3章 第1話 そして、この日に出会う
あの日の記憶を噛み締めるように思い出しながら、大階段を登る。
「今日でちょうど1年……か」
先輩を失った戦いから1年が経過した。
戦いの後――傷を癒した俺は学園の転科試験を受けて合格、特別科へと転科した。
それからの俺は多くに挑んで失敗、沢山のことを学び、友と切磋琢磨して、一歩ずつ経験を積み重ねてきた。
全ては来たる日――今日のために。
「おっと」
ちょうど大階段を登りきったところで女生徒が俺の脇を駆け抜けていった。
彼女は急ブレーキをかけたように若干前のめりになって、その勢いを停止させる。
俺が避けなかったら完全にぶつかっていた――いや、これは。
「チッ」
俺にもしっかり聞こえるほどの大きな舌打ちが響く。
その響きには俺に対する嫌味が込められていた。
彼女のその態度は1年前から変わらない。
むしろ安心感すら覚える。
「黒木……今のはおまえ、故意だな?」
「あんたの注意力を試してあげただけよ。文句ある?」
「文句大アリだ。いまさら開き直ってもだめだからな黒木、確信犯はお縄についてもらう。センセー」
「――って子供か! だいたいあんたむかつくのよ。1年前はあんな、なよっちい奴だったくせにさ」
眼前の彼女――黒木由依との邂逅は1年前の今日、奇しくもこの大階段である。
俺は快活としていて勇ましい彼女の姿をはっきりと記憶しているが、まさか彼女もぶつかっただけの相手のことをよく覚えているものだと、それを知ったときは驚いたものだ。
「なよなよしていたことは認めるが、突っかかってくる理由にはならない」
「あたしがいつ突っかかったって!?」
俺は無言でカラータグを立ち上げると、ミラー機能を呼び出して黒木の顔を映す。
「ほら、綺麗に映っている」
「はぁ!? 現在進行形じゃないわよ! あぁもうむっっっかつく! あんたなんかすぐに追い抜いてやるんだから、覚悟しときなさい! じゃあね!!!」
それから毎日のように突っかかってくる黒木の相手をするのは、もはや俺の日課となっていた。
「おう、勝負はいつでも受ける」
走り去っていく黒木の背中を見送りながら、思う。
俺みたいな人間が誰かの目標になって追いかけてもらえるなんて、こんなに嬉しいことはない。
自分が積み上げてきたものを誰かの役に立てることができるようにと、願わくば――誰かの世界を守れるように努力を続けていきたい。心からそう思う。
「御園くんおはよう」
目の前で紫が揺れた。走り去った黒と入れ替わるように俺の視線を奪うのは、美しき紫であり、既知の人物だった。
「おはよう東雲」
古来頂点に君臨した紫は荘厳さを兼ね備えて見るものの心を奪い、下々の視線を釘付けにしたという。
こと現代においてその紫の持ち主――彼女の名前は東雲紫。腰まで伸びる美しい紫の髪と縁の大きなメガネが特徴的な生徒だ。彼女が管理することに長けていることから、新入生の頃から付き合いのある者は敬意を込めて委員長と呼んでいる。
まぁその中にも委員長と呼ばないやつがいるらしい。さて誰だろうな?
