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3章 第6話 緑川の嘆息

 在校生をまとめる緑川龍志は校舎裏門で繰り広げられる戦闘に嘆息していた。



 校舎裏門は大階段前ほどCEMの数が多くないとはいえ、経験を一定以上積んでいない在校生にとってそこはまさに正念場であった。



 在校生の上位戦力が地下に配置されたこと、上位クラスが大階段前に回されたこと、それらの要素からこの場所――校舎裏門は一種の地獄になることも予想していた。



 しかし今、緑川の眼前に広がるのは――CEMの死骸で築かれた山だった。



 いや、死骸という表現は正しくない。


 なぜならやつらはまだ死んでいない。


 正確には風前の灯といった状態だ。



 CEMは生命活動を停止すると溶滅して世界に溶けて消えるため、CEMが死骸の山になることはない。



 つまり目の前の怪物たちは死んでいないというのに、こちらを攻撃することができない行動不能の状態に陥っている。



 「まったく……あいつの戦い方は一匹狼のソレだ」



 俺はそんな呆れた言葉を発しながら怪物の山を注視する。



 怪物たちは個体ごとに負傷の程度が違うものの、そこには明らかな共通点があった。



 それは腕を飛ばされ、脚を飛ばされ、眼を抉られ、臓腑を溶かされ、確実に行動不能状態に陥る程度の負傷が与えられているという点だった。



 そしてその負傷は傷口から広がり続け、怪物が死を迎えるまで侵食を止めることはない。目の前の怪物はすでに行動不能であり、ただただ苦しみ死を待つだけの肉塊と化していた。



 「うおっ」



 怪物の山で苦しむ個体が体の一部を飛ばし、それは橙樹の足元に突き刺さる。CEMの思わぬ行動に橙樹は驚き、その場から飛び引いていた。



 「落ち着け、それはただの残骸だ。相手を攻撃する余裕はない。今はとにかく集中しろ。すぐに私たちの番がやってくるぞ」



 怪物の一挙手一投足に反応してしまう橙樹の行動は、この集団の心理状態を表しているように思えた。



 なるべく攻撃的にならないよう努めて橙樹に言葉をかける。



 戦場は人間を攻撃的にさせる。



 人は戦場に呑まれないようにしなければならない。



 ――1年前の私のようにならないために。



 「すんません緑川さん……でもみんなびびっちまってますよ。いいんですか、あいつに任せたままで」



 この味方をも震えさせる慈悲なき所業はたった1人の生徒によって行われた。



 「構わん。やらせておけ。ただすぐに動ける状態だけは維持しておけよ」



 「はいっ!」



 橙樹の活力に満ちた返事を横目に、緑川は正面でたった一人怪物と戦い続ける同級生の姿を見つめる。その生徒は怪物たちを死へとひたすらに誘っていた。



 この戦い方は当人に嗜虐的な趣味があるわけではなく、あくまで効率を重視した結果だと推測できるが、あまりに効率化された死というものは人を畏怖させるのだと緑川は実感していた。




 ――事態は30分ほど前に遡る。




 CEMの襲撃が大和の監視システムによって検知され、中堅及び下位クラスの在校生に校舎裏門の防衛が通達された。実戦経験の乏しい在校生たちは己の中に巣食う恐怖を押し殺そうと、必死に自分を鼓舞しながら校舎裏門に集結していた。



 彼らは戦闘用のCEDスーツをその身に纏い、各々のCEDウェポンを装備しても拭えない恐怖に実戦というものの空気を――その重さを感じていた。



 同じ在校生が集まって数が揃い、CEDスーツという鎧を着込み、CEDウェポンという武器を手にしても、その心を守ることができていない現状。



 そのように多くの在校生が不安と恐怖に駆られるなかで緑川は冷静に状況を分析していた。



 その冷静さを支えているのは1年前の経験だった。



 1人上位クラスから派遣されて中堅下位クラスの指揮を任された緑川はこのような事態が起きることを予測していた。



 一度あることは二度、三度とあるのが世の常であるし、ましてやその原因を追求すればするほどに黒幕の正体が突き止められない不気味な感覚は、1年前の戦いの後から既に緑川へと悪夢の再来を予感させていた。



 1年前とリンクするように起こったCEMの出現。



 原因不明でありながら1年前と同日に起こるという不気味な合致。



 その不可解な状況こそが事態を予測していた緑川を冷静にさせている。



 同時に緑川は不安と恐怖に喘ぐ同じ在校生たちの気持ちが大いに理解できた。



 現実を侵食する悪夢は容赦なく命を奪う暴力で、そこに自分達の弱さを慮ってくれる優しさは欠片も存在していない。



 緑川は彼らの心情と悪夢の残酷さを理解し、それをすでに経験しているからこそ、自分がやるべきことを考え、実行する。



 そして皆の前に歩み出てから――告げるのだ。



 「きけ! 校舎裏門に集いし者たちよ! お前たちが直面している恐怖はまごうことなき現実だ、怪物に恐怖するお前たちの心は正しい! だが恐怖を実感すると同時に今一度の周りにあるものを見てほしい! 自分を見ろ――己が学んできたことは裏切らない。今までの学びの全てが自分の力になる。横を見ろ――頼もしい仲間がいる、自分の足りないところは仲間が補ってくれる、そして自分も仲間の足りないところを補うんだ。後ろを見ろ――私たちの学び舎がある、あの校舎が私たちの日常だ。日常を守るんだ。前を見ろ――やつらがきたぞ、私たちの力をやつらに見せつけてやれ!」



