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3章 第16話 剣姫は戦場で舞う

◇◇◇

 剣姫目掛けて大量の糸が殺到する。



 周囲をぐるりと囲まれ逃げ場を失った剣姫は、その中で思考を巡らせていた。



 この糸を切断することは可能。


 しかしそれは最初に到達した数本であり、全てを捌ききることは不可能。


 また、あえて糸を受けるというのは論外。



 1対1の戦いならまだしも、集団戦において肉を切らせて骨を断つというような戦い方はリスクが高すぎる。今はまだ、博打を打つような局面ではない。



 「ふぅん」



 その思考の中で黄更一花は、周囲のCEMが攻撃のタイミングを合わせていることに気づく。



 まるで統率された軍隊のように足並みを揃えた攻撃には感心すらしていた。



 全体の連携――その誤差は1秒以下、剣姫は肌で感じていた。


 

 そのあまりに正確な分析はカラータグの機能ではなかった。



 剣姫の周囲は常に彼女の体から放射される見えない色に晒されており、例え背後に回ろうとも、その動きは完全に剣姫に把握されている。



 これは彼女が持つカラードとしての固有能力だった。



 この能力よって蜘蛛型CEMが口を開いて糸を吐き出す行為、その行動は剣姫の肌を通して情報に変換される。



 情報は黄更の脳に伝達され、攻撃の速度、相手と自分の距離、気象条件や地形までを考慮した着弾までの時間が導き出された。



 そしてそれは――剣姫の行動へと反映される。



 以上ことを一瞬で思考した剣姫は、この戦闘の結論にまで至った。



 戦いを欲する彼女は回避のためだけに思考など行わない。



 常に敵を倒すことを望んでいる。


 

 ゆえに、彼女が選択した行動は。




 「はぁッ――」


 剣姫は2本の刃で大地を切り裂き、その足で地面を踏み抜いた。




 己の足にカラーを集中させ、地面を割ったのだ。打ち込まれた衝撃によって地面は、剣姫の刃に切り裂かれた形に隆起する。



 その形は石版を思わせる長方形で、全長が5mほどあった。



 彼女は隆起して地上に姿を現した石版に足裏をつける。



 助走もないまま、まるで壁を駆け上がることが当たり前とでもいうかのように、隆起した石板を駆け上がっていく。



 CEMから放たれた糸を置き去りにしながら石板の頂点まで到達、そこからさらに石板の天辺を蹴って跳躍――宙に舞った。



 蜘蛛型CEMの放った糸は、駆け上がり飛翔する剣姫のスピードに追いつけない。


 

