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3章 第18話 受け入れられない、変わらない

 ヒュン、と空気を裂く音がした。



 何の音かはわからなくとも、俺のカラードとして鍛えてきた勘が体に防御の姿勢をとらせる。



 「な、に――あの一撃を、すぐに再生させるなど」



 そこには――頭部を再生させた巨大ミミズ型CEMがいた。



 俺が与えたダメージは多少の傷口が残されているもののほとんどが修復を開始しており、再び頭部からの攻撃ができるまでに回復していた。



 俺は巨大ミミズの再生力を侮っていた。元の生物の特徴を色濃く反映するということは、ミミズの再生力も考慮して戦うべきだった。次々に射出される剛毛は飛ばすたびに生え変わっていた。



 それは再生力の強い証であり、その能力は示されていたのだ。



 それに世界にかけられた青がCEMを強化することもわかっていたことだ。色濃く反映されたミミズの再生能力、それを青き世界が強化することで実現する――驚異的な再生。



 目の前にあった希望が崩れ落ちていく。



 掴んだ希望が儚く消えて、体から力が抜けそうになる。



 「ダメか、ダメなのか」



 あいつに勝つことだけを考えて生きてきた。



 その結果、俺は凪沙を殺してしまった。



 「俺では、ダメなのか」



 後進を育成するために留年して、この1年間を過ごした。



 あいつが生徒会長としての役目を立派にこなしている、それを横目に、だ。



 俺は何も成し遂げていない。



 このまま死ねば何が残る。


 俺には何が残せる。



 俺が世界のために為せることはもうないのか。



 違う。



 俺はまだ生きている。諦めるのは死ぬときでいい。



 まだ、できることが、やれることがあるはずだ。



「俺はまだ諦めんぞ。諦めて、やるものかあああああああああ!!!」



 俺は叫んで自分を鼓舞し、怪物へと突撃する。



 驚異的な再生能力を持つ怪物を相手に勝算があるわけではない。



 だからこれは、勝算を見つけるための突撃だ。



 この突撃で俺は死ぬ。



 俺に勝利が与えられることはない。



 それでも、いい。



 俺は先のことを、次のことを、未来を考えて行動する。



 ここで俺が敗れた後、誰かがこの怪物を処理しなくてはならない。



 大和の平穏な明日のため、誰かが倒さなくてはならない。



 俺一人で倒せなかったことに悔しさが残るのは事実だ。



 それでも。



 だからこそ次へ――繋げるための一撃を放つ。



 「仲間が必ずお前を倒す。だから俺が、その切っ先となろう。オーダー・アース・ドリル・ブレイカァァァァァァァ!!」



 《ブラウン・カラー・バースト》



 まずは敵の動きを封じるため地面に対して攻撃を放った。これには怪物の攻撃を制限する役割もあり、今打てる最善手だと考えられる。



 しかし青き輝きを増す怪物は一筋縄ではいかなかった。



 大地の亀裂は瞬く間に広がって怪物を飲み込もうとするが、怪物は剛毛を総動員して器用に蠕動させ、裂け目から這い出してくる。



 裂け目で拘束する攻撃は既に行なった攻撃、怪物は学習していると言うかのごとく即座に対応する。



 2度あることは3度あるという。



 怪物の学習能力の高さにはもはや驚かない。



 怪物の拘束は失敗に終わる。



 だが、それでよかった。



 「もう、一撃ッッッ、次だああああああああああ!!!」



 裂け目から頭だけを出した怪物との距離を詰める。



 頭部付近の剛毛は発射の態勢を整え、その鋭い先を俺に定めていた。



 剛毛のほとんどを裂け目の脱出に充てながらもこちらへの攻撃を実行するとは。器用なやつだ。



 あと一撃を放てればそれでいい。確実に剛毛による反撃を受けるだろうが、それで俺の目的は達成される。それが今の俺にできる、皆への貢献なのだ。



 「おおおおおおおおおおおおお!!! 喰らえええええええええええええ!!!」


 《ブラウン・カラー・フルバースト》



 俺は怪物の一部にドリルで穴を穿つのではなく、怪物の体表に線を引くように、ドリルの先端を斜めに倒しながら、そのまま駆け出していた。



