を音に集中する。



 タンッ、ドンッ、タンッ、ドンッ。



 規則的な足音が近くまで迫る。



 「――ッ!」



 重い足音の主、その姿が視界に入った。



 ――その姿を視認した、正確には足音の主が抱えているソレの姿を認識した彼女は目を見開いた。



 体は反射的に動く。


 そのためだけに体が駆動する。



 そこには――苦しそうに脱力する水凪の姿があった。



 「あああああああぁぁぁぁぁぁ! カラーコアオーバードライブ!!!」


 《ゴールド・カラー――オーバー・ドライブ》



 彼女は両の太腿に巻かれた軍刀のホルスターへと手を伸ばし、躊躇いもなくその刃を引き抜いた――地下の闇に2本の刃が光る。



 軍刀を手に持つ彼女は明らかに冷静さを欠いていた。大切な人が苦しんでいるという現実は、いつも機械のように平常心を保つ彼女の心を揺さぶる最適解だった。



 いま起きている非常事態は怪物によって引き起こされたものだと、地下体育館にいたことで見聞きしていた。敵が人間ではないことなど頭の中では理解している。



 苦しむ大切な人を抱き抱えているかといって、その人が犯人だとは限らない。



 普通に考えればわかることだ。



 小金崎灯の体躯は幼く小さい。小学生に見間違えられてもおかしくはない。



 だがその精神までもが子供と同じではない。



 むしろ戦いを叩き込む鬼と化した教育のせいで、体だけでなく精神までもが鍛えられていた。



 彼女の精神の強さ。



 ここには彼女も、教育を施した親も知らない弱点があった。



 彼女の強さは個人の強さであり、孤立していたことによる強さだった。


 だが彼女は触れてしまった、知ってしまった。


 人の善意、その優しさを。



 だから――普通ではいられなかった。



 喪失への恐怖は彼女の精神を容易く傷つける。



 彼女から普通を奪う。



 頭の中は大事な人を解放することで埋め尽くされており、それは水凪を抱きかかえた相手を殺すことさえ厭わない。



 違う。



 水凪以外の存在を慮る思考が今の彼女には存在していなかった。



 「なっ――あぶねぇ!」



 高速移動による接近、急所狙いの一撃必殺、その一刀は大切な人を助けたいという純粋な気持ちのもとに振るわれる――あまりにも無慈悲な一撃だった。



 「おい、落ち着けって、俺は在校生の――」



 首元を狙って放たれた斬撃は相手が後方に飛んだことにより寸前で回避された。



 「水凪を、水凪を返せぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」



 小金崎は半狂乱の態で何度も両手の剣を振るう。



 しかしそれは絶妙なステップで回避されてしまっていた。



 彼女は自分が冷静さを欠いて動きが大振りになっていることにさえ気づけない。



 それでも軍刀を振るう。


 痛いほどに軍刀の柄を握りしめて振るう。


 溢れ出る感情に身を任せて振るう。



 ――全ては水凪を助ける一心の元に。



 「オーダー・ゴールド・サイクロン!!!」


 《ゴールド・カラー――ブレイク》



 水凪の救出を焦るあまり、彼女は短縮祝詞を解放する。



 ――黄金の風が彼女の速度を爆発的に強化した。



 それは単純な速度の強化に留まらない。振り下ろされる軍刀一撃一撃の威力向上に始まり、剣風を飛ばす中距離攻撃や残像による分身をも可能にする。



 大和三大天が一人、金龍の血を受け継ぐ黄金に輝くカラー。



 大和の武、その頂点から受け継がれるもの。



 黄金の暴風が地下に吹き荒れ、彼女の敵を狙う。



 短縮祝詞を解放した彼女の能力は特別科在校生の能力――その平均値を上回る。



 普通に考えれば、在校生の男が勝つのは難しい状況だった。



 「こっちの話を聞く耳は持ってないようだな。新開のためなんだろうが……やりすぎだぜ。こっちも急いでんだ。手荒になるが、勘弁してくれよなぁッー!」



 しかしその男は特別科在校生の中でも中の上、よく言えば上の下という評価を与えられていた。



 彼は平均値よりも上の能力を持つ特別科在校生だ。



 普通にやり合えば男が勝つだろう。



 しかし男は戦場から戻ったばかりで、完全にカラーを回復させたわけではない。



 さらに男の武器であり戦闘スタイルの基点となるメリケンサックは新開を抱き抱えているため使えない。



 新開を抱き抱えたままの男は両手を塞がれた状態で何ができるのか――男のパーソナルカラーは赤であり、戦闘に用いられるのは炎である。



 よって、必然――



 「オーダー・レッド・メテオ、おっらぁぁ!」


 《レッド・カラー――ブレイク》



 黄金に対抗するべく短縮祝詞――赤が世界に紡がれる。男の生み出した赤は大火球となり、小金崎に向けて放たれていた。



 彼女の動きがいかに速く視認できないレベルであろうとも、狭い地下空間においては話が別となる。



 狭い空間を覆い尽くす大火球の前に回避は意味がなく、残像も効果を発揮しない。また生半可な中距離攻撃では大火球を突破することは困難だと思われた。



 狭い空間という地形を利用した回避不能の大火球を前に――いや、しかし。



 今の彼女は全てを切り裂く黄金の暴風である。



 よって切り裂く対象が火であれ水であれ、それは些事に過ぎないことだった。



 煌く黄金風に回避の選択肢は存在しない。



 避けられないのであれば力で食い破るのみ。



 「邪魔、するなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



 黄金の風を纏う彼女の武器、カラーを帯びた軍刀が最大の威力を持って振るわれる。



 ――結果、起こるカラーの正面衝突。



 放たれた大火球は中心から二つに切断されて消滅した。



 そもそもカラーを込める時間すらなく、戦場から新開を抱えて戻ってきたばかりの男に万全の攻撃を繰り出すことなどできなかった。



 ゆえに結果として大火球は突破され、小さな体躯が男に迫っている。



 これは必然の結果である。



 しかし大火球を突破されたにもかかわらず、男は笑っていた。技を破られたはずの男の顔に浮かぶのは暑苦しいまでの笑みだった。



 「へへっ。いい剣筋じゃんか。おまえ見たことないが新入生か? まぁいいや。次に会うときは本気でやろうぜ」



 男は最初の一撃を躱した瞬間から彼女が只者でないことを理解していた。



 それはある種の経験に基づくものだったが――火球くらいは斬って捨てるだろうという男の読みは当たっていた。



 一撃で倒せないことがわかっているのなら、次の手で。



 それはある意味順当に、火球が消える頃には――すでに。



 男は次の行動に移行しており、絶好のタイミングでカウンターを放つ。



 「なっ、あ――」



 大火球を斬り裂き、姿を現した小金崎の腹に男の膝が入った。



 それは攻撃後の隙を狙ったカウンターだった。視界を覆う大火球のせいで見失ってしまった男からの攻撃に回避が間に合うはずもなく、たった一撃で彼女の意識は闇に落ちる。



 「新開は大丈夫だ。安心して寝てな」



 「よか、った……です」



 倒れ伏し、伸ばした小さな手はどこにも届くことはなかったが、彼女は満足そうに翡翠の瞳を閉じるのだった。


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