3章 第20話 あいつはそういうやつだった
◇◇◇
「くそっ、失礼だけど人を抱えて走るのはキツイぜ。この子の体が軽いのはありがたいけどよ……」
新開を抱えた俺は学園の保健室に向けひた走っていた。
ぐったりとした新開の体はやけに、というより心配になるほど軽かった。誰かが女というは生き物は軽いものだと言っていたが、それで片付けてはいけない気がした。
それほどに軽かったのだ。
これは新開が軽いとか、俺が普段から鍛えているからとか、男として女を抱えて重いなどと言うべきじゃないとか、そういった話ではない。
しかし今考えるべきはどのようにして保健室まで辿り着くかだった。
魔女と相対した透のこともある。
あいつは新開を俺に任せた。それは透なりの考えあっての行動だ。
ならば俺は新開を最速で保健室に届け、最速で透の元に駆けつければいい。
それだけの話だ。
だから俺はまず、眼前の状況について考える。
目と鼻の先で繰り広げられるのは大階段前の激しい攻防だった。
攻勢を強めるCEM、防戦を強いられるカラード。
俺は一瞬でも気を抜けば巻き込まれてもおかしくない状況の中を走り抜け、植え込みに滑り込んで息を殺していた。
「ん……んぅ……はぁ……だめ……まだ、だめ……」
熱い息を吐きながら苦悶の表情を浮かべる新開を休ませつつ、大階段前の戦場を俯瞰して学園内に入る機会を窺っていた。
壁に体重を預ける新開は高熱を出していて、体調は思わしくない。
いま彼女の体がどのような状態なのか俺自身の知識では判断できない。なのでカラータグに付属している診断アプリ頼みなのだが、どうやら新開の異常な発熱は異物に対する免疫反応によるものらしかった。
「異物の正体はアンノウンってよお……俺にどうしろってんだ」
人間の体には免疫がある。
それは体内に侵入した異物から自分を守るための機能だ。
発熱が免疫によるものなのは俺にも理解できるが、果たしてこの科学が発達した時代において、人体に侵入した異物がわからないなんてことが起こり得るのか……。
表示された診断結果が不安を煽ってくる。
それでもここで大人しく待っていたところで状況は好転しない。
自分に医療の知識がないことを悔やんでも仕方がない。今は一刻も早く保健室へと辿り着くことだけを考えなければ。
そう自分に言い聞かせ、目の前の戦場を見つめる。
大階段前では多数の蜂型CEMが飛び回り、戦況は混迷を極めていた。
防戦に精一杯で攻勢に転じることができない状況は完全に膠着していた。何か均衡を崩すような展開にならない限り、この大階段前の戦いがいい方向に終わることはないと予想できる。
それに、今は防御に長けた卒業生の先輩が守りを固めてくれているが、大盾を持つ彼が倒れたとき、この戦場は瓦解する。
この戦場を膠着状態にできているのは彼の指揮能力と防御力の高さゆえだった。
そしてこちらが攻勢に出られない理由には敵の種別が関係していた。
地に足をつけ跳躍する程度の敵ならば、ある程度動きを予測することができる。
しかし常時飛行している敵は非常に厄介だ。上に逃げられることから攻撃の間合いに近づくことが困難になるため地上にいるこちらが防戦一方に陥りやすい。
その不利な状況の中で防戦を継続できていることは、補欠扱いとはいえ流石は卒業生というべきだろう。
しかし、この場所で戦闘の終了を悠長に待つ時間はない。目の前で荒い吐息を溢す後輩の姿に、俺は1年前の凛歌の死を思い出してしまう。
透のように冷静ではいられない。
俺は状況を打開するため、一縷の望みをかけてカラータグの通話機能を使用する。
委員長ならばこんな状態の俺よりも冷静な策を授けてくれそうだったからだ。
カラータグを用いた通信特有の体内に直接流れる呼び出し音――コールは1回を待たずに繋がった。
「委員長、聞こえているか?」
「だから委員長じゃ――って片桐くん!? こちら感度良好、聞こえているわ。こっちのモニタリングで御園くんの反応が追えないんだけど、2人とも無事なの!? 繋がらないから心配していたのよ……」
