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8現実逃避、のち現実

 青い空がどこまでも続く、気持ちのいい秋晴れだ。

 ここしばらく、無理矢理仕事に没頭していたが、さすがにする事がなくなってきた。

 今日明日は、何の予定も入っていない。

 ジェシカは自室の窓から高い空を見上げ、目を細めた。夏の茹だるような暑さが嘘のような爽やかさだ。

 あれから1週間…。ジェシカは今更ながら、王子妃になる事の重大さに、頭を悩ませていた。

 王子の仕事の補佐ならば、今までついていたから問題ない。激務である事も承知している。

 しかし妃の仕事といえば、さっぱりだ。

 王子の姉姫や王妃がしていることと言えば、たまに臣下の奥方様とお茶会を開いたり、各地の視察の際に同行したり、宴に花を添えるくらいしか思いつかない。

 正直苦手な分野だ。


 キャロルに言わせればそれだけじゃなく、情報戦と統率能力か必要だそうだが、ますます自分につとまるとは思えなかった。


 あれから王子と二人きりになる機会もなく、父親には相談するわけにいかない。(相談した瞬間、決定事項だ)

 アンソニーといえば、例の件は誤解だった事と、求婚された旨を一通り説明したが


「へぇ」


と不機嫌そうに呟いたまま、可も不可もなく、それ以上は相談できる雰囲気ではなかった。

 結局、自分で決めなければいけない事だ。

 仮に断ったとしても、自分の中であの夜の事が無かった事にはできない。

 今までどおりというわけにはいかないかと思われた。

 どうするかも決めていないのに王子を受け入れたのは、軽率…だったかもしれない。

 自分がこれほど流されやすく、優柔不断だったとは…。

 自分は、ただただ、王子が好きだった。

 立場も含め、好きになったはずなのに。

 まさか王子が自分をそういう対象に見るわけが無いと、頭から思い込んでいた。

 嬉しくていいはずなのに、素直に喜べない自分が歯がゆく感じた。



 部屋に籠っていてもイライラするだけなので、久しぶりに外出する事にした。立派な現実逃避だが、まあいい。

 市場でものぞいて美味しい物でも食べよう。

 ジェシカは厩舎に向かいながら、今日の行き先をアレコレ考えた。

 そういえば、キャロルが菓子屋の新作の焼き菓子を絶賛していたっけ。

 お土産に買って行ってやろうかな…。

 あと、弓用の手袋の新しいヤツが欲しいから…。

 ブツブツ言いながら歩いていたその時…。


「どこいくの?」


 不意に声をかけられた。


「え…」


 振り向くと、そこにいたのは王子その人だった。


「お、王子っ」


 現実逃避をしようとした罰なのか…現実そのものがそこにいた。


「珍しいね、馬の準備してたろう?」


 王子はにこやかに話しかけてきた。その自然な様子にぐだぐだ考えている自分がまた情けなくなった。


「あの…たまには市場でものぞこうかと思いまして…」


 後ろめたさもあり、小声で答える。


「へぇ、いいね。僕も誘ってくれれば良かったのに。一緒に行ったらだめ?」


「えっ、王子も、ですか?じゃあ他にも声をかけないと護衛が…」


「大丈夫だよ。君は一人で行くつもりだったんだろ?二人で行こうよ。」


「そんな、危ない!ただでさえ王子は目立つんですから」


 慌てて答えたジェシカに王子は苦笑した。


「ジェシカ、せっかく二人で出かけようって誘っているのに…それはあんまりじゃないのかな」


