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3再び巡り

 気温が上がり夏の陽気が漂う頃、グレンは14才になっていた。相変わらず細いが背がぐんと伸び、凛々しさが増してきた。 

 最初は山ほどあった講義も少なくなってきて、剣の訓練にも力を入れている。

 自由時間が増え、一人になれる事も多かった。

 最も、もう少ししたら政務を持たされるということで、今側近となる人選のにあたっているところだった。

 グレンの立場はまだ公にはされていない。

 必要な知識と振る舞いを身に着けてから公表して欲しいと、王に懇願したからだ。

 だが、政務を持たされるということは、それもあと少しということだった。

 馬にも乗れるようになった。愛馬は芦毛のシルビィだ。

 一昨年、子馬と母馬を引き取り馬の世話もしているため、どちらもよく慣れていた。

 厩にいくとシルビィは鼻を擦り寄せ甘えてくる。持ってきたニンジンを与えると、歯をむき出しにして喜び、むしゃむしゃ食べてしまう。

 

「ふふ、ジェシカがかわいがっていたのが分かるな…」


 グレンは馬を見るたびに、彼女を思い出していた。

 ワーズウェントの女の子はみなあれほど元気なのかと思ったが、そうではなかった。

 少なくとも剣を振り回したり、馬で早駆けするような子はいなかった。ジェシカが特異だったようだ。


「楽しい子だったなぁ」


 グレンはオニクセルに訪れた日の事を思い出し、温かい気持ちになった。


「また会いたいな」


 けれどオニクセルは遠く、行くならば王子の身分での来訪になるだろう。

 そうすると友達ではいられない気がして、酷く切なかった。


 グレンは王城の横にある湖を馬で散策することにした。軽装に着替えこっそりと厩から抜け出す。 

 外出を告げると何人もお供がついて回るのが嫌で、こうして短い時間ながら出かける事が多々あった。

 馬番のカイトは、気づいてるようだが見逃してくれていた。

 今日は汗ばむ陽気だ。水浴びでもしようかと人目につかないグレンの秘密の場所に、シルビィを走らせた。

 湖は綺麗な円形になっていた。星が落ちた後に水が湧き出し湖になったそうだ。

 この湖の底にはいまでも星の欠片が沈んでいる。その周辺からダイヤモンドが取れるそうだが、水底深く沈んでいるため採掘が難しいらしい。

 だが星が落ちてから水が湧き出すまでの間は多くのダイヤモンドを採掘でき、復興の財源になったそうだ。

 もともとダイヤモンドが産出される土地ではないため、星の贈り物とされていた。


 湖は半球状になっているので、すぐに深くなっており、泳ぎができないと危険だ。

 だがグレンは、プレイグの短い夏に、ロブと毎日のように水遊びして、泳ぎには長けていた。

 シルビィを水辺の木にくくりつけて、服を脱ぎ、下着姿で水に入ると火照った身体が心地よく冷やされる。グレンはザバンと水に潜る。

 すると、すぐ先に深い深い水底に続く斜面が見えた。日が指してキラキラ輝いている。水は澄んでいるのですぐそばに見えるが水底までは相当深いようだった。

 息がつき、水面に上がり仰向けに浮かんで青い空を眺める。

 気持ちがいい…。疲れや鬱憤が指先から流れ出るようだった。


「うわぁ!」


 突然叫び声が響き、グレンは驚いて声がした方をみた。すると、誰かが水面でもがいていた。深みに足を取られたのだろう。

 グレンは慌てて声がした方へ泳ぎ出した。

 しばらくバシャバシャ音がしていたのに湖面には誰もいない。

 水中に潜ると人影が見えた。グレンは人影の方へ深く潜った。ゆっくり沈んでいく人影に追いつくと、手を掴み何とか水面に浮上する。

 意識がなくぐったりしているようだ。早く陸地に引き揚げなくては。

 昔、泳いでいたとき、足がつって溺れかけ、やはりロブに助けてもらった事があった。

 溺れているものは無我夢中でしがみつく事があるので、後ろから支えるのが鉄則だそうだ。

 背後から身体を支えると、フニャッとした柔らかい感触がした。

 お…女の子!?

