3章 第10話 青き世界の住人は産声を上げる
◇◇◇
赤也と共に学園区画の北西へ向かって移動する。
後方から大階段前の戦闘音が響いてくるが、俺たちには俺たちの役目がある。
俺は仲間の無事を祈りつつ自分の目的地へと先を急いだ。
先ほどの東雲の言葉を思い出した俺はカラータグのマップ機能を呼び出す。そして目的地を正確に確認――その示された座標に溜息をついた。
「透……この場所は――」
同じく目的地の座標を共有した赤也が、表情を曇らせる。
1年前の事件を経験した者同士、考えることは同じようだった。
「ああ、間違いない」
それから指定された座標に向けて進んでいくと俺たちの視線の先にソレは現れた。
禁止区域と書かれた巨大な壁が姿を見せる。
どうやら世界は、俺たちに運命を突きつけたくて仕方がないらしい。
1年前には存在しなかった壁、学園区画の光と闇を切り分ける境界線、その先の禁止区域――そこで起きたことが今の俺たちを形作っていることは間違いなかった。
俺はあの日の出来事を忘れることは絶対にないと断言できる。
この壁の周囲では多くの、一言では語れない多くのことが起きた。破壊の爪痕は綺麗に修復できても、命ある存在に残された爪痕は消し去ることができないものだ。
「なぁに問題ないさ。俺たちは1年前とは違う。そうだろ、赤也」
「そうだな、俺たちは強くなった。あの時のような惨めな思いをしないために!」
俺はあの日のことを忘れない。
しかし今を生きる俺たちが不必要に気に病んでも過去は変わらない。
それに俺が研鑽を重ねてきたのは、今日この日のためだ。
1年前の想いを心に刻み、毎日鍛錬に打ち込んできた。
――その成果を出す時がきたのだ。
だから俺は鍛錬に裏打ちされた自信を持って今日という運命に相対する。
「それに今回、この場所に新入生はいないわけだしな、安心だぜ!」
「確かに、それはありがたい情報だ」
赤也のあからさまな自虐に笑みが溢れる。
1年前の事件で死者が出たことを鬼庭学園が神経質に捉えているのは明らかで、今年の新入生が地下体育館という守りやすい場所へと1カ所に集められているのは学園側が方針を転換したということだろう。もしくは大和側から学園に対してのアプローチが変わったということも考えられるが、いまはそれを考える時ではない。
だから俺はいま考えるべき、伝えなければならないことに集中する。
「赤也、お前は俺の選択に憤るかもしれない。でもこの1年で決めたことがある」
同じ時を過ごした親友へ――覚悟を、導き出した答えを伝えておきたかった。
「そっか。俺は透が決めたことなら思うままにやればいいと思うぜ。それが俺にとって許せないことなら何度も話して、それでもだめなら殴り合ってから話そうぜ」
唐突な話題にもかかわらず、赤也は俺に本気で返してくれる。
赤也がいてくれることでどれだけ救われたかわからない。
これが唯一無二の親友ってやつだ。
「ふっ……ありがとよ――」
俺が頭の中に描いた、導き出した答えを現実の言葉にしようとした。
その時、
――ふと、冷たい風が頬を撫でた。
息が白くならない程度の変化ではある。
しかし、この天候が完全にコントロールされた大和コロニーで起こるはずがない。
急な温度変化に不安を覚えた俺は空を見上げた。
そこに広がる光景。
それは。
「透、なんか急に気温が下がってきているぞ。これってまさか」
「ああ、目的地の座標はもうすぐだが……気温の低下と、この世界の色は――」
気温はさらに低下し、世界は青く染まっていく。
CEDスーツの防寒機能おかげで寒さを感じることはないが、この世界の色、その変容を忘れるわけがない。
――この空、この重圧。
それにこの、青は。
世界が俺に答えを示すように青き世界の住人が産声を上げる。
「ギャギュギャギャァァァ!」
「いやああああああああ!」
そして世界の異変、その正体に気づくと同時――響く咆哮と悲鳴の二重奏。
学園の方針転換を考えれば、今この場所に生徒はいないはずだ。
