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前日譚 絆と縁

グレンの母 オリビアの物語です


 オフィーリア王妃はおおらかで、優しい青い瞳がとても魅力的だった。

 オリビアはそんな女主人をとても敬愛していた。 

 品が良く、涼やかに笑う声も耳心地良く、おっとり微笑む姿に、つい見とれてしまう。


 オリビアは、14の年から、海を隔てた隣国から住み込みで働きにきていた。

 長い黒髪とアメジストのような瞳が印象的な娘だ

 実家は貧しく、家業だけで家族全員は生きていけない。働ける年齢になれば家を出て働くのが一般的だった。

 だが、祖国ブレイグと、ここ、ワーズウェントの生活はまったく違った。

 子ども達は学校に通い、食べ物に困ることも無いようだった。

 王都では働き口も多く、裕福な商家の子守役として雇い入れられた。


 一人娘のセシルは6歳で、人懐っこく、オリビアにすぐなついてくれた。

 乳母が亡くなり、代わりのものを探していたそうだ。

 オリビアは弟の世話をよく見ていたので、ピッタリの仕事だった。

 奥さまは助かると、ねぎらってくれるし、字の読めないオリビアに、セシルが逆に読み聞かせしてくれた。

 セシルは可愛く、奥さまは優しく、食べるものにも寒さにも困らない。

 天国かと思うほど、幸せだった。

 そうして2年ほど過ぎた頃、その幸せは一変する。

 勤め先の屋敷が火事に見舞われたのだ。

 市場にお使いに出ていたオリビアが帰って来ると、屋敷からは黒煙と真っ赤な炎が吹き出しており、周りには人が溢れていた。

 焦げ臭い匂いと火の粉が屋敷の外に降り注いでいる。


「奥さま!お嬢様!!」


 オリビアは半狂乱になり、周りの人が止めるのも聞かず燃え盛る屋敷に飛び込んだ。

 幸いまだ一階は燃え落ちていなかったが、煙が酷い。口元をハンカチで押さえながら、家族が過ごしている部屋へむかう。


 だが、そこで見たものは切り捨てられた商人とその妻、そしてセシルだった。


「いや!旦那さま、奥さま!お嬢さまぁ!」


 オリビアは一人一人見て廻った。

商人と妻は傷が深く、すでに息がなかった。

 セシルは…まだ息がある!いつも抱えていたぬいぐるみごと切られたようで、致命傷には至らなかったようだ。

 オリビアは慌ててセシルを抱えると、屋敷の外に走った。

 途中、焼けた梁が折れ、上から降り注いだ。

 セシルをかばうように抱えていたため、オリビアの背中に、焼けた梁がもろに当たった。


「あぁ!!」


 熱い!痛い!!

 オリビアはうずくまって痛みに耐える。


「オ…リビ…ア、大…丈夫?」


 セシルは自分も痛くて辛いだろうに、オリビアの服をぎゅっと握りしめ、心配をしてくれた。

 このままここにいては、もっと酷い熱さや痛みに襲われる。

 幸いまだ足は動く。

 オリビアは歯を食いしばって走った。




 家を飛び出し、敷地の外にでたところで、プツンと記憶が途切れている。

 目覚めると、火傷の猛烈な痛みと、ビリビリとひきつるような痒さが、オリビアを襲った。


「痛い…痛い……!」


 オリビアは苦痛のあまり悲鳴を上げた。

 声はかすれガラガラだ。

 身体中包帯だらけで、うつ伏せに寝かされていた。


「オリビアぁ。目が覚めた!」


 セシルは、隣りの寝台で横になっていた。目にいっぱい涙をため、オリビアを見ている。


「2日も目を覚まさなかったんだよ。よかった。待ってて、いまお医者様呼んでくる!」


 セシルはイタタタと呟きながらベッドから降り部屋から出ていった。


「私、2日も寝てたんだ…。ああ、旦那様、奥様……!屋敷の他の人達は……」


 誰が残っていれば、あの部屋に駆けつけていただろう。つまり、そういうことだ。 


 しばらくすると医者が来て、辛いだろうけど安静にしているよう告げられた。

 背中の半分に酷い火傷を負ったそうだ。  

 髪も焼けてしまい首まで短くなっている。

 完治までは半年以上かかるだろうと告げられた。

 ただ、オリビアには医者にかかるほどの経済的余裕は無かった。それを医者に告げると…。


「ああ、それは………。あんた、ここがどこかわかるかい?」


 そう言われて見回してみると、随分豪華な部屋だ。


「ええと、ここは……?」


「王宮だよ!お父様、王妃様の御用達だったの!だから王妃様、治るまでここにいなさいって……」


「そう言うことだ。ワシは王室の勤務医だ。費用のことは心配せんでいいから、安心して休みなさい」


 王宮などと場違いな所に自分がいていいのだろうか?

