5自覚
それからの日々は、今までとは違い、キラキラとして充実していた。
ジェシカとアンソニーという双子の側近がそばにいることで、重責の合間にほっとできる瞬間が何度も訪れた。
ある日は、庭園で馬の手入れをしていたジェシカに
「早駆けの勝負をしよう」
と声をかけ、真剣勝負を楽しんだ。
アンソニーはその様子を笑いながら観察し、ちょっとしたアドバイスをくれる。
馬が泥だらけになると、三人で馬を洗いながら冗談を飛ばし合う。
その中で、ジェシカの笑顔がふと自分に向けられた瞬間、グレンは胸の奥が熱くなるのを感じた。思わず視線を逸らすと、ジェシカは不思議そうに首を傾げていた。
夜、書類の山に埋もれそうになった城内で、アニーが冗談交じりの歌を口ずさむと、ジェシカは即興で舞いを披露した。
軽やかに動く仕草のひとつひとつに、グレンは目を奪われる。
「ジェス、そんなに上手く踊れるの?」
と尋ねると、ジェシカは笑って答える。
「オニクセルの伝統舞踊です。子どもの頃みんな習うんですよ」
ジェシカは照れたように笑う。その言葉に、グレンは胸の奥がじんわりと温かくなるのを覚えた。
夜更けには三人で城壁に登り、星空を眺めながら日々の出来事を語り合った。
ジェシカはオニクセルで野党討伐をしてならず者を更生させた事、狩りで獲物を仕留めては厨房に持ち込んでいた事を語り、アニーはニコニコ笑って流行のドレスやお菓子の話をする。
グレンは二人の言葉に耳を傾けつつ、自然とジェスの肩と自分の肩が触れ合うことに気づいた。
ジェシカはそのまま離れようともせず、そこにいてくれた。肩越しに感じる温もりは、何気ない触れ合い以上のものをグレンに伝え、胸の奥がざわつく。
風が吹くと、ジェスの髪が自分の腕にかかりくすぐったい。そっとみると、ジェシカと目が合った。その一瞬の視線のやり取りで、言葉にできない温かい気持ちが溢れた。
確かに感じられる距離感の近さ。それは長く続く日常の中で、少しずつ育まれていった。
アニーは眠いと先に寝室へ向かい、二人きりの空間が残る。
ジェスは星の光を浴びながら肩をすくめる。
グレンは自然とジェシカの後ろに立ち、肩に軽く手を添える。
「寒い?手が冷えているな…」
グレンは自分の手をジェスの手に重ねる。ジェシカは一瞬硬くなるが、無理に離すこともない。
お互いに視線を交わすこともなく、ただ存在を感じ合う時間が静かに流れる。
肩が触れ合い、距離は自然と近くなる。ジェシカは熱心に星を見つめながらも、横顔をわずかに見せる瞬間がある。グレンはその微かな動きに、居心地の良さとほんの少しのもどかしさを感じた。
「…こうしていると、少し落ち着くな」
グレンが小さくつぶやくと、ジェシカが笑みを返す。その笑顔の端に、言葉にはできない温かさが滲んでいた。握った手が温かい。ほのかに寄せあった肩。
まだ友情に近い信頼と安心感、そして胸の奥でチクリと痛むもどかしさがあった。
広がる夜空の星々は、二人の距離感を柔らかく包む。声には出さなくても、触れ合いの一つ一つが互いの存在を確かに意識させる。
まだ淡く名前がつけられない思いを感じながら、この親密さが二人の関係を少しずつ変えていくことになる。その前触れのような夜だった。
こうして過ぎた五年の歳月は、外から見ればただの王子と側近たちの平凡な日常かもしれない。
しかし三人にとっては、互いの信頼と絆を確かめ合い、少しずつ心を開く大切な時間となった。
城内で書類の整理をしていると、アニーが冗談めかして告げた。
「ジェスに、また縁談が来てるのよ。ジェスが大人しく嫁に行くわけがないじゃないの。まったく、あの親父、懲りないわぁ……」
その瞬間、胸の奥がひりつくようにざわついた。縁談? ジェシカに?
自然と目がジェシカに向く。彼女はいつも通り、淡々と書類に目を落としている。でも、その仕草ひとつひとつが、以前よりも鮮明に、胸に刺さった。
無意識に笑みを浮かべるその顔を見て、心臓がぎゅっと締め付けられる。
「僕は、君を、誰にも渡したくない」
頭で考えるよりも先に、心の中でそう呟いた。五年間、ただそばにいてくれる大切な存在だと思っていたジェスが、今、この瞬間、かけがえのない存在だと自覚する。
「何か言いましたか?王子?」
呟きを聞き取ったジェシカが顔を上げ聞いてきた。
「いや、何でもないよ」
思い返すと、庭園での馬の手入れ、夜の書斎での冗談や舞、屋上での星空観察。
日々の何気ない瞬間すべてが、温かく胸に蘇る。肩が触れ合うたび、手が重なるたび、胸が高鳴っていたのは、友情だけじゃなかった。
ジェシカが笑うたびに、僕は息を呑む。縁談の話は、僕の心の奥底に潜む感情を、否応なく自覚させた。友情ではなく、これは恋だ、と。
「……僕は、君のことが……」
そう口に言葉がでかけ、喉に詰まる。どう伝えればいいのか、どう振る舞えばいいのか、まだわからない。ただ、確かなのは、この気持ちを抑えたくないということだけだった。
出陣前のやり取りは茶番でしかなかったのかと、グレン怒り心頭です。