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17強襲

血みどろの戦闘描写があります。

苦手な方はご注意ください。

 グレン率いる先陣部隊はいよいよ森を抜け、王都へ向かう街道目前まで兵を進めた。ここまでは問題なく行軍することができた。このまま一気に王城に攻め入るには兵が少ないが、本隊がすぐ合流することを思えば、早めに奇襲を仕掛け、有利に進めたいところだ。

 しかし、ついに前方にブレイグの騎馬隊と歩兵が展開しているところに遭遇した。


「戦闘になる!各隊配置につくんだ!」


 グレンの指令と共に、王子側の軍勢も素早く展開する。

 もともと、この辺で衝突することは予想していた。

 


 ここまで無傷で軍を進められたのも、奇跡に近い。

 前方から剣撃が鳴り響く。

 グレンは実戦の経験がない、やはり想像よりはるかに生々しい。あちこちで悲鳴が上がり、鉄臭い匂いがあたりに広がっていた。

 ジェシカはグレンの後方を守ってもらっている。無事を祈るばかりだ。



 兵力は互角…いや、やや苦戦している。

 後方支援を言い渡されていたジェシカは、冷静に戦況を分析して、歯噛みをしていた。  

 右翼小隊はもう持ちそうにない。

 そうするとグレンの隊の横を突かれる事になるのに彼は引くどころか、前に押し出ている。

 死にたい訳ではあるまいに、実戦経験が無いのが仇になった。

 ジェシカはオニクセルで、度々野党討伐に出ていたので、実戦経験はそれなりに積んでいた。だからこそグレンの危うさに気が気ではない。


「ルーフェ、行くよ!」


 後方支援は、必死で止める副長に押し付け、グレンの部隊に馬を進める。長年寄り添った愛馬は臆する事なく戦場の中心部へ突進した。


 グレンは敵兵と剣を交していた。

 ジェシカは、馬上から弓で敵を狙撃する。

 突然敵兵が倒れ、グレンは驚いてこちらを見た。そして更に険しい顔をする。


「何故来た!後ろへ下がれ!ここは危険だ!!」


「わかっています!だから来たんです!!あなたこそ、後方に下がって!!邪魔です!」


 戦場の只中で夫婦喧嘩をしてる場合ではない。

 ジェシカは弓をつがえ、敵兵を射る。

 その精度は疾走する馬上であっても尚高く、次々と敵兵を戦闘不能にしていった。

 自然、ジェシカへの攻撃が集中する。

 だがルーフェの動きは機敏で、近づく兵士を蹴り飛ばしては、主をうまく護ってくれていた。ジェシカは弓から剣に持ち替え次々と敵兵を、迎え討った。

 グレンを守る。奇しくも出征前夜語った事が現実になった。


『君は自分よりも僕を守ろうとするだろう?』


『…そんなの、当たり前です』


 そのためにここまで来たのだ。

 自分の力を最大限使わなくてどうする。

 

『僕が帰るのところは君しかいないんだ。待っていて欲しい』


 待っていたら、グレンを永遠に失うところだったではないか!


『…僕の指揮で、これからたくさんの人が命を落とす事になる。僕の手も血に染まることになるだろう。その覚悟はあるつもりだけど…その姿を君に見せるのは正直、辛いんだ』

 

 自分とて、人の命は奪いたくはない。

 だがグレンを守れるなら、どれだけ血にまみれようと、本望だ。一つの犠牲もなくしてこの戦局を切り抜けるなど、所詮は綺麗事だろう。


『あなたは、ずるい…。私の気持ちは考えて下さらないのですか?』


『…うん、僕のわがままだよね。でも、君が目の前で命を落とす事になったら、僕はどうすればいい?それこそ僕はすべてを失う事になる…』


 自分にとっては、ただ待っていてグレンを失う事になる方が恐ろしい。

 アンソニーが来ていても、戦力にはなっても身を呈して グレンを守るとも思えない。自分がグレンと共に戦って精一杯を尽くすべきだ。共に生きて帰るのだ。

 これは、自分のワガママだ。



 巧みな剣技で次々と敵を薙ぎ払うジェシカの姿に、敵も味方も唖然としていた。


「危ない!」

 

「な…!?」


 グレンがジェシカに叫んだ。

 と、同時に、正面と横から斬りかかられる。グレンは横の兵士と剣戟を交していた。

 後方に下がっていなかったのか!