「御園くん、朝から疲れた顔をしているけど、夫婦漫才でもしてた?」
「前者はよく言われる。後者は勘違いだ」
表情を隠すことが下手な俺は苦笑いするしかない。
俺と黒木のやり取りはクラスの恒例行事のようなものなので、クラスメイトは茶化して夫婦漫才と表現する。
だがそれは完全な勘違いだと断っておきたい。
編入したクラスが黒木と同じだったことは素直に嬉しいことだったが、それとこれとはまた別の話である。
「本当に勘違いだといいんだけどね。あ、いけない。御園くん1限はカラー基礎だよね? ここからだと遠いしポーター先に使う?」
まだ今年度の学校が始まって2日目。授業に至っては今日が初日だというのに俺の受けている授業を把握しているあたり、彼女の管理スキルはもはや貫禄というか信頼感の塊という域に達してしまっている。
「ああ。確かに今日の1限はカラー基礎だが、俺は大丈夫だ。先に行ってくれ」
迷いなく答えた俺に対して、東雲の顔がしまった……という表情を浮かべていた。
彼女は俺の事情を少なからず知っている人物の1人だ。
余計な気を回させてしまったか。
「あの、ごめん……」
基礎の授業を落とすやつはよほどの不良か、もしくは最初から行く気のないやつだけだ。
「気にしないでくれ東雲。俺はポーターを使うのが嫌いなだけさ。知っているだろ?」
俺は相手に気を遣わせないように、話題を別の真実で覆い隠す。
仲間に嘘はつきたくないからな。
「うん……わ、私、御園くんのことを応援してるからね!」
東雲は矢継ぎ早に告げると階層移動用の短距離移動装置に飛び乗り姿を消した。
「相変わらず、心配りのできるいい人だ。クラスの管理者は伊達じゃないな……」
東雲とは新入生時のクラスが違ったものの話す機会は多かったと思う。
俺たちは選択した授業が被っていたわけではない。
それでも大図書館には足繁く通っていた俺と東雲には本が好きという趣味の共通項があって、お互いの合理的な考え方に噛み合うところがあった。
本好きの友達が増えるのは嬉しい。草壁さんも喜んでいた。
そしてそんな彼女と今年からクラスが一緒になった。
話す機会が増えるのはいいことだな。
これからもっとお互いのことを知っていければいいと思う。
「おっと、まずいな……間に合うか?」
東雲のことを考えるのも程々に、俺もそろそろ自分の教室に向かわなければ遅刻してしまう。
「いや、違うな――間に合わせる」
俺は時間と距離、自分が出せるスピードを計算――8階の教室を目指して階段を駆け上がっていった。
ポーターを使えば一瞬なのだが、俺はあの装置を使った後の感覚が合わない。
できれば緊急時以外は使いたくない。
そう、できるならば。
「失礼しますよっと」
俺は息を乱すことなく8階に到達すると、目的の教室の扉にカラータグをかざす。
データベースに登録された生徒のIDを認証した扉はプシっという解錠音を立てて開いていく。
開いた扉の先――教室の中を見渡してみれば、1つの席を除いて全ての席が埋まっている。
そして遅れてきた俺には洗礼の如く全員の視線が集まっていた。
俺が入室した時間はちょうど、始業時間になったところだった。
入室はしているのでギリギリセーフのラインだとは思うが、基礎の授業だけあって新入生が大半を占めている――ギリギリに到着するのは不真面目だと捉えられてもおかしくない。
一年前の俺も遅刻なんてもってのほかだと考えていたしな。
「はは――申し訳ない。ちょっと通りますよぉっ」
俺は空いている席が簡単に見つかるのはいいことだとポジティブに捉えて、周りの視線を躱すように席に向かう。
1年前の今日は盛大に遅刻した。
あの時に浴びた視線はきつかったことをよく覚えている。
そうそう、去年はこの辺りに座って……。
「はぁ……これはまた。……運命ってやつは悪戯好きなもんだ」
なんの因果かはわからない。
――空いていたのは1年前と同じ席だった。
俺は周りに配慮して遠慮がちに椅子を引き、体を机と椅子の間に滑り込ませる。
自分の位置に少しだけ懐かしさを覚えながら授業用のスクリーンを立ち上げた。
スクリーン越しに見える景色――俺の視線は自然と斜め前の席に向かう。
そこは先輩が1年前に座っていた席だから、視線が向かうのは仕方のないこと。
あの日から欠席し続けていた唯一の授業――カラー基礎。どうしても先輩のことを思い出しすぎてしまうから、遠ざけていた必履修の授業だ。
やはりこの席に座れば探してしまうのだ。
先輩の、その後ろ姿を。
「先輩……」
そこには誰かが座っている――当たり前だ。
その後ろ姿を俺が忘れるわけがない。
「先輩……?」
そこに座っていたのは――1年前に消えたはずの先輩だった。




