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二〇二四年三月三十一日日曜日 午前十一時四十八分

 その問いかけに、私の中でひとつの疑問とふたつの答えが湧いた。

 あれから、とは具体的にいつのことを指しているのか。話の文脈から考察すると、つい先日の事件のことを指しているわけではないらしい。有島さんから見て、逞しい祖母が心配になるようなことが起きた、つい最近の出来事を振り返る。わざわざ本人ではなく私に聞く、その意図を考える。

 祖母の身に起きた、ここ一年間の出来事には──ひとつ、心当たりがあった。



「……ご覧の通りでしたよ? むしろ踏ん切りが付いたというか、おじいちゃんがいなくなってかえって生き生きしてきたというか。心配になるようなことは、特に何もなかったように思います」


「いや、まあ、お前が言うなら違いないんだろうが……念のためだ。一応な。何もないならいいんだが……」



 そうは言いつつも、やはり完全には納得できないらしい。

 普段の祖母の態度からでは表面上の感情しか読み取れないので、有島さんの心配は分からなくもない。しかし、私の知る祖母はいつまでも故人にこだわり続けるような未練がましい女性ではないのだ。本当に心が弱っているとき、祖母なら迷いなく私か織姫を頼るだろうから。

 再度天井を見上げた有島さんは、心を決めたような真剣な目つきでこちらを見た。



「すまん茉楠。俺の心の整理がつかねェから、もうひとつ聞いていいか?」


「え、はい。なんでしょう」


「お前、来年の誕生日に跡目を継ぐって紅ねえと契約したそうじゃねェか。──本気で魔女になるつもりか? 本気で、あの野郎の跡目を継ぐつもりなのか?」


「……え?」


「本当にあいつの後継者に……魔女になるつもりだったとしても、もっとよく考えた方がいい」



 その忠告は、かつて相良さんに伝えられた言葉の数々と酷似していた。



「いいか、お前が爺さんと慕うあの野郎は……これから何か起こるのか、初めから何もかも分かったような素振りで(うそぶ)いて、誘導して、自分のいいように他人を振り回すことが多かった。それはお前だけじゃない。紅ねえも、俺も、あいつに関わった他のやつもそうだ。もし、お前があいつの()()()()に動いてるなら……お前さんが同じ轍を踏む必要なんてないはずなんだ。逆らってもいいんだ」


「──」


「だいたい、親の言うことなんか逆らって当たり前なんだよ。馬鹿正直に何でもかんでも鵜呑(うの)みにする必要なんざ一個もねェ。親だろうがひとりの人間だ、何が正解かなんて最初から選べるわけがねェ。間違ってて当たり前なんだ」



 有島さんの言葉を聞いて、私は今まで自分に言われたことを反芻する。

 これからのことは自分の意志で決めた方がいい、と相良さんは言った。祖父の思いに、祖母との契約に逆らってもいい、と有島さんは言った。

 ──本当に、優しい人たちだと思う。彼らは、私のこれからを案じてわざと逃げ道を用意してくれている。同時に、それだけ彼らを不安にさせて、心配をかけてしまっているのだろう。

 申し訳なさを覚えるとともに、私はその心遣いがとても嬉しかった。



「……俺は、あのときまだまだ青臭いガキだった。弱くて臆病で、彼女を引き留めるために、声を上げることさえできなかった。追いかけたら追いかけたで、俺が間に入る余地すら残されてなかったが……まァそれはいい。とにかく、あの日がずっと心残りだった。あの日、俺に少しでもあいつらを止める勇気があったなら、何もできないより少しはましになれたかもしれねェって、何度も考えた」



 有島さんの口から語られたのは、彼の人生を決定づけた後悔の日だった。

 何の脈絡もなく現れた祖父との唐突な出会い。長年の付き合いがあった祖母との突然の別れ。祖父が残したヒントを頼りに警察官の道を選び、当時の異端犯罪対策室の門を叩いたこと。しかし、生まれつき魔術師ではなかったので戦力外通告を受けて、門前払いされたこと。

 ──そして、失敗すれば死というハイリスクを承知の上で、人工炉心の適応手術を受けたこと。



「だからというわけじゃないが……この話は、俺のエゴだな。お前が、あの日のあの人と同じような思いを少しでもしてるなら、誰にも逆らえないなら、外野の俺が止めるべきだと思ったんだ。茉穂のことといい今回のことといい、この世界を生きるにはお前は性根が優しすぎる。いざってときに手遅れになるんだ。そんなとき、誰がお前を助けてやれる?」



 有島さんは、自分の経験則を振り返って、あくまで善意で私の未来を慮ってくれている。

 もっと身の丈に合った生き方を考えろと、思い留まらせようと私の中にある迷いに訴えかけている。



「いいか? お前が想像してる以上に人は簡単に死ぬし、魔術師を名乗る連中のほとんどが大噓つき野郎だ。嘘つきだらけで血生臭いこの世界を生き抜くには、非情な判断を迫られることもあ──」



 それは、つまるところ。



「でもそれって、魔術師だけに限った話ではないですよね」


「何?」



 ──この程度の言葉を押しのけられないようでは、『Ma1-10Ro13a』を守れないと言われているようなもの。



「優しいだけじゃ生き残れない。人は簡単に死ぬ。魔術師は曲者強者揃い。それが私を引き留める理由なら……どうも、脅し文句が足りないみたいです」



 ──この程度の言葉に心が屈するようでは、知らないことを知ろうなど夢のまた夢だと示されているようなもの。



「有島さん、あなたは勘違いをしてるようなので、ここで訂正しておきます。──私はおじいちゃんの言いなりに生きてなんかないし、おばあちゃんのことは私に原因があります。ここに来るまでの全部が、自分で選んだ結果なんです。みんなが私に教えてこなかったことを知った今、両親に何が起こったのか知りたいし、お姉ちゃんの帰りをただ待つだけなんて、もうできません」



 恐怖に怯える自分を、未知に奮い立つ自分に変換する。弱気な自分を隠すだけなら、はったりの言葉と態度でも構わない。

 たとえば祖母のように──誰が相手でもふてぶてしく笑い、何が来ようも悠然と待ち構える強い女のように。



「知らなかったままの過去(じぶん)に戻るなんて、私は絶対に嫌です」



 張りぼてでも自信満々に見えるように言い切った私に対し、有島さんは──



「そうか」



 ──遠くの誰かを懐かしむような優しい眼差しで、そう応えた。

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