表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/30

4オニクセルの双子

 数日後、グレンは今度側近に付くという人物を紹介される事になった。

 執務室のドアがノックされる。


「殿下、側近に内定した方がお越しです」


 グレンはため息をつきながら部屋に入るよう促した。


「ああ、入ってくれ」


 側近につく人物の資料は事前にもらっていたが、まだ目を通していなかった。


「失礼します。この度、側近を拝命しましたオニクセル侯爵家の第一子アンソニーです。よろしくお願いします」


「オニクセル侯爵家…?」

 

 グレンは呆然と目の前に頭を垂れる少年を見つめた。

 アンソニーはジェシカの双子の兄の名前ではないか…。まさか、自分の側近になるとは思ってもみなかった。兄が城へ上がると言っていたのはこの事だったのか…。


「よろしくお願いするよ。僕はグレンだ」


「え…!?」


 顔を上げたアンソニーは驚きの表情を浮かべた。その顔は確かにジェシカと瓜二つだった。


「君とは初めて会うけど…本当にジェシカ嬢にそっくりだね。もしかして僕の名前を聞いていた?」


「あ…の…。城仕えの少年の事なら……妹から…」


 よほど驚いているのか、声がかすれている。


「やっぱり」


 あぁ、せっかく仲良くしてくれてたのに、これでもう気軽に話してもらえなくなるかな…。グレンは内心落胆を隠せなかったが表情に出さないよう努めた。


「まさか、王子…だったなんて…」


「まだ僕のことは公になってないから、彼女には何も言ってなかったんだ。驚くかな」


「それは…はい…。間違いなく…」


 アンソニーはひたすら狼狽しているようだ。


「ただ、僕の立場は色々複雑でね。出来れば内緒にしてくれると助かるな」


「妹に、内緒に…ですか?わかりました」


「僕は政務は初めてだから色々面倒かけると思うけど、よろしく頼む」


「は…はい!よろしくお願いします!」


 アンソニーは深々と頭を下げた。



 それから3ヶ月ほどたった。

 王子の身分も公になり、公務もいくつか任されている。今までは姉のクラウディア姫が受け持っていたものを引き継いだ形だ。

 受け身だった講義とは違い、自分の裁量で処理する必要がある。

 あれこれ検討するのは大変だったが、達成感があった。

 アンソニーも大分仕事に慣れたようで、手際よく業務を補佐してくれる。

 距離感が難しいと思っていたが、はじめの頃はギクシャクしていたものの、最近は随分打ち解けた様子だ。そうなると意外に居心地が良かった。

 驚いたのは彼の剣技で、手合わせした近衛隊の者を次々と負かしていた。

 グレンも、手合わせしたが、まったくと言っていいほど歯が立たなかった。


「君はほんとに強いね。羨ましいよ」


 今日も打ち込みはほとんど届かず、稽古をつけてもらった感じだ。


「王子はまだまだ伸びしろがありますから、これからの鍛錬次第ですよ。それにうちは武家の家系ですし、物心がつく頃には剣を握ってましたからね。兄妹でよく稽古したものです」


 アンソニーは照れ笑いで答える。


「ジェシカもこんなに強いの?」


 グレンは目を丸くして聞き返した。


「まあ……、実力は同じくらいですね」


 と、いう事は、相当の腕前だろう。


「そう言えば、ジェシカはこの国で1番の剣士になりたいと言っていたものね」


 オニクセル領でジェシカが生き生きと夢を語っていたことを思い出す。


「そんな事まで……妹の事、よく覚えていて下さって…。ありがとうございます。ですが、王子はその…妹から聞いていた印象とだいぶ違いますね…」


「どんな風に聞いてたの?」


 ジェシカから見たグレンはどんなだったのか。ふと興味が湧いた。


「素直で…少し引っ込み思案な子どもらしい少年だと。王子はむしろ大人びています。普段は控えめな方ですけど…昼間の会議で反対意見を淡々と論破されたのは圧巻でした。威厳もありましたし…」


「そうならざるをえなかったんだよ。それが僕に求められた立場だからね」


 ジェシカの印象とは真逆もいいところだ。素の自分を隠して求められる立場を演じているうちに、そういう人間になってしまった気もする。


「そんな…。もっと年相応でも良いのでは?」


 アンソニーは少し悲しげに呟いた。

 ジェシカと同じ顔でそんな表情をされると、何とも言えない罪悪感が胸をしめた。




 数日後、オニクセル侯爵家から謁見の申し出があるとの事でグレンはアンソニーと共に向かった応接室で、仰天した。

 そこにいたのはアンソニーと同じ顔をした薄桃色のドレスの令嬢だ。

 つまりジェシカ、だ。

 まさかこんなに突然王城で会う事になるとは…。何の心づもりもないまま王子の立場で会うことになるとは思わなかった。

 グレンはジェシカも驚いてるのではないかと見やったが、彼女からは不思議と何の反応もなかった。


「何で…」


 後ろからつぶやきが漏れ聞こえ目をやるとアンソニーが盛大に引き攣っている。

 どうやら彼も何も知らされていなかったようだ。


「はじめまして、殿下。オニクセル侯爵家のジェシカと申します」


 何と言い訳をしようか思案していると令嬢は優雅に腰を折り、挨拶を口にした。


「はじめまし、て…?君が、アンソニーの妹?」


「はい。お目にかかれて光栄ですわ」


 微笑んで告げるジェシカの発言に違和感を覚え、グレンは呟いた。

 初対面のふりをしている?それともまさか、自分がグレンだと気がついていない?

