二〇二四年三月二十九日金曜日 午前〇時五十一分
──と、そこでひとつの疑問が浮上した。
「……あれ、でも魔女にも魔力炉心ってありますよね。話の流れを察するに、魔女はまた違うんですか?」
「ああいや、魔女に関しちゃ例外だ。魔女は元より体内に炉心は持たねェ」
「……へ? ど、どういうことですか? だって、魔力の精製器官がないのにどうやって魔法とか魔術が使えるんです?」
困惑混じりに自分で言いながらも、一方で思考の半分では推理が加速していた。
初めから魔力炉心を持っていたらしい私や祖母はまだしも、この理屈で話を進めると相良さんのケースにおける説明はできない。経歴では、彼は元々魔術師ですらなかった。その上、彼が魔法と出会うきっかけとなったのは、幼少期に邂逅した前任者から魔法を継承されてからである。
つまり、この事実から導き出される答えは──
「いろいろ小難しい構造は後で調べるなりしてくれ。結論から言うと、魔法そのものが魔女にとっての魔力炉心なんだ。そうだな、例えるなら……コンセントとプラグみてェなもんか? 俺たち魔術師は魔力炉心を持って神秘の理に差し込んで魔術を使うが、魔女はすでに根底から原理が違う。初めからコンセントとプラグが繋がった状態がデフォルトなんだ。この例え、分かるか?」
「……!」
有島さんの説明によって、私の中で複数の情報が立体パズルのように組み上がったことで、ようやく合点がいった。
──かつて、相良さんから教えてもらった情報を掘り起こす。魔女の死因のひとつ、その正体についてだ。こういう理屈であれば魔女の死因のひとつにも説明がつく。百年以上生きる魔女が、弟子に魔法を継承すると死ぬのはこういった仕組みがあったからなのだろう。
「な……なるほど! でもそれって、魔術師の常識で考えるとかなり超抜級の例外ってことですよね。だって面倒な手術とかいらないんでしょ? どういう技術、いや、これも魔法の特徴なのかな。魔術と違って能力なんて赤の他人にポンと渡せるわけないし。そういうことですよね?」
「お、おう。さすが、理解早いな……。それから、魔法による恩恵は神秘世界への接続権限や不老だけじゃない、魔眼もそうだ。魔眼っつうのは、原点を辿るなら邪視が最古の呼ばれ方だったかな。構造としては、覚醒によって変質した脳と眼球が揃って初めて魔眼たりえる。文字通り、視る世界を切り替えて、ある現象を視たものに強制する眼だ。有名どころだと見た者を石にして殺す、とかだな」
「ええっとまた新単語……覚醒? によって変質した脳、というのは?」
「そうだな、覚醒の条件はいろいろあって……今回の醍醐みたいな覚醒の仕方は特に珍しい事例だからな。正直人による、としか言えない。ただ、当事者連中が言うには、脳機能を変質させるほどの衝撃や体験をすると、自分の眼を魔眼として覚醒させやすいらしい。つまり、魔眼の保持は魔女を名乗る最低条件だな。当然、魔眼は魔女だけじゃなく魔術師、はては魔術師になる才能を持った一般人でも何らかの要因で保持していることもある。魔女に比べて数は希少だがな」
私の一の疑問に十の回答で返事してくれるように、有島さんがゆるりと話を続けた。
「一応これも教えとくか……魔術師の場合だとまた話が違うんだ。魔女の魔眼は内的覚醒が必要条件だが、魔術師の場合は九割が生まれつきで決まる。要は先天的な才能が絶対条件で、これは魔術師の中でもかなり狭き門らしいな」
「なるほど。じゃあ、残りの一割は後天的要因で魔眼を手に入れる、ということですか?」
「そういうことになる……か? これもかなり珍しい事例でな。要はただ才能のある魔術師よりも脳と魔眼の相性が求められるわけで、脳と眼を魔術的に結びつける──さっきの魔力炉心と似た要領で心霊手術が必要になるから、必然的に施術された魔術師の生存率もめちゃくちゃ下がる。それでも満足に生きて魔眼を行使できるやつは、一握りの才能には違いないだろうな。……俺たち魔術師は、そいつらを魔眼使いと呼んでる。魔眼の能力を極めてスペシャリストになるやつも、生まれつきの魔眼保持者より魔眼使いの方が多いしな」
