もうひとつのエピローグ 夢で逢えたら
リーザ編のエピローグです
「ここは……?」
リーザは辺りを見渡した。
身体が妙にフワフワしている。
それに辺り一面の、白い、雲???
リーザはキョロキョロと辺りを見渡した。
夢を見ているのだろうか?
まるで雲の上にいるみたいだと思ったら、足元の隙間から地上が見えた。
「きゃああぁ!!!」
いつも丘の上から見渡す風景がさらに小さく足元に広がっている。
高い!
その高さに思わず絶叫してしまった。
「あはははは!」
すると後ろから笑い声が聞こえてきた。
振り返ったリーザは、更に信じられないものを見た。
「ロバート!?」
ロバートが雲の塊に腰掛け、膝に片肘をついて頬杖をつきにんまり笑っている。
「相変わらずリーザは可愛いなぁ」
そう言って、さらに目を細めて笑った。
「ロバート!ロバート!!」
リーザは高さの恐怖も不思議な光景も吹っ飛び、泣きながらロバートのところへ駆け寄る。
ロバートが立ち上がり両手を広げているところへ飛びついた。
「ロバート!会いたかった!!」
信じられない。
でも確かな感触でそこにロバートがいた。
「俺も会いたかったよ」
ロバートはリーザの額にチュっと口づけをした。
「どうして、どうしてわたくしを置いていったの!?手紙一つ残して……!あんまりだわ!」
リーザはわんわん泣きながら訴えた。
「ごめんな。リーザに止められると覚悟がが鈍りそうだったから…」
ロバートはリーザの髪を優しくなでる
「ばかばか、ばかばかばかぁ!!倒れたあなたを見た時のわたくしの気持ちがわかる!?」
リーザはロバートの胸をぽかぽか叩きまくし立てた。
「血まみれで、まだあったかいのに動かなくて、お別れも言えなくて、わたくしも、一緒に、死んでしまいたかったんだから!!!」
「うん。リーザが俺を呼ぶ声、最期に聞こえてた。身体はもう動かなかったから応えられなかったけど、びっくりした」
リーザは顔をあげ、ロバートを見上げた。
「聞こえて………いたの?」
「ああ。まさかここまで追いかけてくるなんてさ…嬉しかったよ。あー、こんなに泣いてくれる子がいるなんて、俺、幸せだなぁと思いながら意識が薄れていったんだ」
リーザは胸がいっぱいになった。言葉は交わせなかったけど…最期にロバートに言葉が届いていた。
「わたくしの声、あなたに届いてたのね………」
無理矢理駆けつけて、本当に良かったと…心の底から思った。
「夢でも…嬉しい……」
リーザは泣き笑いの顔になった。
「お、リーザ。やっと笑ってくれたな。俺、リーザの笑顔が一番好きだって言ったろ?」
ロバートは両手でリーザの頬を包み込むとまた優しい口づけを、何度もしてくれた。
くすぐったくて、嬉しくて、また笑ってしまう。
「ロバート、わたくしね、本当に一緒に死のうと思って、ワーズウェントの王子殿下や妃殿下に申し出たのよ。でも、王子殿下は、それはあなたが望まないだろうって。
わたくしがあなたの生きた証だと…止めて下さったの」
「そうか…あいつらしいな」
「ええ、本当にいい方ね……」
「惚れたか?」
「ばか。でも貴方を亡くした哀しみを分かち合えたのはあの方だけだったわ……それに、妃殿下に一途な方よ」
「ああ、そうだな」
一瞬、ロバートの顔が曇ったが、すぐに優しく微笑んだ。
「ねぇ知ってる?妃殿下は、双子の男の子をお産みになられたの。銀髪と黒髪の男の子。わたくし、お会いしたわ。王子殿下と貴方に、そっくりだったの。元気いっぱい駆け回ってとっても仲が良さそうだったわ」
リーザは、あえて伝える。ロバートがとても悔いているのを知っていたから。
少しでも救いになればと思って。
「は………マジか?」
ロバートはしばらくぽかんとしていたが、涙が出るほど爆笑した。