委員長は冗談混じりに話しているが、その声音からは焦りや不安のような色が読み取れた。
だからあくまで軽い口調で話をする。余計な気遣いはさせたくないしな。
「心配かけてすまん! とりあえず無事なのは無事なんだが……こっちからも通信が繋がらなくてよ。大階段前にきてやっと繋がった感じだぜ」
俺は委員長へと何度も通信を試みていたが、禁止区域付近では一向に繋がらなかった。
誰だかは知らないが妨害とやらはまだ続いているらしい。
今回の通信が繋がらなければ通信という手段を選択肢から外そうと考えていたくらいだ。冷静でない自分が何をするのかわからないし、通信が繋がって助かった。
「そっか……通信に関してはこちらで調べておくね。とりあえず現状を教えて」
「いま透が1人で魔女と戦ってる。俺は負傷者を学園に避難させるために1度戻ってきたんだ。委員長、透が心配だ。すぐに応援に向かっても大丈夫だよな?」
現状とそれに至る経緯を報告していく。新開のことを先に話そうとしていたのに、透に対する心配が先行してしまっていた。あいつのことを心から信頼しているつもりでも、魔女という規格外の存在が俺を不安にさせる。
あの1年前の悪夢を――忘れられるわけがなかった。
「えっ、魔女――。ごめん、驚いちゃって。ええと、すでに頼れる人がすでに向かったと校舎裏門の人から連絡をもらったわ。そこは安心して……とまでは言えないけど、少なくとも御園くんは一人じゃないわ。むしろ片桐くんに行ってほしいのは大階段前の方だけど……御園くんが心配よね」
委員長は魔女の出現に驚いた様子だったが、冷静になって助っ人の情報をくれる。
大階段前に加勢することが正しいとしても、俺の気持ちを汲んで透のところに行くことを止めはしない。
ありがとうな、委員長。
あいつは一人にすると透明になって消えそうなところがあるからな。誰かが側にいてやらないとだめなんだ。
それは俺じゃなくても――。
「ありがとよ。ところで委員長、急ぎで保健室まで行きたい。そのためにはまず学園内に入りたいんだが……大階段前が混戦状態なせいで大階段を登るのはリスクが高すぎる。なにかいい方法はないか?」
「ふぅ……そうね。だったら地下に入るルートから保健室に向かって。そこから入れば飛行するタイプの蜂型CEMは追ってこられないはずよ」
「部活棟に入る方向ってことだな。助かったぜ、委員長」
地下駐車場から部活棟に入るルートならば、かなり小型のCEMでもなければ侵入は難しいはずだ。さすがは委員長、俺とは頭の回転が違うんだよな。
「はぁ〜もう。保健室に負傷者を送り届けたら、加勢をお願いね」
「ああ、もちろん。了解だ」
俺は通信を切った。
そして混戦の様相を窺いながらに思う。
俺も委員長も魔女の脅威は十分に理解しているつもりだ。だからこそ慌てるのではなく――いまやれることを一つ一つ、確実に、全力でやるのだ。
「はぁ……ふぅ……」
苦しむ新開を見て覚悟を決める。
その美しき青が俺に思い起こさせるのは1年前の凛歌の死だ。
だからそれを繰り返さないために、俺は行動する。
「大階段前の状況は相変わらずらしいなァ――、だったら――駆け抜けるしかねぇだろ!!!」
俺は深呼吸をしてタイミングを見計らい、戦場を突っ切るべく植え込みから駆け出した。
「うおおおおおおおおお! すまねぇ、通らせてもらうぜ!」
新開を助けるため、戦況の膠着を崩すため、俺は持ち前の健脚で戦場を一直線に突き進む。
俺が怪物に注目されることで何かが変わればいい、そう思った。
ところが走り出したいまになって、これは浅はかな考えだったのではないかと不安が首をもたげ始めた。
しかし俺は何事も中途半端が一番よくないと考え直して、全力で声を張り上げる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
戦場のど真ん中を横断する形にはなったが、これが最短ルートなので仕方がない。
元から隠れるのは好きじゃない。
正々堂々、正面から行く方が好ましい。
それが俺だ。