「魔眼のスペシャリスト……」
魔力炉心の有無。魔術師と魔女の決定的な差異。先天的に魔眼を保持した魔眼保持者と、後天的に魔眼を手に入れた魔眼使い。
膨大だがやはり胸躍る知識の湧き水は、修羅場で嫌に興奮した脳味噌、とりわけ前頭葉付近にメスを刺してくれる。
確かに、有島さんの指摘通りだった。──総括すると、この情報こそは魔術師であるために必要な基礎中の基礎の内容だったということが如実に理解できる。魔女の弟子となって七十一日目を迎えた今日、いくら私が魔法や魔術の知識に疎すぎるとはいえ、この辺りの仕組みや原理はもっと早くから学ぶべきだったかもしれない。
後悔し始めると、瑛ちゃんにも有島さんにも申し訳ないことをさせてしまったと思う。私に正しい知識があれば、もっとスムーズに事態に対応できたはずだ。ただひたすらタラレバを夢想しても無意味だが、もしもの未来に備えて自身の行いを良くしようと経験を積む行為には、確実に意味がある。
今夜の一件が完全に片づいたら、祖母に頼んで分かるだけすべての史資料を取り寄せてもらおう。
「オラオラそこのふたり! 何ボーっとくっちゃべってンだい! テメェの仕事は終わってンだろうねェ?」
「あ、クレナイ! この子のことなんだけド」
「ああ、分かってる。よくやった織姫、代わるからアンタはもう休みな」
「うん、お願いネ!」
話が一段落ついたところで、祖父の部屋から足音を立てて祖母がタイミングよく顔を出した。祖母と入れ替わるように織姫が忽然と姿を消す。
夜中の一時を回ろうとしているというのに、祖母はとても元気である。この元気溌剌さは将来見習いたいポイントだ。
しかし、今この瞬間においては空気を読んで静かに声をかけてほしかったのが本音である。
「るっせェぞババア! 声量下げろ今何時だと思ってやがる! この子が寝てんだよ起きちまうだろうが! っつうかテメェちゃんと後継者の教育しとけや! 未成年に基本のきの字も覚束ねェよちよち歩きさせんじゃねェよ!」
「おっと。そりゃ失礼したが、それはそれとして部外者が無駄に吠えンな。習うよりまず慣れさせる、そンとき何を学びたいかは弟子次第、よちよちだろうがフラフラだろうが旅をさせンのが親心ってェやつだ。弟子も取らねェ未婚者は黙っとれ」
「み、未婚は今関係ねェだろ! 結婚してるからってそれをステータスにしてマウント取った気でいんじゃねェぞ老害が! 今どき流行んねェんだよそれ、さすがの俺でも知ってんぞ!」
現在療養中の子どもがいることを伝えようと口を開くも、有島さんに先を越されてしまい閉口せざるを得なかった。
──しかし、矛を収める気のない突き合いには、さすがの私も我慢の限界である。いつまでも出口の見えない迷宮のような口論に光を射すべく、私は喉を開いて立ち上がった。
「ふたりとも、うるさい!! 喧嘩なら思う存分地下でやって!! あそこなら絶対声届かないから!!」
「ご主人様、ただいまの騒音は六十デシベルを超えました。あなたが一番の騒音です」
「ヤマト、マジレス禁止」
ヤマトの機械的な突っ込みにより冷めた現場は、作戦成功と深夜テンションでおかしくなっていた私たちを冷静にさせた。
「……さて、今日はもう遅い。アンタたち、さっさとシャワー浴びて寝ちまいな。報告なら明日聞く」
数秒の沈黙を破ったのは、やはりというか祖母だった。
「はーい。あ、有島さん今日どうします? やっぱり泊まり?」
「ケン。アンタは愛莉華たちの部屋で寝てもらうよ。ついてきな」
「お、おう。分かった。悪いな。その、いろいろと」
「本部に救出した子どもの報告もしなきゃなンないなら、帰りのタクシー代がもったいないさね。老い先短いんだから退職金に頼らンで節約しな」
「あんたにだけは言われたくねェわ……っだあ!?」
有島さんの一言を捨て置けなかったらしく、彼の無防備な後頭部を殴りつけた祖母は、後から追いかけてくる有島さんとともに両親の部屋へと姿を消していく。
あらゆる意味でくたくたとなった体を癒すため、私たちはリビングで一時解散となった。深夜一時前だけに、情緒をおかしくさせながら私は風呂場へ直行した。




