プロローグ
「わたしもロブとレンみたいにこの国の役に立ちたいの!」
エルはそう言って、皆の反対を押し切って家を出た。
家と言うにはあまりにも大きかったが。
ここはかつてブレイグと呼ばれていた国。
敗戦国となった今は隣国であり、戦勝国のワーズウェントに併合され、直轄領に置かれている。
戦乱の後、不毛で貧しかったこの北国に、医療分野や薬草を重点とした施策をワーズウェントの王子が指揮し、今は目覚ましい発展を遂げている。
エルが憧れるロブとレンは国政に深く関わっているが、エルは国を上げて取り組んでいる医療分野に興味が強く、研究施設にも頻繁に出入りしていた。
この度、晴れて専門の学校が開設されると知り、絶対に入学すると決めていた。
家柄が良いからと特別扱いはされたくないので、学校の近くに家を借り、家のことは秘密にしようと心に決めていた。
エルの意志は固い。
所詮は箱入り娘が家を出て暮らすのはありえないと父親は、号泣したし、兄たちもオロオロして止めにかかった。
ただ一人、母だけは、何事も経験と言って、応援してくれた。
母に諭され、家族は泣く泣くエルを送り出してくれた。
でも……。改めて思う。
平和とはなんと幸せな事かと。
戦乱の世では、こんな能天気な言い合いなんてとてもできなかったと。
「本当に戦争が終わって、感謝よねー」
平和の世に導いてくれたワーズウェントの王子グレンとブレイグの王弟ロバートに、今日も感謝を捧げたい。今の旧ブレイグの反映は二人の友情無くして語れない。
エルはそうして昔に想いをはせた。
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丘の上で黒髪と銀髪の青年二人が対峙していた。
「はっ。まさか、敵国の王族同士がこんなところで出会うなんて、思いもしなかったもんなぁ。お互い」
黒髪の青年が明るく笑い飛ばす口調は軽い。だが次の言葉は真剣な口調だった。
「こうして、剣を交える日が来ることも……な」
端正な顔立ちの銀髪の青年は憂いを含み目を伏せた。
「今なら、まだ間に合う。たとえ僕を倒したとしても追っ手がかかるだけだ。今なら、助けてやることもできる…」
だが銀髪の青年は、言葉とは裏腹に剣を抜く。
「ありがとな。分かってても、一応聞いてくれるとこがお前らしいよ。だけど、ここで別れた日に言ったはずだ。お前と俺は敵同士だと」
黒髪の青年も剣を正面に構えた。
「俺は最後の王族として、お前とケジメをつけなければならない。おまえも自分の国の為に俺と戦うんだ」
彼の目に迷いはない。
「だから俺は…ここにいる…」
「承知した。ならばワーズウェント軍、総大将グレン・ワーズウェントとしてお相手しよう。参られよ、ブレイグ王弟、ロバート・ブレイグ」
銀髪の青年は冷たい表情で右手と剣をまっすぐ黒髪の青年に向けた。それが合図だった。
「行くぜ!」
丘の上に激しい剣戟の音が、鳴り響いた…。