「クソっ一般人か!? 避難警報が出てんのによおッ」
「それが誰であれ助けることに変わりはない。赤也急ぐぞ!」
「ああっ! 絶対に助けてやるぜ!」
俺たちは駆けるスピードを上げ、ホルダーにセットされたキューブ状のCEDを取り出す。
それに己のカラーを流し込んでいく。
CEDは使用者のカラーを増幅して全身へ注ぐ機能を持っている。
この仕様はCEMが支配するカラーの空間――カラーエリアの中でも、己のカラーを抑制されないための対抗手段として機能する。
俺が1年前に感じた重圧を先輩たちが受けなかったのはCEDを装備していたからというのは後に知ったことだ。もちろんカラーエリアを発生させた存在の強さによって重圧は変化するし、それに対する抵抗力もカラード自身の強さにもよる。
だが前提としてCEDを装備しているのかの有無は大きい。特に一瞬の攻防が生死を分ける戦場において、その差に命を救われたカラードは多いことだろう。
「カラーコアオーバードライブ」
《イエロー・カラー・リリース》
俺はCEDウェポンを取り出してカラーを込め、大事な人から受け継いだ色――そのカラーを展開した。
《CEDウェポン・リリース》
手のひらサイズの立方体はカラーを流し込まれ己の武器へとその姿を変えていく。
そして――カラーに応じた色を帯びるのだ。
「見えた! あそこだ!」
学園の通常区域と禁止区域を隔てる巨大な壁の一部が、バターを掬ったように綺麗に切り取られていた。
そして、それを行なったと思われる怪物はすぐに見つかる。
現れた怪物は1体――俺たちがそれを視認すると同時、カラータグに内蔵された機能が怪物を分析して宙空のディスプレイに表示、それを機械音声が読み上げる。
《CEM反応1、種別カラーインセクト蟷螂型、カラー識別青》
色は違うが1年前と同じ蟷螂型、あいつの鋭利な鎌が壁を切り取ったのか。
そしてその怪物の眼前には、地面に倒れ込んで怯える生徒の姿があった。
「時間がない。赤也ッ! いつものやるぞっ」
咆哮と悲鳴の発生源を同時に特定した俺たちは、さらにその速度を上げる。
接近するこちらの存在に怪物は気づいていない。
眼前の女生徒に夢中なのかは知らないが、どうやらすぐにその鎌を振り下ろす気はないらしい。
怪物に気づかれていないこのタイミングを逃す手はない。
「おう! 先手必勝だ! いくぜっカラーコアオーバードライブ!」
赤也は立方体の状態から変形したCEDウェポン――メリケンサックを両手に装着、同時にそれを己のカラーに染め上げる。
《CEDウェポン・リリース》《レッド・カラー・チャージ》
カラーを帯びるメリケンサックから赤い紋様が浮かび上がり、紅蓮の炎を纏う。
「色を纏いて敵を討つ、拳振り抜き矛を弾く、炎穿ちて盾を砕く、炎と拳合わされば、我が赤色、勝利をもたらさん。喰らいやがれ! レッド・インパクトォォォォ!」
《レッド・カラー・ブレイク》
謳う祝詞は赤き炎の口上――灼熱の拳が怪物に炸裂する。
背後から攻撃を受けた怪物は大きく真横に吹き飛んで壁に激突していた。
赤也は怪物の生死よりも一般人の安否を優先して、そこから追撃を行うことはない。
俺は赤也の攻撃と壁に激突した衝撃でよろけるCEMを一瞥し、武器を構えた。
立方体から変形した先輩の槍、形見のCEDウェポンに先輩が遺したカラーを込めていく。
《イエロー・カラー・チャージ》
槍がカラーを取り込みインポート音を鳴らしたことを確認した俺は、槍の穂先にカラーを集中する。
槍の輪郭を描くように黄色が発色して穂先へと収束していく。
収束する黄色は穂先に集められ、膨れ上がって弾けようとする。それを上手くコントロールしながらさらに1点に凝縮して――撃ち出す!
「オーダー・ボルテックス――アウト!」
黄色をを凝縮した雷が世界に光の線を引いた。
怪物は光の速度で到来する雷撃を回避する術を持たない。
ゆえに雷撃は怪物に命中する。
完全に命を断ち切られた怪物はその場に倒れ込んで、溶滅した。




