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3章 第5話 濡羽の疑問

◇◇◇

 外の喧騒もいざ知らず、新入生は広大な地下体育館に集められていた。



 普通科と特別科を合わせた総勢3000名ほどが、この広い空間に集合させられ待機を命じられている。



 地下体育館は本来、学園集会や複数の競技を同時に行えるだけの広さが確保されている施設のため、中心に3000名ほどの人間が集まってもスペースには余裕があった。カラーを使用した戦闘訓練も行われるため壁の強度は高く、立て篭もるには適した場所だと言える。



 先刻――各々のカリキュラムをこなしていた生徒たちは、学園からの通知を一斉に受け取った。その内容は、学園付近にCEMの反応が確認されたため新入生は普通科特別科を問わず地下体育館にて待機しろというものだった。



 多くの生徒はCEMの脅威について無知なため、自身のカラータグに送られてきた学園からの通知に顔を見合わせたことだろう。その心情は、緊張感もなくぞろぞろと地下体育館に足を向けている生徒を見れば一目瞭然だった。



 新入生にして生徒会に入った私――衝宮濡羽は一斉送信の通知とは別に学園から個別メッセージを受け取っていた。



 それは『特別科新入生、衝宮濡羽へ。生徒会所属の生徒はすみやかに地下体育館へ移動すること。生徒の誘導と整列、生徒数の確認を完了させ、報告せよ』という内容だった。



 「情けないですね。衝宮の次代を担うこの私が遅れをとるなんて」



 学園から個別メッセージを受け取った者だけが行うはずの生徒の誘導――しかし私が地下へ降りたときにはすでに、多くの生徒たちへと必死に声をかけ続ける生徒の姿があった。



 その生徒のことを名簿で調べてみれば私と同じ新入生で――名前は御園透架。



 学園名簿のプロフィールに書かれている彼女は、特に生徒会や委員会、部活動などの組織に所属しているわけではなかった。



 つまり組織的な繋がりから生徒の誘導を知って行動しているわけではなく、あくまで自主的に行動していることになる。



 それは賞賛されるべき行為ではあるが、私はなぜか彼女に興味を持っていた。



 きっかけがその行為にあるとしても、惹かれる理由は別にあるような気がする。



 詮索することに引け目を感じながらも、私は彼女の生徒プロフィールを読み込んでいく。



 学園の在校生に1つ上の兄がいるらしい。だがその兄の情報を閲覧しようとすれば閲覧制限で確認できないと表示される。



 学園の新年度が始まってまだ2日目とはいえ、私は生徒会に入った自覚を持つために優秀な生徒、素行不良の生徒などを名簿で把握していた。家のコネで生徒会に入ったも同然なのだからこれくらいは当たり前のことだろう。私の実力が生徒会に相応しいことを周知することは簡単だ。しかしゆくゆくは生徒会長の座を狙うためには努力を怠るべきではないはずだ。



 歴代最強と謳われる現生徒会長を超えるためには。



 私は先のことを考えていた思考をとめ、目の前の生徒のことに集中する。



 確かに生徒名簿を記憶した中で御園さんの名前に覚えはあるのだが、これといって特筆すべき点はなかったはずだ。



 鬼庭学園の生徒の数は多い。



 学園の制度上、1番数が多いのが在校生になるわけで、新入生の全員を覚える程度でボロを出していてはいけない。



 自分の確認漏れという可能性を疑うも完璧な私に限ってそれはないと否定する。



 この兄妹は一体何者なのか。



 目の前の生徒に抱く理解しがたい興味に似た感情。



 閲覧制限のかけられた兄の存在。



 この二つに答えを出すためにも、ここで接触しておくのは悪いことではないはずだ。



 生徒会に所属おらず、学園からの個別メッセージを受け取っていない彼女がいち早く行動している点には疑問を覚えるものの、これに関してはどうとでも理由付けができるので問いただすことに意味はない。