 オリビアは迷ったが、そもそもまったく動けないので、ここにいるほか無かった。



 3ヶ月ほど経ってようやく身の回りのことがなんとかできるようになったが、まだ背中が引き攣り痛痒く、働くのは難しそうだった。

 

「あー、オリビア、また無理してる!」


 セシルのケガは軽かったようで、一月もすると起き上がれるようになっていた。

 いまは2歳のクラウディア王女の遊び相手をしていた。

 セシルは、自分をかばってオリビアが大火傷を負ったのを酷く気に病んでおり、頻繁に見舞いに訪れていた。

 オリビアもこうして話し相手がいると気が紛れてありがたかった。


「お嬢様、いつもありがとうございます。絵本でもお読みしましょうか?」


「わたし、王女様と一緒にお勉強見てもらってるの!詩集も読めるよ。オリビアに読んであげるね」


「まぁ、お嬢様、もう難しい詩集まで読めるように?すごいですね。もう私にできることはありませんね」


 セシルは、そう聞いた途端とても悲しそうな顔をした。


「そんな事ないよ。オリビアはずっとそばにいてくれなきゃやだ!お父様とお母様がお亡くなりになったから、セシルもう一人ぼっちだもん。おうち怖いから、もう帰らないもん!」


 セシルはわんわん泣き出した。

 確かにお屋敷は、とても住める状態ではないだろう。

 だが、セシルには叔母が居たはずだが、引き取りには来ないのだろうか?

 屋敷が燃えてもセシルには遺産があるのではないか?


「お嬢様、お嬢様がこれからお行きになる先で私が雇っていただけるなら、必ずご一緒します。早く働けるように頑張りますね」


 そう言ってオリビアがセシルを抱きしめた。背中が引きつって辛いが、今はこの小さなご主人様が愛しくて堪らなかった。

 セシル何はとか泣き止むと、オリビアを見上げ、へへっと笑った。


「オリビアはここで働いたら良いよ!王妃様も私にずっとクラウディア様の遊び相手として、お城にいていいっておっしゃったの!セシル、王妃様にお願いしてみる!」


 自分がお城で?流石にそれは無理では…。

 オリビアはとても城仕えできる身分ではない。   

 セシルには申し訳ないが、働けるようになったら出て行くことになるだろう。けれども、それを今、セシルに言うのはためらわれた。

 


 ところが更に1週間後、動けるようなら来てほしいと呼び出しを受けた。

 王妃直々に。

 オリビアはびくびくしながら、案内されるまま、きらびやかな部屋に通された。

 セシルの屋敷も立派だったが、その比ではない。

 座っているソファも、座り心地も、張っている生地のさわり心地も最高だった。


 しばらくすると、隣の続き部屋に入るよう言われ、中に入ると、今までいた部屋の10倍はありそうな部屋に通された。

 そして、そこに王妃その人が座っていた。

 

「ごきげんよう。貴方がオリビアね?私はオフィーリアよ」


 王妃はにっこり笑い、オリビアに語りかけた。

 透き通るような青い瞳で、柔らかな雰囲気のとても美しい人だった。


「は、はい!オリビアといいます。今までお世話を頂き、本当に感謝しています。ありがとうございました!」


 オリビアは一気に喋ると、引きつる背の痛みを堪え、深くお辞儀をした。


「あらあら、良いのよそんなに気にしなくて…。まだ火傷も完治してないのでしょう?さぁ座って頂戴」


 王妃は慈愛の微笑みを浮かべ、オリビアを気づかい、ソファに座るよう促した。

 香りの良い紅茶や甘いお菓子も運ばれてきて、食べるようにすすめられらる。


「どうぞ召し上がれ。ここの焼き菓子は今人気なのよ」


 目の前には色とりどりのマカロンが並んでいる。


「いただきます」


 すすめられるまま一つ口に運ぶと、サクッとした食感に、程よいチョコレート味がした。


「美味しい…!」


「ふふ、良かったわ。たくさん食べて頂戴ね」


 オリビアの顔がほころんだのを見て、王妃は品よく笑った。

 お菓子に釣られた訳ではないが、オリビアは王妃の優しい心遣いにすっかり魅了されてしまった


「あなたは、セシルのお屋敷で働いていたのよね?」  


 王妃はオリビアに尋ねた。

 

「はい。お嬢様の、身の回りのお世話をしたり、遊び相手をさせていただいていました」


 何か失礼な発言をしないよう緊張しながら、オリビアはおずおずと説明する。


「そう。そうしたら貴方、これからクラウディアの面倒もみてくれないかしら?」


 クラウディア?クラウディア…。

 ………王女様!?


