達人の秘技 静かなる攻め
新婚時代のイチャラブでも。
性的表現があります。
苦手な方はご注意ください
ジェシカは酷く困惑していた。
グレンはさっきから、じっとしたまま動かない。
それなのに、ジェシカの中でどんどん彼の存在が大きくなる。
「あの…?どうしたんですか?何してるんですか?」
状況に耐えきれず、ジェシカは尋ねたが、グレンは沈黙したまま、どうしたことか、それでも、動かない。
見上げると、彼も顔をしかめ、ふるふると震えている。
間違いなく耐えている! なぜ!?
こんなの、耐えられない……!
翌朝、ジェシカは、心地よい疲労感と、身体のあちこちに残る熱の余韻の中で目を覚ました。隣を見ると、グレンはもう身支度を整えているのか、姿はなかった。
「はぁ…。昨日は、すごかったな…」
思い出して、じわじわと顔が熱くなる。
いつもより自分の感じ方がマシマシだった。ああ、意味わからない…。
ジェシカは、グレンの分の枕を整えようと、何気なく手を伸ばした。その時、枕の下にある、硬い何かの感触に気づく。
「ん…?」
そっと引き出してみると、それは一冊の、いかにも年季の入った分厚い本だった。なにも書かれていない表紙をめくると中表紙には、達筆な文字でこう書かれている。
『達人の秘技』
「…たつじんの、ひぎ…?」
ジェシカは、怪訝な顔でパラパラとページをめくり始めた。中には、男女の組手のような、様々な体勢の図解がびっしりと描かれている。
「なんだこの本…?まさか…」
いくつかのページをめくった。
何か、覚えのあるものが次々と出でくる。
そして、ジェシカの動きが、ある頁でピタリと止まった。
『静かなる攻め』と書かれた頁
そこには、昨夜、身をもって体験したばかりの展開の説明が、克明に描かれていた。解説文には『苦難を乗り越えた者にのみ、勝利の美酒を堪能する資格が得られる』とある。
「昨日のアレ、この本の通りに!? 手順書があったのか!?ひいぃぃっ!」
ジェシカは、声にならない悲鳴を上げ、本を落としそうになる。つまり、昨夜のグレンのが微動だにしなかったのは、この本の指示にしたがって…!?
羞恥と、ほんの少しの怒りでプルプルと震えていると、一際立派な栞が挟まっているページがあるのに気がついた。ジェシカは、恐る恐る、その頁を開く。
そこに描かれていたのは、もはや愛の交歓というよりは、高度な曲芸か、あるいは芸術的なオブジェと化した、二人の男女の姿だった。
そして、その図解の横には、グレンのものと思われる筆跡で、赤い線が引かれ、こう書き込まれている。
『目標:いつか必ず』
「……………っっっ!!!」
ジェシカは、完全に固まった。
こここここ、これを?
いつか?必ず!?
その時だった。
「ジェシカ!起きたのかい?朝食が…って、あああああっ!?」
背後から、グレンの全てを察したような、悲壮な声が響き渡る。
ジェシカが、ギギギ…と、ブリキの人形のように振り返るより早く、寝台に駆け上がり凄まじい勢いでグレンが本をひったくった!
