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希望と祈り

やっとブレイグに着きました。


妊娠は人生を一変させる出来事なのです。

 少しでも早くとジェシカが言ったからか、陸路は途中馬を替えながら休みなく走り、2日で王城にたどり着いた。

 馬車の揺れもなかなか酷く、吐き気と戦い続けたジェシカはフラフラと立ち上がる。

 キツイ。猛烈にだるい。

 今までの人生で、こんなに体調不良になったことは無い。妊娠がこれほど大変なものとは思っていなかった……。


「ジェシカ、危ないから僕に掴まって」


 馬車を先に降りたグレンが、心配そうに手を差し伸べる。

 グレンの手を取り、ゆっくりと馬車を降りたが、立ち眩みがして転びそうになり、慌てたグレンに抱き上げられる。

 そのまま、城使えの者の案内で王城の一室に連れて行かれ、長椅子に降ろされた。


「迷惑ばかりかけて申し訳ありません」


 ジェシカはグレンに心底申し訳なく思い、謝った。


「大丈夫だよ。ゆっくりと休んで良いからね」


 グレンは優しく告げ、ジェシカの額に口づけを落とす。

 ジェシカはそれで気が緩み、なんだか急に切なく、情けなくなりポロリと涙がこぼれた。


「情けない。情けないです。これじゃ足手まといじゃないですか。今からが大変だというのに……!」


「心配しなくていいよ。お願いだから今は、身体の事を一番に考えないと。しばらくゆっくり休んで。僕は君が側にいてくれればそれでいいんだから」


 尚もグレンは優しい。ジェシカの頭を何度も撫でてくれる。


「長旅で疲れただろう?今、湯を用意してもらってるから……」


「何から何まで………。ありがとうございます」


 そうして湯の準備が整うと、侍女の手配が出来ていないからとグレンが一緒に入ると言い出した。


「いや、それはいくら何でも………」


 過保護過ぎて辛い。しかしグレンは譲らなかった。


「そんなにフラフラなのに、倒れたら大変じゃないか。湯殿は滑りやすいから気をつけないと。大丈夫。母が倒れてからは介助もしてたし、心配しなくていいよ」


 グレンはにこやかに答えるが、到着早々、妃と一緒に入浴するなんて、どんな噂が立つかと思うと目眩がした。

 ちなみに、今回ワーズウェントから同行した面々は、道中、王子の甲斐甲斐しさを目の当たりにしすぎて、もはや日常と化しているため、何を今更………と胸焼け気味だった。

 ブレイグの城詰の者は甘々の新城主夫妻にやや当てられていたが、概ね好意的だった。



 案内された湯殿は.以前捕縛された際に使った場所だった。広々としていて、5人は余裕で足を伸ばせそうだ。 

 温泉を引いているらしく、少し硫黄の匂いが鼻についた。

 ジェシカは湯船にゆっくり身を浸して、大きく息を吐いた。白濁したお湯はトロリとしていて、肌に良いという。旅の疲れが溶け出していくようで心地良い。

 そこへグレンも湯船に浸かり、ジェシカをうしろからゆったりと抱きしめてきた。

 まさか、ここで!?とジェシカはぎょっとした。


「僕に寄りかかってて良いよ。ここに、子どもがいるかもしれないなんて、不思議だな……」


 そういって、ジェシカの腹部をそっとなでた。その手つきはとても優しく、勘違いした事が恥ずかしくなった。

 ジェシカは腹部をなでるグレンの手にそっと手を重ねる。


「はい………。でも、ほんとに子どもがいるんでしょうか?」


 ジェシカはつい、思ったことを口にした。

 何しろ初めての経験で、実感がわかなかった。


「もう一度きちんと診察してもらおう。無事だといいけど。旅でずいぶん無理させたから、心配だな……」


 まだ子どもがいると確定したわけでもないのに、ずいぶんな子煩悩ぶりだ。自分には母性らしいものも目覚めていないのに。

 これで、ただの乗り物酔いだったらどうしようかと不安になる。

 

「私はまだ実感も沸かないのに……どうしてそんなに確信してるんですかねぇ……」


 ジェシカは苦笑したが、その後ろでグレンが神妙な顔をしていることには気が付かなかった。


「子どもが産まれるとしたら、どんな子でしょう?あなたに似るといいんですけど」


 ジェシカはグレンのような整った容姿だと良いと思っただけだった。

 グレンは泣きそうな顔を隠すように、ジェシカの首すじに顔を埋める。


「僕に似るかは分からないけど…どんな子でも嬉しいよ。でも、君に似た子だと最高にカワイイだろうな」


 グレンの目から涙が溢れ落ちる。今なら汗や水滴に紛れわからないだろうと思いながら。

 父親より、母親に似てほしいと切に願う。


「グレン?どうしたんですか?」


 それでもジェシカはその気配に気づいたらしい。グレンの方を見ようとしていたので、そのまま唇を奪う。


「ジェシカ…愛してる。愛してる……」


 グレンはジェシカの頭を抱えるように正面から抱きしめた。


「わかっていますよ。こんなに大切にしてもらってるんですもの。私も……愛しています。幸せすぎて、夢みたいです」


 どうして、こんなに言い聞かせるように愛を告げるんだろうと不思議に思いながら、ジェシカはグレンに応えた。

 やはり親友を失った事が堪えている気がする…。

 ジェシカは半分正解に近い事を思った。


 グレンはジェシカが辛そうにしている度、本当の事を黙っている罪悪感を感じてしまう。

 他の男に抱かれた事など知らなくていい。

 それでも、生まれた子がロブに似ていたら、自分は動揺せずにいられるだろうか?

 不安に揺れる心が重くのしかかった。


 もう一度医師に診察してもらった結果、胎児の心音が確認できたため、妊娠は確実との事だった。

 医師に言わせれば、妊娠初期に船だの馬車だの無茶な移動をして、良くまあ無事だったとの事だった。

 悪阻は酷いが、すこぶる順調だそうだ。


「ほんとうに、子どもが…いるんだ……」


 今まで半信半疑だったが、いよいよ医師に太鼓判を押され、じわじわと実感が湧いてきた。

 今はまだ安静にしたほうがいいが、安定期に入れば悪阻も軽くなるので動いた方が良いとのことだ。

 その頃になれば夜伽も…腹部に負担をかけなければ可能らしい。

 聞いたわけでもないのに説明され、ジェシカは赤面した。

 グレンは政務で忙しく同席できなかったが、あとから医師が直接説明するとの事だった。


「グレンが聞いたら喜ぶだろうな」


 ジェシカは、下腹を擦りながら呟いた。

 何しろ、確定前であの過保護ぶりだ。どれだけ喜ぶか計り知れない。

 今日もジェシカはベッドで過ごし悪阻と戦っていたが、喜ぶグレンを想像して楽しい気分になった。




 グレンがスーパーまめまめしさを発揮しています。相変わらず彼の愛はどっしり重たいです。


 そして、ジェシカの何気ない一言に傷つくグレン。でも説明する事はできず苦悩します。

 一方ジェシカは凄絶な悪阻にいっぱいいっぱいで、そんなグレンを労る余裕はありません。

 今まで大体のことは努力と気力で何とかなっていたのに、思いどおりに動かない身体が歯がゆいですね。



 私は元マンガ描きなので、どうしても視点がぶれてしまいます。

 この話もジェシカとグレンの心情が交互に地の文で出てしまうのですが、ここはライブ的に語りたいのでご容赦下さい。

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