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二〇二四年三月二十八日木曜日 午後二十三時五十五分

 今夜の計画は以下の通りだ。

 有島さんのナビゲートに従い、私と瑛ちゃんが先行して最短で目的地へ突入する。幸運なことに、例の生物兵器と賽子は同じ部屋に保管されているとのことなので、護衛役の瑛ちゃんがその場に残り、私がそれらふたつを回収して『ドロシーの銀の靴』により最速で脱出する。

 脱出後は、私と入れ替わりで有島さんが目的地へ突入し、私は外で祖母と合流。有島さんが目的地へ到着し、瑛ちゃんと合流が確認でき次第、祖母が『夢死』の魔法を発動する。目的地に通じる廊下と三人が滞在する部屋を一本道になるよう即興で整備し、最奥まで辿り着かないと出られない即席の迷宮に作り変える。この仕様は、自動的に三人を一ヶ所に集め、まとめて捕縛するためのちょっとした仕掛けだ。もしもの戦闘は考慮されるだろうが、場所は音が地上に届きにくい地下空間であり、その上歴戦の魔術師と運を操作できる魔女がドアを開けた瞬間に不意打ちを仕掛ければ、敵なしなのは明白である。

 相手の捕縛後は言わずもがなだ。彼らの記憶をいいように魔術で改竄し、我々は何食わぬ顔で空へと離脱する──



「──というのが大まかな流れだ。内容を再確認したところで、質問はあるか」



 全員が無線のインカムを装着したのを確認すると、有島さんが作戦のあらましを語った。

 今回の作戦は、ずばりスピード勝負。有島さんの言葉に耳を傾けつつも、私と瑛ちゃんは人生初の試みにかなり浮足立っていた。



「おおおお……これ、なんかデキるスパイっぽいッスね! テンション上がってきた!」


「スパイかーこれまでいろんな軽犯罪に足突っ込んできたけど、ついにマジの魔術師から窃と──回収業者になるとか、世の中物騒だねー」


「小娘ども。今から侵入用の魔術をありったけ施すからさっさと一列に並びな」


「はーい」



 一番手で祖母のフル装備を一身に受ける瑛ちゃんの横で、私も待つ。

 待機しがてら、私はポケットに入れていたスマートフォンで時刻を確認する。突入の五分前にして、私は先送りにしてしまった小さな疑問を解決すべく、周囲を目を配りながら言葉を続けた。



「有島さん」


「おう、どうした?」


「今さらながら思い出したんですけど……相手が魔術師なのは確定なんですよね? なのに魔法道具を使って死んだのはなぜなんでしょう? 魔術師は耐性があるって話を聞いたんですが」


「……あ、言われてみれば確かに! どーいうことッスか?」



 目の前のことを立て続けにこなしたせいで、優先順位が下位になった疑問を投げかけると、そばで聞いていた瑛ちゃんも違和感に気づいて同意してくれた。



「魔術師はあくまで()()()()()()()耐性があるだけだ。耐性っつっても個人差もあるし、誰がどの程度耐えられるかはその魔術師の技量や相性で決まる。死ぬやつァ死ぬし生き残るやつは生き残る。例えば俺なんかはまず死ぬな。卑下とかではなく」


「な、なるほど……勉強になります」


「なんたって死の呪いが詰まった魔法道具だからな、たまたまで魔術師になれた俺たち下々が死なない方がおかしい。それに、こんだけ短いスパンで考えなしに使い続ければ、そりゃ体に悪影響も出るだろ。長年魔術師やってる家系だったら、まずこんな初歩的なミスは起こり得なかっただろうからな」


「そ、想定以上に耳が痛ェ話ッス。面目ない……」


「……まァ逆に言や、そんだけ魔女が扱う魔法は強力ってことだ。他人に死因を強制し死に至らしめる──魔女の魔法は呪いの極致と言ってもいい。その呪いにある程度耐えられるのは、同格の力を持つ魔女様ぐらいだ」



 私たちの疑問は、魔術師の視点ならではの正論によって殴られ、地に伏した。

 当事者の一員である瑛ちゃんが青汁を一気飲みしたときにする表情で、気にするように腹の上を摩る。思いの外胃の痛くなる解答だったからか、心底から悔やんでいるのが傍目で理解できた。しかし、それでも彼女のせいではないと強く思ってしまうのは、ひとりの友人としてのフィルターがかかっているせいなのだろうか。

 これまでに至る事情を把握しているであろう有島さんは、一度咳払いをして口を開く。



「醍醐」


「ッス」


「今回のはたまたま素人同士がかち合って起こっちまった事故だ。あまり気に病むな……と言っても難しいだろうが、戒めとしてこの一件を身に刻んで、今後は再犯しないよう、最低限気を遣ってくれ。それが相手やあんたの身を守ることにもなるだろうからな」



 有島さんの言葉は、右も左も分かっていない素人が負った傷に対してあまりに優しすぎた。

 道具作りという要素において、『夢死』の魔女の弟子である私も当然無関係な話ではない。こちらも当事者になったつもりで、戒めを心に刻み込んだ。

 顔も知らない誰かを見殺しにできるような、そんな臆病者にならないためにも。



「……ッス。お気遣いありがとうございます、有島さん」


「いや、礼を言うならこっちの方だ。まったくの偶然とはいえ、あんたの行動のおかげで連中の早期発見が想定より早まったからな。謝礼は解決後にこっちで用意させてもらう」


「いやいやいや、いや! そこまでされるようなことは何もしてねェッス! 相手を殺すつもりなんてサラサラだったし…… それに、自分の不注意で人が死んでんのに、素直に喜べるほど捻くれてはねェッスよ」


「……つくづく、あんたが魔女になってくれてよかったよ」



 少し顔を伏せた有島さんの言葉には、何か意味があるような気がする。

 その意味の真意を探ろうとすると、間隙を作らず彼は続けた。



「あんたみたいに良識がある魔女ばっかだったら、戦争なんて何度も起きなかっただろうからな」


「……そいつに関しちゃまったく同意だね。ほら茉楠、こっちに来な」


「……? はーい」



 こちらの話を黙って聞いていた祖母が、何もなく有島さんの感想に素直に頷いている。

 その間に発生したかすかな違和感を指摘しようとして──しかし、ふたりの間にあったはずの重苦しい空気は、気づけば蜃気楼のように掻き消えてなくなっていた。

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