幕間 兄妹
3再びめぐり の前後のお話です
「嘘だろ!?俺のかわりにジェスが登城しただって!?」
足を骨折し、高熱で寝込んでいたこの1週間に、双子の妹は自分になりすまし、王都リバースへ向かったという。
「しょうがないだろう。もうすべて準備が整っていたのに、今さらやめられるわけないじゃないか」
たぬき親父こと、父、オニクセル侯爵が飄々と告げた。
「ふざけるな!!」
それで事が露見したら一族郎党、一巻の終わりではないか。
この狸おやじも、妹も、行動が軽すぎる!
確かに、妹は小さい頃から男勝りで、アンソニーに負けじと、ありとあらゆる武芸をこなしてきた。そしてそれだけの実力も兼ね備えていた。
野党討伐までこなし、ついには更生させ、親分と言われる始末。
自分と2人、オニクセルの双星とまで異名を取っていた。
常日頃から、国で一番の剣士になりたい!
騎士団に入りたい!と、夢を語っていた。
だが本当はアンソニーは、妹にはそろそろ、女の子としての幸せにも向き合ってほしいと思っていた。
同じ顔に向かって何だが、令嬢としてドレスに身を包む妹は、すこぶる可愛いのだ。つくづくもったいないと思う。
早くに母を亡くしたせいで、身近に手本となる淑女が存在しなかった結果、男らしく育ってしまった。
それでも2年ほど前は、女の子らしくしようとしていた時期があったのだ。
だがそれも、長くは続かなかった。
いつも、どこにでも一緒に出かけていた2人だったが、その日はアンソニーが侯爵家の跡取りとして隣の伯爵領に招かれ、妹を領地に残し出かけていた。
帰ってみれば、妹は生き生きした目で語った。
『自分はこのままでいいんだ!夢を叶える!』
なんでも、ブレイグへの外交から王都に戻る途中に立ち寄った、マーカス卿の側仕え見習いの少年に、そう言われたそうだ。
興奮気味に、息巻いていた。
ちなみに、無茶苦茶綺麗な男の子だったらしい。
それからは、もうただひたすらに、剣の修行に打ち込んでいた。
もちろん俺だって、妹に負けるわけにはいかない。毎日毎日毎日……。気がつけば、もう大人ですら、自分たちに勝てる者はいなくなっていた。
「ああもう!側にいなきゃ助けてやることもできないじゃないか!」
アンソニーは唸った。
かわいい妹に、万一のことがあったらどうしたらいいんだ。
「侍女にキャロラインをつけてやったし、何とかなるだろう。わが娘ながら、どっからどう見ても立派な男だ」
「堂々と、何言ってやがる!!!」
どこまでも能天気な親父に、ブチっと切れた。
「心配なら、1日も早く直してジェシカと交代するんだな。ただまあ、杖無しで歩けるようになるまでは2か月以上かかるみたいだが」
「ああぁ!やってらんねぇ!!!」
アンソニーは、だんだんアホらしくなってきた。
自分ばかりが真面目にあれこれ考えているのが、ほんとにアホらしくなった。
なので、意趣返しに、周りを困らせてやることにした。
「あら、今日のおやつは苺ショート?嬉しいわぁ」
アンソニーは、ニコニコ苺を口に放り込んだ。
妹はすこぶるカワイイのだ。
つまり、自分だってカワイイはずだ。
こんなにカワイイのに、隠しとくなんて、世の冒涜だ。やるからには徹底的にやってやる!
そんなわけで、起き上がれないうちは口調から、松葉杖で歩けるようになってからは服装も。そしてスイーツにお化粧。
どんどんエスカレートしていった。
というか、とても楽しかった。
ドン引きされたのは最初だけで、今や屋敷の女性陣はノリノリである。
この殺伐とした屋敷に、潤いが蘇ったと。
今日も優雅にお茶を飲み、アンソニーはうふふと笑った。
3か月後。
まだ王都からはなんのお咎めもない。
時折来る手紙には、アンソニーの名で、元気にやっていると綴られていた。
「ほんと、満喫してくれちゃって…。こうなったら、こっちだって驚かせてやるんだからね!」
すっかり完璧な令嬢に変貌を遂げたアンソニーは、意気揚々と王都に出発。
オニクセル侯爵は、まあなんとかなるだろと、やはりのほほんと呟いた。
そしてオニクセルには、ついに二人とも帰ってこなかった。
アンソニーが純粋な男の子だった頃のお話です。
妹大好きなお兄ちゃんだったんですね。
跡取り二人とも王家に取られて、オニクセル公爵は長い事引退できませんでした(笑)




