真実と連理
いよいよすべてが白日の元に…。
ワーズウェントから帰国した大公家一家は、長旅のあとすぐに自国の祝賀行事の準備に追われた。
明日は戦勝記念日で、戦後10年という節目、大公位を賜った事を国民に広める意味も兼ね、盛大な式典の準備が進められていた。
だが今日は、大公グレンにとっては、親友であったブレイグの王弟をその手で葬った日でもある。
忙しくはあったが、毎年必ずあの丘に向かっていたグレンは、子どもたちを連れ、丘に向かって出発していた。
ジェシカは式典で着る衣装の調整があり、城に残る予定だったが、思いのほか早く終わったので、思い直し遅れて出発する事にした。
時間がないので、久々に馬に跨る。ルーフェは健在だがもう高齢の為、若い鹿毛のカーリアに乗った。
いつもと違う高い景色。ああ、やっぱりいいな。乗馬は最高に気分が晴れる。ジェシカは上機嫌で丘に向かった。
丘に向かう道…。もう慣れた道行きだ。
すると、いつもはほとんど行き交いのない丘の方から、二人の人影が見えた。ロビン、アレンと同じ年頃の子が母親と連れ立って歩いているようだ。
近づくにつれ、ふと…知っている顔な気がして、ジェシカは馬のスピードを緩める。
母子連れは、ジェシカに譲るように道の横に避け、深々と頭を下げた。
どうやら自分が身分が高いものだと分かったようだ。
ただ、何だがひどい既視感がして二人を見つめる。
困ったように顔を上げたその人の顔は、やはり記憶の奥底にあるものだった。
まさか…、第二王妃……!?
ジェシカは愕然と彼女を見つめた。
密かに逃がした事は知っていた。
それを、グレンの愛妾だったからだと耳打ちする者もいたが、あの夫に限ってそれはあるまいと取り合ってもいなかった。
何より自分はあの日の真実を知っているのだから。
思わぬ邂逅にどうするべきか固まっていたが、ふと横の少年に目が行った。
彼女が連れていた少年の顔は…息子のロビンによく似ていた。
ジェシカは無言で馬を引き返し、丘に向かうのをやめ、城に戻り部屋に閉じこもった。
夕食になっても出でこない母親に、グレンと戻って来た子供たちはかわるがわる部屋に訪れたが、ジェシカには平静に応じられる自信がなく、そのまま寝台に突っ伏していた。
夜になり、部屋の鍵が空き、グレンが心配して声をかけてきた。寝台の上のジェシカの背中に優しく手を置く。
「どうしたんだい?具合が悪いの?みんな心配しているよ?」
ジェシカはムクリと無言で身を起こし、グレンをじっと見つめた。
その、ただ事ではない気迫にグレンは息をのんだ。
「本当の事を言ってください!私は、いったい誰の子を産んだんですか…?ロビンの父親は、まさか……私はあの時……!」
ジェシカは取り乱し、声を荒らげグレンに問い正した。
「ジェシカ、どうしたんだ!落ち着いて!」
グレンはジェシカを抱きしめ落ち着かせようとしたが、強い勢いで拒絶されてされてしまう。
「私は…ずっと不思議に思っていました。何故ロビンだけ、あなたに似たところが無いのか。でも、双子のアレンはあなたにそっくりだから……そんなはずないと…」
ジェシカは、今までの不安を吐き出す。
そうだ。夫に似たところが無い。
似ているのは。
「だけど今日、第二王妃にお会いしました。連れていらしたお子様はブレイグ王弟……ロブに似た面立ちで…ロビンによく似ていました!」
グレンの目が驚愕に見開かれた。
知っている………!やっぱり!!
「ジェシカ、違うんだ、僕の話を聞いて!」
グレンはジェシカの両腕を掴み訴えるが、彼女は聞く耳を持たない。
「おかしいと、思っていました。何でわざわざ敵地の王城で、私を抱いたのかと。あれは…私が凌辱されたのを隠すため…だったんですね」
「……違う…」
それは、グレンが生涯自分一人の胸に収め、背負うと決めていた真実だった……。
「何が違うんです!?あなたの血を継いてない可能性があるならなら、ロビンを後継にするのはやめて下さい!アレンもです。エルンに継がせて下さい。私は二人を連れオニクセル領に帰ります!」
ジェシカは激高し叫んだ。
流石にそれは容認できなかった。ジェシカの覚悟に、グレンは観念して重い口を開く。
事実を、告げるために。
「第二王妃の子は、王じゃなくロブの子だよ…。ジェシカ、王城で君を抱いたのは……ロブなんだ…。」
長い、永遠にも感じる長い時間が二人の間に流れる。
「……なぜ…彼が……あなたの親友ではないですか。本当に、どうして」
ジェシカがようやく絞り出した声は、酷く掠れていた。
ずっと心のなかで噛み合ってなかった歯車が、カチリとはまり回りだしたようだった。
「落ち着いて聞いて……。ロブは……君だと知らなかったんだ。ブレイグ王の策略に嵌められたんだよ」
グレンは慎重に言葉を選ぶようにゆっくりと語り出した。酷く辛そうに顔が歪んでいる。
「どういうことですか」
ああ、あの時の大きな優しい手は……。
グレンだと信じたかったあの幸せな時は………!