 ジェシカは前方の敵を切り払い、グレンに向きなおる。

 グレンは敵兵と小競り合いを続けていた。


「王子!!」


 ジェシカは半狂乱でその敵兵に向かう。

 グレンと敵兵の間に無理やり割って入り、横からナイフを構え敵兵の鎧の隙間めがけてぶつかる。

 敵兵は呻いて倒れたが、同時にジェシカもバランスを崩し、馬上から落ちそうになった。


「ジェシカ!」


 グレンは受け止めようと手を伸ばして支えきれず、ジェシカをかばうように落馬した。

 ジェシカは慌てて身を起こす。


「王子…!グレン…!なんて無茶を!」


「無茶は…君、だろう…?」


 ケガは軽そうだが、脳震盪を起こしたらしく、朦朧としている。


「デイビッド、中央小隊の半分を連れて王子を守れ!後方へ下るんだ!ここは僕が残った兵と攻める!」 


 ジェシカは前方にいるデイビッドに向かってさけんだ


「っ…!ジェシカ…やめてくれ…!」


 グレンは朦朧としながらも必死で止める。


「ルーフェ、シルビィ、ここまでありがとう。あとはいい。行け!」


 ジェシカが2頭の尻をパシンと叩く。ルーフェは一声いななき、シルビィと後方へ走り去って行った。


「グレン、君が死んでは元も子もないよ。ブレイクを救いたいんだろう?僕も死ぬつもりはない。生きて君を守りたい」


 グレンは目を見開いた。

 城に入ったその日から、ジェシカは敬語をほとんど崩さなかった。妃になってからも。

 それは、主君たる王族への敬意と線引きでもあった。

 だが、今だけは出会った昔の口調で言いたかった。

 言葉に出した以上、実行したい。例え勝算が限りなくゼロに近くても。

 

 ジェシカはグレンに勝ち気な笑みを向けると、剣と小刀を両手で構え、敵兵に向かう。


「各小隊、残ったものは僕に続け!敵本隊をたたくぞ!」


 ジェシカは各小隊に指令を出し、走りながら敵軍に突進する。


「だめ…だ!ジェシカっ!!」


 呻きながらグレンが止めたが、振り返らなかった。 



 そこから先は、後に語り継がれる戦いとなった。

 どんなに剣技を磨いても、力では男達に敵わない。

 だからジェシカの戦法は、素早く相手の懐に切り込み戦闘不能にする事だった。

 舞うように次々と敵兵の剣を受け流し、切結ぶ。

 取り囲まれないよう足は止めず。


 グレン、君に出会えなかったら僕は一生、オニクセルで過ごしていただろう。

 出会ったときの、頼りなげな愛くるしい少年。君は、そのままでいいと言ってくれたから、僕は、今の僕でいられた。

 2年後に再会したとき、溺れたところを助けてくれ、見違えるような成長に目を見張った。更に実は王子だったと知り驚いた。

 身代わりだったアンソニーが登城したあとも、王都に残ることを許された。

 そのおかげで自己流の剣の腕を高みにまで持っていく事ができた。

 彼自身は穏やかで、王城では常に威厳を保っていた。あの人懐っこさや素直な気質は他の人がいるときは微塵もみせず、ときには冷たさすら感じるほどに…。

 告白を受けてからは熱く激しい愛情に戸惑った事もあったが、次第に愛を受ける事が当たり前になっていった。

 婚約披露の場ではケンカもした。

 誓いを交した夜の満天の星の下、二人だけで再度誓いあい、愛し合ったことも、何故か遠く懐かしい。

 君はいつも真っ直ぐに僕に愛情をくれた。だからこそ守られるだけでなく、守りたい。

 死ぬかもしれないのに、これほど惑いがない。

 戦場を駆け巡りながらジェシカは最愛の人に思いを馳せた。



 どうやら正規兵は、前衛に配置されていたようだ。 

 あとは自警団のような村人のような徴兵された兵士の中に、まばらに正規兵がいると言った印象だった。

 経験から、どこを狙えば戦闘不能に追い込まれるかはわかっている。素人同然の村人はできるだけ殺したくはない。

 ジェシカは返り血にまみれながら次々と正規兵を戦闘不能にした。

 ジェシカの戦いぶりを見た味方の兵たちも士気が上がり、ワーズウェント軍が優勢になった。


 だが突然、横から猛スピードで斬りかかられる。

 速い!!ジェシカは宙返りでかわす。相手は女剣士だ。ジェシカと同じ、懐に切り込む戦法のようで、あまり相手にしたことがなかった。

 とっさに短剣をしまい、両手で剣を構え剣を受ける。

 重さはないが、しなやかな剣さばきで打ち込みがつづき、かわすだけで精一杯だ。

 

「よく王都近くまで進軍できましたね。ですがここまでです。この先の王城には、更に固い護りがありますよ!」


 女剣士がさして息も乱さず告げる。

 対してジェシカは、肩で呼吸をしている。


「ブレイグが…戦争をしかけなければ、ワーズウェントは事を構えなかった!何年も交渉した和平にも応じない!何故だ!」


 長年、グレンは心を痛めてきた。和平の進言も王に再三し、親書も送り続けた。

 だがそのすべては黙殺された、


「我が王は、民の意を具現しただけの事。やめられません」


 女剣士はやや眉をひそめ告げる。


「この惨状を誰が望む!?」


 早いスピードで剣戟が続き、ジェシカの腕が痺れてきた。


「民、です。王の施策はことごとく否定され、貧しい現状を打破するよう、暴動が起こりました。王は決意されたのです。血の道を」


 ジェシカは剣戟をかわすだけで精一杯になってきた。


「だからって…」


 この女剣士、強い。万全の状態でも実力が拮抗しているだろう。


「ここは何もない不毛の土地です。改善にかける資源も人材も無いに等しい。自らは微々たる物しか産み出せません。ならばあるところから奪うしかないでしょう!」


 女剣士の語気が荒くなる。

 グレンから聞いた極寒の冬。

 いつもお腹を空かせていたという、初めて会ったときの年齢にしては小さくガリガリの身体。

 それは何よりも、女剣士の言うことが事実だろうと物語っていた。

 それでも、幼い頃のグレンは親友とブレイグを豊かにしようと夢見ていたというのに!