 グレンは狼狽したが、手を離すわけにもいかず、そのまま水面に出ると、女の子の顔が沈まないよう注意しながら陸地まで泳ぐ。足がつくところまで来ると、何とか陸地まで、はい上がった。

 女の子も下着姿で泳いでいたようで透けて肌に張り付いた薄布に、目のやり場に困ってしまった。

 ひとまず女の子を横向きで寝かせる。

 呼吸はなんとかあるようだが苦しそうだ。水を飲んだのかもしれない。

 グレンは背後から背中を強めに叩く。

 

「ゲホッ!ゲホッ!」


 すると、女の子はがぼっと水を吐き出しむせかえった。意識が戻ったようでゼイゼイ呼吸しながら身を起こす。


「た…助けていただき、ありがとうございます」


 ゆっくりあげたその顔に酷く既視感を覚えた。

 中性的な顔立ち。オリーブグリーンの瞳…。

 それは、何度も懐かしく思い描いていた少女。少し大人びてはいたけれど。


「ええ!?ジェシカ!?」


「え……」


 女の子は何度も瞬きしてグレンの顔を見つめた。しばしの沈黙のあと…。


「もしかして……、グレン?」


 どうやら、覚えていてくれたようだ。 

 思いも寄らない場所で再会し、お互い驚きの声をあげた。

 しかし、2人とも下着姿であることに気づき慌てて背を向ける。


「どうしてこんな所にいる…んですか?」


 グレンは背中越しに声をかけた。


「あ…、普通に話してくれると嬉しいな。双子の兄が登城することになって、それで…?」


 ジェシカは歯切れ悪く答える。


「いいの?ありがとう。そうする。お兄さんと一緒にきたんだね。しばらくここにいるの?」


「いや、僕は城にはいかないんだ。こっそり来たからその…すぐ帰る予定で…」


 こっそり来たから後ろめたかったのか。グレンはジェシカの歯切れの悪さに合点がいった。


「そうなんだ。残念。お兄さんはたしかアンソニーだっけ?双子って、ジェシカに似てるの?」


「あ…、うん。そっくりだよ。ほとんど同じ顔…だよ」


「へえ。双子の子には会ったことないんだ。不思議だね」


「そうかもね…ぼくは生まれたときから一緒だったから、それが普通だったんだけど」


 感心しきりのグレンにジェシカの声が柔らかくなった気がした。



「そうなんだね。ああ…でも久しぶりに会えて嬉しいな」


 背中越しに聞くジェシカの声が懐かしい。胸が、暖かくなる。


「僕も嬉しいよ。グレン、大きくなったね。前は女の子みたいだったけど、ちょっとたくましくなったかな?」


 ジェシカが明るく返した。


「はは、あれから馬にも乗れるようになったし、剣の訓練もしているんだよ。まだまだ下手っぴぃだけど。僕の馬はシルビィっていうんだ。そうだ、ルーフェは元気?」


 栗毛のピカピカの馬。ジェシカに初めて乗せてもらった馬、ルーフェ。懐かしい。


「うん。ルーフェも行くから、王城の厩に預けることになると思う」


「そうなんだ!じゃあ今度会いに行こう」


「グレンは今、王城にいるんだね」


 ジェシカは少し躊躇いがちに告げた。


「あ、うん。そうなんだ。色々教えてもらったよ…」


 後継者教育を、とはとても言えない。返すグレンの言葉も歯切れが悪くなる。


「ふふ、あんなに自信なさそうにしてた子が、見違えるようだよ。だけど素直でいい子なところはそのままだね」


 王城でのグレンはあまり感情の起伏無く淡々としており、物静かだと思われていたので、ジェシカの前で素の自分が出せている事に気づいた。

 何だろう。胸の奥がぎゅっとなる。


「それに…助けてくれてありがとう。人影に驚いて慌てちゃって…、急に深くなってびっくりした。僕、泳げないから」


「えっ、そうなの!?」


 意外な告白にグレンは驚いた。身体を動かすことは万能そうなのに。

 今日、ここにこなかったら、ジェシカは溺れていたかもしれない。そう思うと心底身震いした。


「泳げないなら水浴びは浅いところでしないと。助けられてほんとに良かった。危ないからもうしないでね?」

 