「は…?」


 ジェシカは一瞬固まったあと、その意味を理解し、顔を赤らめた。

 すっかりお供の気分でいた。


「本当はこうやって、二人の時間を作って、自然にいい関係になれたらって思ってたんだよ?」


 王子はジェシカの手を取り、さっさと馬に向かい歩き出した。



 二人は、城から馬で1時間ほどの町まで来ると、郊外の厩に馬を預けて町の大通りにやってきた。

 今日は10日に一度の市がたつ日なので人通りも多い。たまに王子を振り返る人々がいる。やはり王子は目立つのだ。


「まず行きたい店があるんだけどいいかな?」


 視線など気にせずに、王子はジェシカに聞いた。


「いいですよ。どちらですか」


「うん。確か、この辺に…あ、あそこだ」


 見るとそこは衣装屋だった。


「もう少し楽な服に着替えてまわろう」


 確かに、いかにも貴族という服装は、二人とも町中で浮いていたかもしれない。

 王子が先には店に入ったので、ジェシカも慌てて続く。

 店の中はけっこう広かった。

 衣服以外に、装身具や雑貨も扱っているようだ。

 店の中央あたりには、サイズ別に多くの服が並んでいた。

 ジェシカが服を探そうと手をのばすと、王子が遮った。


「君はあっちだよ」


 王子が指差した先は女性服だ。


「えっ女性服ですか!?そんな…もう何年も着ていないのに…」


 ジェシカは抗議の声をあげた。

 王子はそれには取り合わず、女性店員を捕まえると


「彼女に合いそうな服をいくつか持ってきてくれないかな」


と頼んだ。

 女性店員は驚いたようにジェシカを見つめたが、女性だとわかったようで、すぐに何点か服を持ってきた。


「こちらは最近の新色でデザインもいいんですよ。どうぞご試着下さい」


「ああ、行っておいで、ジェシカ。小物も合わせてもらえる?」


「かしこまりました」


 ジェシカは、口を挟む間もなく、別室に連れていかれた。

 渡された服はどれも娘らしく、自分が着ると思うと目眩がする。

 ジェシカは、その中から比較的大人しい色合いの物をとり、しぶしぶ着替えた。

 服は城の持女たちが着ている裾の長いものではなく、足下がいやにスースーする。胸元も開きすぎではないか。これでは風邪を引きそうだ。

 鏡の中の自分が、違和感甚だしい。


「着替えられましたか?入りますよ」


 頃合いを見計らい、隣室に控えていた女性店員が声をかけ、入ってきた。


「あらまぁ、何で男装なんてしてらっしゃったんですか?もったいない!その無造作に束ねた髪もほどいて下さい!」


「いやあの僕、やっぱり男性服のほうがいいんだけど…」


 勢いに気圧されながらジェシカが言うと、とたんに却下された。


「駄目です!お連れ様からもうお支度込みのお代金、たくさんいただいているんですから!戻られるまでに支度を済ませていただくよう承っていますし」


「えっ!おう…、あの方、出かけちゃったの!?」


「ええ、お着替え済まされたら、ちょっと出てくるって。小一時間もしたら戻られるそうですよ」


「困るよ!一人で出歩かれたら危ないじゃないか!」


「そんな子供じゃあるまいし…それにこちらにいらっしゃるときは、いつもお一人ですし」


「一人で!?いったいいつ!?」


「確か、この前は夏至のお祭りの前日だったかしら…2~3ヶ月にいっぺん見えますよ」


 その日は、ジェシカが城を不在にしていた日だ。アンソニーに任せていたのに、一人で外に出したなんて!!


