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2章 第10話 ぼっち脱却作戦は失敗し、急報は知らされた

 僕はカラータグに表示された地図を頼りに自分のホームルーム教室へとたどり着き、壁側の1番後ろの席に腰を下ろす。



 そこは悲しいかな孤独な人間が好むことで有名な席だった。



 この席に座ったことに言い訳をさせてもらえるなら、教室に着いた時間が遅かったことで空いている席自体が少なかったし、他の生徒のことを覚えるためにも全体を見渡せる席がいいかなと思っただけで、特に深い意味はない――と言っておきたい。



 僕はクラスメイトのみんながどのような人たちなのか、どのように過ごしているのかと思い、教室の全体を見渡してみる。



 そこではすでに、いくつかのグループが形成されているようだった。



 僕は初日に大階段で倒れて保健室で寝ていた。



 だから今この場で、話しかけやすそうな人を見つけて情報の共有を行いたいと強く願った。



 注意深く周りを見てみれば、グループに参加していない人も散見される。



 しかしその人たちは大抵、自分に触れられたくないというオーラを出していた。



 それは人によって様々で、爆睡してたり、髪をセットしていたり、本を読んでいたり、筋トレをしていたり……僕にはとても話しかけれそうになかった。



 確かに話しかけることができそうな人もいるにはいるのだが、僕は自分が読書をするときは本の世界に浸っていたいし、それを僕の勝手な都合で壊すのは憚られた。



 そして僕はモヤモヤしたもどかしい気持ちを抱きつつ、誰と話すでもない時間を過ごすのだった。



 そんな時間を過ごすこと数分。



 ついに僕は話しかけることができそうな相手を見つける。



 しかしいざ勇気を振り絞って口を開いても、僕の口はパクパクするだけで思い描いた言葉は声として世界に伝わらない。



 ――僕は極度に緊張していた。



 その話しかけることができそうだと思った相手が女子だったからというのもあるだろう。



 僕は続く言葉を口にできないまま硬直し、石像と化している。



 そしてその躊躇によって僕は、彼女へと話しかけるのに絶好の機会を失った。



 彼女は他の女子に『委員長、ちょっと聞きたいことが』、と言われて席を立ってしまい、近づくことすらできなくなる。



 僕という人間にとって、すでに形成されたグループに一人で切り込み、話しかけるという行為のハードルはとても高かった。



 「終わった……もう終わりだ」



 僕が話しかけようとした女子は、知的で真面目そうな青色の髪と瞳をしていた。



 その色はとても鮮やかで、それを引き立たせるようにハーフアップにまとめられた髪に使われる蝶の髪留めが印象的だった。



 僕は彼女に話しかけられなかったことを後悔しつつ、気を取り直して一度深呼吸する。



 家族の魔法を使う時のようにリラックスして、次の動きを意識する。



 作戦の見直しを余儀なくされた僕は、まずは落ち着いて周囲に関心を向けようと聞き耳を立ててみることにした。




 目を閉じて精神を集中し、聴覚に意識を傾ける。




 「なにかあったらしいよ」「怪物が出たって」「大丈夫だよ。大和は安全に決まってる」「在校生がCEMについて話してた。先生もバタバタしているしマジっぽい」「てかCEMってなに?」「常識だろ。ほらなんか、世界中で暴れ回ってるとかいう」




 怪物というワードは奇しくも、カラー基礎の授業内容――ダヴィンチ先生の話と一致していた。




 CEM……まさか、ね。




 世界中で暴れている人間に敵対的な生物――CEM。



 九州にもその存在は確認されているが、それはかつての九州戦役という大きな戦いによって終結したという。多くの日本人の血が流れたと言われる戦いが終わってからというもの、九州にCEMが出たという話を聞いたことがない。



 確かに一般人が知り得る情報なんてたかがしれているだろうけど、それでも絶対の安全を謳う大和コロニーの中にCEM現れるとは、大和に疑念を抱く僕でさえ、にわかには信じられなかった。



