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3章 第17話 喪失と起死回生

◇◇◇

 俺はまた、片腕を失った。



 俺はまた、この青き戦場で判断を誤った。



 義手の肘から先は圧縮された水によって砕かれている。



 目の前には巨大なミミズ型CEM。




 世界は――青く染まっている。




 「世界が青に染められたことで同色のカラーが強化されたか……この極彩色は1年前の蟷螂と同様……。あの時は不意打ちで全力を叩き込むことができたから、運良く倒せたと考えるべきだな。極彩色の個体はその能力値だけではなく、戦闘の駆け引きさえ向上していると肝に命じなければ」



 怪物の影響下に置かれた青き世界。



 目の前には巨大な敵、救援は望めない。



 義手が失われたいま、俺が出せる出力は低下している。



 状況は圧倒的に不利、か。



 「フッ」



 そのような状況下にあって、俺の口からは自然と笑みが溢れていた。



 俺にしか対処できない戦場が目の前に広がっている。



 これは俺に与えられた役目のように感じられた。



 だとすれば留年した甲斐が、意味があるというもの。



 だが、その役目を全うできる保証はない。



 確実性を伴うほどの勝算は、俺の頭の中には存在していない。



 目の前の怪物が1年前の魔女よりも強いことはないと思いたいところだが、あの時は凪沙のソウルコアを強引に使用したからこそ、自分の力を五分近くまで引き上げて戦えたのだった。



 それに凪沙のソウルコアを使っておいてなお負けたのだから、俺は魔女に勝つほどの実力はないのだろう。それは自分自身がよく理解していることだ。



 だが目の前にいるのは巨大化して色が変わっただけのミミズ型CEM。



 勝機は必ずある。



 根拠のない論理で自分を騙して、怪物に向き直る。残った自分の腕で大槌を構えて、カラーを集中する。



 「さて――全力といこうか」


 《ブラウン・カラー・チャージ》



 こちらが攻撃の準備をしていることに気づいた怪物も、再び口を開いて攻撃の予備動作を行う。極彩色の一部――青色が輝きを増していた。



 怪物はおそらく、先ほどと同じく水を用いた攻撃を行うつもりだ。



 先ほどは不意を突かれた形になったが、今回は違う。あらかじめ予期できる攻撃ならば、対策の立てようもある。



 俺は大槌にカラーを込めることで防御の体勢をとる。



 しっかりと大地に足をつけて、正面から敵の攻撃を防ごうとする。片腕のみで武器を支えることに不安はある。もちろん片腕だけで振るう訓練は積んできたつもりだ。



 しかしそれが巨大なCEMの一撃を受けるとなれば話が変わる。



 だがそれを嘆いても現状が変わることはない。



 俺はいまできる全力をもって怪物から吐き出される水に立ち向かう。



 「ぐっ、ぬううううううう」



 敵の水圧砲とでも呼べる攻撃が俺の大槌にぶつかる。ぶつかった際の衝撃で体勢を崩しかけたがなんとか立て直し、一点集中の攻撃に対応してこちらも一点にカラーを集中することで対抗する。



 予期できる攻撃への備えが功を奏し、敵の攻撃を片腕でもなんとか持ち堪えられるレベルにまで相殺できていた。



 「ふんっ」



 俺は敵の攻撃を払い、次はこちらの番だと大槌を構える。



 こちらの攻撃を放つ準備を、勝利を掴み取るための下地を作る。



 だが――怪物はそれを許さない。次の行動に移ろうとした俺の目の前には大量の針、ミミズの体表に生える鋭い剛毛が迫っていた。



 さらにその剛毛はすぐさま生え変わって、第二射の準備に入っている。



 「なにっ」



 相手が攻撃を終えたのだからこちらの番?



 これはスポーツではない。



 戦場に公平なルールなど存在しないのだ。



 「ちいっ」



 気づいた時にはすでに遅く、俺は防御に専念することを強いられていた。



 その攻撃は鋭く、重く、執拗に俺を襲った。瞬時に生え変わる剛毛は、無限に供給される弾丸を得たガトリング砲のように、俺を蜂の巣にしようと襲いくる。



 俺は絶え間なく降り注ぐ剛毛の雨に大槌を振るうことさえ許されない。



 「ぐううううう、ぐうぅ、おおおおおおおおおお!」



 防御を強いられた俺の片腕は大槌を支え続けることに耐えかねて、悲鳴を上げていた。



 この圧力を長時間片腕だけで支え続けるのは無理だ。何かしらの打開策を講じなければこのまま針のむしろにされる結末が待っている。



 片腕があれば。



 無い物ねだりの弱音が浮かぶ。



 それを心の中にしまい込み、俺は肘から先がなくなった腕を気持ち程度に添える。



 これでも数十秒もつかどうか。



 「こんなっ、ものでっ、こんな、ところで――終われるかああああああああ!!!」



 《ブラウン・カラー・チャージ》


 「オーダー・アース・ブレイクッッッ!!!」



 俺は起死回生を狙った大槌による一撃を一旦横に飛んでから地面に叩きつける。



 怪物に近づくことが出来ない。



 ならば地面に叩き込むまでのこと。

 