「ふざけるな!それならば戦争を仕掛けるのではなく、なぜ援助を要請しない!ワーズウェントだけじゃない。南や西には色々な国がある!」


 他に道があったはずだ。


「そうして、侵略を受けろと?その昔、ブレイグは南方の島々を従える大国だったと言います。数年に及ぶ飢饉の際、そのように国々に呼びかけました。ですがわが国の困窮を知ってこれ幸いに、援助と引き換えに領土の割譲を迫りました」


 知らない事実にジェシカは息を呑む。

 鍔迫り合いでお互いの顔が迫る。

 女剣士の表情が間近に見える。口元は笑みの形を崩していない。ジェシカには、そんな余裕、とても無いというのに。


「ワーズウェントとて例外ではありません。今のオニクセルあたりまではブレイグの領土でした」


「そんな…」


 そんな事は聞いたことがなかった。ジェシカは動揺する。

 

「はるか昔、かつて小国が乱立し、戦乱が絶えなかった時代の記録によるものです。勝者であるそちらの記録では、都合よく解釈されているでしょう」


 確かに戦後の歴史とは、そういうもの…だ。勝者にとって都合の悪い事実は刻まれることはない。


「所詮、恵まれた環境に住むあなたがたには理解しがたいでしょうね。理解してもらおうとも思いません!」


 最後の力強い打ち込みでジェシカは剣を取り落とし、女剣士に喉元に剣を突きつけられた。

 敵兵にも囲まれる。

 流石に体力の限界だった。

 ジェシカは辺りをぐるりと見渡してから、天を仰ぐ。

 白い雲に青い空が美しい。血なまぐさい地上と対象的だった。

 やっぱりアンソニーにも来て欲しかったな…。二人なら、きっと無敵だったのに…。

 ジェシカは双子の兄を思う。

 アンソニーは持久力も力もある。何より呼吸が合い、背中を安心して預けられたから…。

 そして最愛の人に目を向けた。

 だいぶ後方にいるが、一目でわかる。

 僕のグレン。

 まだ起き上がれないのか、頭だけ持ち上げこちらを見ているのがわかる。ジェシカは目を細めグレンに向けて微笑んだ。

 ごめん、グレン…。苦しませる選択をしてしまった…。

 ああ、いつも恥ずかしくて、数えるほどしか口に出さなかったけれど、もっと伝えれば良かった。

 誰よりも大切で…愛していると。

 だが、心残りはそれだけだ。ほかに後悔は、無い。

 ジェシカが死を覚悟したその時…。


「その者を捕らえて撤退します!伝令を出しなさい!」


 剣を下ろした女剣士が告げ、ジェシカは兵士達に拘束される。

 ラッパの音が響き渡り、敵兵は一斉に後退しだした。

 ジェシカは呆然と女剣士を見あげた。

 

「何故…、殺さない…」


 女剣士はうっすら微笑み、ジェシカを見下ろしていた。


「あなたが捕虜として、とても役に立つからです」




 朦朧とする頭でグレンはその一部始終を見ていた。

 ジェシカが返り血にまみれる様を。さながら、鬼神の様なその戦いぶりを。

 女剣士との、激しい一騎打ちを。

 そして拘束され連れ去られる姿を。

 グレンはジェシカが愛らしい猫ではなく、荒野を生き抜く女豹だった事に今更ながら気がつく。それを閉じ込めて自分だけのものにしようとしたのが間違いだった…。

 ジェシカには、初めから返り血に染まる覚悟があったのに。

 血に染まった姿を見せたくないとジェシカを置いていった自分より、はるかに強い。

 夢は、国一番の剣士になることと語った幼い日のジェシカ。その夢が叶ったのは見ただけで分かる。勝てるとすればアンソニーぐらいだろう。

 自分が意地を張らずオニクセルの双子を二人とも連れてきていれば。そうすればアンソニーは死に物狂いでジェシカを守っただろうに…。


 グレンが助けに行こうと起き上がろうとするのを、周りの兵士は必死に押しとどめる。


「この者の命が惜しければ降伏するか、撤退するように!これ以上進軍すれば、処刑します!」

 

 女剣士はよく通る声で宣言し、撤退して行った。


 

ジェシカ無双です。

グレンは私情が出て総大将としてはかなりダメですね。

ただそれは彼自身もわかっていた事。

だからジェシカを置いて行ったのですが、結果、守られてしまいました……。

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