 本当にCEMが現れたとしたら、それは最悪の事態を意味している。



 それは――



 「はい、静かにしろー」



 教室の扉が開く音とともに低い声が響いて、室内の喧騒が鳴りを潜める。全ての思考は中断されて、その焦点は教室に入ってきた人物へと切り替わった。



 扉を開けて入ってきたのはくたびれたスーツ姿の男性で、気だるそうな雰囲気で少しの疲労を顔に覗かせるその人は、僕らのクラスを受け持つ担任の坂村先生だ。



 昨日の僕は大階段で倒れて保健室で寝ていたということもあり、他のクラスメイトに会うことはなかった。



 だが初日の説明のために先生とは最低限のやりとりをしたのだった。



 坂村先生は昨日と同じく気だるげな雰囲気を醸し出しているが、彼と一対一で話した僕の感想としては、こちらが質問したことには真摯に答えてくれたこともあって、疑り深い僕からしても好印象だった。



 それは裏を返せば、こちらが動かなければ相手も動いてくれないということになるのだけど、これは初対面での話だ。



 それだけの材料でこれから先もお世話になる人を判断するのは時期尚早というものだろう。



 とにかく僕は誰も知らない教室の中に既知の人物が現れたことで、ホッと胸を撫で下ろした。先生とは初日に言葉を交わしただけだが、僕のことをはっきり僕個人として認識してくれる存在の登場は僕の心を安心させていた。



 「青峰、全員いるな」


 「はい」



 自分で確認することなく委員長と呼ばれていた少女に点呼の確認を取った先生は、偶然あるいは必然かのように、僕が頭の中で思い描いていた最悪の事態を告げる。



 「さっそくで悪いが、おまえたちに伝えておくことがある。先ほど大和管理センターから通達があった。大和内学園区画にCEMが出現した、とのことだ。これにより学園は非常事態に対応するために行動する」



 先生の言葉に教室がざわついた。



 先ほど先生の登場によって鎮められた喧騒は、別の喧騒となって再び教室を埋め尽くす。



 CEM。



 皆一様にその言葉の意味を理解しようとする。



 その言葉自体はさほどニュースに興味がなくても、この時代で生活していれば耳にすることが確実にあるはずだ。



 CEM。



 人を殺す怪物の総称。



 しかしその怪物が暴れ回っているのは遠い国の出来事で、自分の生活には関係のない話だと、今のいままで思っていたんだ。



 かつて九州で血を流した戦いがあったことも、今を生きる僕には過去の出来事でしかない。



 僕らはそれを、現実に起きた出来事として、自分が直面する問題として認識しなくてはならない。



 「カラー……エフェクト……モンスター……」



 誰かがぽつりと言った。



 その言葉は全員の疑問を答えに変えた。



 頭の中で気づいていても、否定したかった答えが他者の言葉で確定される。



 ああ、そう考えていたのは自分だけではなかったのだと。



 信じたくなかった。


 何かの冗談であればよかった。


 

 そんな期待は先生の言葉で打ち砕かれる。



  「すでに知識として知っている者もいるとは思うが、CEMはカラー・エフェクト・モンスターの略語であり、現在地球上で人間に敵対的なカラーを使う怪物の総称だ。いいか、よく聞いておけ――」



 先生は告げる。




 「その怪物が、この大和に、学園区画に、いま、存在している」




 先生は告げる。



 「これは大和管理センターからの情報であり、誤報ということはありえない。よってこのクラスを含めた普通科新入生の生徒全員には、CEMの処理が終わるまでの間、教室で待機の指示が学園から出ている。下手に動くよりも学園でまとまっていたほうが安全だ。おまえたちはここで大人しくしていれば、この事態は収束する」



 先生は希望を打ち砕く現実の内容と、それに対する僕らの動きを伝えた。




 僕たちは何をするでもなく、教室で待機していればいいのだ。


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