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まだ深い雪の残る日に

ブレイグの雪は白く静かで美しく…非情です。


BGMはGLAYのWinter,againでお願いします。

(どこまでも90年代)

 その日、ジェシカはグレンとともに真冬の雪景色を見に、王城の最上階にあるバルコニーに出ていた。

 身体を冷やすのは良くないとわかっているが、一面白で染められた景色に魅せられ、少しだけとの約束で許可してもらった。

 臨月まであと二月を切ったおなかは、もうはち切れそうにふくれている。


「すべりやすいから気をつけて。少しだけだからね?」


 相変わらずの過保護ぶりで、グレンがジェシカに告げ、ジェシカは頷いた。

 故郷のオニクセルも冬には雪が降ったが、ブレイグの冬景色はしんとして音すら吸い込まれそうだ。ただただ白く、美しい。

 だが、この寒さゆえに人々は家に閉じ込められる。

 屋根に積もった雪は、定期的に降ろさないと、家が押しつぶされかねないそうだ。


「こんなにきれいなのに……みんな、大変だな…」


「そうだね。たきぎや食糧を蓄えておかないと凍えてしまう。屋根の雪も定期的に降ろさないといけない。ここでは、生きるのに精一杯なんだ」


 独り言のつぶやきにもグレンは律儀に応えた。

 恐らくブレイグにいたころはそうやっていくつかの冬を過ごしていたのだろう。

 あの日出会った小柄な少年は…。


「ここで過ごしていた頃は、大変でしたね」


「そうだね、ブレイグから出るまではこれが普通だと思っていたけど、冬は寒くていつもお腹を空かせていたな。寒い時は母と身を寄せ合ってた。母のぬくもりがとても暖かかったことを思い出すよ」


 グレンは母を思い出したようで、さみしげに微笑んだ。

 ジェシカは出会った頃のグレンを思い浮かべる。

 グレンがブレイグからワーズウェントに連れてこられる途中に、オニクセル領の屋敷に訪れた時のことだ。

 まだ王子の身分を手に入れる前で、王の側近マーカスの側仕えと名のっていた。   

 歳の割に小柄な少年で、腕も足も折れそうに細くガリガリだった。

 銀髪と紫の目が目を引く可愛らしい顔立ちで、華奢な美少女と言われても違和感がなかった。

 自分も幼い頃母が亡くなっていたが、兄や父もいて屋敷もあり、不自由さは何もなかった。

 だけどグレンは母一人子一人で、突然父の所在が明らかになって住むところからも離れることになり、さぞかし心細かっただろう。 

 その時はまさか自分が仕える事になり、さらに妃に迎えられる事になるとは、微塵も思っていなかったが。


「お母様、優しい方だったんですね」


「うん、大好きだった。僕のためにたくさん苦労しただろうに…。いつも優しく笑ってた。貧しくても母がいて幸せだった…」


 グレンはしばし遠くの雪景色を眺めていたが、表情を柔らかくしてジェシカに目をやった。


「でも、あのままブレイグにいたら、君には出会えなかったね。最初に君に会った時は普通に接してくれてとても嬉しかったんだよ」


 ジェシカはグレンを馬で連れ回したのを思い出した。


「あのときは…まさか王子とは思わず…すみません…」


「謝ることはないよ。あのときはまだ、父上にも認められてなかったんだから。でもあの一行での特別扱いには慣れなくて…。ただの僕として接してくれたのが嬉しくて、君の事はずっと忘れられなかったんだ」


「そうなんですね。私もあの日の少年は、ずっと心に残っていましたよ。登城したときに王子だと知ってとてもびっくりしたんです」 


 キラキラした眼差しで、自分の事をカッコイイと、そのままでいたら良いと笑ってくれたあどけなさの残る少年。思えばあの時から惹かれていたのかもしれない。

 

「そうだったね。僕もまさか君本人だとは思わなかったよ」


「あの時は、アンソニーとしての登城でしたからね」

 

 そう、あの時も入れ代わっていた…。

 ずいぶん昔の事のようで懐かしい。


「さぁ、そろそろ中に入って温まろう?」


 グレンがジェシカの肩を抱いて戻ろうとしたその時。


「あ…、い、痛…!」


 ジェシカがお腹を抱えて前のめりになる。

 

