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のこされたもの

戦争終結後、数カ月経って…。

 日に日に大きくなるお腹に手を当て、リーザは幸せな微笑みを浮かべた。

 今はロバートの残した家に住んでいる。

 まだ情勢が安定しないため、家には護衛の兵士やメイドも同居していた。

 リーザはこの家に来た頃のことを思い返した。


 ロバートは家の整理をせず、リーザの元で最後の日々を送ったため、リーザが初めてこの家に来た頃、部屋には生活感がありありと残り、散らかっていた。

 居間にはロバートとヒゲが逞しい老人の小さな肖像画が置いてあった。このひとが、ロバートを育ててくれたニック爺なんだろう。昨年亡くなったと聞いた。


「はじめましてニック様。わたくしはロバートの……妻…、エリザベスです。これからこの家で過ごすこと、お許しくださいね」


 リーザは肖像画の老人に深く頭を下げだ。

 ロバートはこの家に寝るためだけに帰っていたようで、台所には酒や調味料、保存食しか無かった。

 それでも、ロバートが実際手を触れていたものだと思うと、愛しさが込み上げてくる。

 ニック爺の部屋やロバートの部屋には、国家機密であろう品々が無造作に置かれていたため、梱包し、ワーズウェントの王子に直接渡すよう同居の兵士に言付けた。

 リーザとこれから産まれる子には不要なものだ。


「もう、ロバートったら、ホントにずさんだったのねぇ」


 リーザは呆れつつも、クスクス笑いながらロバートの脱ぎ散らかした服をたたんだ。

 ロバートの匂いが消えてしまう気がして、もう少しだけこのままにしたかった。

 気が緩むと悲しみが込み上げてくるが、こうしてロバートを身近に感じる事で彼がもういないことを束の間、忘れる事ができた。

 リーザの知るロバートは月に一度程度王城で顔を見せてくれるときと、王の代わりにリーザを抱くとき、そしてあの3日間だけだった。

 それは、ただただ明るく優しい部分だけ。きっと知らない事の方が多い。

 ワーズウェントの王子のほうが、よほど時をともに過ごしただろう。

 そう思うと、二人の友情に嫉妬じみた想いまで抱いてしまう。

 だけど、ロバートはリーザにかけがえのない宝物を残してくれた。

 小さな命が宿っている事を医師に聞いた時は、奇跡にただただ感謝した。あの時、死ななくて良かったとしみじみ思う。

 今度こそ……大事に育ててみせる。流産してしまった子どもたちの分もきっと。リーザは固く心に誓った。




 ロバートの遺品である国家機密満載の資料を受け取り、グレンは、目を潤ませた。


「ああ…懐かしいな…」


 子どもの頃、確かに目にしたものだ。あの頃はその意味もよく理解しないままに、この地図や地形の見取り図などは物語のように楽しく眺めていた。

 覚えているよりこじんまりしてみえるのは、グレン自身が大きくなったためかもしれない。

 ブレイグの王家は絶え、いずれこの遺品の軍事的価値も無くなり、ガラクタになるだろう。

 それでいい。だがグレンにとっては、楽しかった昔に思いを馳せることができる何よりの宝物だった。

 グレンは、まだ痛みの残る頬の傷を無意識になぞる。ジェシカには怒られるがロバートを思い出すときのクセになっていた。

 そういえば第二王妃も懐妊したらしい。こちらは間違いなくロバートの子だ。彼の生きた証が残された事が感慨深かった。

 第二王妃の安全はくれぐれも守るよう、腕のたつ兵士に任せている……が。


「絶対にお守りします!秘密は守ります!」


 兵士は目をキラキラさせて請け負ってくれたが、どうも、第二王妃をグレンの愛妾だと思われているようで微妙に気まずい。

 だが、秘密を守り通してくれるならあえて複雑な事情を話すまでもない。ジェシカには言わないよう、固く口止めしたのも誤解を後押ししていた。

 ロバートは王弟ではなくただの自警団員と周囲に認識されていた為、彼の残した家は第二王妃が身を寄せる先としてはちょうど良かった。

 自分が住んでた家は、叔父の一家はどうなっているだろう?もう少し気持ちの整理がついたら、ロバートの墓参りも兼ね様子を見に行くか…。グレンは再び頬の傷を指でなぞった。

 ロバートはもういない。自分たちの夢を残された者たちでかなえていかなければならない…。



 悪阻が軽くなってきたころには、ジェシカの頬はこけ、げっそりとやせていた。

 それなのに腹部は丸みを帯びているのがとても不思議だった。

 少しでも栄養を取らせようと、グレンは政務の合間をぬってはせっせと果物やスープをすすめてきた。相変わらずまめまめしい。


「しっかり食べて、体力をつけないと。産んでからも大変なんだから」


 叔父の子の子守経験があるグレンの言葉は無駄に説得力があり、ジェシカは食欲がすすまないながらも頑張って食べた。

 それでも栄養がどんどんおなかの子どもに吸い取られていくようで、腹部ばかりが大きくなった。

 そしてなんだかおなかがゴロ、ゴロっとすると思ったら、それは胎動だと医師に教えられた。

 経過はすこぶる順調だという。

 そうこうするうちに、見た目にもはっきりわかるほどおなかの内側からポコポコ蹴られたり、押し付けられる感触を感じ、自分の中に生命が宿っているのをまざまざと実感した。


「うぐっ。また動いた。君たちは元気だね。もうちょっとお手柔らかに頼むよ」


 ジェシカは苦しいながらも愛おしげにおなかをさする。まだ臨月は先のはずだが、かなり大きい。二人も入っているせいか。

 双子はどんな顔をしているだろう?

 男の子?女の子?それとも両方?

 寝てばかりだと血流が滞るため、王城の中を散歩する。ただ、北国であるこの地は部屋から出ると、とても寒い。

 身重じゃ無ければ乗馬や訓練に参加したりして身体を温めたいところだが、数年はお預けだろう。

 寂しいがこればかりはしょうが無い。臨月までの我慢だと思うことにした。

 それにしてもまさか自分がブレイグで出産する事になるとは…。

 1年前にはそんな平和な世になっているなんて誰が想像できただろうか。

 これも、グレンとロブの友情があったからこそ成し遂げられたことなんだろうと、しみじみと思った。


 

 これから冬のブレイグはみな冬ごもりをし、家に閉じこもるという。

 ジェシカの寝床には毛布が何枚も持ち込まれ暑いくらいだった。



 

 半年後、リーザはワーズウェント王子妃が双子の男の子を出産した事を聞いた。

 リーザもまもなく臨月に差しかかる。


「もうすぐよ…。ロバート」


 リーザは大きなお腹をさすり、微笑んだ。

 



 

 

 三者三様のロバートが遺したモノにまつわるエピソードです。

 リーザは家に残ったロバートの面影。そして子ども。

 グレンは思い出の品々。

 ジェシカはブレイグで子を産めるという平和と、そして…。


 グレンの愛妾の噂がジェシカの耳に届いたら、大変なことになりそうてすね。


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