二〇二四年三月三十一日日曜日 午前十一時五十五分
私の啖呵にひとまず納得したのか、有島さんは冷めたコーヒーを飲んで一息ついてから、続けた。
「どうやら、いらんお節介だったらしいな。お前がそうしたいと決めてんなら、俺には止める権利なんざねェ。お前の人生なんだから、お前の好きなように生きてみりゃいい。来年まで時間はまだある。それまではよく考えといてくれや」
「いやいや、私にとっては必要なお節介でした。気を遣っていただいてありがとうございます。……ところで有島さん」
「うん?」
「有島さんは、私が仲間になってくれたら嬉しいですか?」
開いた口が塞がらないほど意表を突かれたのか、有島さんは目を丸くしてこちらを見る。
それほどおかしなことを聞いてしまっただろうか。だんだん私の質問の意味が気に入らなくなったらしく、有島さんはむっつりとした顔で唇を尖らせた。
「……相手の役に立ちたいと思う心意気は買うが、他人評価を生きがいにしてんならいいことほとんどねェからやめとけ。つうか、一兵隊の俺になんでんなこと聞くんだ」
「いやだって、人間ひとりで築き上げた偉業を超越するなんてそう簡単にできるわけないじゃないですか。私って今のところただの劣化版だし、先代の威光が眩しいほど何とやらだし、しっかりした組織ほど周りのモチベーションとか士気とかも大事になってくるはずなんですよ。そりゃ私だって、物作りに携わる者のひとりとして半端な仕事はできませんとも。あの人に遠く及ばずとも、誠心誠意努めたいと思ってます」
「……?」
「あの人、確かに仕事の腕は本当に一流だったし、正直未だにあのクオリティが人間技でできるものなのか信じがたいこともあ……どうかしました?」
自虐というより純然たる事実を数え上げていると、有島さんは何か奇怪なものにまみえたような目で私を見つめていた。
「……茉楠」
「はい」
「お前、まさか知らないのか」
「……何をです?」
有島さんの神妙な顔を見た瞬間、徐々に嫌な予感を覚えつつあったが、続きが気になるので勇気を持って訊き返した。
「お前の爺さん、魔女ではあったがそもそも人ですらねェぞ」
「…………え?」
「人っつーか、最期まで出処知らずの大妖精だったっつう方が正しいな。あのふたりはいわゆる異種間結婚で、そういうのは世界じゃ異類婚姻譚? とか言ったかな。つまり、お前らの母親は半妖で、妖精と人間の混血児でもある。魔導公安機関の歴史を遡れば、あいつは最低でも二百五十年は生きてたらしいが……というか、爺さんと言っても性別だって正しかったかどうかも怪しいところだ。まァ人の形を取る以上は、ある程度左右はされるんだろうが……」
「…………」
「しっかし実際、その辺どうだったのかねェ。妖精の種族によっちゃあ雌雄の区別がないやつもいるにはいるしなァ。結局誰もあいつの正体を見破れなかったし、真実は闇のな……おい、どうした姫さん、おい! 急に何だ──!?」
通い慣れた道を走っては歩き、走っては歩きをただひたすら繰り返す。
馬鹿みたいに息が上がり、心臓の音が喝采を鳴らすかのように忙しなく蠢く。渇いた喉が不快な血の味を訴えてきた頃、私は下り坂を転がり落ちる石のように、あるいはボールを蹴り上げるように家のドアをこじ開けた。
「おばあちゃんおばあちゃんおばあちゃんおばあちゃあ──んっ!!!!」
「喧しい!! 何だい帰ってきて早々藪から棒に!!」
「なんで今まで教えてくれなかったの!!? おじいちゃんって妖精だったの!!? おじいちゃんって本当におじいちゃんだった!!? 私が今まで見てきたものは幻!!? なんで結婚できたの!!? ちょっと待って、私の言ってること分かる!!?」
「は? 今さら何言っ……ああ、あれか……」
私の怒涛の質問攻めもまるで意に介さず、なぜか明後日の方向に視線を向ける祖母は控えめに言ってもおかしかった。
「そうさねェ。あー……いきなりブチ撒けたら……その、さすがにショック受けるかと思って」
「したよ!! 受けたよ!! それでももっと早く教えてほしかったよ!! なんで私こんな大事なこと知らなかったの!!? 確かに他の人とはなんか違うって常々思ってたけど……まさか、ママもお姉ちゃんも織姫もヤマトも、このこと知ってたわけ!!?」
「あ~……教えてなかったのは悪かったよ。これに関しちゃアタシから言い出すタイミングがなかっただけさ。ジジイのことだからとっくの昔に教えてるとばかり……ったく、いっつもテメェの口から説明しねェンだあの時代遅れの耄碌は……」
怒気を強めた私の詰問に対する返答を窺うに、嘘はついていないようだ。しかし、先ほどから祖母にしてはやたら歯切れの悪い返事なのが妙に気になる。