「ジェシカ!?」


「お…お腹が…痛い…」


 ジェシカは顔をしかめて両腕でお腹を抱える。

 グレンは今にも崩れ落ちそうなジェシカの肩を支えた。


「もしかして陣痛!?」


「分かりません…けど、ぎゅっと絞るような痛みが…」


医師の見立てよりだいぶ早い。………いや、元々見立て自体が一月ほどズレていることを考えたら…。


「大変だ!歩ける?早く中に戻らないと…!」


「ゆっくりなら…なんとか…っ」


 顔を苦痛にしかめジェシカは頷いた。

さすがに身重の身体を雪の中で抱え上げるのは危険だ。

 グレンとジェシカは雪で滑らないよう慎重に城の中に戻る。


「誰か!誰か来てくれ!早く!」


 城主のただならぬ叫び声を聞き、キャロラインと騎士団のデイビッド、セインが駆けつけていた。


「どうしたんですか!?」


「ジェシカが腹痛を訴えてる。産気づいたのかもしれない。早く医師を呼んでくれ!キャロラインは部屋を暖めて!」


「は、はい!」


 一通り指示をして、グレンはジェシカを支えながらなんとか寝室にたどり着いた。 




「陣痛ですね。痛みは周期的に繰り返し強くなってきます。痛みの間隔が短くなったらお産になります。まだ破水していないので、もうしばらくかかると思いますが初産は丸一日以上かかることもありますから、頑張りましょう」


 ベッドに半身を起こしながら聞くジェシカに医師が、にこやかに告げる。

 丸一日…。ジェシカはゲンナリした。今は痛みが治まっているが、先ほどから定期的に痛みの波が来ている。

 いよいよなのだ。

 思ったよりずっと早く出産することになり、ジェシカは不安でいっぱいになった。

 出産で命を落とすこともある。

 医師は万全の態勢で臨んでくれているが、双子という事もあり、通常の出産よりリスクは高いそうだ。母子ともに無事なことを祈るしかない。


「ジェシカ、不安だろうけど、がんばろう」


 不安げなジェシカを見てグレンが手を握り、はげましてくれた。

 ひとます寝室のベッドに仰向けになり短い休みにひといきついた、

 お産のためには別室に行くようで、いま慌てて清潔なタオルや産湯用の桶が準備されている。

 水分はできるだけ取ったほうがいいらしい。グレンは果実水や軽食を用意してくれた。


「体力つけとかないとね。食べられるものがあれば食べて」


「はい…」


 返事はしたものの、不安が押し寄せる。

 その様子を見てグレンはベッドに腰掛けジェシカの肩を引き寄せ、手を握った。


「無事に産まれるまでそばにいるから。安心して元気な赤ちゃんを産んで」


「頑張ります…」


 グレンの心遣いが素直にうれしかった。そう。あと少しで子どもたちに会えるのだ。がんばろう。ジェシカは目を潤ませ頷いた。




 その後3時間もすると痛みで声も出ないほど辛くなった。


『初産なのに早いですね!あ、今破水しました。もうすぐ赤ちゃんに会えますよ。さぁ、お部屋を移りましょう』


 助産婦にそう告げられ、痛みを堪えながらジェシカは向かいの部屋へよろよろと移った。

 グレンも付き添うつもりで中に入ろうとしたが、外で待ってるように言われ追い出された。



 廊下で待つこと2時間…、部屋の中からは苦しげな唸り声が細切れに聞こえ気が気ではない。

 

「ふぎゃああぁ!ふぎゃぁあ!」


 部屋の中から鳴き声が響きわたった。

 産まれた!

 甲高い赤ん坊独特の泣き声にグレンは居ても立っても居られない…。

 ジェシカは無事だろうか。それにまだ、もう一人…。


「ふぎゃ…ふぎゃ…ふぎゃぁあぁ」


 そわそわとまつグレンたったが、10分もしないうちに、また産声が響き渡った。


 先ほどより少し柔らかい泣きかただった。

 泣き声は呼び合うかのように二重に響き渡る。二人とも無事に産まれたのだ。


「良かった…!良かった………!」


 早くジェシカを労いたい。早く赤ん坊に会いたい。

 ただただ嬉しかった。

 何度も扉を叩こうとしてはやめてを繰り返していたが…


「妃殿下!大丈夫ですか!?妃殿下!」


 助産婦の叫び声を聞いて、グレンは血相を変えて部屋に飛び込んだ。


「どうしたんだ!ジェシカは!?」


 見るとベッドにはジェシカは虚ろな目で横たわっている。シーツは…血まみれだ!