 しかし、どうも何かが違う…。

 久しぶりに会うならともかく、つい3ヶ月前に再会したばかりなのに?


「あ、あの、王子!妹は初めての謁見で緊張のあまり混乱しているんです!すぐ下がらせますので…!」


「あらぁ、おにいさま、お会いしたかったですわぁ。私に内緒で登城したと聞いて、とっても驚きましたのよ?」


 ジェシカはアンソニーに向かい優雅に微笑んだ。緊張どころか余裕すら感じるその物言いに、ますます違和感が募る。昔、マーカスに改まった様子で受け答えていたジェシカはもっとサバサバした口調だった。

 アンソニーは青い顔をして目を泳がせていた。


「殿下。少し兄をお借りできますか?久しぶりに水入らずでお話したいんですの」


 笑みを崩さないその顔は確かにジェシカと同じ顔だ。だが…違う。少なくとも自分が知っている彼女とは違う。

 こんな雰囲気をまとった子ではなかった。これならまだしもアンソニーのほうが…。

 

「王子…。申し訳ありませんが、少々妹と話をして来てよろしいでしょうか?」


 急ぎ退出しようとするアンソニーに、グレンは唐突に思い至った。


「あ…」


 そうだ。双子だから似ていて当然と違和感を感じていなかった。だが…。


「もしかして…君が、ジェシカなの?」


 グレンは、アンソニーに声をかけた。

 アンソニー…ではなくジェシカはグレンの指摘に天を仰いだ。



「嫌だ、元々知り合いだったですって?せっかくうまく入れ替わりを解消できると思ってたのに!何で先に報告しなかったのよ」


 薄桃色のドレスの令嬢が口を尖らせて言った。


「僕も王子その人と知ったのは、ここに来てからだったんだ。こんな事、手紙で報告できるわけないだろ?それよりアンソニー、なんでまだその口調?」


 そうだ。入れ替わりということは、この子がアンソニーと言うことになるが…。

 もはや何が正しいのかわからなくなってきた。オニクセルの双子は男女の双子ではなく二人とも女の子なのだろうか?


「ジェスが代わりに王城へ上がったって聞いて、なら私も身代わりに徹してやろうと思ったら意外とハマっちゃって」


 ペロリと舌を出しコロコロ笑う姿はカワイイ女の子にしか見えない。


「僕の代わりなら別にそこまでしなくてもいいじゃないか!!」


 オニクセルにいた時のジェシカはそもそもお嬢様とは程遠かった。


「せっかくなら徹底しないと。うふふ、カワイイドレスにお化粧にスイーツ!女の子って楽しいわねぇ。侍女のみんなも殺伐としてたお屋敷が華やかになって大盛り上がりよ!」


 アンソニーはノリノリである。そしてやはりジェシカには見えない。


「つまり、君は男…なんだね?なんでまた、入れ替わりを…」


 グレンは呆然と呟いた。


「はい、男ですよ。流石に勤務中は真面目にするつもりですからご心配なく」


 アンソニーは口調を変えて答える。声も少し低くなった。


「実は登城の話が来た直後に、アンソニーが足を骨折してしまったんです。しばらく高熱が続いて寝込んでいて…。もう登城する手配が済んでいて、今更取りやめにする事もできない、と…父が」


 ジェシカは気まずそうに説明する。


「それで、ジェシカが代わりに?」


「顔も身長もご覧のとおりほぼ同じですからね。それに…私が城に上がって実績を作れる絶好の機会じゃないですか」


「なんて無謀な…」


 下手すれば投獄されかねない。オニクセル侯爵も正気の沙汰とは思えない。


「でも、今までバレなかったじゃないですか。王子も、気がつかなかったでしょう?」


「似ている…とは思ったんだけど、双子だからだと思ったんだ…」

 

 実際のアンソニーと話したら全然印象が違う。言葉遣いの問題もあるかもしれないが。

 グレンはジェシカの無謀さに呆れながらも、知らずジェシカと過ごしていたと知り、楽しい気持ちになってきた。

 そう、自分の力は通用するのだと、ジェシカは身を持って証明したのだから。


 グレンは父王、王妃、姉姫に事の次第を正直に報告し、ジェシカも側近として迎えたいと願い出た。

 みな一様に難しい顔をしたあと、初めての王子のワガママを聞き入れる事にした。

 こんなに熱心な王子は初めてだったからだ。


 ジェシカは男装のまま、ジェスと名乗り、アンソニーはオネエ言葉のままアニーと名乗って、二人とも男として正式にグレンの側近になる事が決まった。

 それまでのアンソニーとのギャップに最初は皆混乱していたが、あっという間に馴染んでいった。

 貴族の力の均衡が!序列が!と反対意見もあったようだが、クラウディア姫が色々手を回し握り潰したようだった。やはり、姉のほうが後継者として向いているのでは、とグレンは苦笑いした。


 

 アンソニー登場回です。ややこしくてすみません。私の作品、双子率がものすごい高いです。昔っから大好きなんですよね。

 ジェシカとアンソニーはいわゆるとりかえばや。

 性別違うと二卵性だからせいぜい似てる兄妹なんですけど、見間違えるほどそっくりな双子設定です。

 アニーは研究の成果もあり素晴らしく女らしいです。重くなりがちな話をうまく転がしてくれます。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