 剣姫の行動に合わせて角度を調整しようとも、それは遠距離攻撃であるがゆえに修正が反映された攻撃は届かない。



 CEMは移動する剣姫に対して的確な修正を施し、攻撃を実行した。



 剣姫が並程度のカラードであったなら、有効であったことは間違いない。



 しかし。



 その攻撃は剣姫にとって、あまりにも遅すぎた。



 放たれた糸の全ては剣姫のスピードに追いつけず石版に固着し、彼女を囲んだ蜘蛛型CEMの全てが糸を通して石版と繋がるという状況が作り出されていた。



 石板を駆け上がり10mは真上に跳躍した剣姫。



 彼女は自身の体が発する色で想定通りの状況になったことを確認し、にやりと笑った。



 空には剣姫しかおらず、彼女の行動を阻害できる者は存在しない。



 ゆえにそこは剣姫が支配する絶対の空間である。



 しかし空中という場所で自身の推進力を持たない彼女は無防備だった。



 跳躍による飛翔は終わり、その体は重力に従って落下を始める。



 だがこの時、無防備なその姿を犯せる者は存在しなかった。



 この空は完全に剣姫の舞台と化し、彼女は自由気ままに振る舞う。



 自由に空中で半回転して、逆さまになって頭から地面へと落下しながら、煌めく刃の切っ先を石版へと向けた。



 一方の刃のみにカラーを集中する。刃に高速で収束していく剣姫のカラー、周りに溢れた余剰分のカラーも取り込んで、刃は煌めきを増していく。



 「オーダー・ガンマレイ・ジャッジメント」


 《イエローカラー――バースト》




「はかないね。命って」



 誰にも聞こえることない言葉が呟かれた直後のこと。滅びの光が石版へと放たれ、世界は眩い色によって明滅する。



 明滅が落ち着き視界を取り戻した者たちが見たのは炎だった。



 剣姫の光から炎が生まれた。



 滅びの光が生んだ炎は命を喰らおうと、糸を伝って怪物に殺到した。



 青き蜘蛛は固着させた糸のせいで逃げることは叶わない。それでも彼らは世界の変化によって獲得した強靭な身体と、炎に対する耐性を持っていた。



 ゆえに通常の炎程度では青き蜘蛛の軍団を焼き尽くすことは難しい。



 しかしこれは滅びの光から生まれし全てを浄滅する炎であり、浴びたものが滅びるのは定められたことだった。



 「いい連携をしたのに残念だったね。でも、少しは楽しめた」



 剣姫は燃える石板の天辺に平然と着地する。そこから何事もなかったかのように跳躍して、青き蜘蛛の包囲から悠々と離脱するのだった。



 その姿を追う怪物はいない。



 滅びの炎に包まれた怪物はもがき苦しみ、その巨体は崩れるように溶滅する。



 石版を中心として、距離が近かった怪物から白煙を上げ、次々と溶滅していく。



 怪物はクモの巣に捕らえられた羽虫のごとく逃げることを許されず、その命の炎は網目のように配置された篝火となって辺りを照らしていた。



 怪物の命によって作られた明かりを眺める黄更は、その光景を綺麗だと思った。



 やがて怪物たちの墓標となった石版も瓦礫となって崩れ落ち、残ったのは無傷の剣姫のみだった。逃げ場のない状況も剣姫にとっては児戯に過ぎなかったのである。



 「溶滅確認――終わりっと」



 炎の中から1人の生徒が帰還した。



 いまだ燃え続ける炎が彼女の姿を煌々と照らし出す。



 数多の怪物に囲まれるも無傷。



 在校生最強――黄更一花は息一つ乱さない。軽い口調で怪物の死を確認して戦場から踵を返す。



 「残りはお好きにどうぞ」



 黄更は2本の刃を納刀し、緑川の代役として現場を指揮する2人へ声を投げた。



 その声音から読み取れるのは掴み取った勝利による高揚ではなく、ただただ自分が求めるものを見つけられなかった剣姫の落胆のみだった。



 剣姫はこれで自分の役目は終えたと、そうそうにこの場から立ち去ろうとする。



 「お、おい黄更――いや」



 柏木は彼女に対して言いたいことが山ほどあったのだが、ここは呑み込んで一言に止めることにした。



 確かに、今ここで全体行動を理由に黄更を引き留めることはできる。



 ――黄更は十分すぎるほどの戦果を上げた。



 それはこの校舎裏門で戦う在校生全員が目撃している。



 その周知の事実を労いこそすれど、まだ戻るなと言うのは違う気がしたのだ。



 それに――果たしてそれを言う権利が自分にあるのか、1年前に全体行動を乱した自分に黄更を止める資格があるのか、それを考えた瞬間に言葉は途切れていた。



 「ありがとう」



 柏木は一瞬の躊躇いの後、途切れた言葉を感謝で締めた。



 黄更にかけるべき言葉が思いつかずパッと出た言葉がそれだっただけの話なのだが、それだけに心から思っていることなのかもしれない。



 結果的にその言葉は正しく、自分の本音のように思えた。



 背中にかけられた声に剣姫は立ち止まることなく、その姿は学園の中へと消える。



 「相変わらずだな、あいつは」



 「ほんとよね」



 気ままな剣姫の姿に柏木と留知はやれやれと半笑いのため息を漏らした。



 だが次の瞬間には表情を引き締め、戦場へと向き直っていた。



 その瞳に宿るのは緑川から託された意志と自分たちの覚悟、後悔の中から這い上がってきた決意――それが紛うことなき本物だからこそ、2人はこの場所に立っている。



 「私たちならできる。今の私たちは足手まといにはならない」



 「ああ。緑川さんのためにも俺たちがここを守りきるんだ」



 変わることを決断した2人は、その決意を乗せた声音で、校舎裏門に集う学友たちへと告げる。



 「「中央のCEMは黄更が壊滅させた。CEMが足並みを乱した今が好機、黄更の作った好機を、仲間が作ってくれた勝機を逃すな! これより殲滅戦を開始する!」」


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