「さあさ、早くお支度を済ませてしまいましょう♪」


 ジェシカは最早抵抗する気力も失せ、されるがままに着飾られていた。



 髪に香油をつけ丁寧にとかれ、金細工の髪留めで一房留めると、残りの髪は背中に流した。

 衣装の着付けを間違っていたらしく、少し呆れられてしまった。


「あまり派手にしないでくれないかな…?」


 ジェシカは小さく訴えた。しかし…


「これでも控え目なほうです!」


と、取り合ってくれなかった。

 化粧はどうしても勘弁してくれといって、紅だけにしてもらった。


「さぁ出来ましたよ。どうです?」


 ジェシカは、姿見のほうをみた。

 髪を整えきちんと着付けすると、先ほどよりはしっくりきている。

 …自分と思わなければだが。


「ありがとう…自分じゃこんなにできないや」


「いつも、そうしていらしたらよろしいのに。とてもよく似合ってますよ」


「もう、5年も女物の服なんて着てなかったんだ。今更気恥ずかしくて無理だよ」


 ジェシカは、苦笑いしながら答えた。

 騎士団のデイヴィッドなど転げまわって笑いそうだ。


「まぁ、ご事情があるんでしょうがね、娘らしい事も、今しかできないんですよ?おばさんになってから後悔したくないでしょう?」


「うん…。」


 どうもビンとこないが、自分も年を取るのだし、今のままというわけには行かないのは、間違いない。

 何だか、また、現実が突き付けられた。



 少しして、グレンが戻ってきた。

 草色のシャツに、ベージュとブラウンのツートンのベストとパンツと、この辺ではありふれた格好だった。

 銀髪は無造作に後ろに束ね、帽子をかぶっている。だか、何を着ても目立つ容貌は隠せなかった。

 着こなしがやたら馴染んでるのは、どう考えても、一度や二度ではないからだろう。

 グレンはジェシカをじーっと見ていた。


「変…ですか?」


 グレンが何も言わないので、ジェシカはおそるおそる聞いた。


「いや、可愛くて。つい見とれてた」


 グレンは顔を赤らめながらジェシカに歩み寄った。


「はは、お世辞でも嬉しいです。でも違和感がすごくて」


 可愛いなんて…。聞きなれない言葉にジェシカは赤面した。

 そこへグレンはジェシカの頬と腰に手を回してきた。


「お世辞じゃないよ。似合ってる」


 流れるようにグレンに捕らえられ、ジェシカは狼狽えたが、グレンは軽く頬に口づけをした。


「な…!」


「さ、時間がもったいないから早く行こう」


 ジェシカは真っ赤になって抗議しようとした。

 だが、片目を瞑って見せてから、ジェシカの手を取り歩き出したグレンのペースに乗せられ、結局何も言うことができなかった。




 市場では、色々な品を取り扱っており、野菜や果物、海産物、肉等の食料品、剣や盾などの武器や防具、衣料や反物、装身具、雑貨や小物、怪しげな薬などが街の中央広場に集まっていた。

 城に来るキャラバンは、貴族向きの物を取り扱っているので、ここでは普段あまり目にしない物も多く物珍しい。


 小さな女の子が差し出した花を受け取ると、ちゃっかり料金を取られた。

 白い小花のブーケで、麻の紐で括られている。

 顔を寄せると、甘いリンゴのような香りがする。

 カモミールだ。

 お茶に入れてハーブティーにしたり、乾燥させて飾ってもいいよ、と、女の子に教えてもらった。

 グレンが女の子にお礼をいうと、照れくさそうに笑って走り去って行った。

 グレンは花を一つ抜き取るとジェシカの髪にさす。


「うん、かわいい」


 グレンはそう呟き、ニコニコ笑っていた。



「今まで、私の目を盗んて度々きてましたね?」


 市場でベーコンと野菜を挟んだパンと、果実水を飲みながら、王子の馴染み方、場馴れ具合に半ば呆れて問うた。


「はは。息抜きに年に2〜3回程度かな?僕は小さい頃はブレイグの辺境の村に住んでいたし、城下町にある市に行くのが、とても楽しみだったんだ。こんなににぎやかではなかったけどね」


 そう言ってまた遠い目をし、少し寂しそうに笑った。

 忘れられない思い出なのだろうか。

 ジェシカは何だかモヤモヤした。

 ひとりでお忍びして、そんな思い出に浸っていたのだろうか?

 どうせなら心の底から楽しめば良いのに。


「じゃあ次からは私かアンソニーをお連れください。やっぱりひとりでお忍びは困ります」


 ジェシカは口を尖らせて言った。


「そうだね。これからは君と来よう。楽しみだよ」


 グレンは嬉しそうに言った。アンソニーは無しなのか?と、ジェシカはズレたことを思う。

 ワーズウェントの王都周辺は、比較的治安も良い。

 だから町外れでも、ならず者に出くわす事も少なかった。

 ジェシカの生まれたオニクセル領は、その点、あまり行き届いてはいなかったが、剣術に長けた双子は、襲いかかられても余裕でかわし、一目置かれていた。討伐にでて、野戦の経験も何回かある。

