二〇二四年四月二十五日木曜日 午後二十時五分
更新再開しました。ひとまずキリのいいところまで。
突然の爆弾発言に、私の思考は停止を余儀なくされた。
「分かっている。無理を承知で言っていることは理解しているが、頼む。私は茉穂との一件のせいで君の家に入れないよう、契約──解呪不可能な呪いをかけられている。今すぐでなくていい。日を改めて顔を出す。君が口添えしてくれるなら、あの人は否が応でも出てくるはずだ」
「…………」
先生の言っていることは理解できる。理解できた上で、なおさら発言の意図することがよく分からない。
もはや言うまでもない、あまりに今さらで否定しようもない事実。彼は自分が何を言っているのか、本当に理解できているのだろうか。
繋いだ手を放し、私は冷えた頭で乾いた唇を動かす。
「あの」
彼に自覚があろうとなかろうと、私は確認しなければならない。
「おじいちゃんと最後に会ったのって、いつですか?」
薄々、感じてはいた。しかし自分の都合で無視していた、違和感の正体がぬるりと目の前に立ちはだかる。
「最後か、去年の八月に定例会議をして──そうだ。あのときはやっとビザが下りて日本へ行けるようになったから、準備のためにあの人に住んでいる場所やこの場所のことを根掘り葉掘り聞いて、調べて……会話をしたのはそれが最後、だな」
──ずっと近くにいたはずなのに。あれほど声高に祖父への執着を見せていたのに。
なぜ彼は今まで我が家に近寄りさえしなかったのか。些細な疑問の、その答えに思い至る。
「……えっと。まず、まず落ち着いて聞いてください」
「どうした、改まって」
この人は、今までずっと、知らなかったのだろう。
「おじいちゃんは死にました。その、去年の十二月に。……まさか、おばあちゃんから知らされてなかったんですか?」
泥を飲み下すように真実を打ち明けた瞬間、衝撃で魂を吸い取られたかのような筆舌に尽くしがたい先生の表情を見て、切ない気持ちに駆られた。
「…………死ん、だ?」
(あ、これ本当に知らない人の反応)
何も知らされていなかった人に事実を突きつけるのは心苦しいが、こればかりは噓でもハッタリでもない。
「嘘だ。死んだだと? ……突然死なわけがない、病死でもないだろう。死因は何だ?」
「去年おばあちゃんがおじいちゃんの跡を引き継い……あ゛」
「引き継いで……?」
私が余計なことを言ったのは火を見るよりも明らかだった。
戦闘終了後の安心感でうっかり口が滑ったが、後悔しても後の祭り。私の失言をしっかり聞いていた先生ならば、たった一言で正しく現状を把握したことだろう。
先生の勘違いをこれ幸いと利用して、私が『夢死』の魔女を騙ったこと。決闘がただの茶番で、まったくの無駄な時間を過ごしたこと。
私は、瞬間風速でこの場が大荒れする確率の高さに覚悟を決めて、唇を引き結ぶ。
いよいよ逆上して恥も外聞もなく襲ってくるか、さらなる屈辱と後悔の波に襲われて悶絶するか、訪れる未来はどちらかだ。
痛々しいほど寒気を感じる沈黙が、時間と空間を支配する。嵐の前の静寂がこれほど恐ろしく、身の毛がよだつものだとは、今だけは知りたくなかった。
「────」
「……せ、先生?」
先生は目をこれでもかと見開いて虚空を見つめながら、暗闇より深いであろう思考に没頭している。
感情を表に出さず、心ここに在らずな態度が痛ましくも恐ろしい。不気味に思いつつ様子を窺っていると、先生は突然拳で膝を叩いた。
「──そうか、そういうことか!! あのクソババア!! あのとき俺を出禁にしたのはそういうことだったのか!!」
突如荒れる口調と同時に、先生は懐から取り出した契約書を無残に破り捨てた。
(……破り捨てた?)
それがどういうことか理解した頃には、サインした契約書の形は見る影さえ失っていた。
「えっ!? ちょ、先生何して……!?」
止める暇もなく面食らっていると、証拠隠滅を手早く終わらせた先生は両手で私の肩を掴んできた。
「重ねて言うが本当に申し訳ない、この決闘は無効だ。ああ、心配せずとも勝負は君の勝ちだし、君とは今後二度と決闘することはない。魔法を使用してなお弟子に負ける程度の中途半端な魔女なんて、あの人は絶対に認めない。私も同意見だ」
「は、いや、それは別にどうでも」
「どうも、俺たちの間には致命的な行き違いがあったらしい。鈴木、こんなクソみたいな茶番に付き合わせた償いは後日必ずする。家に帰ったら、朝まで絶対に部屋から出るなよ。いいか、絶対に部屋を出るなよ。さもないと、君はこの世で一番醜く凄惨な現場を目にすることになる。想像するだに恐ろしい光景に違いないそうに違いない絶対に半殺しじゃすまない!」
(あ、この人すっごい混乱してる)
鬼気迫る表情と目を血走らせながら早口で捲し立てられたが、先生が反省していることとショックでかなり気が動転していることだけは理解できた。
はたして会話の何割を把握できたことやら。先生の心変わりで私も目を回しているうちに、話は進んでいく。
「こんな時間まで付き合わせてすまなかった。私への信用は皆無に等しいだろうが、今日は家まで送らせてもらう」
「いやいや、別にそこまでしなくても帰れ……」
騙していたという罪悪感が邪魔をして、素直に提案を受け入れようとしない私に
先生が問答無用とばかりに右手を伸ばして、私の左腕を掴もうとした瞬間──
「────え?」
──夜の静寂を裂くように、どこからともなく破裂音が響き渡る。
音と同時に視界に映ったのは、突然右腕から血を流して膝をつきかけた先生の姿だった。