 私は今もなお声をかけ続ける御園さんに近づいていく。



 全体的に細く引き締まったライン、長い黒髪、白いセーラー服、黒いリボン、そこには無駄のない美しさがあった。



 色素を持たない透明の瞳が私を惹きつける。



 「あっ衝宮さん!」



 多くの生徒が移動する中で御園さんはこちらに気付き、私よりも先に声をかけてきた。



 「あら……あなたは?」



 私は先に声をかけられたことに内心驚きつつも、それをおくびにも出さず冷静に答えた。



 考えていた相手本人から急に声をかけられたことは、私の心臓の鼓動を早める。



 彼女と私は初対面のはずだ。あくまで一方的にこちらが知っているだけのはず。



 しかし昨日、私は入学式で新入生代表として皆の前で挨拶をしている。顔と名前を知られているのは当然といえば当然か。



 「私は特別科新入生、御園透架です。えっと……勝手に動いてすいません」



 「いえいえ、この非常時において自主的に行動できるあなたの積極性はとても尊敬できます。同じく特別科新入生、衝宮濡羽です。御園さん、今後ともよろしくお願いしますね。誘導手伝いますよ」




 こうして2人の関係は始まった。


 今後この2人が新入生をまとめ導く存在になることを彼女たちは知る由もない。




 地下体育館に入ってくる生徒が途切れ、地下体育館の扉の前には先生方が立っていた。



 生徒が抜け出さないように監視するためだろう。



 誘導を終えた私は生徒名簿と地下体育館に存在するカラータグを照らし合わせていた。大和市民の体に埋め込まれたカラータグは生活に必要な機能に始まり学園の生徒手帳をも兼ね備えている。よってこの信号をまとめて整理すれば誰がいて誰がいないのかを調べることができるのだ。



 御園さんには引き続き生徒たちの整列をお願いしている。



 私は地下体育館に集まった新入生のデータを集計して名簿と比較――その結果が出た。



 眼前に投影された空中ディスプレイに表示された結果は。



 「生徒が1人足りない……?」



 名簿との比較結果には生徒一人の存在が欠けていた。



 要するに名簿上に存在しているが、この地下体育館にはいない、ということだ。



 ディスプレイに表示された名前は新開水凪。女性、特別科、クラスは――どうやら御園さんと同じらしい。



 いや、待て。



 ――私はこの生徒を知らない。



 この名前にはまるで見覚えがないのだ。



 御園さんのようにプロフィール上で特筆すべき情報が皆無なために見落としていた……? 




 確かに彼女のプロフィールには空欄が目立ち、必要最低限の情報しか記載がない。



 だとしても。



 それでも私ならば名前か顔写真を見て思い出すはずだ。




 ――私はこの新開水凪という生徒を名簿で見た覚えがなかった。




 「御園さん。新開さんが見当たらないのだけれど、ご存じないかしら?」



 今は考えるよりも確認が先だと判断した私は、尋ね人のクラスメイトである御園さんに確認をとる――が。



 「えっ……水凪いないんですか!? 朝は一緒でしたけど……水凪、一体どこ、に……」



 私の確認の言葉に御園さんは、今まで生徒たちを誘導していた精緻な彼女とは全く別人のごとく、明らかな動揺を表情から滲ませていた。



 彼女が新開さんのことを心から心配していることが初対面の私にもありありと伝わってくる。新開さんを下の名前で呼んでいることからも、彼女たちの関係がただのクラスメイトの枠に収まらないものだということは間違いなさそうだった。



 「これは困りましたね。我々はここから動くことができませんし」



 地下体育館にきていない生徒がいる。



 地下体育館の扉の前には先生がいて、私たちは外に出ることができない。



 ではどうするのか。



 話題は自然とそちらに移る。



 現状私たちが打てる手は先生方か上級生に報告するかの二択だろう。



 どちらも確実な手段とは言えないものの、自分たちが動けない以上は仕方がないというものだ。



 「水凪連絡もつかないし送ったメッセージにも既読つかない……。そんな……私はなにも、できないの……」



 彼女は新開さんを探しに行きたい気持ちと学園の指示に従わなければならないという気持ちの狭間で葛藤している。



 これが日常のワンシーンであれば、そこまで心配することもないと相手にメッセージの一本を送るだけで済ませるだろう。



 だが今は非常時だ。



 1年前には死者と行方不明者も出ている。友人の安否を確認できない現状は心を削られる状況に違いない。



 まぁずっと家の中で育てられた私には友人という友人がいないし、これは一般論から想像できる感情の動きでしかないのだが。



 ゆえに私の心は動かない。



 同じ新入生の安否が確認できない程度で揺らぐことはない。



 しかし今の私は新開さんの安否を確認してあげたいと考えている。



 その理由はわからなかったが、私の思考はそのために稼働していた。



 仮にこの場所から抜け出して友人を探しに行こうとしても、誘導が終わってしまった今となっては地下体育館の出入り口には先生が立っているわけで普通に出入りすることは難しい。



