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3章 第4話 そして戦いは始まった

 けたたましいサイレンが学園中に鳴り響いていた。



 それは音が耳にこびりつくほどに、そこら中でひっきりなしに鳴っている。



 発生した緊急事態、ここで俺がやるべきことは、為すべきことはなんだ。



 『思考しろ――頭を、体を動かせ』



 いつかの自分が呪いのように呟く。



 今やれることはやった。ならば次は情報を集める必要がある。



 世界は自分の頭の中では完結しない。世界は自分の手の上にはないのだ。



 だから情報の収集こそが重要になる。1年前の俺に情報収集をしてから動けというのは無理があるとはいえ、少しでも情報を集めて状況を俯瞰し、その上で動けていれば違った結果もありえたかもしれない。



 全ては結果論だし、先に言った通り1年前の俺には情報収集は難しい。



 でもいまはそれが可能な状況――状態なのだ。



 だから俺はそれをフルに活用して動く。



 定められた悲劇を回避するために。




 学園内を回っていた俺は遅れを取り戻すため短距離転移装置で階層を移動し、自分の教室へ飛び込んだ。



 「うっ、みんな、状況はどうなって――」



 階層を移動して飛び込んだ扉の先、教室の中はすでに血の臭いで満たされ、床には数人の生徒が寝かされていた。足元には役目を終えた包帯と損傷したCEDが転がっており、その様子は記録に見た野戦病院を想起させた。



 事態はすでに進行していて、世界は悪夢を望んでいる。



 だが俺はそれを繰り返させない。



 そのために行動する。



 「遅いぞ、透。何をやっていたんだ」



 声をかけてきたのは赤也だ。その真剣な声音から事の重大さが伝わってくる。



 「遅れてすまん! 現在の状況を教えてくれると助かる」



 「ったく――今な」



 「それは私が説明するわ。片桐くんが説明するより早いでしょ」



 赤也の言葉を切るようにして東雲が説明役を買って出る。



 赤也はへいへい好きにしてくれと負傷した生徒に駆け寄り、こなれた動きで手当を再開していた。



 すまん赤也と内心で謝って、俺は東雲の話に集中する。



 「大階段前と校舎裏門付近にCEMが出現、ランク2カラーインセクトが数種、確認されたのは蜘蛛型、蜂型、蟷螂型ね。現在、大階段前で卒業生と在校生の一部が対応中よ」



 学園内に通じる大きな入り口は大階段と校舎裏門の2つに限られる。つまりこの2つが落とされない限りは大型のCEMが校内に入ってくることはない。



 小さな入り口は他にも数箇所存在するが、そこは問題ないだろう。



 「やはりというか、配置されている卒業生の数は少ないな……」



 宙空に投影された学園一帯の地図には敵を表す赤マークと、生徒を表す青マークが表示されていた。青マークにはそれぞれ複数の形があり、卒業生が円形、在校生が四角形で表示されている。また赤マークはそれぞれの生物の形状を模倣した形をしていた。



 そしてその地図上では、明らかに円形の青マークの表示が少なかった。



 「今日はコロニー外遠征の日だから……コロニー外遠征に参加している卒業生を急いで呼び戻しているらしいけど、現状すぐに戦力として数えることはできないでしょうね。それと大和の区画警備軍とは連絡がとれないみたい。他の学園も同じく攻撃されているようだし、いよいよ戦力は自分たちだけって感じね」




 頼みの綱の鬼庭学長もコロニー外遠征に参加してるからね、と委員長は肩をすくめて話す。



 「要するにいま学園内で戦えるのは補欠扱いの卒業生と経験の浅い在校生だけで、頼みの綱の鬼庭学長、区画警備軍や他学園の連中の増援は見込めない。そういうこったろ。全く、そんなんで大階段前の防衛は大丈夫なのか?」



 「ちょっと片桐くん、言い方」



 俺が地図を見ながら状況を分析していると赤也が懸念を口にした。赤也の言い方は身も蓋もない言い方ではあるが、間違っていないし事実だ。



 俺たちは無い物ねだりをする前に、現実を直視しなければならない。



 それにこの教室の様相が自分たちの戦力不足を物語っているのは一目瞭然だ。



 本来であれば保健室に運ばれるべき負傷者が教室に留め置かれているのは、大階段前の戦いで苦戦を強いられ、保健室の病床が圧迫されるほどの負傷者が出ているのが現実だからだろう。



 「卒業生の数と動きはわかった。在校生の主力は校舎裏門側か?」



 現在教室に滞在している俺たちとクラスメイトの数、寝かされている負傷者の数を合わせても、このクラス全員の人数には満たない。



 まさか俺のように学園内を駆け回っているやつはいないだろうし、クラスの残りは大階段前に出撃しているか保健室送りの状態かのどちらかだと見るべきだろう。



 「はぁ……概ね正解かしらね。学園は在校生主力の上位数人を地下施設に配置、私たちのような上位クラスは大階段前、その他残り全てを校舎裏門に展開中よ。まぁ指揮は緑川くんだし問題ないと思う」



 俺の質問に対して東雲はため息混じりに答えた。



 それは配置に対して思うところがあるということだろう。



 確かに学園の地下部分には円形の青マークが数名分表示されていた。



 おそらくそこに黄更がいるだろうと俺はあいつの実力から考えていた。



 あいつは狭いところよりも広いところで戦わせた方が強い、あいつが前線に出てくれればとも考えるが、学園の指示ならば仕方ない。



 「たかが数人とはいえ在校生の最強戦力だぞ、それをそもそも侵入が難しい地下施設に配置するのは過剰なんじゃないか?」



 「御園くんが言いたいことはわかるし私も同意見だけど、学園は万が一を考えているみたいね……」



 カラードを養成する学園の多くは、養成機関としての機能と同時にカラーの研究期間としての機能を有していることが多い。



 鬼庭学園においてはその研究機関の施設の多くを地下に配置しているというわけだ。



 地下にはその他多くの施設があり、その施設の重要度は高いものが多い。



 そしてその際たるものがカラー関連施設であり、万が一にもカラー関連設備を破壊されてしまえば、その影響はカラー研究の停滞に留まらず、カラードの武器調整やカラーの増幅など、サポートができなくなる。



