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3章 第2話 俺と先生と、彼女

 「はぁ……現実ってやつはほんと容赦ないな……」



 着席早々、俺は席にうずくまった。



 自身の両腕に顔を埋めて、暗闇の中で思考する。



 先輩がそこにいるわけがない。



 ありえないことはわかっている。


 1年前に先輩は消えたんだ、いるはずがない。



 目の前に座っている彼女は先輩とは別人だ。



 それを頭では理解しているのに、心に封じた淡い思いが視線を誘導する。



 その姿が見たいと顔を上げてしまう。



 俺は今日という日のために1年間を過ごしてきたにもかかわらず、その当日になって先輩に似た背中を未練がましく眺めている。



 その甘さにはやれやれと言うしかない。



 俺が自分に呆れているうちにプシュっという音が聞こえて、教室の扉が開いた。



 気怠い声が教室に響く。



 「少ぉしだけ遅れましたかね〜。はいっ。ではみなさん、授業を始めますよぉ」



 カラー基礎の担当は去年と変わらずダヴィンチ先生のようだ。



 ダヴィンチ先生がいて、俺がいて、先輩に似た生徒が集まった教室。



 ――俺に1年前を前を想起させる授業が始まった。



 「……くん……さん――」



 先生は授業を開始する前に受講する生徒の顔と名前を確認していた。



 カラータグにインストールされた生徒手帳が入室を管理することになっているので、本来点呼の必要はない。



 これは生徒の顔をいち早く覚えたいという先生の嗜好の元に行われている。



 「新開水凪さん」


 「はい」



 先生の点呼に斜め前の席の生徒が反応する。



 先輩が座っていた席に座る、先輩似の生徒。



 その声もどことなく先輩に似ている気がした。



 先輩の席に座る彼女の名前は新開水凪、違う名前だ。



 強いて言えば漢字が一文字同じくらいだが、その程度の一致は日本人ならば日常的に起こるものだ。



 同姓同名の他人だってそこそこの数はいるはずの世界では珍しさの欠片もない。



 だが今日この日、先輩に似た生徒が、このカラー基礎の授業で同じ席に座るなんていう――そんな奇跡みたいな偶然の一致があるのかと俺は神を恨んだ。



 「御園くん……みーそーのーくーん――聞いてます?」



 先生が俺の名前を呼んでいる。物思いに耽っている場合ではない。



 「はい、すいません」



 先生は俺の名前を呼んだ後、視線をチラリと斜め前に動かした。



 どうやら神が作った偶然に反応したのは俺だけではないらしい。



 考えてみれば、この教室の中で先輩を知る人物は俺以外だと先生くらいか。



 この教室のほとんどは新入生だし、俺と同じく今年在校生なった奴らに先輩との繋がりがあるとは思えない。



 先生は君も気づいたかい、とでも言いたげに笑っている。



 絶賛そのことで頭がいっぱいですよ。



 「えっほん」



 それから何事もなく点呼が終わり先生は区切るようにして特徴的な咳払いをした。



 「では授業を始めるけど――まずは自己紹介かな。僕がカラー基礎の授業を担当するダ・ヴィンチです。オーストラリアでカラーの研究をしていたんだけど……訳あってこの大和で教師をやることになりました。一応カラーの研究員も兼任しています。むしろ本職はこっちだから普段は職員室じゃなくて、地下にある研究室にいると思う。カラーに関しては聞きたくなったら地下の研究所まで! よろしく〜」



 先生のゆるさは1年前と全く変わっておらず、そのテンションは早くも生徒たちの関心を集めていた。



 フレンドリーな先生というのは生徒に好かれやすいのだろう。



 「はいはい静かに〜。ではまずカラーって何だ、というところからだね。今日は初回なので簡単な説明に留めますよぉ」



 俺は1年前の初回しかこのカラー基礎の授業を受けていないが、大図書館に置かれているカラー関連資料を閲覧して基礎的な内容は全て頭に入れている。



 「おほん。カラーとは魂から出力されたエネルギー、あるいは魂そのものと言えますね。人によって多種多様千人十色のカラーがあることから、魂の色、本質の物質化……などなど様々な見方がされており、研究者の中でも意見は割れているのが現状です」



 自主的な勉強と同時にダヴィンチ先生にも質問をさせてもらったし、俺にとってこの授業は復習的な立ち位置になるだろう。



 もちろん学生の在り方として授業を欠席したのはよくないことだが、独学で勉強したほうが効率のいい場合もある。今日この日のために1年間を過ごさねばならない俺にとっては、周りの歩幅に合わせて成長するのでは遅かった。



 「まぁ世界中に認知されて100年程度しか経過していませんから、まだまだ新しい発見によって今までの常識がひっくり返ることもありますね〜」



 先生は『まぁ常識がひっくり返されることなんて往々にして起こり得ることですけどね〜』と付け足す。


 

 「そしてカラーコア。これは自身のカラーを圧縮することで作り出すことができます。そして人間が生み出すカラーの核となるカラーコアをソウルコアと言います。カラーコアは持ち主のカラー量に応じて複数生み出すことができますが、ソウルコアは1人に1つが原則、複数生み出すことはできません」



 1年前――先輩はカラーコアをビンに入れ、己の武器である槍に取り付けて戦っていた。あの時は先輩や石土さんがどのように戦っていたのかわからなかったが、今の俺になら理解できる。



 「これは人体で例えるならばソウルコアが心臓、カラーコアが血液にあたりますか。心臓は代替できず、血液は多少失っても大丈夫だけど失いすぎると危ない……そんな感じですねぇ」