「ロブから君を引き渡されたとき、ちゃんと聞いてたんだ。第四王妃に偽装された君を、不能のブレイグ王に騙されて、抱いてしまったと。ロブは王妃たちを王の代わりに抱くのを強要されてたそうだ」
「王弟が王妃たちを?」
ジェシカは訝しげに聞き返す。
王が不能と言うのは、王妃たちの責任を逃す方便だと思っていた。実際、第2王妃は2度子どもを流産したとの話もあったから。では、その子達も…?
「君は、媚薬と暗示で相手は僕だと思い込まされて……。妊娠しやすくする薬も飲まされていたらしい。ワーズウェントをブレイグの血筋の子が継ぐように王が画策したんだ」
「そんな……………」
あの時の香の香りとお茶…。
王の私室で思い起こされた場違いな思い。
「その事を明かされたロブは堕胎薬を飲ませようとしたけど、王が全て処分していて、できなかったそうだ」
深い溜息をつき、グレンは絞り出すように続けた。
「その後、ロブは王を殺したらしい。もっと早く決断していたらと言っていた……。自分の首で収めてくれと……」
「……………」
もう。ぐぢゃぐちゃだった。
全部、嘘であって欲しかった。
「すぐに君を抱けば、ロブの子じゃなく、僕の子を身籠れるかも知れないからと言われ、狂ったように君を抱いた。他の男に、しかもロブに抱かれた事なんて、僕は君に、絶対に知られたくなかったんだ………」
ジェシカに隠していた事を全て告げ、グレンは目を瞑った。
「ああ…、王子が王弟を殺したのは、私のせい…だったんですね……。王弟が王を殺したのも…。私が捕まらなければ…そもそも同行しなければ…」
ジェシカはポツリポツリと呟く。
「違う、君のせいじゃない!そうじゃない!ロブはブレイグの未来の為に命を差し出したんだ!王は遅かれ早かれ死は免れなかった」
それは、ジェシカのためだけじゃなく、ロブの名誉のためでもあった。強く強調する。
「それに、あの乱戦で、君の働きがなければ、僕は命を落としてただろう…。自分を責めるのはやめてくれ……」
ジェシカが捕らえられたのは、ジェシカを庇って怪我をしたグレンに我を失い、敵陣に切り込んだからだ。
「怖かった…。ずっと怖かった。君は本当の事を知ったらきっと僕から離れてしまう。僕は何もかも失って、一人ぼっちになってしまう…。ブレイグ王のように」
グレンの目からぼろぼろと涙が溢れる。
小さな子どものように声を震わせ嗚咽していた。
ジェシカの瞳が僅かに揺れる。
「それこそもっと早く、僕が決断して出陣すべきだったんだ…。そうじゃなくても、早くロブに教わった航路や秘密通路を、軍部に伝えていたら……」
それは、グレンがずっとずっと後悔し続けた事だった。
過去は変えられない。
だけど、こうしていたらまた違う未来があっただろうにと、何度も繰り返し考えてしまう。
親友をこの手にかけることも、ジェシカを傷つけることもなかったもしもの未来を。
「……でも、あなたが決断したから、これ以上の犠牲がでなかったのでしょう?
あなただから、平和の世を、築けたんじゃないですか…」
跪き、顔を覆って嗚咽するグレンをため息とともに見下ろし、その肩に手を置き、今度はジェシカがグレンの擁護をした。それは、揺るぎない事実だから。
「僕の力じゃない。進軍を有利に進められたのは、ロブに、地形や秘密通路を教えてもらっていたからだし、復興は、ブレイグ王の施策を使っただけだ。僕が自分だけでやったことなんて、ほとんどない」
あれだけのことを成し遂げておいて、ここまで控えめだとは、美徳ではなく、寧ろ愚かだとジェシカは思った。
「考える事は、誰にでも出来ます。それを実現することの方が、ずっと難しいんですよ!」
ジェシカは呆れ返って、諭す。
なぜ…自分が慰めているのだ。おかしくないか?