 覚悟を決めた俺の一撃は最初に地面に与えた一撃に加えて、さらなる衝撃が地面に与えられることによって大きな効果を発揮していた。



 結果、地面に開かれた裂け目は広がり、巨大なミミズ型CEMがすっぽりと収まってしまうほどの深さになっていた。



 「どうした怪物、まだ、ここから、だろう。ごふっ」



 大槌を振るうためには防御の構えを解かなければならなかった。



 いかに防御を意識して横に飛んだとしても、正面から構えて行う防御とは天と地ほどの差があるのだ。



 完全な防御を要求される状況下で横に飛ぶ。



 薄くなった防御。



 そこを狙われない道理があれば教えて欲しいくらいだ。



 ゆえに俺は相手の攻撃を受ける。



 その後に一撃を放つことができたのはいい方で、最悪の場合は防御を解いた瞬間の攻撃で死ぬ可能性もあった。横に転がる行動が機能したおかげで多少の回避行動になっていたが、それでも敵の剛毛は俺の体と地面を半々の割合で突き刺していた。



 柔軟な思考を持つ敵を相手にしたときの恐怖。



 まるで戦場の最前線にいたカラードと手合わせをするような、こちらの勝機を徹底的に潰しにくる戦略的な攻撃、そのどれもが俺を震え上がらせるには十分だった。



 だが。



 それでもまだ。



 希望は繋がった。



 どれだけボロボロになろうとも、どれだけ敵が強かろうとも、どれだけ震えて崩れ落ちそうになっても、己の役目だけは果たしてみせる。



 「次の一撃で決めてやる、怪物――終わりだっ」



 俺は下半身に刺さった剛毛を叩き折りながら体の可動域を確認して、最後の一撃をお見舞いする準備を進めた。突き刺さった剛毛を抜いてしまえば血が流れて失血死の恐れがあるため、最低限の行動ができるように叩き折って身を軽くする。



 剛毛を折るごとに全身を貫くような痛みが走る。



 痛みには慣れていた。



 この程度の痛みなど、1年前に片腕を落とされたときに比べるまでもない。



 《ブラウン・カラー・フルチャージ》



 俺は自分の罪を贖うために、その覚悟を示さなくてはならない。



 今では言葉を尽くして後進を指導することも好きになってきたが、やはり男ならば、武に生きるならば、それは行動をもって示さねばならないと考えていた。



 「今この時、俺の全て、お前にぶつけてやるッ」



 大量のカラーが込められた大槌は土気色に発色して、螺旋を描く。



 それは大槌が変化したドリル――全てを捻じ切る螺旋がここに顕現する。



 「大地を砕く螺旋がある。敵を貫く螺旋がある。人の紡ぎし螺旋がある。前に進まんとする人の道、先を示すは我が螺旋――――――穿て。ブラウン・ドリル・ブレイクッ!!!」



 祝詞を奏上し、狙うは炎と水を吐き出す怪物の頭部。



 そこさえ破壊してしまえば怪物の攻撃方法は限定されるはずだ。



 俺は限界の近い片腕に喝を入れ、最後の一撃を繰り出す。地面に穿たれた裂け目に嵌り、身動きのとれない巨大ミミズの頭を狙うことは容易い。時間を与えてしまえば逃げられる可能性もあるが、そのような暇を与えることなく倒してしまえばいいだけのこと。



 この一撃を、お前の命の終着点にしてやる。



 「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」



 俺は裂帛の叫びを上げて、怪物の頭部に土気色を纏うドリルを叩きつけた。



 そこには――確かな手応えがあった。



 敵の肉を削り取る確かな感触が、俺の片腕には伝わっている。



 俺は怪物に勝利した。



 ――その手応えは視覚からの情報としても、俺に伝わる。



 目の前の怪物はその頭部を削り取られて自重を支えられなくなり、重力に従い地面に崩れ落ちようとしていた。



 怪物を倒した。


 俺は怪物を倒した。



 この一撃は凪沙のソウルコアを使った時ほどの出力は出せていないものの、俺もこの1年で後進を指導するとともに自らを鍛えることを忘れなかった。



 その一撃がここに結実して―――怪物を打倒したのだ。



 「―――?」



 だが、おかしい。



 目の前の怪物は崩れ落ちようとしてはずなのに。



 地面へと倒れ伏す気配がない。



 奴は耐えている。



 まだ。



 まだ終わっていない。



 ヒュン、と空気を裂く音がした。

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