 痛い目に遭ったものも多く、双子が町に繰り出すだけで、ならず者は息を潜めるようになった。


「もう内緒は無しですよ?アンソニーも甘いんだから」


「うん。約束するよ。また二人で来ようね」


 グレンはニコニコと上機嫌で返してきた。

 いや、お忍びの約束をしてどうするんだよと、ジェシカは自分にツッコミを入れるが、グレンがあまりに嬉しそうで、それ以上は続けず押し黙った。


「ところで今日の用事は何かあったの?」


 沈黙に困ったのか、グレンが話題を変えてきた。


「いえ、気晴らしに美味しいもの食べようと思って。それからキャロルが絶讃してた焼き菓子のお土産と、弓用の手袋を新調しようかと思っていたのですが」


 気晴らしの理由は、お妃問題で悶々と悩んでいたせいだが、流石に正直に言うのは気が引ける。 


「それじゃ、手袋見てから焼き菓子買いに行こうか」


「いえ、私の用事に付き合っていただくのは悪いですし…」


 焼き菓子屋に並ぶグレンを想像して、慌てて断る。


「僕が君について来たんだからいいんだよ。ほら行こう」


 グレンはジェシカの手を取り、目当ての出店を探した。

 手袋は、ちょうど良い物がすぐに見つかった。

 店主は最初、グレンの物かと思っていたようだが、ジェシカが試着をしているのを見て、驚いたようだ。


「お嬢さんが弓に使うの?大丈夫?危ないんじゃない!?」


 今まで、そんな事聞かれた事もなかったのに、どうやらこの格好で一般女性として扱われているようだ。

 ジェシカは馬術も弓矢も得意なのに。

 なので、試し打ちの的に5本皆的させ腕前を披露する。

 すると、周囲の人々の気を引いたようで、歓声が上がった。目立つつもりは無かったのだが。


「いやぁ、たいしたものだ。疑って悪かった。かわいいのにやるねぇ」


 店主は感心して、手袋の代金をだいぶオマケしてくれた。


「君はほんとに格好良いよね」


 店から出ると、グレンは、しみじみと呟いた。  


「いや、子供の時から嗜んでますから、あれくらいは…」


 アンソニーと鹿や猪を仕留めては、城の厨房に持ち込んで晩餐に出してもらっていた。

 動いてない的など、外すわけがない。

 辺境の侯爵家の跡取りなどとは名ばかりで、双子は相当のやんちゃぶりだった。

 小さい頃からそんなだったのと、侯爵婦人が早くに亡くなったせいもあり、ジェシカは女性としての嗜みはピンとこない。

 つくづく、王子妃には向いていない。

 ちなみに、アンソニーよりジェシカの方が、何故かファンの女性が多い。

 まあアンソニーはあの言葉使いだし、女性はみなお友達状態だったか。

 ああ、むしろアンソニーの方が妃に向いてるのか?

 ジェシカは、またぐるぐる考えていた。


「ほんとに男だったら良かったのになぁ」


 ジェシカはぼそっと呟いた。

 そうしたら、いつまでも補佐官として過ごせたろうか? 

 自分の能力は、どう考えても男性寄りだ。


「いやだから、それは僕が困るって。格好良いに、男も女も関係ないよ。僕はそんな君だから好きなのに」


「………っ!」


 臆面もなく好きだと言われ、ジェシカは狼狽えた。

 控えめな王子はどこへ消えたのか………。


「ありがとう、ございます………」


 ジェシカは真っ赤になり礼を言う、胸の奥がぎゅうっとする。


「さ、次は焼き菓子屋だね」

  

 グレンは、ジェシカの手を取り、歩き出した。

 繫いだ手に、ますます胸の鼓動が高鳴る………。

 すでにそれ以上の事をしているのに、今更だが、全く慣れない。


 手を繫いだまま焼き菓子屋に並び、お土産と、食べ歩き用のアップルパイを二つ注文する。

 天気が崩れそうだからと、店主がお土産用を油紙に包んでくれた。

 そういえば、出かける前は晴天だったのに、気がつけば、曇りがちになっている。

 熱々のアップルパイは、冷めたものとはまた違う風味で、とても美味しかった。

 

「早く帰らないと雨に降られそうですね」


「そうだね。残念だけどそろそろ帰ろうか」


 二人は衣装屋に引き返したが、雲行きはどんどん怪しくなり、店につく前に降り出した雨に、びしょぬれになってしまった




思いが通じてからの初デート。

グレンがグイグイ押しまくっています。

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