「あは、ははははは!!あいつの嫁さんには申し訳無さすぎるけど……すげーな!そうか、そうかぁ」
ロバートは感極まったのか、鼻をすすりながら天を見上げた。
「それだけじゃないのよ」
リーザが続ける。
「わたくしにも……子どもが出きたのよ」
ロバートは目をこれでもかとひん剥いた。
「………マジかよ…。俺の…子?」
「もう!どうしてそんな事言うの!?他に誰がいるのよ!目元が貴方にそっくりな男の子よ」
「俺、すげぇ………あの土壇場で良く」
「ええ、あなたが私にくれた宝物よ。おりこうで、いつもお勉強ばかりしているわ」
「性格はリーザに似たんだな。ああ!良かったなぁ…いいなぁ。すっげぇ幸せそうだな」
ロバートがなんとも言えない羨望の眼差しで、雲の隙間の地上を見下ろした。
「ここからじゃ、人は豆粒くらいにしか見えないんだ。でも、あそこにみんないるんだな」
リーザの家も、あの丘も、王城も眼下に小さく見える。
『ここはどこなの?どうしてわたくしはこんなところにいるの?』
口に出したら目が覚めてしまう気がして、もう帰れない気がして言えなかった。
本当は、何もかも放り出してロバートとずっといたい。
でもまだ、リーザにはやらなければいけない事がたくさんある。
もう少しだけ、夢の続きを見たいけれど……。
ロバートを振り返ると彼ははいつの間にか真っ白な正装をしていた。
びっくりした。もう何でもありだ。
「まぁ素敵、そうしていると王子様みたいよ」
リーザは瞳をきらめかせ、うっとりとロバートを見つめた。
もうこの幸せを満喫しようと思いながら。
「俺も一応、王子だったんだぜ?」
ロバートはそれを聞いて吹き出す。
「だって貴方、ちっともそんな格好して来てくれなかったじゃないの」
いつも暗めの服ばかり着ていたロバートだったので白い服が眩しい。
「俺だけじゃないよ。ほら!」
ロバートがリーザを指さした。キラキラとした虹色の光が優しく頬を撫でたかと思うと、リーザは白いレースに縁取られたフワフワのドレスをまとっていた。
短くしていた髪も昔のように伸び、小さな真珠のティアラが乗っている。
手には白く肘の上まである手袋。
そして、頭にもふわりとベールが舞い落ちる。
すると目の前に、大きな鏡が現れた。そこに映っている二人は………
「もしかして、婚礼衣装?」
「そう、俺の心残り。リーザの花嫁姿。やっぱりいいなぁ」
ロバートは幸せそうに笑う。
そうして白に少しピンクがさしたバラのブーケをリーザにさしだした。そこから1輪抜いて胸のポケットに納める。
「本当に、あなたの花嫁になれるのね?」
「ああ。世界一カワイイ花嫁だ。愛してるよ、リーザ」
「わたくしのほうが、ずっとたくさん愛しているわ………」
リーザはブーケを受け取ると、胸の奥から温かいものが込み上げて来るのを感じた。
『やっぱりわたくし、夢を見てるのね…』
次々に驚くような事ばかり起こる。
でも、なんて幸せな夢なんだろう。
リーザの願いを何倍にも大きくして。
青空にどこからか鐘の音が聞こえる。
広がる雲の上、二人は誓いの口づけを交わし笑いあった。
青い空が茜色から薄紫色に変わるまで、二人で肩を寄せ語り合った。
「夢でも会えて、嬉しかった。このまま時間が止まれば良いのに。でもまた夢で会えるわね」
「……リーザ、実は夢じゃ無いんだよ」
「え……?」
「だから次に会えるのはもう少し先かな?俺、リーザが来るのをここで待ってるから。ゆっくり楽しんでからおいで」
「ロバート!?何を……そんなの私、しわしわのおばあちゃんになっちゃうじゃない!!」
「ははは!心配するのそこか!?」
ロバートは爆笑する。
「リーザはきっとカワイイおばあちゃんになるから大丈夫。それにここじゃみんな幸せだった頃の姿で会えるから心配するな。元気でな!待ってるからな!」
