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二〇二四年四月二十五日木曜日 時刻不明 Ⅱ

「勝敗はシンプルに、()()()()()()()()()()()()()()だ。我々は他のふたりとは異なり力自慢ではない。ゆえに、力による蹂躙よりも、知恵と技術で勝負する方が筋というものだろう?」


 

 余裕に満ちた声音で問われるも、言動とは裏腹に燃やすような情熱を灯したライトブルーの双眸は、夜空で輝くシリウスを連想させた。

 こちらを獲物として見定めるような獰猛(どうもう)さを隠さない視線に、骨が(きし)みそうなほど脈打つ鼓動がうるさくなる。今にもがなり立てそうな心臓に拳で活を入れて、私は深呼吸をした。

 勝算がないわけではない。その証拠にひとつ、彼には()()()()()()があった。



「……決闘を受ける前に、ひとついいですか」


「私に聞くことができる内容であれば、どうぞ」



 ──どうにも彼は、私が『夢死』の魔女であると自信を持って勘違いをしているらしい。

 心当たりはあった。むしろこれ以外に思い当たる節がない。祖母が誕生日に譲ってくれた、私の右腕に常時装着している(さかずき)を模したタトゥーシールを(さす)る。

 憶測だが、確信はあった。先生が私を魔女だと誤認しているのはこのタトゥーシールが原因だろう。魔女の刻印とタトゥーシールの魔術的な繋がりが他人にどう映っているのか、この土壇場で新しい発見ができたのは喜ばしい。たいへん興味深い現象だが、考察は後回しにしよう。

 祖母曰く、祖母の持つ刻印を通して間接的に魔法が使用可能になる機能があるらしいが、私は未だ使った試しがない。三回という制限がかかっている以上、考えなしの無駄撃ちは禁物だ。

 逃亡は不可能。相手の実力は未知数にして格上。それでも、負けてやる気は元よりない。



(武器はこの手に。手段は明白。目的は──語るまでもない)



 人は、思い込みをすればするほどよりその沼に足を嵌らせる。

 目を閉じて、祖母の忠告を反芻する。格上の魔女および魔術師とうっかり出くわしてしまったときの対処法は、耳に胼胝(たこ)ができるほど言い聞かされてきた。



(よーし、頑張れ私。目一杯、時間稼ぐぞ!)



 ──まず、格上の相手に会話の主導権を渡してはいけない。祖母がここに到着するまで、ひたすらごねにごねて遅延行為に注力することだけを考える!



「私がこの決闘を受けるに当たって、私に何のメリットがあるんですか?」


「……」


「決闘はあくまであなたの都合ですよね? 私には何の得もありません。不公平だと思いませんか? あなたにはこの決闘におけるメリットを提供できるとでも言いたいんですか? それはずいぶんと自信があることで!」



 さりげなく右手を隠し、やや大げさな身振り手振りで毅然とした態度を崩さないよう、私は恐怖の代わりに蔑みを込めて喋り続けた。その間に後ろ手で手早くスマートフォンを操作し、祖母へ電話をかける。

 挑発めいた私の言葉を真に受けたのか、先生は何か考える素振りで左手の指を米神に触れさせた。



「君の言い分は理解した。そうであればこうしよう。君が勝てば私は二度と謀反を起こさないし、私はあらゆる危険から君を守り通すと誓う。これなら問題はないだろう?」



 まるで自分が負ける予想など微塵もしていなさそうな態度と発言内容に、私は眉を釣り上げる。



「──なんですかそれ。あなた、馬鹿なんですか?」


「……何だと?」


「そこはせめて、『相手の言うことは死ぬまで絶対服従』──くらいの器のでかい気概は見せてくださいよ。人を無理矢理眠らせておいて、今さら何日和ってんですか。喧嘩売る側なら、ハイリスクハイリターンなんて常識でしょ? あなた、勝てると確信した勝負しかしたことないの? だから馬鹿なの?」