「こ、これは違うんだ!これは、その、古代の健康法というか、一種の体操というか…!」
「…グレン」
ジェシカは、虚ろな目で、先ほどまで自分が読んでいたページを指差した。
「昨日のは、どういう『体操』ですか…?」
グレンの顔が蒼白になり、目が泳ぐ。
「あ、あれは…その…身体が、すごく、柔らかくなる…体操…かな…?」
しどろもどろになりながら、グレンは本を背中に隠し、滝のような冷や汗を流しながら、必死に弁解を続けた。
「そ、そうなんだ!これは、血行を良くして、身体の芯から健康になるための、伝統的な体操で…!」
「へぇ。血行が」
ジェシカは、表情一つ変えずに相槌を打つ。
そして、先ほど見た、あの曲芸のような図が描かれていた頁を、記憶の中から正確に思い返した。
「なるほど。じゃあ、あの栞が挟んであった頁の体操は、特に体幹に効くんですか?」
「そ、そうだ!体幹に、ものすごく効く!…と思う…」
グレンの声が、どんどん小さくなっていく。
ジェシカは、そんな彼に、ゆっくりと一歩近づいた。
「…グレン」
「は、はい!」
「昨夜のアレは『静かなる攻め』……?」
「そう…です…」
「そう…」
垂れた耳と尻尾が見えた気がした。ジェシカは、ふっと、子供を諭すような、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「…もう、ばかなんだから…」
その一言に、グレンの肩から、がっくりと力が抜けた。
ごまかしきれないことを、ようやく悟ったらしい。彼は、真っ赤な顔で、観念したように、ぽつりぽつりと白状し始めた。
「……君を、喜ばせたかった、だけで…。僕もどういうものが喜ばれるかわからなかったから、その…書物に、頼れば、うまくいくかと…」
その、あまりにも不器用で、しかし、あまりにも一途な動機に、ジェシカは、こみ上げてくる笑いをぐっと堪え、そして、大きなため息を一つ、ついた。
「…はぁ。分かりました。そのお気持ちだけは、褒めて差し上げます」
「ジェシカ…!」
ぱあっと顔を輝かせるグレン。しかし、ジェシカは、そんな彼に、子供に言い聞かせるように、静かに、しかしはっきりと告げた。
「ですが、グレン。その栞の頁は、いくらなんでも無理です。お互いに、骨が折れますよ、本当に」
「う……」
あからさまにがっかりしている。いや、なんでアレができるとか思うんだ?
「貴方の、そのどうしようもなく不器用な愛情は、よく分かりましたから。もう、こんな書物に頼るのはおよしなさい。私が、恥ずかしいです」
ジェシカは、そう言って呆れながらも、どこか愛おしそうに、しょんぼりと子犬のようになってしまったグレンの頭を、ポンポンと撫でてやるのだった。
翌朝の朝食は、非常に気まずい空気の中で始まった。
グレンは、必死に平静を装い、スープをスプーンで口に運んでいるが、その動きはどこかぎこちなく、ジェシカと一切、目を合わせようとしない。
一方のジェシカは、そんな彼の様子を楽しげに観察しながら、優雅にパンをちぎっていた。そして、不意に、思い出したかのように口を開く。
「そういえば、グレン」
「な、何?」
ビクッと、グレンの肩が大きく跳ねた。
「あの本、ずいぶん年季が入って、書き込みもすごかったですね??」
「ブフッ!!」
グレンは、口に含んだスープを盛大に噴き出した。幸い、ジェシカとは反対の方向だったが。
「いや!その!あれは!だって!」
「ずっと、私に試していたんですか?」
ジェシカは、あくまで真面目な顔で、しかし、その瞳の奥は明らかに笑っている。
「どうりで、やたら手慣れていると思ったんですよね。あんなに詳細な実戦書があったなんて…」
半分くらいの項目に、日付と、〇とか△とか書き込みがあった。
「……もう、その話は、やめてくれないか…」
グレンは、ついに観念し、テーブルの上に突っ伏してしまった。その耳は、真っ赤に染まっている。
ジェシカは、そんな彼の姿を見て、クスクスと笑いを漏らした。
「ふふ、冗談ですよ。でも、本当に、私を喜ばせようとしてくださったお気持ちは、とても嬉しかったです。ありがとうございます、グレン」
その優しい言葉に、グレンは、突っ伏したまま、ほんの少しだけ顔を上げた。
ジェシカは、そんな彼に、悪戯っぽく微笑みかける。
「ですから、その書物は、もういりませんよね?これ以上、おかしな『体操』で怪我をされては、困りますから」
「…………うううっ」
グレンは、蚊の鳴くような声で、そう答えるしかなかった。
グレンは王族としての嗜みとして、手順の座学は受けていました。
そこへ、軍部で回し読みされていた『達人の秘儀』を目にし、風紀を乱すとして没収します。
しかし、恐ろしいほど詳細に解説があり、気がつけば夢中になって読みふけっていました。
この本、実は玄人向けの内容だったのですが(笑)
普通が何かをわかっていないので、次々と実戦投入してしまったのでした。
雨の辺りから色々試してました(笑)
さて、グレンはバイブルを守り通せたのでしょうか?