 先生の例えを借りて俺たちカラードの力を説明するなら、心臓から出てきた血を力に変えて戦うといったところか。



 そして俺はカラードの力を理解したことで、石土さんが自身のソウルコアを使用せず先輩のソウルコアを使用したことも理屈としては理解していた。



 自身のソウルコアを取り出して戦うというのは、己の心臓を体の外に出して戦うということで、どう考えても普通の人間にできる芸当ではないからだ。



 ダヴィンチ先生は『心臓と血液は人工的に作れるじゃないか〜とか屁理屈いうのはやめてくださいね〜。これは例えです〜。カラーを人工的に1から作るのは難しいんですぅ』と陽気に注釈を加える。



 現在の科学技術――カラー研究の進歩によって人間が生成したカラーを増幅、または希釈して増やすことは可能になった。それでも人工的に1から生み出すというのは難しいようだった。



 それを語った先生は長くなりましたがと前置きしてから言葉を続ける。



 「小難しいことを話していると感じた人もいるでしょう。この授業は座学だけですので知ることを念頭に話を聞いてください。頭で考えても仕方がないと思う人もいるでしょうけど、まずは知ることが大切です。ここまでの内容で質問はありますか?」



 先生は確認するように端から端へと生徒を見回す。




 「いないようでしたら次に――」


 「先生」



 静かな教室で発言した生徒に注目が集まる。


 


 手を挙げたのは、俺の斜め前に座る――新開水凪だった。




 彼女は先生がどうぞと発言を許可したのを確認してから口を開いた。



 その口から放たれる、言葉は。




 「ソウルコアを失うと人は死にますか?」




 それは日常の中で行われる授業の中には似つかわしくない言葉だった。



 死という単語に教室がざわつく。



 先生は糸目の瞳を少し開くと、首をゆっくりと左に傾けてから勢いよく右に傾けた。首はごきりと音を鳴らし、その口が開かれる。



 「新入生にしてはユニークな質問だね。いいでしょう。まずは先に補足しておくけど、ソウルコアを失ってもすぐに人は死なない」



 先生の言葉に教室が落ち着いたような気がした。



 生徒たちは発言の中にある人は死なないという部分だけを都合よく解釈したのだろう。



 だが先生は『すぐに』という言葉を使った。



 人は自分の見たいものしか見ない。



 自分が見たくないものには目を瞑る。



 「昨今の世界では死亡と判定される基準として医学的に判断できる肉体的な死と、カラー学的に判断できるカラー関連死の2つがある。そしてこれが質問に対する答え――ソウルコアを破壊されると人は死ぬ、これが現代カラー学の回答。新開さんはこれで満足かな?」



 「先生、ありがとうございます」



 この話には死者のソウルコアの話も絡んでくるとややこしくなるので先生は深掘りして話さなかったのだろう。



 目の前の2人のやり取りを見た俺は、かつて内緒だよと言ってダヴィンチ先生が話してくれたソウルコアの秘密を思い出していた。





 2人のやり取りに教室は静まり返っていた。



 それは1年前の事件があったからだ。ほとんどの人間は噂程度にしかその内容を知らない。しかし噂程度だからこそ恐れてしまうこともある。



 あの日、実際に真の絶望を体験したものなど一握りだけだ。



 だがそれらの人間が話す実体験が人から人へと伝わる際に湾曲し、誇張されて恐ろしい話となって、何も知らない人がそれを受け取りイメージを膨らませる。



 そしてそれを肯定するように1年前の事件で死者が出たことは大和が公式に発表している。それがイメージに真実味を与えて、張子の虎のような恐怖が出来上がってしまうのだ。



 そんな噂が入学して間もない新入生にまで広まっていることには驚くが、それこそが噂というものの性質なのかもしれない。



 その質問をした当人は先生からの答えを得てどのような感慨に至ったのか、新開の瞳は窓の外に向けられ、その表情は落胆と――虚無に満ちていた。



 先生は暗く沈んだその場を仕切り直すように、えっほんと再び特徴的な咳払いをする。



 隠すことでもないからみんなには言っておくけど。そんな前置きをして先生は話し始める。



 「確かに1年前の事件――学園区画で怪物に襲われて行方不明になった人が、亡くなった人がいる。でもね、学園の教師たちは万が一を起こさないように最善を尽くしている。この学園で、この授業で得たものがあなたたちを守るんですよ。そのことを忘れず毎日の授業に励んでください。学ぶことの意味を考えることも勉強の一つの意義でしょう。まぁわたしは研究者なんですけどねっ、てへっ。さっ、授業、授業〜」



 暗い空気の中での重く真面目な話題から一転、おどけた締めでどっと教室に笑いが起こった。



 その笑いの後、暗い雰囲気は露と消えていた。



 ダヴィンチ先生はいつもへらへらと掴みどころのない人だが、こういったシビアな話題では真剣に生徒に向き合ってくれる。



 こういうところだけを見ると、とてもいい先生だなと思う。いや普段から悪い先生だと思っているわけではないのだが。



 「次に『C・E・D』カラー・エフェクト・デバイスについて――CEMとの戦闘を有利に進めるため開発されたデバイスの総称であり――CEDウェポン、CEDスーツを筆頭に様々な技術の応用が――これは全てのカラーコアに対応した画期的な技術であり――カラードのカラーエリアへの適応力を――」




 そして……何事もなかったかのように授業は進み、時間は刻々と過ぎていった。

 





 「御園……先輩……」




 「御園先輩っ……!」




 誰かが俺を呼ぶ。




 その声は記憶の中の先輩と重なる。




 俺は夢でも見ているのだろうか。


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