 深く考えてはいけない。私は自身がふたつに分かれたような気持ち悪い感覚のまま、必死になって脳と口と手を動かした。

 売られた喧嘩は、気持ちで負けた瞬間に終わる。祖母がこの異常事態に気づくまで、こんな男に負けるわけにはいかない。



「ああ、それともあれですか。──もしかしなくとも、私みたいな小娘に負けるのが怖いんですか?」


「……!」



 先生はいかにも不機嫌そうに形のいい眉を歪ませ、目を細めた。



「図星ですよねェ! 確かに? あなたって見るからに神経質そうだし? どうせ潔癖症でしょう? だとしたら自分の輝かしい経歴に傷なんて付けたくないでしょうねェ! それが致命的な傷ならなおさら! 爪の垢より小さい器と虚栄心なことで! どんな育ち方をしたのやら!」


「……お前、その喧しく騒ぐ口を今すぐ閉じろ」


「閉じるのはそっちでしょ!? その程度の駆け引きでしか喧嘩売れないチキンレッグ野郎なんかに、誰がおじいちゃんの魔法を渡すもんか! 一昨日来やがれ腰抜け野郎!」



 普段ほとんど口にしない暴言は、一方で背を向けて逃げ出してしまいそうな自分への鼓舞でもあった。

 あからさまに恐怖を表に出せば、最善のための判断能力を失う。別人と見紛うような暗示が必要だった。怖いと思うから余計に恐怖を抱くなら、事ここに至っては楽しんだもの勝ちである。

 額から流れ落ちる汗の不快感と跳ね続ける心臓を奥歯で感じながら、必死になって自分に言い聞かせた。



(──これは、個人的な喧嘩だ。喧嘩をするからには気持ちで負けるな!!)


「……フー……」



 先生は熱くなった言葉を抑えつけるように、左手で顔を覆う。



「ずいぶんと、口の悪いじゃじゃ馬だな。年頃の淑女とは思えない」


「誰に何を言われても、『夢死』の魔法は絶対に渡さない。これが私の答え」


「……まったく、この状況でそれだけ言えるなら十分だ。──その稚拙ながら妙に癪に障る売り言葉、十倍で買おう」



 私の様子に呆れたらしい先生は左手を動かすと、風に吹かれて流れるように一枚の紙切れとペンを寄越してきた。

 気を張らなければすぐに見逃してしまうほどの、必要最低限かつ効率化された魔力の波。あまりに自然な魔術の行使に内心目を見張ると、先生は続けて述べる。



「契約書だ。ただ縛り付けるより、紙の方がお互いに安心できるだろう?」


「……」



 私は視線を落として、英語で記載されている約款(やっかん)に一応目を通してみる。

 紙に書かれていることは、先生が口上で上げ連ねた条件がほぼそのまま記載されていた。契約内容を見るに、このような状況になることは予見していたらしい。学校での様子といい、不意打ちで仕掛けてきたことといい、無駄に準備のいい男である。

 しかし、ただそのまま返すのも釈然としない。そこで、私はペンを取って名前の下にとある文句を付け足すと、砂に乗せて先生に返却した。



「……」


「……」


「……」


「…………年上相手に粋がるのも大概にしておけよ。クソ生意気な小さい魔女が」



 契約書のサインに目を通した上で沈黙を破った先生は、興奮による血流増加で少し顔が赤くなっていた。

 ぼんやりした暗闇の中でも先生の顔色が窺えるので、表面上冷静を装っているが相当怒っているらしい。付け足した文言がよほど気に障ったのか、私への怒気と嫌悪をふんだんに含んだ荒々しい口調に変わっている。

 先刻の澄ましたような余所行きの態度は、怒りで綺麗さっぱり吹き飛んでいったようだ。色男の新しい一面を垣間見たが、特に嬉しいことは何もない。

 こちらの術中に嵌ってくれたかは怪しいが、きちんと怒ってくれている様子を察するに、舌戦はこの調子で進めていこう。



「もういい、煽り合いはたくさんだ。──来い。先輩として、まずは口の利き方から教えてやる」



 何も目に入らないほど無我夢中にさせて、一縷の余裕さえも奪い尽くしてやる。

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