祝杯
久しぶりの兄妹水入らず。
離宮は女王の即位を祝う宴で、華やかに盛り上がっている。
どこまでも続く円舞曲の調べと、人々の楽しげな笑い声。まるでワーズウェントの栄華を象徴するかのように、きらびやかに続いていた。
久しぶりの救国の英雄の帰還にも、貴婦人達が色めき立っていた。
相変わらずモテモテだな。
ジェシカは久しぶりの社交で、少しだけ人いきれに疲れ、子供たちの姿が見えるテラスの隅で、一人グラスを傾けていた。
「あら、麗しの大公妃殿下。一人で壁の花なんて、もったいないじゃない」
聞き慣れた、どこまでも軽やかな、けれど懐かしい声。
振り返ると、そこには王配の装いに身を包ん兄、アンソニーが立っていた。
黙っていればなかなか凛々しいその姿は、しかし口を開くとオネエ仕様である。
まさか、結婚しても改めないとは思わなかった。
「王配殿下こそ、女王陛下を放っておいていいのかな?」
「いいのよー!クラウディアお姉様は今、各国の使節団相手に、それは見事な『女王様』をやってるから。最初が肝心よ!私が出る幕じゃないでしょ?」
アンソニーはそう言うと、ジェシカの隣に立ち、同じようにテラスから広場を見下ろした。
そこでは、自分たち兄妹の子供たちが、初めて会ういとこ同士として、ぎこちなく交流している。
アレンは、物珍しそうに王城の装飾を見上げている。
「なあ、その剣、本物か?ちょっと貸してみろよ!」
ロビンは、いとこであるアーサー王子に無遠慮に話しかけ、困らせていた。
エルンは、そんな兄たちを少し離れたところから、おませな顔で見守っている。
みんな、アンソニーに見立ててもらった完璧なコーディネートで、おしゃれに仕立ててもらっている。
「うふふっ!みんな毛色が違って素敵!腕が鳴るわぁ」
母と同じ顔でやたら高いテンションに、子どもたちは度肝を抜かれていたが、みんな納得の仕上がりだったようで興奮していた。
「あーあ。…あなたの子、みんね自由奔放ねぇ」
みんな、ほんの少しの時間ですっかり打ち解けたようた。
子どもたちは庭中転げ回っている。服が汚れるのもお構いなしだ。
ああ、ロビン、木に登って両足を引っ掛け、ぶら下がっている…。
アンソニーの2人の息子も、それを見上げ、声をあげて笑い合っている。
アレンは噴水を覗き込んで両手を水の中についてしまったようだ。
エルン、庭園の花を摘みまくっている……。花冠かぶって…天使…。
「仕方ないだろ。ブレイグにはこんなに厳しい作法はないんだから。アンソニーの王子たちは、まるで小さな人形のようだね。何か、男の子か女の子か分からないくらい綺麗で、品があるし」
アーサーはグレン然り、クラウディア然りの美形で涼やか。
カインはアンソニーや自分に似た、いたずらっ子な感じだ。
「あら、最高の褒め言葉よ〜。私の完璧な教育の賜物だわ」
なんのかな?
ジェシカはこっそりと思ったが、あえては聞かなかった。
ふたりは、互いの子供たちの様子を肴に、くすくすと笑い合う。
十年ぶりだというのに、昨日まで一緒にいたかのように、会話が弾む。本当にこんなに時間がたったなんて嘘みたいだ。
「それにしても…」
アンソニーが、シャンパンのグラスを揺らしながら、独り言のようにつぶやいた。
「まさか、あんたが大公妃で、私が王配になるなんてねぇ。オニクセルで泥だらけになっていた頃には、想像もつかなかったわぁ」
二人してオニクセルの双星の異名で呼ばれ、野盗討伐、害獣狩りをして暴れ回ったものだ。
「本当にね。僕も、自分が三人の子供の母親になるなんて、考えもしなかったよ」
国一番の剣士になるのが夢だった。
だから双子の兄になりすまして王子の側近になった。
その自分が王子妃に、そして大公妃になるなんて誰が思っただろう?
この前オニクセルで再会した昔の舎弟たちは、『姐さん、まぁるくなって…』と涙ぐんでいたっけ。
確かに、あの頃と比べたら物理的にも丸くなったけどな…。はは…。
その夢は、今は形を変え、大事な人たちを守ることが一番の目標になっている。
剣の腕はだいぶ落ちたけど、今では朝夕の訓練も再開し、子どもたちと続けている。
「でも…」
眼下ででグレンに見つけられ、嬉しそうに駆け寄っていく子供たちの姿を見ながら、ジェシカは言葉を続けた。
「悪くない人生だ。とても…幸せだよ」
「…そうね。ほんとそう!」
アンソニーも、僕の視線の先にある、幸せそうな家族の姿を見て、穏やかに微笑んでいた。
「私もよ。…あなたたちがいてくれるから、私も、クラウディアも、安心して国を導いていける」
それは、ジェシカが初めて聞く、王配としての、兄の弱音であり、本音だったのかもしれない。
ふたりは、言葉もなく、しばらくの間、眼下に広がる、自分たちが守るべき国の、平和な夜景を見つめていた。
ロビン、アレン 9歳、エルン 5歳
アーサー7歳、カイン 6歳 です。
親たちの年齢は…まぁいいかな。