 

「あ…あぁ、グレン…無事に産まれた…疲れた…」


 ベッドに駆け寄ろうとしたら、まずは手を消毒するよう助産婦に言われ、清潔なエプロンを渡された。


「まだ処置が終わってないんですよ。出血が多めで意識が朦朧とされているんです。しばらく様子を見ますので安静に。お子様方はお元気ですよ」


 手を消毒しエプロンを身につける。産後の処置が終わって、ようやく枕元に行く許可がおりた。

 部屋の隅では赤ん坊がカゴの中でふぎゃふぎゃ言っているが、先にジェシカの様子を見に行く。


「ジェシカ、本当にお疲れさま。頑張ったね。」


 グレンはジェシカの手を両手でつつみ声をかけた。


「何とか無事に産めて…痛かった…。赤ちゃん、二人とも男の子ですよ。見てあげて……」

 

「うん…」


 ジェシカの無事を確かめると、途端に不安が押し寄せてきた。 

 どちらの、子だろうか…。

 恐る恐る泣き声が聞こえるカゴのそばに行き、中をのぞき込む。

 元気に産声をあげる赤ん坊がそこに仲良く並んでいた。

 ロブの,面影が色濃く見える黒髪の子とグレンに似た銀髪の子が。


「あぁ………!!」


 なんという事だろう。

 グレンは堪えきれず感嘆の声を漏らした。ボロボロと涙が溢れ、嗚咽が止まらない。

 涙とともに胸の中でずっとあった不安が溶け出していく。

 こんな事があるのだろうか…。


「ジェシカ、大変だったね。ありがとう……、本当にありがとう……」


 そう何度も繰り返しながらグレンはジェシカの手を握り額にあて嗚咽し続けた。

 ジェシカが、ロブとグレンの夢を繋いでくれた…。そう思えてならなかった。


「どうしたんです?そんなに泣いて……」 


 ジェシカはグレンの額の髪を優しく撫でながら聞いた。甘える幼子を愛おしむ母のように。


「すごく嬉しくて。父親になったんだと改めて実感したんだ…。二人とも元気で…良かった」

 

 しばらくして落ち着いたのか、グレンがつぶやいた。


「双子なのに、私とアンソ二ーと違って全然似てないかも…。目の色はお揃いだけど。でも黒髪とは…」


 ジェシカが不思議そうに首を傾げ、グレンは言葉に詰まった。


「僕の母はブレイグ出身だったから、そのせいかもね。母も…黒髪だったよ」


 しばし沈思してそう言った。そのあとに


「でもまるで……あいつが、生まれ変わったみたいだ……」


と、ぽつりと呟いた。


「え、あぁ…、確かに…」


 王弟ロバート・ブレイク。

 グレンと決闘の末、果てたプレイグ最後の王族で、グレンの親友。

 彼の死をもって、ブレイグに多大な恩赦が与えられたことを、国民のほとんどが知らない。


「ふふ、言われてみればあなたたちが小さくなって並んでいるみたい」


 この子たちが、親友をこの手にかけざるをえなかった自分に救いを与えてくれるような気がして…。


「名前を…考えておいて、くださいね…」


 ジェシカは眠そうな目でつぶやいた。


「うん。少し待ってて」


 グレンはジェシカの額に口づけをし、

優しく頭をなでた。


 2〜3時間このまま様子を見て部屋をうつるそうだ。

 グレンは再び赤ん坊のカゴを見る。子供の頃世話をした時より、より小さく見える。二人とも泣きつかれて眠ったようだ。

 愛おしい思いが込み上げてきてまた涙が溢れてくる。

 無事に産まれて本当に良かった。

 グレンは天を見上げ、深く感謝した。



「ロビンとアレン?」


「うん。黒髪の子がロビン、銀髪の子がアレン。どう…かな?」


 昨日、色々と考えた末に決めた。だが他にも候補がある。


「ほかにもロンデニオンとかアレクサンダーとかライオネスとかジャックとかそれから…」


 ジェシカは最初に聞いた二人名前をしばらくつぶやいた。


「ロビンとアレンが良いと思います」


「そう?良かった…!」


「クロ、シロ。お前たちはこれからロビン、アレンだよ。いい名前をもらって良かったね」


ジェシカはベッドの横で籠で眠るこどもたちに話しかけた。


「クロ、シロ!?」


 思わす吹き出してしまう。そのまんまだ。


「だって、呼び名がないと不便でしょ!」


 ジェシカは口を尖らせた。




双子を目にしてグレンが涙を流す…。

これが、多くの人を不幸にしてでも書きたかったシーンです。


子どもたちはそれぞれの人生で、親の代替えではありません。それはわかっているのですが、子ども達に想いをのせ、祈る事は赦されると思うのです。

グレンが生涯胸におさめて生きていく覚悟が、ここで報われたのかな…と。


愛称が自分達の名と同じになる名前をつけるのはグレンのセンチメンタルですが、他の名前のが良いかな、と考えた名前が子供の頃大好きだった物語の絵本のヒーローだったのは、グレンの応用が利かないところ(笑)


ジェシカはもっとシンプルな呼び名をつけていましたけどね。


あ、説明しそびれましたがジェシカの情緒不安定を心配してキャロラインがブレイグに呼び寄せられています。

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