 これ以上大切な人を失うのは嫌だ。

 グレンは自分の中でジェシカの存在が母とロブ同じように、とても大きい存在になっている事に気付く。


「うん。気をつけ……くしゅんっ」


 ジェシカはくしゃみをした。

 夏とはいえ、湖の水はひんやり冷たかった。濡れたままでは風邪をひいてしまう。


「ごめん。早く着替えたいよね。僕は向こうで着替えてくるよ。服は大丈夫?」


「あ…ここから少し離れたところにあるから大丈夫だよ。それに…もう帰らないといけないんだ」


「そうなんだ…。また会える?」


「明日でよければ、少しなら…」


「ほんと?嬉しいな!あ…でも僕も少ししか会えないかも…ここでお昼くらいにどう?朝か夕方のほうがいい?」


 ジェシカに絶対に会いたいグレンは、あれこれ案をだした。

 明日は講義があるが、何とか抜け出す算段を考える。


「うん、お昼でいいよ。明日ここで待ってる」


 ジェシカは苦笑しているようだった。

 

「良かった!それじゃまた明日!風邪引かないよう早く着替えてね!」


 そう言ってグレンは立ち上がると、シルビィを繋いでいる水辺の木の方へ走った。

 だいぶ離れてから振り返ると、ジェシカも振り返って手を振ってくれた。

 グレンも大きく手を振り返してからシルビィの元へ帰った。



 翌日…グレンは所用があるからと無理を言って講義の日程を変えてもらった。

 もちろんジェシカに会うためだ。

 シェフにこっそりお願いしてサンドイッチと果実水を用意してもらう。

 2人分の料理を頼んで何か言われないかと心配したが、シェフはニコニコ笑って応じてくれた。

 グレンは食事の入った包みを受け取ると、部屋にこもるふりをしてこっそりシルビィをつれ湖へ向かった。



 湖畔に着くとジェシカはまだ来ていないようだった。正午までまだしばらくある。張り切りすぎたようだ。

 シルビィを木につなぎ、水辺付近まで来て敷布を敷いて腰を下ろす。

 昨日は、慌ただしくてほとんど顔を合わせて話せなかったから、とても楽しみだ。

 ずぶぬれで風邪をひかなかっただろうか?

 今日はどれくらい話せるかな?

 気持ちが高揚するのが止まらない。

 こんなに胸が躍るのは久しぶりだった。


「あれ、グレン。もう来てたの?早いね」


 程なくしてジェシカが来た。

 髪を無造作に後で一つに束ね、相変わらず少年のような姿だ。侯爵令嬢にはまったく見えない。

 

「早く着いちゃった。ジェシカも早かったね。こっち座りなよ」


 グレンは自分の横をポンポン叩きジェシカを呼び寄せる。


「ありがとう。準備いいね」

 

 ジェシカはニコニコ笑って敷布に腰をかける。


「サンドイッチも持ってきたよ。一緒に食べよう」


 グレンは包みを解き目の前に並べる。サンドイッチとドライフルーツやナッツ、果実水となかなか豪勢だ。


「うわぁ。美味しそう!ありがとう、いただくよ」


 ジェシカはサンドイッチを取るとむしゃむしゃ口にほおりこむ。

 堅苦しいテーブルマナーで食べる食事よりよほど気楽で、グレンは声を上げて笑った。


「ジェシカ、変わらないなぁ。その飾らないところも。ほっとするな」


「そう?こんなときぐらい好きに食べたいもの。グレンこそ相変わらず大らかだね。最近みんな女らしくしろって目くじら立てて、うるさいったらないんだよね。必要なときはそうしてるけどさ」


 それは、グレンの前では素でいるという事だ。何だか嬉しかった。


「食事は楽しいほうがいいよね」


「さすがグレン。わかってるね」


 ジェシカはにっと笑って応じる。

 ああ、相変わらずキラキラしてるな…。

 その笑顔にグレンの胸は温かくなった。


 それから二人で色々話した。

 時間はあっという間に過ぎ、太陽がだいぶ傾いていた。

 名残惜しいけれど、会えて良かった。


 ジェシカは、いつか必ず城で会おうねと笑って去っていった。

作中で触れる湖は別の短編に出てくる場所です。

ARCADIAの話同士は基本独立していますが、地名や伝承に同じものが出てきます。

作者的ニヤリ要素。

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