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二〇二四年四月八日月曜日 午前八時十分

再開しました。のんびりやっていきます。

 桜並木が街路と川を彩る、春が来た。あいにく快晴とは言いがたい天候だが、雨でせっかくの桜が散るよりマシだろう。

 数週間ぶりでもない通い慣れた道を歩けば、見たことのあるような──やっぱりないような、同級生たちの話し声が時折耳に届いた。

 広々とした体育館に、所狭しと二年、三年生の生徒が密集する。十三日の短い春休みにまた来年とさよならを告げ、粛々と始業式と着任式が始まった。気持ちよさを感じられるほどの温度の上昇とともに、私は開幕早々舟を漕ぎ出す。



「──続きまして、今年度着任した先生方に……」



 校長先生の話が、マイク越しに今年着任の教師たちが次々と決まった挨拶を述べた。

 途中で一部の女子が黄色い悲鳴らしき声を上げたような気もするが、寝ぼけ眼になりつつあった私はほとんど聞き耳を立てることなく、右から左に聞き流す。


 後半からは半分寝ていたものの、始業式および着任式は例年通りつつがなく終わった。


 もう終わったことよりも、個人的に気にしなければいけないことがある。それは──年に一度、三年生にとっては今年で最後のクラス替えである。



「……!」



 私の目の前には、大きな掲示板に新しいクラスが記載された紙。そこから目当ての名前をふたつ見つけて、私は小さくガッツポーズをした。

 日本における学校のクラス分けは、生徒の成績や人間関係、素行、出身校、男女比、進路、保護者からの要望──その他諸々の要素を考慮して編成しているらしい。噂では、生徒の比重の偏りを調整するためにかなりの時間をかけて振り分ける学校もあるそうだ。

 学校の先生は正しく重労働である。毎日本当にお疲れ様です。



(今年こそ真理愛と一緒のクラスになれた……)



 幸先のいいスタートである。ほくほくとした気持ちで柄にもなくスキップしてしまいそうなほど嬉しい。

 午後は完全に自由になるためか、一新されたクラスメイトたちはすでにこれからの予定を埋めるため、今か今かと解散を心待ちにしている空気を肌で感じる。とはいえ、私もそのひとりなので何も言うことはない。

 寝ぼけた思考を切り替えて、午後の予定をどうするか思案する。そういえば、『Ma1-10Ro13a』で使う予定のディスプレイをいくつか考えはしたが、冷静に振り返るとモビールの位置が気になってきた。今すぐにでも調整しに帰りたい。それから、最近魔術の勉強で疎かになりがちなアクセサリーの試作品のアイデアも、いい加減形にしたいところだ。やりたいことが多すぎて体が足りない。

 速攻で帰宅すべきか、せっかくなので制服のまま街に繰り出そうか、実に悩ましいところだ。受験生が聞いて呆れる。

 さっそく近くの席にいる真理愛に声をかけようと、私はスクールバッグを片手に立ち上がろうとした。



「──ねえ!! ねえねえねえねえ!!」


「うわっづぁ!? 痛い痛い何!? 何事!?」


「ねえ!! 見た茉楠!? 控えめに言ってヤバかったよね!!」



 突然、背後から真理愛に声をかけられたかと思えば、私の肩を食い千切らんばかりに掴んでくる。

 振り返れば、やや血走ったような両目がくっつきそうなほど美しい顔に迫られて、私は距離を保ちつつ続きを促した。



「みっ……見たって何が?」


「なんで見てないの!!? 今年入った英語の担当の先生、遠目だったけどマジヤバのイケメンだったのに!! 骨格ヤバい!! 顔面偏差値エグい!! イケメン通り越してマジ美女!!」


「ごめん後半ちょっと意味分かんない……イケメンの美女……?」



 真理愛の語彙力の乏しさはさておき、要は今年から新しくAETの先生が増えたということなのだろう。

 彼女がこれほどまでに鼻息荒く熱弁するということは、よほどの美形だったのだろう。遠のく意識の中で聞こえた一部の女子が色めき立っていたのは、このせいだったようだ。しかし、美しい人であればあるほど、性別などもはや思考の外に放られがちになるのは痛いほど理解できる。

 美しいものを見るのは心身、すなわち健康にもいい。古事記にだって書いてあるはずだ。



「オーラがヤバい絶対一般人じゃないよなんでまたこんな偏差値高くもない学校に……? これから天変地異でも起こるってこと?」


「はいはい、見惚れるのはいいけど早く出ようよ。真理愛はこの後予定あるんだっけ?」


「ない!! そっちは? なかったらこのままお昼食べに行こうよ! で、その次はウチ一押しのパンケーキね! 遊べるうちに遊んどかないとさ、来年どうなるか分かんないんだし……自分磨きもしとかないとね~」


「よし乗った……あ、そうだ。真理愛」


「?」



 未だ見ぬ深窓のプリンスに酔いしれる真理愛の背中に、私は声をかける。



「今年もいっぱい遊ぼうね」


「──うん! こっちこそ! 嫌って言うまで連れ回してあげるから、覚悟してよね!」



 真理愛が私の腕を引っ張って、私たちは足早に教室を出ていった。

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