──率直に言って怪しい。正直に答えてくれるかは賭けになるが、私は念のために祖母に探りを入れた。
「一応聞くけどさ、他にまだ隠し事とか言ってないこととかないよね? もうこれ以上驚くの心臓に悪いから、あったらできれば早めに言ってほしいんだけど」
「…………」
「…………」
「…………ある」
「あ、そこは誤魔化さないんだ……」
人をからかいはするが嘘はつかない性分の祖母も、問い詰めてきた孫を相手にさすがに心苦しいところがあるのか、長考の末の決断であるようにも見えた。
背に腹は代えられないと言いたげな苦虫を嚙み潰したような顔で、祖母は両腕を組んで答える。
「ただし、内容は言えないが理由なら言える。ひとつはジジイからの口止めで言えない、もうひとつは茉穂に止められてるのさ。茉穂に関しちゃアタシは言ってもいいとは思うが、頼まれた以上義理は通すつもりなンでね。だから言わない」
「……え? おじいちゃんならともかく、なんでお姉ちゃん?」
「曰く──確証を得るまでは言うな、だとさ。アタシからすれば子ども扱いもいいとこだがね」
「確証……って何の?」
「さァてね。これ以上のことはアタシも知らない、認識の範疇外だ。少なくとも、あの子はアタシらにさえ何も言わずに、勝手に突っ走ってるってことだけは確かさね」
祖母の十年越しの告白を受けて、ようやく鈴木家を取り巻くいろいろなことが見えてきたように思う。
祖母が詳細を伏せてまで打ち明けた秘密はふたつ。祖父からの口止めで言えないことと、姉からの制止で言わないこと。祖父については未だに謎が多すぎて心当たりの糸口すらないため、足がかりができるまで今はそっとしておこう。
問題は姉のことだ。祖母には言えて、私には言いたくないこと。姉は私の知らない何かを知っていて、なぜか今もそれを証明しようと奔走していること。確証を得る、この言葉が具体的に何を指すのかよく分からない。疑いようのない証拠、真実であることの証明──確証を得て、姉は私の知らない何かを解き明かそうとしているのだろうか。これといって何をしようとしているのかは祖母も知らないようだし、これ以上は本人の口から直接聞くのも手ではある。祖母の語り口からして、祖父の口止めの内容とは完全に別件のようだが、この件はなんとなく気に留めておいた方がいいような気がした。
考えても答えの出ない問題を、いつまでもクッキー生地のごとくこねくり回しても仕方がない。一度思考の棚の隅に追いやっておこう。
「で、アンタそれ、ケンから聞いてわざわざ確かめに帰ってきたのかい? 何しに行ったンだいアンタ」
「……あ!! やっべ!! 忘れてた!!」
思い出したように指摘してきた祖母の一言に、私はようやく有島さんを店に置き去りにしたままにしたことを思い出した。
(ヤバいヤバい、有島さんにお礼の電話しとかないと……!)
慌ててスマートフォンを手に取った私は、有島さんに謝罪と奢りへの感謝を伝えるために、応答ボタンをタップした。
ここまでご愛読していただいている読者の皆々様、誠にありがとうございます。この闇鍋現代ファンタジー作品を書いているmatch棒という新参者です。
思いつき・加筆修正過多・行き当たりばったりの三拍子な拙作に評価・ブックマークしていただいた方、その節は本当にありがとうございました。めちゃくちゃのはちゃめちゃに嬉しかったです。
季節外れもいいとこな一月編から三月編を経て、ようやく前座が一区切りついたところなので、ここから本腰入れて四月編を書き上げたいと思います。
そのため、誠に勝手ながら「次回以降の更新日時を週一に変更」いたします。
理由は「作品のクオリティを上げたい+極力加筆修正をなくしたい」ことにあります。これは八月から毎日更新とかアホやってる作者がまあまあアホなのと、積み本している資料がまあまああるのが原因です。本当に申し訳ありません。作品の粗と至らなさが己の首を絞める毎日でした。その分平均の倍は書きたいです。もっとお金と時間を稼いできます。
話は変わりますが、ここからどんどん物語の主軸となる魔女が登場します。好きな魔女も嫌いな魔女も、魔術師も妖精も人間も、これからどんどん出します。出るように頑張って書いてます。
いずれ時の砂に埋もれるような拙作ではありますが、「それもまた面白かろう!」と思っていただいた方は、辛抱強くお付き合いいただければと思います。なにぶん「小説家になろう」で執筆するのはこれが初めてなので至らぬ点は多々ありますが、何卒ご容赦ください。
次回から四月編、『Ma1-10Ro13a』のまたのご来店をお待ちしております。ここまで長々と読んでくださってありがとうございました!