そう言ってリーザに名残惜しげに口づけをすると、ロバートは思い切りリーザを雲の上から突き落とした。
「……っ!?きゃあああ!ロバートっ!!!」
凄い勢いて落ちていく感覚で、リーザは気が遠くなった。
「お母さん!しっかりして、お母さん!」
リーザは重い目をうっすら開けた。
「……ひどい、ロバート」
まさか突き落とされるとは。
リーザの心臓はまだバクバク言ってる。
呼吸も息苦しい。
「え、お母さん、僕はルーカスだよ、しっかりして!大丈夫?」
子どもの……ルーカスの声が響いてくる。父親にそっくりな低音の心地良い響き。
「だめよ、しばらく動かさないで。応急処置をしただけだから。担架が来たら診療室に運ぶわ」
白衣を着た少女が、床の上に身を横たえているリーザの横に膝をつき、心配そうに見下ろしている。まだあどけない顔をしていた。
リーザはぼんやりと辺りを見回した。
広いホールの壁際にいた。
「わたくし、あんなところから落ちて、良く無事だったわね………」
ぼんやりしたまま呟く。胸が響くように痛いのはぶつけたからだろうか?
「お母さん!しっかりして!お母さんは僕の入学式で倒れたんだよ!呼吸も止まってたんだ。うっうっ。もうだめかと思ったところで、この子が助けてくれたんだ!」
ルーカスは白衣の少女に振り返って、手を握る。
「ありがとう…。母を助けてくれて本当にありがとう…!」
少女はにっこり笑って応じる。
「呼吸が戻って本当に良かったわ。私はエル。この学校の最上級生よ」
「僕は…」
「ルーカスね。さっきお母さんに言ってたじゃない。入学おめでとう」
「あ、ありがとう。君はもう最上級なの?そんなに小さいのに」
「ふふ、私は早くから入学したから。早くお医者様になりたいの!」
『エル………。あのお顔、もしかしてエルン大公女殿下?』
リーザ目を見開いてエルを見たが、彼女は人差し指を口に当ててアメジストのような瞳で目配せした。
その仕草は王子……大公殿下を思い起こさせた。顔は、妃殿下にそっくりだ。
「助けて下さり、ありがとうございました」
リーザはエルに礼を言い、深く息を吐いた。
そして、軽く目をつむる……。
ロバートが亡くなって、もう20年も過ぎていた。
『わたくしは、死にかけたのね。だから、ロバートに会えた。わたくしの姿もあの頃のまま…。ああ、婚礼衣装まで着られて…。とても……とても幸せだった』
でも……。ルーカスが独り立ちするまではまだ死ねない。
しわしわのおばあちゃんになっても、ロバートはきっとリーザを愛してくれるだろう。
ロバートが若いままなのは悔しいけれど。
『一緒に、年を重ねたかったわ。ロバート……。もしも、わたくしが生まれ変わった時は、今度こそ、可愛い子どもたちと、愛するあなたとみんなで笑って、いつまでも、幸せに暮らしたい……』
リーザは左半身に少し麻痺は残ったけれど、孫の成長を見届けるまで長生きした。
しわしわのおばあちゃんになるまで。
毎日空を見上げては、微笑んで。
そして、眠るように息絶えた。
死ぬのは怖くない。だってロバートに会えるのだから。
「リーザ!待ちくたびれたぞ!」
「ロバート!ロバート!会いたかった!これからはずっと一緒よ!」
雲の上で、あの頃の姿で、再会し、二人はようやく一緒に過ごす事ができた。
いつか生まれ変わる日まで、ずっと、ずっと………。
これはリーザの救いの物語です。
本当に雲の上でロバートが待っているかもしれないし、ただの妄想かもしれません。
でも、リーザがロバートを心の底から愛していた事だけは間違いありません。
婚礼衣装、良かったね。
エルンとルーカスはこの後研究仲間としてワイワイ過ごす予定です。




