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二〇二四年四月二十五日木曜日 時刻不明 Ⅷ

 ヤマトの発言に、私はまんまと虚を()かれた。

 頭によぎった罪を指摘するかのような見透かした言葉に、俯いていた顔を上げる。



「…………え?」


「わたしは、あなたたちの手で生み出されたあの日から、録音機能を搭載していました。ですので、わたしはあの方に代わって伝えることができます。それが、わたしが生まれてきた意味です」



 突然の告白に、溜まった涙も思わず引っ込む。

 感情に流されるままだった意志の隙間に、思考の余地が生まれるほどの衝撃だった。ヤマトに初めから録音機能が備わっていたなんて、今初めて知ったのだから無理もないと思う。

 しかし、つい先ほどまで殺すか諦めるかの究極の二択を迫られていたのもあって、まるで話が見えてこない。ヤマトは何を言わんとしているのだろうか。

 困惑しながら、私は黙ってヤマトの言葉を待つ。



「ヴィルヘルムに勝ちたい。そのためにすべてを知りたい。そうおっしゃりましたね」


「……うん」


「勝ちたいと決めたのであれば、戦って、勝ってください。勝って、生きてください。それでも、あなたが戦う理由も、生きる理由さえ思い出せなくなったときは、わたしが思い出させてあげます」



 一段と頼もしいことを言って、ヤマトはより大きく嘴を開ける。



「メッセージを再生します。どうかご清聴を」



 過去から、現在へ。ヤマトが記録していた音声が再生される。

 ──それは、昔どこかで聞いたことがあるような、懐かしいオルゴールの音色のように。











「……うごいた! ねえ、うごいたよ! ねえ!」


 ──そうだね。これからは、この仔が君の一番の友になる。毎日面倒を見て、毎日話しかけてあげなさい。


「おじいちゃんすごーい! ほんとにまほーつかいなんだね!」


 ──茉楠。茉楠は、これからどんな大人になりたい?


「……なりたいものなら、あるよ」


 ──何かな? 当ててみようか。歴史に名を残すような偉大で、誉れ高い戦士?


「ちがう」


 ──違う、か。そうだね……王子様の隣で笑い合う、世界で一番幸せなお姫様?


「ちがう」


 ──……? 分かった。『Ma1-10Ro13a』を守る、才能溢れる小さな女主人(デザイナー)


「ちがうって! まなはねー」











「おじいちゃんよりも、いっーぱいすごいものをつくる、()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」



 時を越えて、現在。拙い声で伝えられた、タイムカプセルに入ったメッセージが終わる。



「──二〇一一年三月十四日、午後十五時十一分七秒。メッセージを終了します、ご清聴ありがとうございました」


「…………っ」



 ヤマトの言葉がろくに耳に入らないほど、私は泣きじゃくっていた。

 あちこち穴だらけでまだら模様と化したパズル型の記憶域に、足りなかったピースが当てはまる。鮮明に浮かび上がった記憶の影響か、頭が割れるように痛んだ。けれど、この痛みは不思議と嫌ではない。むしろ、今の私には必要不可欠な痛みだった。

 いつしか、私は忘れてしまった。それは、きっとどこにでもあって、子どもなら誰かひとりでも思いつくような、特別性もない陳腐な夢。

 当たり前のことすぎた。だからこそ忘れた。それでも、気づけば時の砂に埋もれて見えなくなった『最初の憧れ』が、確かにそこにあった。



「あなたは、無意識でも夢のはるか先を見据えていた。あの方にとって、それが億の星々よりも輝かしい未来予想図だったことでしょう」


「…………魔法使いじゃなくて、魔女になっちゃったけどね」


「言葉に大した違いはありません。死ぬか死なないか、彼らの違いはその程度です」



 今日のヤマトは、人間と遜色ないほど饒舌だ。



(今日が、命日になるからかな)



 ヤマトの告白を受け取って、そこで私は──もう、自分にはどうにもできないことを悟った。

 それはヤマトを諦めるための覚悟ではない。ヤマトの覚悟を受け入れ、当初の目的と向き合う責任を取るための、私なりの決意だった。今日、私は他でもない自分の意志で、大好きな家族の手を放す。私の我が儘だけで、誰かの命をどうこう喚く幼少期の自分に、別れを告げる。

 ヤマトは、生まれてきてからずっとこの日が来ることを理解した上で、他でもない自分の意志で自分の命を使おうとしている。しかし、それは使えるものを使う、ただそれだけの話だ。この子にとって、命を懸けることに特別な感情や覚悟は必要としていない。

 尊ぶべきひとつの命を、そこにある道具と同じように使う。それは庇えないほど冒涜的で、ありえないほど非現実的で、非難されるほど無責任で、けれど──



「ご主人様」


「うん」


「幸せになることと、夢を叶えることは必ずしもイコールではない。わたしは、あなたには、いつまでも笑っていてほしいと願い続けています。けれど、わたしはそれができません。苦しみも、悲しみも、痛みも、わたしは取り除くことができません」


「うん」


「けれどあなたは、ただひたすらに、ただひたむきに、夢と憧れに向き合い続けた。誰の理解も得られなくても、そのたびに孤独を感じようと、あなたは何ひとつ諦めなかった。何ひとつ、投げ出して逃げようとしなかった。今までも、そしてこれからもそうでしょう。喜びも悲しみも、等しくすべてを生きる糧にして、あなたは明日を生きるでしょう」



 この世界に、目に見えるものを信じる人と、目に見えないものを信じる人がいるとして、その両者にはどんな違いがあるのだろう。現実にしか生きられないものと、幻想にしか生きられないものは、そこにどんな違いがあるのだろう。

 私は、どちらも同じくらい見えていて、どちらも同じくらい大切なものだから、どちらも信じていたい。現実であろうと幻想であろうと、そこに願われたものに貴賤はないと信じられるから。

 私は、確かにそこに在る魂を、心を感じられる。



「約束しましょう。来たる運命の日のため、わたしははるか地の底──奈落を照らす、小さな太陽になってあなたを助けに行きます」

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