 緑川が校舎裏門に集まった在校生たちに発破をかける。いまや在校生のリーダー的存在となった緑川の声が、彼の強き決意を皆に伝播させていく。



 「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」」



 ある生徒は日常を、ある生徒は友を、ある生徒は恋人を守るために奮い立ち、武器を強く握りしめる――その胸に決意を秘めて。



 その時、1つの影が迫り来るCEMの集団に吶喊した。



 「我、光を掴む者なり。光は全ての闇を浄滅する――さすれば我が剣の前に闇はなし、我の前に立つものよ塵となれ、我の前に立つものよ芥となれ、常闇の敗北を世界に捧げよう。浄滅の光纏いて全てを切り開け、剣舞開闢――ガンマレイ・イエロー・サクリファイス」



 淡々と紡がれる祝詞は殲滅の意思表明。



 1人駆ける姿に煌めくは2本の刃、光を纏う刃の切っ先が迫りくる怪物に向けられる。



 滅光の剣姫――黄更一花。



 「あいつ……指示を待たずに勝手なことを……」



 彼女の配置場所は地下施設だったと記憶しているが、あの戦闘狂は戦いが待ちきれずに飛び出したのだと容易に想像ができてしまい、緑川はやれやれと嘆息した。



 しかし頭を抱えるのも一瞬のこと。



 剣姫の戦闘スタイルを知る緑川は瞬時に作戦を練り直す。



 「緑川さん! 黄更が1人で突っ込みました!」


 「わかっている。正面の生徒を下げて両翼に回せ、巻き込まれるぞ」


 「――りょ、了解!」



 緑川は剣姫の戦闘規模を考慮して的確に作戦の変更指示を飛ばす。



 味方の攻撃に巻き込まれて被害を出したとなれば、在校生の指揮する者として失格だろうと考えていた。



 自分の立てた戦略にはなかった展開ではあるが、黄更の戦闘力は高い。



 ならば最大限有効活用してやるまで。



 これより始まるのは剣姫の名で呼ばれる在校生最強の女――黄更一花の独壇場なのだから。






 1人飛び出した影をCEMの集団が捕捉する。



 集団の中央にいた怪物たちは狙いを影に定めて行動する。



 影がCEMの集団に接近、ようやくその怪物の姿が克明になった。



 それは巨大な蜘蛛だった。その体は前体と後体から構成されて、一対の鋏角、一対の触肢、四対の歩脚、硬質化した背甲、頭部には8つの目が二列に並んでいた。



 蜘蛛型CEMは見た目の大きさからは想像できない俊敏性と、前脚、あごによる攻撃、糸による捕縛、さらに複数個体の連携という捕食者としての強さを持っている。



 これら複数の個体を1人で相手にするのは卒業生レベルのカラードでも要求されるレベルが高く、それは在校生最強の名を持ってしても例外ではないと思われていた。




 そして――怪物と剣姫が交錯した。



 ――ここに強さの証明が実行される。




 蜘蛛型CEMの集団は接近する影に対して、まずは集団の中央――その先頭にいた3体が動きを変えた。3体のうちの1体が飛びかかり、また1体が糸を飛ばし、さらにもう1体が前脚を突き立てる。



 影は両手に携えた刃の片方を盾にし、飛んできた糸を纏う光で蒸発させる。さらにその返しの刃で迫りくる個体の前脚を切断、飛びかかってきた個体はすでに、もう片方の刃が串刺しにしていた。



 そして後方から距離を維持しつつ糸を繰り出そうとした個体へ、剣に串刺しにされてもがく個体を投げつける。



 2体の蜘蛛型CEMがぶつかった瞬間、剣姫から与えられた傷が光の持つ熱量によって発火し、それは様子を見ていた他の個体へと伝染するように飛び火していく。



 影が吶喊した怪物集団の中央部――その一帯は燃え盛る炎に包まれた怪物たちによって煌々と照らされていた。



 それから影は前脚を失った個体を炎の中に押し込むようにして蹴り飛ばすと、横薙ぎの一閃を炎に向けて放つ。



 炎の中のシルエットは炎もろとも横薙ぎに両断されて、溶滅した。



 ものの一瞬で十数体の怪物を葬る影は圧倒的な暴力で自分の舞台に君臨する。



 燃える炎が影の正体を照らす。



 ――黄更一花、彼女の舞台に慈悲は存在しない。

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