 肉薄したことで針を飛ばす攻撃は実行できない。



 カラーを纏ったドリルを盾にしながら怪物の体表を進む。



 俺が怪物の体に描いた線は、その再生能力によってすぐに塞がってしまうが、僅かな間だけ怪物の体内が見える。



 そして目当てのものは、見つかった。



 「――ガハッ、見えたッ、ぞ」



 俺はミミズの頭から体表を駆け抜けて、切り裂いた。すでに俺の背中は剛毛によって針のむしろと化している。



 俺はもう動けない。



 ドリルが盾になることで前方を気にする必要はなかったが、後ろは完全な無防備になっていて、そこに頭を持ち上げたミミズによる攻撃を受けたのだ。



 水圧砲による攻撃を行わなかったのは自分の体に当てないためだろう。



 そこは計算通りで助かった。



 まぁこれでも最後まで駆け抜けることができたのは、怪物の剛毛のほとんどが裂け目からの脱出に使用されていたからである。



 しかし、いくら目当てのものが見つかったとはいえ、この状態から怪物の体内を狙うのは無理だ。



 俺には攻撃を放つ力が残されていない。



 それにこちらが怪物に与えた傷はすでに再生が完了している。



 すぐに怪物の頭部、水圧砲を放つための穴がこちらに向けられ、俺に狙いを定めて攻撃を開始するだろう。



 俺は数秒も待たずに水圧砲に貫かれる。



 俺の運命はここに決した。



 「ふっ」



 終わりを告げられたことで肩の荷が降りたのか、俺は自然と笑っていた。



 「高みにはほど遠い人生だった。俺は死ぬ。だが、お前は必ず倒される」



 言葉と共に怪物を睨みつけ、指を指して宣言する。



 俺はここまでだ。だが――すでに怪物の核を見つけた。切り裂いた体の中には、確かに赤色の輝きが存在していた。それは極彩色と青色に包まれていたが、中心の核となって機能しているのが赤色なのは間違いない。



 人間でいうところのソウルコアが怪物の体にも存在する。怪物の種類によってその位置は様々だが、基本的にはその核を破壊することでCEMは溶滅する。



 カラーを使用した攻撃を用いてCEMの体にダメージを与えることでソウルコアへのダメージにもなるはずだが、ここまで巨大な個体の場合は直接ソウルコアを攻撃するほうが効率がいい。



 果たしてこいつのソウルコアを破壊する役目は誰になるだろうか。



 俺の中で自分が技術を伝えてきた面々の顔が浮かんでは消える。



 「後は――頼んだ。後は……。いや、後は、か。まだ……やりたいことがたくさんある。大事なことからどうでもいいことまで、人間は死ぬとき、こんなにも後悔するものなのだな」



 怪物の情報をカラータグの機能を使用して送信、やるべきことを終えた俺は眼前に迫り来る水圧砲を前に、自分の無力を呪った。




 そして知る。




 自分が生きたいと願っていることに。




 自分が考える以上の、たくさんの後悔があることに。




 これが最後だというのに潔く死ぬことができない。




 俺は、死ぬ。


 そう、なのか。



 受け入れられない現実と、変わらない死の現実。




 それを前にして俺は自分に問う。


 俺はこれを最後にしていいほど、俺は世界の役に立てただろうか。




 いいや、違う。




 根本から間違っている。




 そんな高尚なことではない。




 俺はただ。




 俺はまだ。





 死にたく、ないのだ。





 現実は非情だ。




 ちっぽけな俺の願いなど、誰にも届くことはない。




 それでも。





 その非情さを凪沙に強いた俺が、世界に不満を垂れることは許されない。




 ここが俺の終着点――最期なのだ。




 俺は自分の無力さを呪いながら、眼前に迫る死を見つめる。




 受け入れられない死と向き合う。




 ふと、頭によぎる姿があった。




 俺が殺してしまった凪沙、残酷な現実に抗う御園。




 そして――ついに超えることは叶わなかったあいつの姿。




 俺は死の間際、その背中を見た。

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