 それはカラード養成校とカラー研究機関として側面を持つ鬼庭学園が、半分の機能を失うことに等しい。



 命と学園の天秤か、確かに理解はできる。



 この大和コロニー学園区画において1番のマンモス校たる鬼庭学園が半分の機能を停止することは、大和コロニーにとって大きな損失になるはずだ。



 以前は新入生を戦場に送り出していたわけだし、改善されたほうなのだろう。



 ただ改善とはいえ一気に全てが変わって円満解決というわけにいかないのが現実なのだが。



 「ただ今年は新入生を地下体育館に集めているから、在校生数名にはそこを守らせる役目もあるみたいね。地下体育館には先生方も常駐して生徒の保護にあたるって通達がきてたわ。学園は一年前のことで考えを変えたのかしら」



 確かに新入生を守るのであれば妥当な配置といえなくもない。そこに先生も加わるとなれば新入生の安全は保証されることだろう。



 俺は新入生の枠組みに透架のことを思い出すが、あいつの心配は無用だろうな。



 むしろ心配なのは新開のほうだろう。何事もなく地下体育館で過ごしているといいのだが。



 俺は新入生が地下体育館で守られているという情報を頭に入れて、いま考えるべき自分達の動きに思考をシフトする。



 「それで俺たちのクラスの方針は大階段前の戦闘を継続することでいいのか? 負傷したやつらを見る限り俺たちは裏方のサポートに徹するのが良さそうに思えるが」



 「そうね。私たちのクラスの方針は大階段前での戦闘から変更されたわ。新たな指示は大階段前に向かうCEMの増援を足止めすること、ようは遅滞戦闘ね。大階段前の戦闘は基本的に卒業生が対応してくれるから、私たちの役目はそのサポートが主になってくる。だから2人には大階段前に接近する敵の減滅をお願いするわ」



 「――ってことは別に、倒してしまってもいいんだろ?」



 負傷したクラスメイトから話を訊いていた赤也がこちらを見ずに反応する。



 こちらからその表情を確認することはできないが、その背中は自信たっぷりだと雄弁に語っていた。



 「あのねぇ片桐くん、私たちの方針は減滅と遅滞戦闘だからね? 無理して怪我しないでよ。怪我しても保健室のベッドは空いてないんだから……まぁ御園くんのためになら強引にでも空けてもらって……」



 最後らへんの言葉は聞かなかったことにしよう。うん。



 「怪我の心配はいらないさ。赤也は頑丈だから心配ないだろ、なぁ?」



 「おい透……馬鹿は固い理論はやめろ!」



 「馬鹿なんて言ってねーよ」



 俺たちはいつものノリで平静をアピールしておく。



 今から出撃する人間が不安そうにしていたら周りの人間まで不安にさせてしまう。



 俺たちはそれを望まない。



 俺たちは世界から悲しみを減らすために行動するのだから。



 「ふふっ、2人は相変わらずね。あっ、言い忘れてたけど、味方の位置とCEMの位置はオンライン上で共有されていてカラータグで確認できるから! 外に出たらマップを頼りに動いてね!」



 「了解ッ! ちょっくらブチかましてくるからよ。サポートは任せぞ、委員長!」



 赤也は東雲に親指を立てて応える。それから負傷した生徒に向けて、仇はとってくるからなと快活な声を響かせていた。



 全く、あいつらしいな。



 赤也の大切にしているお守り代わりのアクセサリーがジャラジャラと揺れているのを見て、俺も気持ちを整える。



 赤也には負けていられないな。



 「気をつけて――って、私の名前は委員長じゃなーい!」


 「「装着!!!」」



 《《CEDスーツ・スタートアップ》》



 俺たちは東雲の声を背に受けながら戦闘用CEDの一種であるCEDスーツを起動した。



 CEDスーツ起動から1秒とかからずに今着ている着衣が分解され、黒いラバースーツへと変換――人体を保護するように全身へと装着される。



 「このスーツってすげぇ技術だよな。俺がぶら下げていたアクセサリーも分解されるしよぉ」



 「もしかしたらアクセサリーの分だけ硬さが上昇したりしてな。まぁ世の中の天才様に感謝だ」



 CEDスーツは戦闘用というだけあって伸縮性や対衝撃性、防刃性に優れている。

 


 スーツのスイッチをオフにすれば元の着衣に一瞬で戻れるのもありがたい機能だ。戦うために装備を整えるのは当たり前のことだが、有事の際は着替える時間も惜しい。



 俺たちが戦闘に集中できるのはこのような技術の補助あってのことだという事実を忘れてはならないだろう。



 俺は技術者への感謝を胸に、自分の最高のパフォーマンスを維持して戦いに赴く。



 それが俺たちにできる、彼らへの恩返しだ。



 「でもこの装着する一瞬の時間、俺たちは全裸なんだよな」



 「……それは言わない約束だ」



 俺たちは戦場に赴く前の最後の軽口を交わした。



 これから先、どのような状況に陥るのかわからない。



 叩ける軽口は叩けるうちに言っておくべきだろう。



 俺たちが向かう先は――悲しみが際限なく生まれる戦場なのだから。



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