「うん………でも本当に、僕が自分の力で出来たことは、君を伴侶にしたことくらいだよ?」
どさくさに紛れて、また聞くほうが恥ずかしくなる事を………!
ジェシカの顔が赤く染まったのを見て、グレンはほっとした笑みを浮かべ、場の空気は一気に緩んだ。
「僕も、父上が母を王妃様と勘違いして出きた子だったけど、王妃様は、姉上と別け隔てなく接してくれた」
初めて聞く話だ。
仲睦まじい国王夫妻が、どうしてそんな事にと思っていたら……。
なんて最低な。ワーズウェント王……!!
「ジェシカ、僕はロビンとアレンにこの地の治世を任せたい。僕達の夢は、この国を豊かにする事だった。僕の夢はロブを助ける事だった。それを二人に託したい。双子で産まれて来てくれて、本当に感謝しているんだ」
グレンはジェシカの手をぎゅうっと握りしめ、真剣な眼差しで告げる。
「ロビンは僕の子だよ。産まれる前から待っていた、僕達の子どもだ」
そう、妊娠中、グレンはずっとジェシカを優しく支えてくれた。
あれほど愛を囁いていたのも、どちらの子が産まれてくるか、ずっと不安だったからだと合点がいった。
自分がグレンの親友に抱かれてしまった事も、グレンの母と重ねてしまったのかも知れない。グレンとロビンは似たような経緯で生まれてきたのだから。
グレンが双子を心から愛しているのを、ジェシカは知っている。
そして。
今の話は全部、本当の事なんだろう……。
「ずっと、一人で抱え込んでいたんですね……。早く、言ってくれれば良かったのに。そうしたら、私もずっと悩まなくて済んだんですよ?」
自分も早く吐き出せば良かったと、ジェシカも後悔する。だが妊娠中にこの事実を知ってたらとても穏やかには過ごせなかっただろう。その点で言えば正しい判断だったと思う。
ショックはあるものの、長年の疑問が解消したことのほうが大きかった。
「ごめん………」
「一生、許しません…」
ジェシカに無情に告げられ、グレンは肩を落とす。涙で濡れた顔はぐちゃぐちゃだ。
そんなグレンを鼻を鳴らして一瞥し、さらに告げた。
「だから、一生かけて償ってもらいます」
ジェシカは、グレンに向かい、ビシッと指差しながら宣言した。
グレンは一瞬ぽかんとしたが、すぐに何を言われているか、理解したようだ。
その顔がじわじわと明るくなっていく…。
「どうやって、償ったらいいのかな?」
グレンはジェシカの手を取り、指された指先に口づけして泣き笑いした。
ジェシカは赤くなりつつ、グレンの頭を両手で覆うように抱きしめる。
「わかってるくせに……」
グレンの髪に顔を押し付け、呟く。
よく知っている彼の匂いがたまらなく愛しく、狂おしい。
「仰せのままに、奥様」
グレンは立ち上がってジェシカ顔を上に向かせ、深い口づけを落とした。
王国編のエピローグ時点では、ジェシカはだ疑問に思っているだけですが、それもなんだかなぁと思って、蛇足的に追加です。
この日リーザは、かつての約束を果たしてもらうために、偶然を装ってロバートの墓で子供たちに会わせてもらっていました。
ずっと重荷を抱えていたグレンは、ようやく本当の意味で救われます。
そしてこのあと、最後の娘レベッカが産まれます(笑)仲良くしたんだね。
レベッカは何をすることも、何を課されることも無く、平和の世を満喫して国中を旅歩きます。
ロバートとグレンが目指した夢を体現する象徴です。
ちなみに、ジェシカが疑問に思ったきっかけの一つに
「よく考えたら、あのグレンがあんなに優しく抱くのありえなくない??」
だったとか、そうでないとか……。
利己的にジェシカを抱くグレンと、利他的に妃たちを抱くロバートでは、男としての大きさが違います。色々と(笑)
グレンは王城でジェシカが
「すごく優しく抱いてくれて、嬉しかった…」
と言った呟きに打ちのめされ、それまでいかに自分勝手にジェシカを抱いていたか思い知りました。
妊娠以降は気遣う優しさを見せ、物足りないジェシカにおねだりされるまでになります(笑)
タイトルはAIさんに、真実を改題するなら何がいいか相談したところ、連理を候補に出してくれました。連理の枝ね。響きが素敵なので採用。
連理 (れんり)
元は夫婦仲の睦まじさを表す言葉ですが、「離れることのできない深い結びつき」を意味します。運命に翻弄された二人の、特別な絆を表すのに美しい言葉だと思います。