 ――いや、やりようはある、か。



 「すいませんです。お話中だと思いますですが、ちょっといいです?」


 彼女に貸しを作っておくのも悪くないと思案していた時、少女が声をかけてきた。



 その少女は中学生か、最悪小学生に見間違われても仕方のない体躯で、我が衝宮家お抱えのメイドに匹敵するレベルでメイド服を着こなし、その身に纏っていた。



 三つ編みに編まれた金髪に翡翠の冷たい眼差しが私を見つめている。そんな日本人離れした特徴は彼女と周囲とを隔てる空間を形成していた。



 「特別科新入生、小金崎灯です。よろしくです。水凪は私が探しますです」



 小金崎灯――その顔と名前には覚えがあった。



 名簿上の記載によれば彼女は新入生の中でも数少ない――戦力として機能するレベルの評価が与えられている生徒だった。



 その評価とはカラー能力の評価に加えて身体能力や学力、メンタル部分までを総合してどの程度の戦闘能力を有しているかをランク付けで定めたものである。



 「気持ちは嬉しいけど、でも……地下体育館の出入り口には先生が立っているし、外に出られたとしても先生や上級生に見つかるのも後々よくないでしょ……。最悪CEMとの遭遇もあるかもしれない……危険だよ」



 「全て問題ないです。それに――――私も水凪を見つけたい」



 彼女はそんなことはなんでもないというかのように自信と意思を私たちに示す。



 『金色の旋風』。



 私はその気高き意思に彼女のプロフィールにあった二つ名を思い出した。



 そして再び名簿に目を落とし、彼女の詳細な情報を確認していく。



 『特別科新入生――小金崎灯。パーソナルカラーゴールド。自身のカラーを消費することで高速の移動が可能。双剣による連撃をCED補助によって加速させる戦法を用いる。新入生の中ではトップクラスの移動能力と攻撃性能を誇る。ただし――』



 このデータを見れば彼女の性能が在校生の中に入れても遜色ないレベルだと理解できる。



 学園側がこの緊急事態に置いて彼女を前線に投入しないのは、1年前に発生した生徒の失踪事件の影響と、彼女のプロフィールのマイナス面を考慮した結果だろうことも読み取れた。



 学園の体面的な事情はさておき、私から見てこの小金崎という生徒は新開さんの捜索には適任だと思われる人材だった。



 ならば私は――



 「小金崎さん。あなたに新開さんの捜索をお願いします」



 「了解です――小金崎灯、任務開始ですっ!」



 《ゴールド・カラー――バースト》



 「え――ちょっと、ま」



 短い言葉の後、彼女がCEDに手をかけたと思ったときにはすでにその姿は周囲から掻き消えていた。残されたのは一陣の風と静止の言葉をかけようとした御園さんだけだった。



 すでにその言葉をかけるべき相手は存在しない。



 「小金崎さんを行かせてよかったんですか?」



 続きの言葉を呑み込んだ御園さんが私に確認する。



 「彼女の性能なら問題ないでしょう。もしも何かあった場合には私が責任をとります。私たちはここで自身のすべきことを為し、彼女からの連絡を待ちましょう」



 小金崎灯の性能を確認する絶好の機会を逃す手はない。



 また、新開水凪という生徒についても情報が欲しいところだ。



 そして――御園透架に関わっていたいと私の心が告げている。



 不思議な感覚だ。



 彼女のためなら全力を出してもいいと考える自分がいる。



 まぁいい。



 仮に最悪の事態が起こったとしても私が対処すればいいだけのこと。



 私にはできる。CEMを倒すこと、人を探すこと、先生や上級生を説得すること、どれも自分にはできないとは思えない。



 小金崎さんが与えられた任務を達成できなければ、それでいい。



 学園が下した彼女のマイナス評価に納得するだけの話で、新開さんの安否確認は私が行えばいいのだから。



 全ての事態に対処してみせよう。



 ――衝宮濡羽の全力をもって。


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