「え…え…!クラウディア王女さまのですか!?そんな、私なんかとても!!王女さまのお世話ををできるような身分ではありません!」


 思ってもみなかった提案に、オリビアは仰天した。

 精々、掃除や洗濯等の下働きをさせて貰えたらと思っていたくらいだったのに。


「ああ、お勉強とかお作法とかは、別に担当がいるから良いのよ。あなたはセシルとクラウディアの身の周りのお世話をしてくだされば、それでいいの」 


 王妃様は、身分の事など気にしないのだろうか?ここで王妃様とお茶をいただいてるだけでも心苦しいのに。


「セシルお嬢様も、ずっとここにいらっしゃるのですか?」


 セシルと約束したのだ。一緒にいると。


「ええ、貴方がセシルを助けてくれたおかげで、最近王都を荒らしていた盗賊団を捕まえる事ができたの。セシルを刺した者の似顔絵を画家に作らせてね。手引をしたのが叔母夫妻というのも、捕らえた者が言ったそうよ」


 王妃は悲しげに告げた。


「そ…そんな!」


 まさか、セシルの叔母夫妻が共犯だなんて…。セシルの唯一の叔母だったというのに。

 どれほど辛かっただろう…。家に帰りたくないというのも当たり前だ。

 辛い素振りもみせず、頻繁にオリビアに会いに来てくれた…。

 オリビアは、ポロリと涙をこぼした。

 そんなオリビアを見て王妃はふっと微笑んだ。


「ほかには、あの子を引き取れる親戚は誰もいないようだし、こちらで引き取らせていただいたの」


「どうしてそこまで…」


 御用達とはいえ、セシルは一介の商人の娘。王家のお世話になる理由は無いのではなかろうか。


「あの子のお父様は、私が小さい頃からの御用達だったの。珍しい物、美味しい物、来るたびにとても楽しかったわ。そのご縁で王宮にも来ていただいてたのだけれど…。王宮御用達と言うことで盗賊団に目をつけられたようよ。セシルの叔母夫妻は放蕩で借金が膨らんで、セシルのお父様にも援助も断られたので、盗賊団を手引したそうよ」


「酷い…」


 許せない。そんな理由であの善良で幸せな家族を手にかけるなんて…。オリビアは拳を握りしめた。


「だから、ね。私にも責任の一端があるのよ。セシルがお嫁入りするまで、ここにいてもらうつもりよ。盗賊団の残党に、逆恨みされてもいけないしね。それに私はもう子どもが望めないの。クラウディアに寂しい思いをさせたくなくて…」


 子どもが望めない…サラリと言った言葉だったが、伏し目がちに語る王妃の表情は寂しげだった。


「でも、どうして私まで」


 オリビアは話題を変えようと自分の事を聞いてみた。 


「セシルのお願いもあったけど…貴方は自分の危険も顧みず、セシルを命がけで守ってくれた。セシルもとっても慕っているわ。貴方ならクラウディアを安心して任せられると思ったの。どう?ここで働く気はあるかしら?」


 王妃はまっすぐオリビアを見つめ尋ねた。

 自分はただセシルを助けたい一心で深く考えた事では無かった。

 なのに、そんなに信頼してくれるなんて。

 心の奥底から、嬉しさが込み上げる。


「はい…。はい!わたしでお役に立てるかはわかりませんが、精一杯お世話をさせていただきます!」


「ありがとう。もちろんきちんと治療が終わってからね。家のおちびさん、なかなか元気だから大変よ?」


 王妃は小首をかしげてニッコリ笑った。


「楽しみです。このご恩は必ず返させていただきます」



 3か月後、オリビアは傷の痛みもほぼ癒えたため、クラウディア姫のお世話係としての仕事をはじめることになった。


******


 その1年後…運命は静かに動き出した。


 オフィーリア王妃の香水をこぼした夜、酔った王の介抱をしているときに悲劇は起こる。


 オフィーリアとオリビア。

 響きが似た名前も、悲劇の一端だった。

 端正な顔立ちで優しげな王にほのかな憧れを抱いていたオリビア。

 さみしげな王に名前を呼ばれた気がして、ついその手を取ってしまい、それを死ぬまで後悔することになった。

 偶然、事情を知った女官には固く口止めをしたものの、敬愛する王妃を裏切ってしまった事に、オリビアは申し訳無さで胸が潰れそうだった。


 ブレイグの実家から親の訃報が届いたのを期に里帰りを願い出て、帰郷した先で、身籠っている事を知り…そのまま王宮には暇の便りを出した。


 月満ちて、生まれてきた子どもは王に似た面影と髪色を持っていた……。




 オリビアは、産まれてきた子に精一杯の愛情をかけ育てました。

 王の子でありながら貧しい思いをさせている事に申し訳なく思いながらも、一生胸に秘めて行くつもりだったのです。

 病に倒れ、死の間際まで。

 運命のいたずらのままに、縁と絆が結ばれていきます。それは国の行く末まで変える事となります。

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