そして俺が抱える生徒の姿を見たからか、数人の卒業生が盾となって地下への道を確保してくれていた。
何体かのCEMがこちらの動きに反応するが、卒業生の牽制が近づくことを許さない。
「こんな時に仕事増やしやがって……仲間を置いてさっさと戻ってこい! 戦況を引っ掻き回したんだ、その分働け!」
大きな赤い盾を持った先輩が敵から目を離さずに俺へと言葉を投げた。
それと同時、俺たちに目標を変更したCEMを大きな赤い盾から生える突起で串刺しにして、殴り飛ばしていた。
「了解っす!!!」
俺は頼もしい先輩たちのおかげで大階段前を一直線に横切ることに成功する。
透と委員長には申し訳ないが、先にやることができちまったな。
俺は新開を抱えて地下駐車場へと滑り込み、そのまま地下フロアに繋がる階段、その扉へと向かう。
そして地下フロアへと通じる階段の扉に手をかけようとしたとき、発光が視界を白く染めた。
「なっ」
俺は予想外の攻撃に対して反射的に回避行動へと移る――直後、パチンという音が響いて、地面に雷が着弾した。
瞬時に回避を選択したため、俺がその一撃を喰らうことはなかった。
だが。
今の発光は。
俺が瞬時に回避を選択したのはいつも透と訓練しているときの癖だった。
発光時にはすぐ回避に入るというもの。
これを反射的に実行できなければ雷撃の速さからは逃れられない。
いつもの癖がなければ雷に焼かれて黒こげになっていたかもしれな――ん?
「ったく危ねぇな……いや、これは」
黒く焦げた地面と自分が先ほどまで立っていた場所を見比べる。よく見てみれば、雷はまるで俺を避けるように曲がって着弾していることがわかった。
さらに周囲をよく観察してみれば、階段の入口に見覚えのある小さな槍が置かれていた。
それは透が使う槍の子機だった。いつも一緒に訓練する時に見飽きるほど見ているので間違えるはずはない。
この小さな槍には透が生み出したカラーコアが内蔵されていて雷撃を飛ばすことができる。また透の攻撃に合わせて使用することで威力を増加させたり、自動的に攻撃を放つ装置として機能させたりと、用途は様々だ。
透は汎用補助武器というような扱いにしていたっけか。
それがなんでこんな場所に……?
ここに配置しているということは、今のあいつは補助武器を欠いた状態で戦ってるってことか?
ふと今日のことを思い返してみれば、透は教室に現れるのが遅かった。
今日という日の特殊性を考えれば透に限って遅刻などあるはずがない。
それに今日の蟻型CEMとの戦いでも、わざわざ光球を生み出して戦っていた。普段ならこの槍の子機を設置するだけでいいはずだし、それでカラーの消費もかなり違うはずだった。
この学園に入るための通路に自動迎撃の槍を配置する理由……。
「ああ、そういうことかよ……」
俺は考え始めてすぐに、その答えへとたどり着いた。
親友の考えは、目の前の小さな槍が全てを物語っている。
それは学園に侵攻してくるCEMへの備えであり対策、細かい場所から侵入されないようにするための防衛装置。大階段前と校舎裏門、前と後ろを守れているのに細かい出入り口から侵入されて後ろを取られでもしたら一巻の終わり、という考えの元に置かれた保険だった。
透は自分の力、それを学園を守るために差し出した。
つまり今戦っているあいつは完全な百パーセントの力を出せずに戦っているということになる。
どこに自分のリソースを他に回してCEM最強の魔女と戦うやつがいるんだ。
バカかよッ。
しかしそう思う反面、俺は安堵もしていた。
この1年間、御園透という男を間近で見てきて感じる徹底的な行動の取捨選択と保険を作る性格、最悪を回避するための努力から見えてくる――失わないための覚悟。
「1年前――戦いの後であいつは俺と約束した。無謀なことはこれっきりだって」
俺は親友が残した小さな槍の横を通り過ぎる。
その際に槍に拳をかち合わせた。
カチンと金属を叩いた音が鳴る。
その聞き馴染んだ音は、あいつが笑って信じろと言っているような気がした。
「信じてるぞ、透。俺は、俺にできることをやる……!」




